忍者ブログ

子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

明日の不正選挙の可能性。 追記 襲い掛かるミサイルの雨。

いまさら調べても仕方ないが、

2016年 参議院選挙で、不正が行われるか。=不正選挙になるか。

を易に聞いた。

山風蠱 6爻
http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-23.html

上記文抜粋
・・・・・・

八卦のsonfuu-n.gif巽(そん)の上に、gonsan-n.gif艮(ごん)を重ねた形。

蠱は、腐敗・壊乱・淫溺・惑乱といった意。
この卦は、巽を長女とし、艮を少男とすれば、長女が少男に先立ち、長女の色情をもって少男を媚い惑わす様子となる。
だから、蠱と名付けられた。
また、巽風をもって艮山を粛殺(しゅくさつ=秋の厳しい風で草木を枯らすこと)する様子である。
だから、蠱と名付けられた。
また、上卦の艮を止める、下卦の巽を服従とすれば、上の恵みが止まって下に及ばず、下は巽従に過ぎて佞媚に流れる様子となる。
このようでは、国家は必ず壊乱する。
だから、蠱と名付けられた。
また、艮は一陽が上に在り二陰が下に居て、巽は二陽が上に在り一陰が下に居るわけだが、これでは上下共に陰陽交わらず、陰陽交わらなければ、必ずや物事は壊れる。
また、艮は一陽が上に止まり、巽は一陰が下伏せている形だが、これでは剛柔交わることがなく、剛柔交わらなければ、必ず物事は壊れる。
だから、蠱と名付けられた。
また、巽を臭いとし気とし、艮を止めるとし覆う蓋とすれば、蓋で覆った中に臭気が発生している様子となる。
臭気が発生すれば、必ず腐敗して虫=蟲が生じる。
だから、蠱と名付けられた。
蠱は皿の上に蟲がたかっている様子の文字である。
また、交代生卦法によれば、元は地天泰から来たとする。
地天泰の初九の陽が上に往き、上るに過ぎて不中の高き極みの上爻に居り、上六の陰が下り来て、下るに過ぎて不中の最下の底の初爻に居る形である。
これでは陰陽交わらず壊れを生じる。
だから、蠱と名付けられた。

卦辞
蠱、元亨、利渉大川、先甲三日、後甲三日、
蠱(こ)は、元(おお)いに亨(とお)る、大川(たいせん)を渉(わた)るに利(よ)ろし、甲(こう)に先(さき)だつこと三日(みっか)、甲に後(おく)れること三日、

この卦は、敗壊の意であり、そんなときに元いに亨ることはない。
しかし、だからと言って、敗壊を放っておくわけにはいかない。
折りを見て、いつかは修復する必要がある。
としても、修復するには、そのことについて深い知識と技能が必要である。
要するに、その蠱の敗れたことについて、元いに亨通している必要があり、そういう人物であればこそ、敗壊を修復可能なのである。
だから、蠱は元いに亨る、という。
例えば、パソコンが壊れたとき、パソコンのことをよく知らなければ、修理に出すしかないが、パソコンに精通していれば、自分でどこが壊れたかを調べ、部品を取替えて直せるのと、同じことである。

また、巽を従うとし艮を止めるとすれば、従って止まる様子である。
大きな川を渡るときは、人命に係わる大事であり、逆を慎み順を尚ぶことが第一である。
無理せず時に従って止まり、風、波、水嵩の利ろしきを得て渡れば、過失も少ない。
だから、大川を渉るに利ろし、という。

また、甲(こう=きのえ)は十干の始めである。
だから、甲の日を事の始めとする。
甲に先立つこと三日は辛(しん=かのと)の日であり、辛は新と同音同義である。
甲に後れること三日は丁(てい=ひのと)であり、丁は丁寧の義である。
壊れ極まって、今これを修復する道は、先ず既往の敗壊の原因を悉く改めて新しくし、改新した以後は丁寧に扱い、再び壊れないようにしないといけない。
だから、甲に先だつこと三日、甲に後れること三日という。



・・・・中略・・・・


上九、不事王矦、高尚其事、

上九(じょうきゅう)、王矦(おうこう)に事(つか)えず、其(そ)の事(こと)を高尚(こうしょう)にす、

上九は蠱の卦の終わりである。
蠱の壊乱は、初六の無位庶人の爻よりして六五の君位の爻に至って、天下国家の大小上下の事、既に修復して、今は平らかに治まったときである。
上九の爻にては、もはや修復するべきところの蠱れはない。
そもそも上九の爻は、陽剛にして才力が有るとともに全卦の極に居るので、乱を撥(はら)い、業を修めるところの大力量大手段を具えた爻であり、天下は壊乱し、百姓は塗炭に堕ちて水火に苦しんでいた。
その億兆の痛悩を傍観するに忍びなく、初より五に至るまでの撥乱修治のときに当たっては、その才力を発揮して天下の壊乱を修め、災厄を祓い救ったのである。
そして今、すでに五の君位の爻に及びて、天下の蠱敗も悉く修復され、人々は富貴栄達の恩賞を受けるときに至ったのである。
しかし上九は、不中不正であるとともに、ニ五君臣の外の高く卦極に艮(とど)まり居るので、平時の治世には疎い者である。
要するに、平時治世の富貴の中での仕官は不得手なのである。
とすると、自らの短所をよく省みて、富貴安楽の封禄は辞して仕えるべきではない。
仕えれば失態もあり、せっかく壊乱を救い修めた功績も色褪せることになろう。
したがって、褒美にあずからず、急流勇退し、功を遂げて身は退き、天の道に順がい、王侯にも仕えず、その事跡を高尚なものにするのがよい。
だから、王矦に事えず、其の事を高尚にす、という。



・・・・・・・
・・・・・・
抜粋おわり


私自身には「関わるな・・」てことかもしれない。

ともわれ、十分にありそうな気もするが・・・。


>したがって、褒美にあずからず、急流勇退し、功を遂げて身は退き、天の道に順がい、王侯にも仕えず、その事跡を高尚なものにするのがよい。
だから、王矦に事えず、其の事を高尚にす、という。


不正選挙をする余地もないのか・・・それもわからん。


追記

変卦は

地風升  6爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-51.html

上記文抜粋
・・・・・・・

卦辞
升、元亨、利見大人、勿恤、南征吉、

升は、元(おお)いに亨(とお)る、大人(たいじん)を見(み)るに利(よ)ろし、恤(うれ)うる勿(なか)れ、南(みなみ)に征(ゆきむか)へば吉(きち)、

今、上り進むときに当たって、自分は巽にして従い、相手は坤にして順(したが)う。
このようであれば、自分も相手も互いに滞り支障を来たすことはなく、その事は大いに通じるものである。
また、九二剛中の才徳をもって六五柔中に応じ助けわけだから、これもまた大いに亨通することを示唆する。
だから、元いに亨る、という。

そもそもその道で上り進むことは、大人を見るのでなければ難しいものである。
例え自分が巽順でも、相手が小人だったら無意味である。
だから、大人を見るに利ろし、という。

恤うる勿れというのは、今すぐに願いが叶わなくても焦らないようにと、慰めているのである。
上り進むことは、誰しもが速やかであって欲しいと願うものだが、一朝一夕にして成り遂げることは、およそ不可能である。
地中に蒔かれた種子も、時が至れば、必ず地上に芽を出すように、よく巽順であれば、後日必ず時が至り、上り進むものである。

南に往きむかへば吉、というのは、初爻を北、上爻を南とするからであって、初六が二陽剛を越えて上=南に往くから、そう言うのである。
なお、南方は離明の方位であり、その道を上り進みたいと欲するのなら、必ず明の道に向かい進むようにという教えの喩えである。


・・・・中略・・・・・


上六、冥升、利于不息之貞、

上六(じょうりく)、升(のぼ)るに冥(くら)し、不息(やまざ)るの貞(つね)あるに利(よ)ろし、

上六の爻は、升り進む時に当たって卦の極に居て、なおも升り進もうとする。
これは、名利に耽って止まることを知らない者である。
そもそも升るの道は、その節に止まるを貴しとする。
それでもなお厭うことなく、升り進んで止まり休むことを知らないのならば、それは升の道に冥(くら)いからである。
だから、升るに冥し、という。
升るに冥ければ、悔吝に至り凶害を得ること必定である。
常に貞正を心がけ、止まる時を知ることが大事である。
だから、不息るの貞あるに利ろし、という。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり



南征するに吉・・・

南沙諸島で、ミサイルと血の雨が降る。

仮に日本が勝てば、それは全世界を敵に回して東京壊滅

普通に中国海軍が勝つと、それが日本再占領。

不正選挙の結末は、南方での軍事衝突になる。


お読みくださりありがとうございます。

拍手[0回]

PR

参議院選挙どうなる・・・

仮に聴きました。

2016 参院選挙 どうなる

雷沢帰妹 の 2爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-59.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k54.html


変卦は

震為雷

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-56.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k51.html

選挙結果よりも、その後に地震が起こりかねない。

あるいは「大恐慌」

でも7日もすれば、戻ってくる・・・・



自公ら与党{従米勢力・原発勢力}

天風女后 の 3爻


http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-49.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k44.html

上記文抜粋
・・・・・・・

九三(きゅうさん)、臀(いさらい)に膚(にく)无(な)し、其(そ)の行(い)くこと次且(ししょ)たらば、(あやう)けれども大(だい)なる咎(とが)は无(な)し、

この卦は初六のみが陰なので、他の五陽爻は共にこの初六の一陰を求める。
そこで、落ち着いてその場に居られない。
まるで、臀部に膚肉がなく、座っているのが痛くて、すぐに立ち上がってしまうように。
だから、臀いに膚无し、という。
しかし九三は、初六と応でもなければ比でもないので、行き求める筋合いではなく、行こうとしても、容易には行けない。
無理して行こうとすれば危険である。
このまま諦めれば、多少の気迷いはあったとしても、大きく咎められることはない。
だから、其の行くこと次且たらば、けれども大なる咎は无し、という。

なお、臀无膚、其行次且は、沢天夬の九四と同じであり、この部分の詳解は沢天夬の爻辞の書いているので、ここでは省略する。
ちなみに、この天風姤は、沢天夬を上下転倒させた卦であって、天風姤の九三は、逆方向から見ると沢天夬の九四なのである。
このような関係があると、爻辞に同じ言葉を共有する場合があるのである。




・・・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり




変卦は、

天水訟

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-11.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k6.html


上記文抜粋
・・・・・・・

六三(りくさん)、旧徳(きゅうとく)に食(は)む、貞(かた)くすれば(あやう)し、終(お)わりには吉(きち)なり、王事(おうじ)に従(したが)うこと或(あ)れど、成(な)すこと无(なか)れ、

六三は坎の険難の卦の極に居るので、その身に険難がある者とする。
その険難とは、坎を食禄とすれば、食禄費用が不足して困窮している様子だから、その不足を九五に訟え嘆こうとしているのである。
しかし、六三は陰柔にして才力がないので、進み犯すことを憚り、己が無能なることを省みて、訟えを思い止まる者である。
だから、旧徳に食む、という。
旧徳とは旧禄のことにして、祖先より承け伝えた世禄である。
なぜ、禄と言わずに徳と言うのかには、深く重い戒めを込めている。
平和な世の禄というものは、当人のではなく、その祖先の功徳によって賜っている俸給世禄である。
それを打ち忘れて六三の爻は、自身には徳も功もなく、妄りに加増を望んでいるのであって、だから制し戒めているのである。
もし、その志を改めずに、強いて加増を望み訟えれば、これは危うき道である。
だから、貞くすればし、という。
この貞は貞固の意である。
したがって、加禄を求め望むことを改め変じて、よく慎み、旧職を守るときには、無事なのである。
だから、終わりに吉なり、という。
そして、君命を受けて、事に任じられることがあるときは、直向にその役に従事するべきである。
仮に、よくその事を勤め得たとしても、決して自分のチカラだとは考えないことである。
まして、賞を乞い望むなどはもってのほかである。
臣は自身のために事をするのではなく、君命を畏み、忠勤に励むことこそが大事なのである。
だから、王事に従うこと或れども、成すこと无かれ、という。
・・・・・・
・・・・・
抜粋終わり


自公・維新は、勝てないが、負けもしない・・・。

多分ムサシは発進するけど、大勝はしない・・・かも。


野党 {反原発・対米独立・中露同盟派}

地風升  5爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-51.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k46.html


上記文抜粋
・・・・・・・

六五、貞吉、升階、

六五(りくご)、貞(ただ)しくして吉(きち)なり、階(かい)に升(のぼ)らしめん、

六五は升の時に当たって、柔中の徳を以って君位に居る。
これは位階の極にして、更に升り進むべきところはない。
とすると、後は諸侯を升って来させるだけである。
諸侯を升って来させるとは、諸侯が来服して升り朝覲することを指す。
この時に当たって六五の君は、よく己を虚しくして、その徳を貞正にして諸侯と接すれば、外藩遠鎮の諸侯も悉く来て陛階に升り来服するものである。
だから、貞しくして吉なり、階に升らしめん、という。

そもそもこの卦は、全体は二陽四陰にして、その二陽は下卦に在る。
したがって、上に威権は薄く、下に勢力盛んな時である。
これを以って、二三の両陽剛が君家を軽んじ君所に朝覲しないことを恐れる。
この時に臨んでは、六五の君は、勉めてその徳を貞正にして、天下に待するのがよい。
そうしていれば、外藩の諸侯、遠鎮の強臣も、自然にその徳に感じ化して、君所に升り、朝覲するものである。
吉とは、九二と九三の両陽剛が升り来て朝覲することを指す。
升階とは、九二と九三の方伯等が朝覲して玉階に升ることを指す。


・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり


変卦は、

水風井 5爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-53.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k48.html

上記文抜粋
・・・・・・

九五(きゅうご)、井(せい)冽(いさぎよ)し、寒泉(かんせん)食(くら)わる、

冽とは、水が至って清らかな様子を意味する。
寒とは水の徳性である。
寒泉とは、水の至って美にして清らかな状態を称えたのである。

さて、六四にて石畳で固め、今、九五にては、井泉は澄み清く漲って、いよいよ人事の用に供する時である。
だから、井冽し、寒泉食らわる、という。


・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり




どうも、
「ムサシがつかわれても、どうも与党の3分2議席独占は、無い。が与党も負けてない」


か?

仮に

今後の日本を問う。

中ぜん法でもって

習カン  の不変爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-34.html

http://www.keisho.server-shared.com/64/k29.html


上記文抜粋
・・・・・・

卦辞
坎、有孚惟心亨、行有尚、

坎は孚(まこと)有(あ)れば惟(ひと)り心(こころ)のみ亨(とお)る、行(い)けば尚(たっと)ばれること有(あ)り、

この卦は、重なる険難である上に、二五の君臣共に険難の中に陥っている様子。
これは実に険難の至極のときである。
このような険難のときに当たっては、その願いが亨通する道理はない。
ただ、君子は卦徳の中実の孚有るときにして、惟り心のみ亨通することは可能である。
言わば、願いは却下されても誠意だけは通じる、ということである。
だから、孚有れば惟り心のみ亨る、という。

こんなときだからこそ、九二剛中の臣としては、九五の君の元へ、その険難を救いに行き、よく国家を補佐するときにはその功績を認められ、九五の君から格別の引き立てを受けられる。
だから、行けば尚ばれること有り、という。

なお、この卦は二陽剛が上下に別れて対峙している形だが、これは一国二君の様子でもある。
上卦に九五定位の君の一陽剛が在り、坎の険難の主となっていると同時に、下卦にもまた一陽剛あって、一方に割拠の威を振るい、その権力を逞しくし、その勢いが上下を二分している。
このよう卦は、すべからく険難の卦にして、乱世の様子とする。
水雷屯、水山蹇、そしてこの坎為水である。
特にこの坎為水は、下卦に在る一陽剛は九二に居る。
二は臣の定位にして、五の君の爻の応位である。
とすれば、よくその臣としての道を守り、節を尽くして九五の君のところに出向き、国家の坎険を救済するべきである。
そのようにして九五の君を補佐するときは、忽ち一に帰して国家安泰になるのである。
だから九二の臣に対して、九五の君のところへ行けば尚ばれること有り、と、帰服して補佐するように勧め戒めているのである。


・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり



上記分抜粋
・・・・・・・
運勢予報
台風

卦  辞
習坎。有孚。維心亨。行有尚。
(しゅうかんはまことあり。これこころとおる。ゆきてたっとばるるあり。)

運  勢
「習」は重なる。「坎」は陥り難むこと。したがって、「習坎」は非常に困難なこと。「維」は一筋にの意味。「非常な困難の中にあって も、誠の心を貫きとおせば通じる。進んでいけば尊敬される」。この卦は困難を意味する水が二つ重なっております。した がって、坎為水の時は、アップアップと溺れかけて、四苦八苦の時です。しかし、これ以上落ちることのないどん底の時ですから、今こそ自分の真価が問われる 時と腹を据えて、日々の仕事を辛抱強くこなしていくことです。このような時こそ、立派な人は徳を積み、勉学に励んで内面を充実させ、志を捨てることなく将 来に備えるものです。会社では赤字経営、倒産などがある時です。また、水難、盗難、色難などには注意をする時です。
◎易の中では三大難卦の一つです。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり



大変です・・・


答えにもなりませんが、

>「非常な困難の中にあって も、誠の心を貫きとおせば通じる。進んでいけば尊敬される」

のは大事に思います。

幕末や戦中戦後や、右翼や極左のような、独りよがりな誠は、ダメです。

そもそも「誠」を自己主張するような「誠」は嘘で、詐欺の道具か衆道のイロコイにすぎません。


あとネット上の易占・タトッロの占断をみると、まずそれをしている人・占い師は、政府や国家・天皇の金魚の糞で米英の走狗ばかりです。

無慈悲で同胞を喰らい続けれるくらいでないと、占い師としては、日本では生きれないのか?
そもそも、「やくざ=天皇・米英・耶蘇金」 の走狗なのでしょうね。




お読みくださりありがとうございます。

拍手[5回]

イギリスのEU離脱の件。

イギリスのEU離脱の件。

あとどうでしょうね。

雷火豊 3爻


参考 1

上記文抜粋
・・・・・・


三爻 爻辞 豊其沛。日中見沫。折其右肱。无咎。
(そのはいをおおいにす。にっちゅうまいをみる。そのゆうこうをおる。とがなし。)
対処法 「沛」は天幕。「沫」は星くず。「右肱」は右ひじのこと。「天幕を更に大きくかけた。暗黒の中、まるで日中に星くずを見るようだ。右 ひじを折って不便であるが、問題はない」。実力が発揮できなかったり、右腕と信じていた者に裏切られたりする危険性のある時ですが、相手は小物で問題あり ません。しかし、安全第一に考える時です。
◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。


・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり



参考 2

上記文抜粋
・・・・・・

豊とは、大、盛大、という意。

この卦は離を明とし、震を動とすれば、明らかにして動く様子である。
明らかでないときは通暁するところなく、動かざるときには何事も為し得ない。
とすれば、逆にこの卦のように、明らかにして動くときには、その事は盛んにして大なるに至るはずである。
だから豊と名付けられた。
また、震を雷とし、離を電(雷光=稲妻)とすれば、雷電相合うときには、その勢いが最も盛大なときである。
だから豊と名付けられた。
また、離を太陽とし、震を動くとすれば、太陽が動きながら天下を照らし臨み、その光明盛大な様子である。
だから豊と名付けられた。
また、離を明とし智とし、震を威とし勇とすれば、智勇兼ね備わっている様子である。
智勇兼ね備わっていれば、その威明は盛んに大なるものである。
だから豊と名付けられた。

卦辞
豊亨、王*假之、勿憂、宜日中、

豊は亨(とお)る、王(おう)之(これ)に*假(いた)る、憂(うれ)うる勿(なか)れ、日中(にっちゅう)に宜(よろ)し、

*假の字は、沢地萃と同様に、通本では仮の正字体の假としているが、中州はイ(ニンベン)では誤りであって正しくは彳(ギョウニンベン)だと指摘している。
しかし、JISにもユニコードにもその字はないので、*假で代用しておく。

豊は勢いが盛んで大なることだが、そうであれば何事も亨通するものである。
だから、豊は亨る、という。
また、明らかにして動くときには、事に臨んで疑い惑い優柔不断になることはなく、そうであるのなら、何事も遂げられないことはない。
だから、亨る、という。

次の文節の王とは、一般的に言う王者のことであり、至尊の称号にして、絶大な勢力を保ち、巨万の富とともに君臨している者である。
この卦は、このように隆盛を誇っているときであり、とすれば王は、このときすでに豊に至っていることになる。
だから、王、之に*假る、という。
この場合の之は、豊の時を指す。
しかし、天地陰陽の法則では、永遠長久に豊大であることはない。
豊盛も極まれば、次には必ず衰える。
とすれば、その衰えるときが来ることを、予め憂い、あれこれ画策しようと慮りたくもなるが、徒に憂いても、それでどうにかなるわけではない。
豊盛を保ちたいのであれば、そんなふうに憂いて右往左往するよりも、まずは日月が下土を照臨するように、施策に偏りがないのが、重要である。
もし、依怙贔屓などがあるときには、凶衰の道が忽ちに至るものである。
これは、王者の最も慎み深く戒めることである。
日中すれば則ち日は傾き、月満ちれば則ち欠ける。
王者の盛衰もまたこの如くである。
なんとかその中を保持するよう心がけないといけない。
だから、憂うる勿れ、日中に宜し、という。
なお、日中というのは、遍く照らして依怙贔屓ないことと、盈虚消息を警戒することの、両方の意を兼ねている。



・・・・・中略・・・・

九三、豊其沛、日中見沫、折其右肱、无咎、

九三(きゅうさん)、其(そ)の沛(とばり)を豊(おお)いにす、日中(にっちゅう)に沫(ばい)を見(み)る、其(そ)の右肱(うこう)を折(たお)る、咎(とが)无(な)し、

沛とは、幕の類にして、その覆い暗ますことが蔀よりもさらに深いことの喩えである。
沫とは、北斗星などとは違う名も無い小さく弱々しく光る星のことである。
暗まされることが愈々甚だしく、日中に小さく弱々しく光る星さへも見える、ということである。
そもそも九三は離明の卦の一体に在って、上は上六の爻に害応されている。
その害応するところの上六は、覆い暗ますところの主にして、人を暗ますことは六五よりも甚だしい。
だから、其の沛を豊いにす、日中に沫を見る、という。

右肱とは、右の腕を指す。
右は利き手にして、有用の股肱の臣という義である。
ただし、この九三の爻は、上六の応位なので、上六の股肱の忠臣である。
としても、上六は昏暗残忍の主なので、自己の悪を助けて諂い媚びる者でないと、却ってこれを不忠、不良と思う。
そこで、真面目な忠臣である股肱の輔弼の九三を害応して、毀折(きせつ)する。
これは愚昧の至り、昏暗の極たる者である。
だから、其の右肱を折る、という。
しかし、害されたとしても、それは九三に落ち度があるわけではない。
だから、咎无し、という。


・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり


自損事故?かわからんが、結構「痛い」ようだが、誰が・・・て思う。




タロットでは、

ヘキサグラム法で

1 過去 4正 {皇帝 正}参考

2 現在 19逆 {太陽 逆}参考

3 未来 15逆 {悪魔 逆}参考

4 対策 14正 {節制 正}参考

5 周囲の情況 12正 {つられた男 正}参考

6 当事者の内心 2逆 {女教皇 逆}参考

7 結論 7正 {戦車 正}参考


戦争もあるかも・・・

あるいは、そのままEUが分裂するかも・・・


自然の流れに任せた方がいい・・・。




ヒスもあったというのが、タロットの見立て・・・

15逆だから、なにか一気に「厄落とし」のようなことがあるのか


ともわれ、これにて。


お読みくださりありがとうございます。

拍手[0回]

2016ソチの日ロ首脳会談について聞いてみる。

5月6日のソチの日ロ首脳会談について易とタロットに聞いてみました。


易 地火明夷 の不変爻

参考

参考



上記文抜粋
・・・・・・・・

明夷、利艱貞、

明夷は、艱(くるし)んで貞(ただ)しきに利(よ)ろし、

この卦は、君子は小人に傷(やぶ)られ、賢臣は暗君に傷られるときである。
こんなときに君子たる者は、先ず第一に、艱難(こんなん)であることを覚悟し、自らはどんなに艱難しても、貞正であるよう心がけるべきである。
例えば、殷(いん)末の紂(ちゅう)王の非道に、周(しゅう)の文王や、箕子(きし)の取った方策のように。

周の文王は、六十四卦の卦辞を作った人物である。
殷を将軍家とすれば、言わば周は外様大名である。

紂王は民衆を酷使し、自らは酒池肉林の乱痴気騒ぎを楽しみ、それを諫める者は片っ端から征伐していたので、誰も咎めることはできなかった。
君子として立派な人間になるよう心がけていた文王としては、こんな世の中は辛い。
しかし、外様だから、紂王を諫めようとすれば、他の人々と同様に、即刻征伐されるのはわかりきっている。
そこで、今は明夷暗主の時と覚悟し、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、内には文明貞正の徳を修めていても、敢えてその素振りを外に見せず、君子たる善政は自分の領地内だけにし、紂王に対しては柔順の臣節尽くした。
それでも不審を抱かれ幽閉もされたが、そのときも文句は言わず、ひたすら時運の艱難に安んじていた。
その文王の態度は、次第に民衆を動かしていった。
やがて文王が没して子の武王の時代になる頃には、多くの人々の願いは周に託され、その武王の元に人々が蜂起し、殷は滅亡し、周の時代になったのである。

一方の箕子は、殷の宗室であり、紂王の叔父である。
要するに親族内戚なのだが、君子たる人間を目指していたので、その非道を不愉快に思っていた。
しかし諫めれば殺されるし、従えば自らも非道の片棒を担がなければいけない。
そこで、殺されず、しかも非道に加担しない方法はないかと思案した。
思いついたのは、気が触れたように装うことだった。
すると紂王は、気が触れたと信じ、それ以上、箕子に何も命令しなくなり、殺されることもなかった。

外様大名と親族内戚では、手段はことなるが、とにかく二人共、このように明夷の時局を艱難して貞正を守り通したのであって、そういう思いが、艱しんで貞に利ろし、という言葉となったのである。



・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

ロシアは戦略的に、日本は阿呆さゆえに、この会談の成果を話さない。と見える。


タロットで、大アルカナだけをつかってみました。

1・過去 7{戦車} の正 参考 

2・現在 10{運命の輪} の正 参考  

3・未来 18{月}の逆  


ふと思い出したのが、故シュワルナゼ元グルジア大統領が
「レイキャビック米ソ首脳会談は、実は大成功だった。あれから、米ソの話し合いが恒例のモノになり冷戦終結へつながった」と回想している。
たしか、あの時マスコミは比較的冷淡な反応だったが・・・。

それと同じようなモノも感じる・・・。


以前易に聴いて得た卦で「沢水困」で、「言っても信じられない」ってこと・・・。


日本マジヤバイ!特に保育園問題は、ホに次ぐ大問題・・・。


言ってもダメだから、言わない・・・日本側は阿呆さで、ロシア側は戦略的見地で・・・

上記文抜粋
・・・・・・・・

棟とは、屋根を支える大事な木なので、材木の中でも、その材質が傑出大過なものを選んで使うものである。
しかしその棟も、多くの木材を載せ負うと、材力の分に大いに過ぎ、橈んでしまう。
これは、人事に於いても同様である。
人それぞれ能力には限度があり、その人の能力を大いに過ぎる仕事を任されれば、棟が橈んでしまうように、その任に堪えられず、失敗を招いてしまう。
だから、大過なれば棟橈めり、という。

そもそも天運には窮通があり、時勢にも過不及がある。
君子ならば、それを弁え知る必要がある。
今、大過のときに当たって、その任に居り、その職を掌ろうとする者は、必ず大いに過ぎる非常な大材力大手段がないときは、その事を遂げるのは難しい。
しかし、その大いに過ぎる大材力大手段があれば、しかる後には、物事を成すことは可能である。
だから、往く攸有るに利ろし、という。
そして、しかる後に事物は遂げ成るから、亨る、という。

・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり

日本会議阿呆倶楽部とアビ首相の「アホウ政権」には「大きすぎること」で「棟がたわむ」ような話ですけど・・・

結果的に阿呆すぎて「言わない・黙っている」のは、18{月}の逆の「不安が晴れていく」ように行くかもしれない・・・


でも過剰な仕事でへたばるかも・・・・


て異端・外道な見立てのやり方での判断です。


お読みくださりありがとうございます。

拍手[0回]

8月に至りて凶。て易が言ってるよ。

熊本大震災。

あのあと、「熊本・九州中部大震災の後の日本は・・・」

と易に聞きました。




地沢臨 の不変爻


http://www.keisho.server-shared.com/64/k19.html

上記文抜粋
・・・・・・・
卦  辞
臨。元亨利貞。至于八月有凶。
(りんはおおいにとおるていによろし。はちがつにいたりて、きょうあり。)

運  勢
「臨」は臨機応変の臨、臨むということ。「地沢臨の時、大いに通じる。貞正であれば良い。八月に至ると凶あり。」勝海舟が幕末に希望 に燃えて太平洋を横断した時の舟名「咸臨丸」はこの卦からとられたものです。
旧12月は現在の1月で、陽が長じ始めた「地沢臨」に当たり、また、旧8月は 現在の9月で、陽が衰え始めた「20風地観」に当たります。
地沢臨の今は春爛漫の時、希望に燃えて進みましょう。新規の計画も良し、会社の中では地位の昇 進や昇給もあるでしょう。しかし、いずれは満開の花も散ることを心して進むべきです。


・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-24.html

上記文抜粋
・・・・・・・・・・・
卦辞
臨、元亨、利貞、至于八月、有凶、
臨(りん)は、元(おお)いに亨(とお)る、貞(ただ)しきに利(よ)ろし、八月(はちがつ)に至(いた)りて凶(きょう)有(あ)らん、

およそ事業というものは、その願い臨むことの情が正しく、志も堅く、行いも篤いときには、その事業は必ず遂げられるものである。

だから、臨は元いに亨る、という。

しかし邪な情に流され、自己中心的になり、自分だけの利益を考えるようでは、臨みは儚く消えてしまうもの。
だから、貞しきに利ろし、という。

八月とは、十二消長で風地観に当たる月である。
十二消長では、地沢臨は旧暦十二月の卦であり、正月は地天泰、二月は雷天大壮、三月は沢天夬、四月は乾為天、五月は天風姤、六月は天山遯、七月は天地否、八月は風地観、九月は山地剥、十月は坤為地、十一月は地雷復である。

八月の風地観は、地沢臨の顚倒卦(上下逆さにした卦)であるとともに、雷天大壮の裏卦であるので、これを大衰の卦ともいう。
地沢臨は二陽下に長じる卦であり、風地観は二陽上に衰える卦である。

したがって、今は地沢臨で陽が長じて吉であっても、陰陽消長は天地の定理にして、いつかは陽が衰え、陰が長じて風地観となるときも来るのであって、そうなったら凶となることも有るから、やるべきことは早くやってしまわないといけないのである。

だから、八月に至れば凶有らん、という。


・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
抜粋終わり



大いなる衰退もあるかも・・・

ていうか不変爻だったから、「8月に至りて凶」が気になる。


福田さんが「5月4日の長崎の大地震に注意。人工地震も可能性大」という説。

大愚先生も「5日・6日に人工地震あるかも。安倍氏の訪ロを止めるための大地震もある。


飯山先生は、この説を口を極めてののしっているが、私も「プレートを動かす地震までは・・」
とは思うが、それを誘発させるための「人工地震」を目論むことはあるだろうし。
そもそも慶長三大地震が、三連発で起きたことを考えると、人口でなくても天然で大地震もあり得る。
のだけど、それはどうなのか?って思いますけど・・・

それに備えるのは、普通に健全に思える。


のに、それを否定するのは、少しおかしいよね・・・。


ともわれ、この易の「つぶやき」も考慮してね。



お読みくださりありがとうございます。



拍手[0回]