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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。
神々がうごいとーと  より 再掲 

上記文抜粋
・・・・・・・・・
物語の終わりのために

神が言(ことば)なら、世界は物語だ。
物語は人やその社会だけでなく、土地や自然物にも宿り、そして共鳴する。

日本列島が大変動期に入ったウラには、1995年の地方分権推進法による「平成の大合併」がある。全国の市町村数が半分近くに減った。

土地には土地の神さまがいて祭りがあり、歴史や文化、伝統といった物語がある。
とうぜん境界をはさんで敵対した歴史だってある。
十把一絡げな合併は、それまでバランスを保っていた物語の「ひずみ」を各地で解放した。
それが人に事象化してしまった典型的な一例が、千葉県の横芝光町町長のショッキングな自殺だったといえる。
上総(横芝)と下総(光)の国境の河川に叫びながら飛び込み、なんどもなんどもみずからの首を切った。

合戦の再現だ。

こうした物語の「ひずみ」は、人だけでなく自然災害としても事象化する。
おまけに全国規模ともなれば、日本列島の大変動を煽るのはいたしかたないところ。
そもそも僕らの列島は、人間社会の変化にとても敏感なのだ。
幕末の黒船来航にしても、上(幕府)もぐらぐら、下(大地)もぐらぐら状態だったのは、みなさんよくごぞんじだと思う。
(安政伊賀地震、安政東海地震、安政南海地震、安政江戸地震ほか)

変化は変動を生む。
とくにこの列島はそうだ。
いまそれを嬉々として煽ってるのが、われらが安倍政権。
今国会の出入国管理法改正案(外国人労働者を34万人規模に拡大)にしても、水道法改正案(水道事業の民営化)にしても、じつにタイムリーだといわざるをえない。

「食」の種子法廃止につづき、こんどは生命の「水」だよ。
水道民営化は汚染水のフクシマ(奥州相馬氏)と姻戚関係にあるクチのひんまがった財務相(福岡の麻生)の宿願。
欧米では20年前にブームになったが、水メジャーの地元仏国の首都パリでさえ、料金高騰や水質悪化などの弊害が出てすでに2010年に再公営化している。
欧米各都市もおなじ流れだ。
財政難の自治体では、多額の違約金が払えなくてヤメたくてもヤメれない泥沼にハマっている。

企業側としてはとうぜん利益をあげなければならない。
いわば貧乏人は水を使うなって立場。
貧乏人が多すぎて、開発途上国での水道事業独占計画の失敗にこりた彼らにとって、未開拓のおいしい市場が先進国の日本だ。
おまけに日本人はお上のいうなりで、お人よしときている。
デモも暴動も起きない。

もちろん日本では水道民営化は失敗しないと政治家は断言する。
あとあとどうなろうと知ったこっちゃないからだ。責任だって追及されないしね~。
欧米が高速増殖炉開発を断念したあと、「核燃料サイクル」という美しい寝言のもとに日本に導入され、莫大な費用を浪費しただけで廃炉になったあの高速増殖炉「もんじゅ」とおなじだ。

事象的に「水」は水蛭子のワード。
1stステージの「火」に対する、2ndステージのテーマが「水」である。
これはもうずっと書きつづけてきたことだし、水道民営化への警告もしてきた。
だがしょせんはだれも相手にしない変人ブログ。
圧倒的大多数の国民はそれがトリガーになることも、なったことにも気づいていない。

水道法改正案がろくな審議もなく、与党の圧倒的多数で衆院本会議を通過したことし7月5日。
兵庫県の猪名川町で、3人の作業員が水路に流された。
つづいて神戸市では、10万人に避難勧告。
死者230名をこえる歴史的大水害のはじまりだ。
西日本豪雨災害は、水道法改正案とみごとに連動して起きたのだ。

「水」といえば、2016年の熊本大地震が世界有数の「水の都」で起きたことをよもやお忘れではあるまい。
その年の11月に、イザナギの父なる禊の地(福岡市博多区)に「黄泉の大穴」をあけたのも、地下「水」だ。

国生みのイザナミは黄泉の大地母神。
黄泉は地下の泉って意味。つまり「死」と「水」と「大地」の母なる神。

おまけに水の女神といえば、安倍昭恵夫人お気に入りの瀬織津姫だ。
ノーテンキなあの人は知りもしないだろうが、台風24号チャーミーが示した「祓の風」のイブキドヌシとおなじ、「大祓の神」である。

もし水道法改正案が秋の臨時国会で成立すれば、僕らの敏感な大地にどんな変動をもたらすか、そのヤバさ、読んでくださってるみなさんならこれはもう直感的にわかってもらえると思う。

法案成立のニュースが流れたら、ぜひみなさんも覚悟を決めてほしい。

                                                     つづく

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抜粋終わり

>水道法改正案がろくな審議もなく、与党の圧倒的多数で衆院本会議を通過したことし7月5日。
兵庫県の猪名川町で、3人の作業員が水路に流された。
つづいて神戸市では、10万人に避難勧告。
死者230名をこえる歴史的大水害のはじまりだ。
西日本豪雨災害は、水道法改正案とみごとに連動して起きたのだ。

>「水」といえば、2016年の熊本大地震が世界有数の「水の都」で起きたことをよもやお忘れではあるまい。
その年の11月に、イザナギの父なる禊の地(福岡市博多区)に「黄泉の大穴」をあけたのも、地下「水」だ。

>国生みのイザナミは黄泉の大地母神。
黄泉は地下の泉って意味。つまり「死」と「水」と「大地」の母なる神。


この水が動くと、終わる。日本が。


多分終わる

先日の易の卦で

上記文抜粋
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http://iching.malo.jp/36e.html#.W-wKpK14q7Q

上記文抜粋
・・・・・・・・・
36e 地火明夷の五爻変、水火既済に之く

【キーワード】

・地火明夷:暗闇、敗北、失敗

・水火既済:成就




・・・・・・・
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抜粋終わり

変卦は


上記文抜粋
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【読みかた】

・すいかきせい の ごこうへん、ちかめいい に ゆく



【キーワード】

・水火既済:成就

・地火明夷:暗闇、敗北、失敗



【表面に表れたヒント】

・成就する。落ち着くところに落ち着く。

・しかし、これで終わったわけではない。

・いよいよ新たな問題に直面することになる。



・・・・・・・
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抜粋終わり

地の卦が、水の卦に替わって「終わり」



津波とか水の災害で、日本は終わる。

いや天皇制を殺すのだ。

それで「日はまた昇る」

・・・火水未済で、新たな始まりの開始…



お読みくださりありがとうございます・

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今の日本はどうなるを易に聴いてみた。


すさまじい壊れっぷだが、まだ壊れない・・トコトンまでいくかな・・・

http://iching.malo.jp/36e.html#.W-wKpK14q7Q

上記文抜粋
・・・・・・・・・
36e 地火明夷の五爻変、水火既済に之く

【キーワード】

・地火明夷:暗闇、敗北、失敗

・水火既済:成就



【表面に表れたヒント】

・日が沈み辺り一帯は闇に包まれている。まるで見通しが立たない。

・疑心暗鬼となり力を発揮することができない。

・傷心の時であり、今はひたすら耐えるしかない。



【ヒントを解釈する指針】

・誤解を恐れては何もできない。知恵を誇るより隠す方がよい。



【背後に隠された微妙な機微】

・この世は雑然としているから面白いのであって、あまり整然としていては面白みに欠ける。一からやり直すこと。



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・・・・・・・
抜粋終わり


アホが跋扈して、暗黒の時代。

全部ぶっ壊せ、天皇から天皇までとことん・・・


一からやり直す・天皇って妄想は当然消去だな。



つれづれに、ネットの易をやったら、このようなもの・・・まあその通りですは・・

お読みくださりありがとうございます。

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ながれながされ・・・

一応正真正銘の「発達障害」ってことになりまして。

で、それを利用した「障碍者自立支援」の「就労自立支援」を使おうと思いまして・・・

で、その前に、「発達障害向けの薬」を飲むことになりまして。


で、それは「ストラテラ」ってやつ

ストラテラ 参考

脳への打撃は、「非中枢神経系」なので、大きくは無いが、

肝臓とか胃腸はきついとか。

で、「どうかな」と易に聴いてみた。

坎為水 二爻 

参考
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〈爻辞〉  
「坎に険あり。求めて小しく得」

〈読み方〉 
かんに けんあり。もとめて すこしく う。

<爻辞の意味>
「とても困難なところに陥っている。しかし求めるうちの少しばかりは希望が叶う」

「坎為水」の卦(か)は「困難に処する道」について説かれている卦です。

そんな中この二爻は、大変な困難の中にいますが、求めるうちの少しは叶えることができると言っています。

それは自分の中に強さや正しさを持っているからです。


・・・・中略・・・・

<説明の要点>

二爻は内卦の主爻です。

坎為水の卦で「亨る」というのは「剛中を以ってなり」です。

険中に陥って、なお亨るというのは剛中だからで、その意味でこの爻は、自分の孚を貫いて「往きて功有る」成果を収めなくてはなりません。

それは決して、楽々と亨通を得るのではありません。

百の努力に対して十の意が叶う程度……「求めて小しく得」程度なのです。

この爻は自ら、坎の険中にあり、更にまた外卦の坎が上にあって、未だ険中より脱することができないからです。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)

・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり


悪くは無いが・・・

>百の努力に対して十の意が叶う程度……「求めて小しく得」程度なのです。




・・・・


こういう解釈も
参考

変卦は

水地比 の2爻

参考
・・・・・・・・・

<説明の要点>

水地比は地水師とちょうど反対の卦で、師が争いであるのに対し、比は親しむです。

師は、下に水があり、地が上にあって相背くかたちでしたが、比は下に地があり水がこれを潤すので、互いに居るところを得て相親しむのです。

比の字は、人が二人並んだ形です。

対峙するのではなく、近しみ交わるのです。

従って、並ぶと言っても競争するのではありません。

比には「並ぶ」「交わる」「親しむ」「助ける」「和む」「楽しむ」といったような楽しい意味があります。

「比は吉」とは、親和することは良いことだということです。

「筮に原ね」というのは、人と交わる時、悪い人と交わってもいけないし、分不相応な相手を求めてもいけない…交わるべき人を見定めて交わるために、筮を執って問うように誠の気持ちで考えよということです。
「元永貞にして咎なし」とは、先輩には先輩のように、同輩なら同輩のようによく礼を履んで(ふんで)交際する…これを幾久しく、どんな時でも忘れなければ咎はないということです。

しかし比にも悩みがあります。

五爻のように地位の高い人が衆と親しもうとすれば、心の落ち着きを得ない人、何事も不安定な人がこぞってやってきます。それが「寧からざるもの方に来る」です。

「後夫は凶」とは、良い人と親しくするのなら、ぐずぐずしていてはダメ、早い方が良いということです。

「善は急げ」、時期を失ってはダメということです。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)

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・・・・・・・・・
抜粋終わり

参考2



難しい判断・・・


て思っていたが、そもそも風邪ひいているみたい。


で、今日は確実に服薬は延期です。



難しいですは・・

追記

本当のこというと

賢脳丹 参考

副作用を考えなくて済むってことで、これが本当はファーストチョイスにすべきかな。


お読みくださりありがとうございます。


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易の 40 雷水解 41 山沢損  42 風雷益 43 沢天カイ のことを少し

序卦伝 より
http://www14.plala.or.jp/kigaku/99_blank001076.html

上記文抜粋
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 蹇とはなやむことである。物事はもってなやんで終わってはいけない。ゆえにこれを受けるに解をもってする。


 解とはゆるいことである。ゆるくすればかならず失うところがある。ゆえにこれを受けるに損をもってする。


 損をして止めなければ、かならずます。ゆえにこれを受けるに益をもってする。


 まして止めなければ、かならず決(決壊)す。ゆえにこれを受けるに夬をもってする。


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・・・・・・・・・
抜粋終わり


http://blog.i-abilities.com/2015/06/10/post-760/ 

上記文抜粋
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【毎日易経】
解とは緩なり(序卦伝)二進も三進もいかない水山蹇の状態から,難が解ける雷水解につながる。水は坎。陥る状態。それが雷によって動く。動けば険難が解けるという。どんなに困難な状態であってもいずれ動くのである。#易経 #雷水解

【毎日易経】
損して已まざれば必ず益す(序卦伝)雷水解を受けて山澤損。山澤損は,減損,減らすという意味。下のもの,臣や民から減らして,上に益する卦象。君子に徳がなければなすことはできない。また損し続ければやがて得するようになるということで,風雷益が続く。#易経 #山澤損

【毎日易経】
益して已まざれば必ず決す(序卦伝)山澤損を受けて風雷益。風雷益は上を損して下を益す。下が厚ければ,上もまた安らかでいられる。民にとっては喜ばしい状況。しかしそれだけではいずれまた決壊する。よって澤天夬で受ける。#易経 #風雷益




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・・・・・・
抜粋終わり



こんな流れ。


雷水解 
http://ekikyou-dokugaku.com/raisuikai.html

上記文抜粋
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〈説明の要点〉

「解」は「とける」ということです。

この解という字は、刀で牛角を割くという意味で「判つ(わかつ)」と同意です。

切り割いて見るのですから、解には「よくわかる」という意味があって、解釈とか理解とかいう熟語ができています。

しかし、この卦名の解は、そこまで推究せず、単に今までは一つであったものを判つという事象から「とく」(解放)、「はなす」(解散)「ゆるむ」(緩懈)というような意味を当てています。

内卦の坎は冬であるのに対し、外卦の震は春であり、雷です。

すなわちこの卦は春にあって寒気の緩み解ける象で、これを解と名づけました。

これを人事に推してみますと、坎の険阻から震の奮動をもって解散されることにもなり、坎の難みを震の出動をもって脱することにもなり、また、天下の坎の邪悪が震の喜びをもって解消するというようなことも卦の象意とすることができます。

従ってこの卦は、険を前にして艮まることを余儀なくされた蹇の状態が解消するのだと考えられます。

しかし険中に止まっているうちに自ずとこの解消の気運が訪れたと解するよりも、いかにして険難を脱出しようとする努力が現れたと見るべきです。

難みが解け憂いに閉ざされたことが和み緩むというのが、この卦の大意です。

これを自然の上に推せば、閉ざす陰の気を破って、雷・雨の鼓動恵澤
をもって草木の発芽出土をなすことであります。

これを天下の上に推せば、民の辛苦を緩め衆を安心させることです。

これを君子の上に見るならば、小人を去らせて禍根を除くことです。

爻象は主に、後者の小人を解き除くことをもって卦を考え、卦象は前二者の意としております。

「解は、西南に利ろし」とあります。

この西南は、蹇の時と同じで坤陰を指し、先立たないことを意味しています。

易きにつくことを教え、孤高を去って衆俗に親しむべきことを表したものです。

解は、難みの離れ散ろうとしているときなので、厳酷な態度で臨み民心を委縮させるような事があってはならない。

易きについて従い服して来るようなやりかたをして初めて解の道に適うのです。

これがすなわち「解は西南に利ろし」であり、治国平天下の解なのです。

天下の蹇と言えば、戦争や飢饉などのために困難に耐えているといった場合ですが、そういった時には農耕地も放っておかれているものなので、平和の兆しが見え出した時には、真っ先に荒廃している土地の復興に力を注ぎ、疲弊した民を鼓舞することが大事です。

「解は西南に利ろし」とある具体的な事象です。

「往く攸」というのは、険難脱出のために救済の施しをするということです。

この卦の外卦は坎の外に難を免れています。

内卦は、坎が未だ消えず、難みの中にあるわけで、すでに難みの解けたところと、まだ解けきらないところがあるとも言えます。すでに難みの解けたものに対しては、その上に更に施しを加える必要はないと戒めたのが「其れ來り復りて吉」のほうです。

戦争や天災などで難んだ後に、それらの者に救いの手を差し伸べてやるのが解の道ですが、もうその必要のない者に施しを加えるのはいけません。

欠乏に耐え、復旧に張りきっているところへ、あまり施しを厚くするとその裕さに泥み、その発奮を失い「解は懈なり」で、怠りのほうの解になってしまいます。

それが甚だしくなれば、そのような災難が再び来る事をひそかに望むようにさえなってしまいます。

これを卑近なところに見るならば、火災保険の弊害などが適例です。

保険の制度そのものは大事なものですが、会社同士の競争により必要以上の保証が契約されるため、いつ焼けても損はないといった気持ちを抱かせる…もっと言えば、保険金目当てに放火する者が現れたりする。これは、難みを解く施しが厚過ぎて、かえって解の道に添わない結果を招きます。

それを戒め「往く攸なければ、其れ來り復りて吉」と言っています。

そのように厚過ぎず、乏し過ぎず、中を保つというのが易の一つの思想です(内卦の中を得ている二爻を主にした見方)そして「往く攸あれば、夙くして吉」とは、救うべきを救うのには急を要することを示しています(これは四爻の震の主爻を指しています)。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)

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・・・・・・・
抜粋終わり




山沢損
http://ekikyou-dokugaku.com/santakuson.html

上記文抜粋
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〈説明の要点〉

この「山沢損」の損とは、たとえば商売などで儲けられなかったという意味の損ではなく、当然、損すべきことのために財を失い減らすという意味です。

儲けた、損したといった意味ではありません。

損をして、それを惜しむのではなく、損したことに自ら満足を感じる…そういう財の失い方であって、たとえて言えば、租税を納めるとか、災害に遭って苦しんでいる人のために私財を拠出するといったのがこの「損」の意味です。

しかし占いに関しては「失うことに惜しみを感じる」という解しかたも必要となります。

外卦艮は山、内卦の兌はその山の下にある澤です。

澤は、その深さが深いほど、その山を一層高いものにさせます。

そこに、己を減らして他を益すという意味を見ています。

ですから己を損して他を益し、しかもそこに必然の意義を見出し、その欠損を惜しまないのが本当の損ということになりますが、それは真の誠孚がなくてはできません。

それを「損は孚あり」と言っています。

本来、物を失い減らすということには咎があるべきですが、このような誠孚の行いでしたら咎があるはずがありません。

損すべき正しい損でしたら、それは進んで損すべきなのです。

そのことを「元吉。咎なし。貞にすべし。往く攸あるに利ろし」としています。

そして、孚ある損ならば、必ずしも物の豊富なことを求めるわけではありません。

貧者の一燈と言いますが、そういった誠孚があれば、あえて物の多寡にこだわることはありません。

それが「曷をか之を用いん。二簋用て享すべし」なのです。

簋とは、神前に供える食物を盛る器のことですが、正式には八簋を用います。略式ですと四簋となりますが、それを更に簡素にした二簋で祭祀をするということは質素の至りであります。

しかし、それでも孚が充実しているならば、それで良いのです。

(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)




・・・・・・・・・
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抜粋終わり



風雷益
http://ekikyou-dokugaku.com/fuuraieki.html

上記文抜粋
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〈説明の要点〉

この前の卦である「損」を逆さまにしたのが、この風雷益で、意味もまたアベコベです。

「益」とは「ます」と読むことでも分かりますが、益し加えることで、減らして少なくする損とは、すべて正反対の有様、やりかたであると見て良いでしょう。
また、益も損も同じことなのに、立場の相違によって生まれる見方の区別であるとも言えます。

一方から他を益せば、益した方は損していることになるからです。

益すというと「儲け」と捉えがちですが、ある時は儲けを意味する事もありますが、益の本当の意味は儲けることではありません。
この卦を理解するためには、とても大事なことです。

従って、損も益も、それは偏在しているものを水平にしようとする易の「中」を尚ぶ思想から見るものです。

損が泰の内卦の陽を損して外卦の空しいのを益したのとは逆に、否の内卦の空しいのを益し補ってやるために外卦の陽を移すという動きです。

益は否の卦から来ています。

そのことを色々な事柄に当てはめてみますと、社会的には下々が乏しくて否の困苦をなめている場合に、上から施して民を恵み救うということになりますし、個人の徳性に関して言えば、及ばざるところがあった場合には、他の全うなものを見て習い補うことにあたるでしょう。

農耕に当てれば、肥料や農具や人員の足りないところに、それを給付するようなことが、やはり一つの益なのです。

このように、益と損は離して考えることのできない密接なものなのです。

益と言うのは、ひとつの水平運動のようなものなので、益してやるほうは満ちて裕かであるに違いありません。

それゆえ、動きとして見る時は、一つの水平運動であるけれども、一つの相(すがた)として眺めれば、益は満ちて裕かな様であると言えるでしょう。

損の時のように上行するのではなく、この卦の場合には、上にあるものを下に及ぼすのですから、上に蓄えていたものを下に施し、否の窮塞を打開する意味があります。

また、上の裕かな場合には、それを上の欲しいままにせず、余沢を下に及ぼすという意味もあります。

これを天下に推して言う時は、庶民は上の仁徳に喜んで服し、その仁政が大いに輝いているとなります。

このような時には、進んで事をなしても通じ、あえて大事を決行する危険を冒しても成るのです。

卦辞では、損の時のように咎にも貞にも触れておらず「往く攸あるに利ろし」と言い「大川を渉に利ろし」と断じています。

これは、五爻・二爻の中爻が、共に正を得ているところから、益すという行いが道に適って、しかも慶びをもたらします。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)


・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり



沢天夬
http://ekikyou-dokugaku.com/takutenkai.html

上記文抜粋
・・・・・・・・・
〈説明の要点〉

「夬は決なり」と言って、夬に三水偏をつけたのが決です。

ですから決断とか決定とかに熟して用いられるように、何かの勢いが極まるところまで行って、それを一思いに片づける(定まる)と言った意味の文字です。

あるいは一つの激しい勢いをもって分裂する事などにも使います。例えば「決壊」などといった感じです。

なぜ、そのような意味をこの卦に見たかと言えば、象に則して言えば内卦は乾の天、外卦は兌の水です。

水が天上に在る、と言っても、この水は天上にある水ですから水気と見ます。

水気が高く天上に上っているので、それが凝って勢いが極まると雨となって降るからです。

地上において、これを見てみますと、外卦の兌を沢とします。

沢は窪地に水が貯まったもので、上の一陰が入口、下の二陽が水です。

そしてこの卦を初爻から上爻まで全てで見ますと、沢の水が更に充実し、深さが増します。
そのように水が増せば、その水はどこかへ溢れなくてはならなくなります。それが決壊の象です。

しかしむしろ、その卦が夬と名づけられたのは、消長卦としての見方からによるものでしょう。

陰陽消長の理から、下の五陽が上爻を決断するのですが、そのことをこの卦では、どういう事柄に当てているのでしょうか?

それは、上爻は陰で小人です。この小人が、この卦では一番高い所にいるのです。

それを社会に当てはめますと、力の足りない人、徳においても欠けるような人が、そういった高い地位に就いているのは正しくないし、世を誤り民を苦しめる基となるので、それを決し去るべきである、という風に見ています。

「王庭に揚ぐ」というのは、力量もなく徳望も少ない小人が一番高い位に就いているため、善政が行われない……そこで王庭に揚げ訴えて、その事を明らかにしようとするのです。

どうしてそんな辞があるのか、象から見て行きますと、外卦の兌を喜悦とし、侫人とし、口先ばかりとします。上爻は、その主爻です。

また、兌を説くとし、訴えるとし、告げるとし、乾を官としますので、陰邪・小人の上爻を去らせることが正しいと王庭に揚げ訴えると見ての辞です。

現実的には、権謀や術策として行われたりもしますが、本来はそうであってはならない、ほとばしる熱誠からでなくてはなりません。

自分の地位昇進のためだとか、偽善行為であってはならず、あくまでも天下国家の福祉を願うところからの夬でなくてはなりません。

それを「孚にて號う」と言っています。

そして、上爻は本来、王の師伝・顧問官などであり、そういう高位高官の非を揚げ訴えるのですから「厲うき有り」です。

訴える側、訴えられる上爻、そして一般の人民等、それぞれに厲うさがあるわけですが、ここでは「孚にて號う厲うき有り」ですから、訴える側の厲うさを意味しています。

「告ぐるに邑よりす」とは、上爻のような陰邪な小人が国政を司ったり、その背後にいたりすれば、それに対する不平不満が遠い村々からも起こって来るということです。

あの小人を処分するか交代させるなどして欲しいと、段々下から声が湧き、遠いところからも叫ばれるようになるというのです。

一つの会社にしても団体にしても、これは大変な事態なのですが、ではその陰爻を?尽するため武力暴力を用いて良いかと言えば「戎に即くに利ろしからず」で、それはよろしくないと言っています。

それは上爻とは、君の師伝・顧問官など高位にある爻なので、もし武力を用いれば相手もまた防ぎ戦うこととなり、理がいくらこちらにあっても私闘となる恐れがあり、世を乱すことにもなります。

小人を決し去るために世を乱し、人を殺傷するのは良いことではなく、決し去る気運というものが自ずと出てくるという意味です。

「往く攸有るに利ろし」とは、正しい者(陽爻)が正しいことを主張して陰邪を決していくのだから、あえて武力を用いなくても、途中で志を曲げるべきではなく、往くところまで往くべきだ、終わりを遂げるべきだと言っているわけです。
(加藤大岳述 易学大講座 現代語要訳)

・・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

こんな感じ・・


お読みくださりありがとうございます。


追記。

40~43は、今の動きかな・・・

たとえば、規制緩和とかして{解}、米百俵とかいって耐乏を要求する{損}。
で、一部のセレブ・権力層だけ資産を増して{益}、で日本経済が決壊する{カイ}

で、

43~40となると

たとえば、現体制が決壊して{カイ} 庶民の生活が回復して{益}
で、既得権層の富を奪い尽くして{損}で、問題は解決{解}


となれば、万々歳ですけど。



拍手[1回]


社会科学者の随想  より

上記文抜粋
・・・・・・・・

④「『口裏合わせ』だけで退陣だろう『底』が抜けた国の無残」(『日刊ゲンダイ』2018年4月10日,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/226864 から)

・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり

日本の「底」が抜けたように感じる人が増えている。

ツイッターでもそういうセンテンスを良く見る。


で、底が抜けた国家が社会がどうなるか?

易に参考になりそうなものがある。

火風鼎 の卦にありそう。

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-55.html 

上記文抜粋
・・・・・・・・・

九四、鼎折足、覆公餗、其刑*屋、凶、

*屋は、屋を偏、刂を旁とした文字で、意味は誅戮を被ること。
この字(図形として作成)→aku.gif
しかし、JIS規格にもユニコードにもないので、意味は異なるが*屋で代用しておく。

九四(きゅうし)、鼎(てい)の足(あし)を折(お)る、公(こう)の餗(あつもの)を覆(くつがえ)す、其(そ)の刑(かたち)*屋(あく)たり、凶(きょう)なり、

この卦の二三四爻はみな陽剛なので、鼎に実(煮炊きする具)が入っている象である。
四に至っては、鼎に実が満ちている象である。
四は初の応位である。
初は鼎の足にして、一陰の微弱なものである。
今、鼎の実が過ぎ満ちて、その重さに耐えられず、足が折れる象がある。
だから、鼎の足を折る、という。
鼎にして足を折る時には、鼎も実も共に覆るというものである。
これを人事に推す時は、九四は宰相執政の位にして、応位の初六は陰柔不中正の下賎の小人である。
したがって、初六陰柔が佞媚を以って諂いを献じれば、九四の大臣はこれを喜び、甘んじて信用し寵愛する。
初六は陰柔下賎なので、下に在る応位より相助けるのではなく、却って大敗大害を勧め献じるのである。
もとより九四もまた、不中不正の爻なので、表は陽爻の賢良の態度をしていても、内心は陰柔の情欲を欲しいままにする。
したがって、その国家の大任に堪えず、公の餗を覆して、大事を破敗するのである。
だから、公の餗を覆す、という。

そもそも鼎とは、例えば国家である。
餗とは、煮物といった料理であり、人事に推せば天下の億兆の民である。
その塩加減などの味付けは政教である。
これを掌って煮炊きするのが、宰相の職であり任務である。
これは国家の公事にして、天下万民の安危治乱に関わることである。
宰相執政の任は、天下の公事の最大なる者にして、私家小事の万億を以ってしても比較するべきことではない。
しかし九四の爻は、己の才力徳量をも測らず、妄りにこの重大な任に当たり、不中不正の志行を以って、任意随情にこれを斡旋し、あまつさえ同気相求めて、初六陰柔不中正の小人を寵愛する。
これが顛覆を来たす所以である。
今、国家の鼎と万民の餗とを顛覆すれば、これを掌る大臣はその責その罪を逃れることはできない。
だから、その刑*屋たり、という。
*屋とは、誅戮を被る様子を言い、刑とは、刑罰の総称であり、その刑罰は誅戮に値する、といった意であって、その凶であることは当然である。
だから、凶なり、という。

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抜粋終わり

http://www.keisho.server-shared.com/64/k50.html

上記文抜粋
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爻辞
鼎折足。覆公〓。其形渥。凶。
(ていあしをおる。こうのそくをくつがえす。そのつみないころさる。きょう。)

対処法

「「〓」はご馳走。「渥」は重刑のこと。「鼎の脚が折れて、公のご馳走がひっくり返ってしまった。重刑に処せられ凶」。基礎がひ弱な ため重荷に耐えきれず、ひっくり返ってしまう時です。実力をわきまえるべきです。または右腕と する部下は慎重に選ぶこ と。
◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。

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抜粋終わり



で、

山風蠱 になる。

上記文抜粋
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この卦は、敗壊の意であり、そんなときに元いに亨ることはない。
しかし、だからと言って、敗壊を放っておくわけにはいかない。
折りを見て、いつかは修復する必要がある。
としても、修復するには、そのことについて深い知識と技能が必要である。
要するに、その蠱の敗れたことについて、元いに亨通している必要があり、そういう人物であればこそ、敗壊を修復可能なのである。
だから、蠱は元いに亨る、という。
例えば、パソコンが壊れたとき、パソコンのことをよく知らなければ、修理に出すしかないが、パソコンに精通していれば、自分でどこが壊れたかを調べ、部品を取替えて直せるのと、同じことである。

また、巽を従うとし艮を止めるとすれば、従って止まる様子である。
大きな川を渡るときは、人命に係わる大事であり、逆を慎み順を尚ぶことが第一である。
無理せず時に従って止まり、風、波、水嵩の利ろしきを得て渡れば、過失も少ない。
だから、大川を渉るに利ろし、という。

また、甲(こう=きのえ)は十干の始めである。
だから、甲の日を事の始めとする。
甲に先立つこと三日は辛(しん=かのと)の日であり、辛は新と同音同義である。
甲に後れること三日は丁(てい=ひのと)であり、丁は丁寧の義である。
壊れ極まって、今これを修復する道は、先ず既往の敗壊の原因を悉く改めて新しくし、改新した以後は丁寧に扱い、再び壊れないようにしないといけない。
だから、甲に先だつこと三日、甲に後れること三日という。

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・・・・・・・・
抜粋終わり


だけど爻辞となると・・

続いて抜粋
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六四、裕父之蠱、往見吝、

六四(りくし)、父(ちち)之(の)蠱(やぶ)れに裕(ゆる)めり、往(な)すこと見吝(いやしめ)らる、

六四は陰柔不才にして、父の蠱を見ながらも、これを修復することに緩慢怠惰で、遂には修復できない者である。
だから、父之蠱れに裕めり、という。
子としてその父の失敗を修復しないで放置して平然としていれば、不孝の子として、何処に往き何をするにしても、軽蔑されるものである。
だから、往すこと見吝らる、という。


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抜粋終わり

難題の立て直しだけど、前任者の過ち・前君主の過ちを放置して、破滅する様を描いている。

こうなる可能性もあると易は示唆する。



でも、

同じ火風鼎 より
http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-55.html


上記文抜粋
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初六、鼎顛趾、利出否、得妾以其子、无咎、

初六(しょりく)、鼎(てい)の趾(あし)を顛(さかしま)にする、否(ひ)を出(いだ)すに利(よ)ろし、妾(めかけ)を得(え)て以(も)って其(そ)れ子(こ)あらば咎(とが)无(な)し、

初六は鼎を用いる初めとする。
鼎を用いて煮炊きをするときは、初めに、逆さにして中の汚れを落とし、洗い清める。
だから、鼎の趾を顛にする、否を出すに利ろし、という。
初六は鼎の趾に当たる。
否とは中の汚れのことである。

さて、九二は陽爻にして男子である。
初六は陰爻にして女子である。
また、初を子とする。
九二は初六に比している。
したがって、この初六と九二との関係は、九二が初六の妾を得て、また初の子を得た様子である。
正式な結婚ではなく、妾を得るというのは、いささか醜いことではある。
しかし、妾であっても、子を得る時には、世継が絶えず、祭祀相続することを得るのである。
これは、大切な鼎をひっくり返すことは醜いことではあるが、そうやって洗い清めてこそ、その後に煮炊きして美味しい料理を作れる、というが如くである。
だから、妾を得て以って其れ子あれば、咎无し、という。

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抜粋終わり

>これは、大切な鼎をひっくり返すことは醜いことではあるが、そうやって洗い清めてこそ、その後に煮炊きして美味しい料理を作れる、というが如くである。

トコトン、そこの汚れをひっくり返して流し出しきらないと、新しい「美味しい料理」は作れない。

後日追加で書くけど、今日はこれにて・・

敗戦で天皇制をうやむやに残したのが、4爻で、その変卦と変爻


今度は天皇も当然ひっくり返して流しだし、洗い清めないと「新しい日本」は作れない。

お読みくださりありがとうございます。

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