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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。
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ちょっとつれづれに安倍政権の今後を易に聴いてみた。


雷山小過 3爻 

参考 

上記文抜粋
・・・・・・・・

三爻 爻辞 弗過防之。從或壯之。凶。
(すぎずしてこれをふせぐ。したがわばあるいはこれにそこなわる。きょう。)

対処法
「壯]は傷害を被ること。「出すぎないようにして防ぐ。人に従えば傷つけられる。凶」。外からもたらされる災難や迷惑に備えるべき時 です。悪い仲間とは関係を絶ち、誘惑から身を守ること。

◎あなたの考え方、進み方に大きな欠陥があります。よく反省し、方針の転換をしましょう。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり




参考 2

上記文抜粋
・・・・・・・・・

【表面に表れたヒント】
・目立たないよう、何事につけ控えめにすること。
・腹八分目にして余力を残すよう気をつけること。
・追い風はいずれ吹く。遅れは取り戻すことができる。

【ヒントを解釈する指針】
・降りかかった火の粉を払う必要があるが、冷静さを失うと事態はさらに悪化する。逆上すると火に油を注ぐ結果となる。

【背後に隠された微妙な機微】
・無理せず、優れた指導者を探し出して指示を仰ぐとよい。
・周囲をよく観察すること。

・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

参考 3

上記文抜粋
・・・・・・・

三爻

case.1

積極性を出してしまえば、 自滅するだけ。 凶運を自分で招き、 最悪の結果となるでしょう。 静かにやり過ごすことを考えて。
case.2

積極性は禁物。 攻めてしまえば、 執拗に撃ち落とされる。 やり過ぎなぐらいに、 守って防いで身を潜めて、 じっと動かずにいるべき段階。
case.3

そこそこに流しましょう。 まともに受け止めてはダメです。 なんとかしようなどと思わずに、 なんとなく通り過ぎるのを待って、 控えめに大人しく静かにしていましょう。
case.4

相手と一緒になって、 大きなことに乗り出せば、 確実に、共倒れ。 相手の主張を通さずに、 何がなんでも、強引にでも、 相手を、踏み止まらせるべき。 消極的過ぎると非難されても、 頑として、消極性を貫いて。
四爻



・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり



共謀罪で海外から結構圧力がくるかも。

それで、外交で解決しようと強気にでると、コケル。


あるいは「刺される」


先日の
「離為火 の3爻」 参考

よりも安倍政権の情況は悪化しているのがわかる。



お読みくださりありがとうございます。

拍手[2回]

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易に多少聞いてみた。

日本の庶民はこれからどうなる・・・。

水地比 6爻 

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-13.html


上記文抜粋
・・・・・・・・・・

上六、比之无首、凶、

上六(じょうりく)、之(これ)に比(した)しむるに首(はじめ)无(な)し、凶(きょう)なり、

之とは九五を指す。
首(はじめ)とは、始めということである。
上六は陰柔不中にして、比の卦極に居る。
これは九五の君に阿(おもね)り諂(へつら)いして、比同する小人である。
小人が君に奉仕するは、君を利用して自らの利益を貪ることを目的としているだけである。
始めより道義などというようなことは考えていない。
そのようなことを続けていれば、いつか凶となる。
だから、之に比しむるに首无し、凶なり、という。

・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり



上記文抜粋
・・・・・・・・

上爻 爻辞 比之无首。凶。
(これにひすしゅなし。きょう。)

対処法
「首」は主のこと。「親しくしようにも主たる相手がいない。凶」。 仲良くすべき時に、天の意思に背き、とうとう人から見放されたような時です。あなた自身も、“クビ”の憂き目に遭うかもしれません。

◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり

参考に
http://iching.malo.jp/category/sui-chi-hi


>始めより道義などというようなことは考えていない。
そのようなことを続けていれば、いつか凶となる。

て今の日本人そのもの・・・


ただ救いは・・・・


・・・・・・・・・・・・・
【キーワード】
・水地比:統合
・風地観:熟考

【表面に表れたヒント】
・互いに打ち解けるとそこには不思議な力が働く。それを活かせばますます事態は好転する。
・親しくしていなかった者まで駆けつけて来る。
・しかし、浮かれて自分を見失うと、災いをもたらす者をも引き寄せてしまう。

【ヒントを解釈する指針】
・無理な背伸びは続かない。自分に徳がないので誰もついてこない。
・心の中の混乱は失敗と損失を招くことになる。

【背後に隠された微妙な機微】
・自分が周りを観るように、周りも自分を観察している。

・・・・・・・・・・・・


日本の権力者・富裕層は・・・

風火家人 初爻

http://iching.malo.jp/category/fuu-ka-kajin

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-42.html

この風火家人は、三国志の能吏「楊儀」が、五丈原の戦いの後に、首都に帰還後得た卦。

楊儀 ウイキ

上記文抜粋
・・・・・・・・

楊儀は諸葛亮の死後、長年の実績と政敵の魏延を討ち取ったことから、自分こそがその後継者に相応しいと考えていた。ところが諸葛亮の後継者には、留府長史として後方勤務を務めてきた蒋琬が選ばれ、尚書令・益州刺史という要職に任命されたのに対し、楊儀は統括する部署のない中軍師に任命されたのみで、職務もないという状態であった。これは諸葛亮がその生前、楊儀の能力については評価していたものの、その狭量すぎる性格を問題視し、自らの後継者には彼ではなく蒋琬を密かに指名していたからであった。

楊儀はそれまで蒋琬のことを、経歴・実績のいずれも自分の後塵を拝してきたと考えていたため、この処遇に大きな不満を覚え、費禕に対し「かつて丞相(諸葛亮)が亡くなった際に、軍を挙げて魏についていたら、こんな風に落ちぶれる事はなかったろうに」と漏らした。費禕がその内容を劉禅に密告すると、楊儀は庶人に落とされ漢嘉郡に流罪となった。ところが楊儀は、流刑地から他人を誹謗する激越な内容の上書を送り続けた。このためついに劉禅らが楊儀を拘束させると、楊儀は自殺したといわれる。その後、妻子は成都に戻ることを許された。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり

官僚から政治家まで、みな「お役御免」になるかも。

まあミソジニーが多そうなので因果応報。

楊儀のように死ぬかどうかは、本人の心がけ次第。


で、安倍政権の今後は・・と聴きました。

離為火 の 三爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-35.html

上記文抜粋
・・・・・・・・

九三、日昃之離、不鼓缶而歌、則大耋之嗟凶、

九三(きゅうさん)、日(ひ)昃(かたむ)くの離(とき)なり、缶(ほとぎ)を鼓(こ)して歌(うた)わず、則(すなわ)ち大耋(だいてつ)のみ之(これ)を嗟(なげ)くは凶(きょう)なり、

日昃くの離とは、日が傾く時といったことである。

大耋とは、言うなれば超後期高齢者のことである。

この爻は内卦の極に居る。

これは、内卦の離の日がすでに終り、上卦の離の日に移ろうとするときであって、要するに、一日が終り、次の一日が来ようとする、という象なのである。

だから、日昃くの離なり、という。

これは、人の老が極まり、死に至ろうとするのに喩えているのである。

この時に遇い、この地に臨んでは、死生共に天命であると悟り、従容自得して、天を楽しみ命に委ねて、消息盈虚の道に安んじて、缶を鼓して歌い楽しむのがよい。

徒に自身が老いたことを憂い歎いても、何の利益もない。

それこそ至愚の極みである。

だから、缶を鼓して歌わず、則ち大耋のみ之嗟くは凶なり、という。


・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり


http://iching.malo.jp/category/ri-i-ka

上記文抜粋
・・・・・・・・

【キーワード】
・離為火:火、まといつくもの
・火雷噬嗑:噛み砕く

【表面に表れたヒント】
・新たな段階に踏み出す時である。
・新たな関わりが始まる。
・問題はいかに関わるかである。

【ヒントを解釈する指針】
・落日残照の華やぎはあるが、いずれ闇となる。思い通りにいかない。


・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

http://www.keisho.server-shared.com/64/k30.html

上記文抜粋
・・・・・・・・
爻辞 日昃之離。不鼓缶而歌。則大耋之嗟。凶。

ひかたむくのり。ふをうちてうたわず。すなわちたいてつのなげきあり。きょう。)

対処法 「缶」は徳利。「大耋」は八十歳の老人のこと。「日が傾くように人生にも夕暮れの時が訪れる。宴会では徳利を叩くだけで皆と一緒に歌 おうとしない。老人が晩年を嘆く。凶」。見切りを付けるべき時です。自分だけのけ者にされないようにしましょう。

◎あなたの考え方、進み方に問題点があります。よく反省し、改めましょう。


・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり




なにか来たね・・・・


先日の「福一はどうなる・・」と易に聴いたが・・。

福一は、東朝鮮{日本}国を一度滅亡させるスーパー兵器。



山火ヒを反対にすると、火雷ゼイゴウ 

上記文抜粋
・・・・・・・

噬〓。亨。利用獄。
(ぜいごうはとおる。うったえをもちうるによろし。)

運  勢
「噬〓」は噛み砕くこと。「獄」は牢獄のこと。「火雷噬〓の時は通じる。障害となるものは牢に入れてでも除去することだ」。

・・・・・・・
・・・・・
抜粋終わり

離為火の3爻の変卦は、火雷ゼイゴウ になる・・・。


なにか来たね・・・

地震もあるけど・・・まずは安倍退陣・逮捕で、福一の石棺処理に成功・・・・かも・・


お読みくださりありがとうございます。


拍手[2回]

なにかいやな気分になったので、易で今後の日本について問うてみた。

まず

福一原発事故の今後

地火明夷 6爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-41.html

上記文抜粋
・・・・・・・・
明夷とは、明るさを夷(やぶ)る、または単に夷られ傷つけられる、という意。
易位生卦法によれば、火地晋より来たものとする。
火地晋は太陽が地上にある形だが、この地火明夷は、太陽が地中に没した形である。
太陽が地中に没し入れば、明るさは夷られて昏暗の夜となる。
だから明夷と名付けられた。
また、内卦の離を文明とし麗(つ)くとし、外卦の坤を暗昧とし順とすれば、内卦の自分は明だけど、外卦の坤暗なる相手に麗き順(したが)って、自分の明るさを暗まされ夷られる様子である。
だから明夷と名付けられた。
また、離を火とすれば、火は高いところにあれば、よく遠くを照らすが、低いところにあっては、遠くを照らせない。
まして、火の上に坤暗の物を覆うときは、忽ち真っ暗になる。
だから明夷と名付けられた。
また、下は明らかにして、上は坤暗な様子だが、上で命令する者が坤暗ならば、下の者がどんなに明らかであっても、その明らかさが用いられることはない。
だから明夷と名付けられた。

卦辞
明夷、利艱貞、

明夷は、艱(くるし)んで貞(ただ)しきに利(よ)ろし、

この卦は、君子は小人に傷(やぶ)られ、賢臣は暗君に傷られるときである。
こんなときに君子たる者は、先ず第一に、艱難(こんなん)であることを覚悟し、自らはどんなに艱難しても、貞正であるよう心がけるべきである。
例えば、殷(いん)末の紂(ちゅう)王の非道に、周(しゅう)の文王や、箕子(きし)の取った方策のように。

周の文王は、六十四卦の卦辞を作った人物である。
殷を将軍家とすれば、言わば周は外様大名である。

紂王は民衆を酷使し、自らは酒池肉林の乱痴気騒ぎを楽しみ、それを諫める者は片っ端から征伐していたので、誰も咎めることはできなかった。
君子として立派な人間になるよう心がけていた文王としては、こんな世の中は辛い。
しかし、外様だから、紂王を諫めようとすれば、他の人々と同様に、即刻征伐されるのはわかりきっている。
そこで、今は明夷暗主の時と覚悟し、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、内には文明貞正の徳を修めていても、敢えてその素振りを外に見せず、君子たる善政は自分の領地内だけにし、紂王に対しては柔順の臣節尽くした。
それでも不審を抱かれ幽閉もされたが、そのときも文句は言わず、ひたすら時運の艱難に安んじていた。
その文王の態度は、次第に民衆を動かしていった。
やがて文王が没して子の武王の時代になる頃には、多くの人々の願いは周に託され、その武王の元に人々が蜂起し、殷は滅亡し、周の時代になったのである。

一方の箕子は、殷の宗室であり、紂王の叔父である。
要するに親族内戚なのだが、君子たる人間を目指していたので、その非道を不愉快に思っていた。
しかし諫めれば殺されるし、従えば自らも非道の片棒を担がなければいけない。
そこで、殺されず、しかも非道に加担しない方法はないかと思案した。
思いついたのは、気が触れたように装うことだった。
すると紂王は、気が触れたと信じ、それ以上、箕子に何も命令しなくなり、殺されることもなかった。

外様大名と親族内戚では、手段はことなるが、とにかく二人共、このように明夷の時局を艱難して貞正を守り通したのであって、そういう思いが、艱しんで貞に利ろし、という言葉となったのである。


・・・・中略・・・

上六、不明晦、初登于天、後入于地、

上六(じょうりく)、明(あか)るからず晦(くら)し、初(はじめ)は天(てん)に登(のぼ)るがごとく、後(のち)には地(ち)に入(い)る、

上六は、至暗の坤の卦の極に居る。
これは、自分は至って暗昧で不明の甚だしい者である。
そもそも自分が不明暗昧な者は、必ず他の暗昧にして自分に阿諛(へつら)って来る者を喜び、明智な賢者を忌み嫌い、晦まし害そうとする。
だから、明るからず晦し、という。
そもそも暗昧な者は、初めは天に登るような猛勢を以って、賢を毀(そこな)い、明を夷るとしても、結局最後には、その勢いも尽きて、忽ち地の下に入り落ちるものである。
例えば、太陽が天空に昇り四方の国々を照らしたとしても、夕方には没して地に入るように。
だから、初めは天に登るがごとく、後には地に入る、という。



・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


参考に
http://www.keisho.server-shared.com/64/k36.html

上記文抜粋
・・・・・・・・

爻辞

不明晦。初登于天。後入于地。
(あきらかならずしてくらし。はじめてんにのぼりのちにちにいる。)

対処法

「暗愚な者は、初めは天に昇るような勢いであるが、後には地に沈み、身を滅ぼしてしまう」。紂王の末路のように、一時的な盛運に 驕っても、今や没落の危機に直面している時です。これまであなたが力にのみ頼り、人を傷つけ苦しめてきたことへの当然の報いでしょう。
◎あなたの考え方、進み方に大きな欠陥があります。よく反省し、方針の転換をしましょう。

・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終り


デブリ状態・あるいは「チャイナシンドローム」とかいう「核燃料が、地面に落ちてはまっている」状態を、この卦は示しているし。

日が地に沈むってのは、まさに日本阿呆国の滅亡である。


でも変卦はいいかも。


山火ヒ 

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-27.html

上記文抜粋
・・・・・・・・・・

八卦のrika-n.gif離(り)の上に、gonsan-n.gif艮(ごん)を重ねた形。

賁とは飾るという意。
上卦艮を山とし、下卦離を火とすれば、山の下に火がある様子。
山の下に火があれば、その火は必ず山を照らし、草木は飾りのように輝く。
例えば夕陽が山裾を照らしている様子である。
だから賁と名付けられた。
また、八卦の離は陰を陽で包んだ形であって、艮は陰の上を陽で覆っている形である。
陰陽を美醜で対比すると、陰=醜、陽=美、となる。
したがって、離、艮、ともに陽の美しさをもって陰の醜さを包み覆っていることになる。
飾るといのは、まさにそういうことである。
だから賁と名付けられた。
また、来往生卦法によると、もとは山天大畜から来たとする。
一陰柔の爻が山天大畜の外からやって来て、内卦の二に麗(つ)いて離明の主爻となったのが、この山火賁である。
山天大畜のときには、剛(かた)く健やかにして止まるという要素はあるが、離明の徳を欠いている。
質実剛健だけでは、息が詰まる。
少しは飾りも欲しいものである。
今、来往して山火賁の卦となるときには、下卦乾の純陽の中に一陰柔の和を得て離となり、文明の徳を備え、飾ったことになる。
だから賁と名付けられた。
また、交代生卦法によれば、もとは地天泰から来たとする。
地天泰の九二と上六が交代したのである。
地天泰は、純陰純陽の組み合わせであるがゆえに、いろどりはない。
それが今、交代して山火賁となると、陰陽交錯のいろどりができ、卦が飾られたではないか。
だから賁と名付けられた。
また、この卦は、図らずも天地人の三才の文(あや)を兼ね備えている。
まず、地天泰の九二が上って、山火賁の上九となるのは、陰を陽に飾ることであって、これは天文である。
地天泰の上六が下り来て、山火賁の六二となるのは、陽を陰に飾ることであって、これは地文である。
離を文明、艮をとどまる、として「文明にしてとどまる」とこの卦を読めば、これは人文である。
だから、賁と名付けられた。
また、離を文明とし、艮を篤実とすれば、文明にして篤実に止まる、となり、これは君子の飾るべき徳である。
だから賁と名付けられた。
また、離を美とし、艮を止めるとすれば、美しさを止める、ということになるが、美しさをいつまでも止めようとするのが、飾ることでもある。
だから賁と名付けられた。

卦辞
賁、亨、小利有攸往、

賁(ひ)は、亨(とお)る、小(すこ)しく往(ゆ)く攸(ところ)有(あ)るに利(よ)ろし、

およそ事物は、実質をもって根本とする。
しかし、文飾もなければいけない。
論語にも、文質彬彬(ひんひん)として然る後に君子なり=文(装飾)質(質朴)の両方が並び備わってこそ君子なのだ、とある。
今、この卦は、飾り=文をのみ主として、その質の徳には言及しない。
とすると、元いに亨る、とまでは言えないので、単に、亨る、とのみ言う。
また、交代生卦法によれば、地天泰の上六が二爻に来て、中正を得て、離の文明の主爻となったのである。
だから亨通する要素がある。
しかし、文だけではなく、文質両方が備わって、初めて大事を成し遂げることに、堪えられるのである。
だから、小しく往く攸有るに利ろし、という。
小しくとは、ちょっとした、といった程度である。
また、地天泰の九二が往きて上九に居り、柔に飾るとしても、中正を得ていないので、これもまた、小事ならなんとかできるとしても、大事を成すにはよくないのである。

なお、中正というのは、二爻が陰、五爻が陽であることを言う。
そもそも易は、陽位=下から一・三・五番目の爻が陽、陰位=下から二・四・六番目の爻が陰、であることを正しいという。 陽は奇数、陰は偶数である。
また中庸という言葉があるように、中を得る=真ん中の位置にある、ということが大事なので、内卦と外卦、それぞれの真ん中すなわち二爻と五爻が一番よい位置となるのである。


・・・・・中略・・・・


上九、白賁、无咎、

上九(じょうきゅう)、白賁(はくひ)なれば、咎(とが)无(な)し、

この爻は賁の卦の極に居る。
としても、下に応爻があるわけでもないので、華飾の風に流されることなく、高く卦の極に艮(とど)まって、その志を高上にしているのである。
したがって、最早文飾の加わるところのない者とする。
白とは天性自然の素色にして、賁の至極なことを言う。
その自然の素色なるを以って飾るので、ほんの少しも文飾に過ぎるという咎はないのである。
だから、白賁なれば、咎无し、という。

・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり



日本阿呆国が滅び、天皇制などという狂気がそぎ落とされると、

>華飾の風に流されることなく、高く卦の極に艮(とど)まって、その志を高上にしているのである。
したがって、最早文飾の加わるところのない者とする。
白とは天性自然の素色にして、賁の至極なことを言う。
その自然の素色なるを以って飾るので、ほんの少しも文飾に過ぎるという咎はないのである。


となる。


日本文明は、脱原発・卒天皇で世界に飛躍するのだ。って言い過ぎかも・・。


この卦の流れを見て、驚いたのは、「山火ヒ」に変わったてことは

「福一を石棺処理して、封じ込めて放射能・事故を収束させると、日本は正気に返って、輝ける」

ということを暗示しているかも。

上の地が、山に変わった。でより吉祥な卦や爻になるって、そういう可能性も高いと思える。



お読みくださりありがとうございます。



追記。

易に火地晋 てある。

それに・日中に三度謁見できる・とかいう言葉がある。

安倍晋三と被る。多分アビ首相とも言い得る。

参考 

参考 


・・・・・・・


晉、康侯用錫馬蕃庶、晝日三接。
【読み】
晉は、康侯用[もっ]て馬を錫うこと蕃庶にして、晝日に三たび接せらる。

・・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり


それを「地に落とす」と地火明夷 


福一を止めて、日本の衆生を救うには、安倍の首を取れ!ってあたりかも。

逆に、福一の事故・放射能を封じ込めると、確実に安倍政権は死ぬ。





拍手[0回]

つながっているこころ2 より

上記文抜粋
・・・・・・・

「2017年とは何ですか」


それは空恐ろしきもの
行方不明になった我が子を取りもどす年である

故に天変地異がおきようとも
我が身を恥じることなく
悔いなきよう日々を過ごせよ

一網打尽になったものも解き放され
カエサルのごとく日あぶりになったものも
一同に会す

時には刃を
目には目を

聞こえてくるものは悲しみの声だけではない
悲しみと同時に喜びの声もある

気に掛けていることがあれば
早めにやりとげよ

トウカイなくては何も始まらぬ
人の生き死にに目を奪われず
大きな網と小さな網に
何がかかっているか
よく目を開いてみること

時には脅しに聞こえても
はやる心には耳をたてよ

舟の乗り継ぎ、塩梅よくせよ

家に入れぬ者は道端で過ごせよ
道行く馬車に拾われても
それは決して上手くいくとは限らない

カエサルの炎下のごとく烈火のごとく
火をもって浄化せよ

一日の始まりは一日の終わりである

海の上で羽根を延ばせよ
焼けただれ傷ついた羽根を休めよ

不死鳥のごとく赤い空に舞い上がる

こうかい(後悔?航海?)一日にしてならず

炎天下の天下の回り道に
シルシを立てて人々を誘うは
悪しき心の見え隠れ

・・・・・

声を荒げるものに注意せよ

乗りかかった船に手と足があるか
目と耳が入れ替わっていないか
よく見よ

乗船した後でも
いつでも降りれるよう
準備をしておきなさい

腕をつかんでくるものに
チカラで振り払おうとせず
笑顔でするりとかわせよ

2017/01/04 (水) 16:23


*原文では「火あぶり」じゃなく
「日あぶり」となっているのでそのままにしておきました。


・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり



岩城さんが、元旦に「ユリウス・カエサル」の伝記を。

中華名将録 弐式/世界名将録zwei カエサル

今年の日本の運勢を易に問うと、

火雷噬嗑  の4爻
http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-26.html より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・

21 火雷噬嗑(からいぜいこう)
karai.gif噬嗑 震下離上(しんか りじょう)

八卦のshinrai-n.gif震(しん)の上に、rika-n.gif離(り)を重ねた形。

噬嗑とは、噛み合わせる、という意である。
この卦は来往生卦法によれば、元は山雷頤より来たものとする。
山雷頤は頤(い=おとがい)すなわち口の形の卦であり、その頤口の中へ九四の一陽爻が内卦の外から入り来て、上下を隔てて障りをなしている様子である。
頤の中に物があり、隔て障りをなすときには、必ずこれを噛み砕き、その後に上下相合うことを得るものである。
だから、噛み砕いて合うという意で、噬嗑と名付けられた。
ちなみに、口は、上の歯は動かず、下の歯(顎)だけが動いて、口の中の物を噛み砕くものである。
この卦は、上卦の離は付着、下卦の震は動くとすれば、九四の一陽爻は上の歯に付着していて、それを下の歯が震で動いて噛み砕く様子である。
だから、噬嗑と名付けられた。

卦辞
噬嗑、亨、利用獄、

噬嗑(かみあわせ)れば、亨(とお)る、獄(訴えを聞く)に用(もち)いるに利(よ)ろし、

噬嗑、亨、というのは、直ちに亨ることではない。
口の中に物があれば、それを噛み砕いた後に亨る、ということである。
自分と相手との間に何かがあり、それが障りとして両者を隔て、和合できないような場合は、口の中に物があるのと同じようなことである。
だから、その物を噛み合わせて砕いてしまえば、その後に、両者は心が通じ、和合もできようというものである。
獄とは、牢獄のことであり、罪人を入れて置く場所である。
罪人とするか否かは、訴えを聞いて、その理非曲直を断じて決するものである。
そこで、この場合の獄の字は、訴えを聞いて、その理非曲直を断じることを、指し示すのである。
そもそも訴えは、自分と相手との間に障壁があり、両者を隔て塞ぎ、彼我上下相合うことができないから、その情も互いに乖離し、不和となり、起こるのである。
今、訴えを聞くというのは、頤の中の一物を噛み砕いて、上下相合わせるようなものである。
とすると、訴えを聞く人は、威厳と文明を兼ね備えていなければ、その任に耐えないものである。
しかしこの卦は、震の威厳と離の文明を兼ね備えている。
そして、六五の君の爻は柔中の仁徳がある。
その威厳と文明と仁徳は、訴えを聞くにあたっては、とても重要なことである。
文明でなければ、相手の言いなりになってしまい、偽りを察し、理非曲直を分かつことができない。
威厳がなければ、侮られ軽視され信服されない。
仁徳がなければ、明徳威断に過ぎて、人々はビクビクしていなければならない。
この卦には、これら重要なことが全部揃っているわけだが、訴えを聞くためには、その罪状により、牢獄を用いることもある。
火雷噬嗑は、最上最下の二陽爻は剛実であり、中は空虚の間に九四の一陽があるが、これは牢獄の中に一人の囚人がいる様子でもある。
だから、獄を用いるに利ろし、という。
また、交代生卦法によると、元は天地否から来たものとする。
天地否の九五が下にやって来て、初爻の位に居り、初六が上に往き、五爻に居るのが、この火雷噬嗑である。
天地否のときには、坤は純陰、乾は純陽であり、両者は否塞して理非も分らない様子だが、これが今、剛柔分かち動き、明らかになったのが火雷噬嗑である。
また、来往生卦法によれば、元は天雷无妄から来たとする。
天雷无妄のときは、上卦の乾は剛強なだけで明徳がないが、今、内卦の外から一陰がやってきて、六五となり火雷噬嗑となると、五爻は離明の主となり、柔中の徳も有することになったのである。
もとより訴えを聞く者は、剛決であることを要するが、それだけではなく、文明も仁徳も必要である。
この三つが揃ってこそ、適正な裁きができるのである。


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抜粋終わり


参考 よい

上記文抜粋
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【読みかた】
・からいぜいごう の しこうへん、さんらいい に ゆく

【キーワード】
・火雷噬嗑:噛み砕く
・山雷頤:あご、食を養う

【表面に表れたヒント】
・思い切って障害を排除しなければならない。
・一掃すると辺りは一瞬緊張で震えるが、次第に明るくなり、風通しが良くなってくる。
・安易な妥協は後で悔やむことになる。

【ヒントを解釈する指針】
・甘く見ていると障害は日増しに増大する。情にほだされないよう気をつけること。

【背後に隠された微妙な機微】
・何を信条としているか、それさえ見ればその人の見当はつく。世間の評価などあてにはならない。私情を捨てて決断すべき時である。


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抜粋終わり




粛清の日炙りだ!!


マイケル・ミドリ。カーチスやら・・・日本ハンドラーが一発目の日炙りだろうかな。


お読みくださりありがとうございます。


拍手[4回]

リャンマガ より

上記文抜粋
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参院選の後、お上に、今後日本はどうなっていきますか?と聞いたところ、今年の暗示である「戦争」や「争い」の答えが再び出ました。
やはり、以前から想定されているタイムラインには変わりがないようです。

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抜粋終わり


リャンティーさんは、「出口王仁三郎」贔屓なので、ほぼあちらのひも付きか、影響下にある。


けど少しずっと私は気にかかってます。


金玉満堂ブログ より

上記文抜粋
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クーデタ騒ぎにみる世の移り変わり

SNSの力を如実に示した今回のクーデタ騒ぎ

SNSの力を如実に示した今回のクーデタ騒ぎ。 以前は放送局を掌握すれば大衆のコントロールは出来た。 今はどこからとも知れず情報が怒涛のように民衆の間を行きかう。
大統領はようつべで反撃を宣言するw。
放送局、新聞社掌握が無意味になってしまった。

日本の場合は従前どおり、何の変化もありません。
ジジィバアァはテレビラジオ新聞しか知らないw。この先知る見込みもないw。あらゆる年代でマスゴミ信仰が骨の髄まで染みこんでいる。
変わりようがないのですわw。どれだけ時間が経とうとも権威に対する疑念は民族のアイデンティティを破壊してしまうwW

ガキや私らにネットを使わせないために①ネット上のわいせつ情報を厳しく取り締まる②ネット利用代金を高いままにしておく③著作権侵害を非親告罪化してネット監視を強化する、などの施策が必要だ。

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抜粋終わり


人生は冥土までの暇潰し  より

上記文抜粋
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トルコのクーデータ未遂事件


昨日の拙稿「善悪の報いは山彦のごとし」は、今年に入って頻繁にテロ事件を引き起こしているIS、その報いはいずれ我が身(ISを飼っているアメリカやイスラエル)に返ってくるのは間違いなく、その好例がアメリカで起きたダラス事件だったことを、木枯らし紋次郎さんの投稿を例に言及するつもりでいた。ところが、暑さで惚けたのだろうか(泣)、ナント放射能で汚染された日本列島で、懸命に生きる若者にエールを送る内容の記事に、いつの間にか切り替わっていた…。そのため、読者を混乱させたかもしれず、申し訳ない。

ところで、トルコで起きたクーデタだが、現時点で日本のマスコミが流している報道を確認してみた。以下は日本を〝代表する〟読売新聞のクーデタに関する記事であり、魚拓として残しておく。
16071703.jpg
 
トルコ、クーデタ鎮圧…市民含む194人死亡[読売新聞]

読売新聞の記事だけを読めば、エルドアン大統領がクーデータ鎮圧に成功したと、思い込まされてしまうことだろう。では、スプートニク(日本語版)はどのようにクーデタを報道しているか、確認してみよう。

16071701.jpg

速報に、「トルコ閣僚 クーデタは米国が企てたものと非難」とある。ここで注意すべきは、米国は米国でも14日のニーステロ事件の黒幕であったIS、すなわちISを飼っている米国のネオコンの企みだったと、スプートニク紙、もといプーチンは断言しているのであり、亀さんも全く以てそのとおりだと思う。

次に、スプートニク(英語版)に目を転じると、やはり“Turkish Minister Blames US Authorities for Organizing Coup Attempt”と、米国(ネオコン)の企みであったとズバリ指摘している。以下の速報記事を参照のこと。
Turkish Minister Blames US Authorities for Organizing Coup Attempt

また、未確認情報だが、スプートニク(日本語版)が以下のような記事も掲載していた。エルドアン大統領を背後で支援していた、ネオコンがトルコでのクーデタに失敗した今、同大統領が歴史の舞台から姿を消す日も近い。
トルコ大統領 イスタンブールから何処ともなく飛び去る[スプートニク 日本語版]

以上、、欧米や日本のメディアだけを追っていたのでは、世界の動きを完全に見誤るという一例を示した。バランスを取るというか、本物の情報を得るためにも、スプートニクの報道を追っていくことを強くお勧めする。その方が、日本のマスコミだけを追っていくよりも、遙かに正確に世界の動きが掴めるのだ。ただし、同紙の背後にロシアのインテリジェンス機関が控えていることを、常に念頭に置いて読むことも忘れてはならない。

ともあれ、凋落していく米国から台頭しつつある中露に、覇権が移行して日も浅いことから、当面はニーステロ事件やトルコでのクーデタ未遂事件といった、不可思議な事件(ネオコン最期の足掻き)が今後も数多く起きるだろうが、心して生きていこう。

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抜粋終わり


>凋落していく米国から台頭しつつある中露に、覇権が移行して日も浅いことから、当面はニーステロ事件やトルコでのクーデタ未遂事件といった、不可思議な事件(ネオコン最期の足掻き)が今後も数多く起きるだろうが、心して生きていこう。


その不可解な事件の最後の舞台は、日本だろう。


今上さんの「生前譲位」について易に聴いた。

雷火豊 上六

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-60.html

上記文抜粋
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上六(じょうりく)、其(そ)の屋(やね)を豊(おお)いにし、其(そ)の家(いえ)を蔀(しとみ)にす、其(そ)の戸(と)を闚(うかが)えば、闃(げき)として其(そ)れ人(ひと)无(な)し、三歳(さんさい)まで覿(み)ず、凶(きょう)なり、

この卦は諸爻ともに覆い暗まされる時であって、その覆い暗ます者は、上六と六五の二陰爻である。
その二陰の中でも、特に上六は、覆い暗ます魁首である。
これは、地火明夷の上六とその義は同様である。

さて、人の賢明なるを覆い暗ます者は、そもそも己が昏暗なのである。
それはまず、私欲を以っ十分に己が明徳を覆い暗まし、少しも明るさがなく、人を覆い暗ますことをするのである。
これは至愚至暗の小人の常である。
少しでも明るさがあれば、人を暗まし人を悩ませることを、快いとは思わないものである。
今、上六は陰暗にして高く卦の極に居て、情欲私曲を以って、天授の自身の明徳を覆い汚し、残忍刻暴の者となり、人の賢明を悉くに覆い暗ますのである。
これを以って、その障蔽の重なり覆えることは、至って厚く強く、昏暗の甚だしいことは誰にも負けない。
だから、其の屋を豊いにし、其の家を蔀にす、という。
なお、其の屋を豊いにし、とは、他を覆い暗ますことを指し、其の家を蔀にす、とは、己の明徳を覆い暗ます義を言う。
その上、上六は陰邪にして卦の極に居るので、その志気も高ぶり傲慢で、その心は残忍酷烈である。
これを以って、内外親疎共に誰一人として親しみ輔ける者はいない。
このようであっては、誰からも歓迎されず、孤独である。
だから、この旨を喩えて、其の戸を闚えば、闃として其れ人无し、という。

このような残忍な者は、例え何年経っても、誰も親しみ輔けてはくれない。
これは凶の至極である。
だから、三歳まで覿ず、凶なり、という。
三歳とは、厳密な年数ではなく、多年の義であり、覿ずとは、訪ねて来る人がいない、という義である。


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抜粋終わり



かなり深刻なことを言っている。


変卦は 離為火   で6爻

  http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-35.html

上記文抜粋
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上九(じょうきゅう)、王(おう)用(もち)いて出(い)でて征(せい)す、嘉(よ)きこと有(あ)り、首(かしら)を折(た)つ、獲(えもの)其(そ)の醜(みにく)いに匪(あら)ざれば、咎(とが)无(な)し、

王とは、六五の爻を指している。

首とは上九の爻を指していて、首領魁首などの義である。

上九の爻は、卦の極に居て、陽剛にして不中不正であり、さらには二五君臣位の外に在る。

これは、遠方に居て、王化に順い服すことなく、自身の剛強を以って我威を振るって人民を残害する横逆者である。

そこで、六五の王は、出でて、上九を征伐する。

だから、王用いて出でて征す、という。

六五柔中の君徳を以って、上九剛強の不中不正な者を征伐するのである。

これは有道を以って不道を征することである。

六五は天に順い人に応じる仁義の師なので、必ずや大いに嘉悦=よろこばしいことが有る。
そのよろこばしいこととして、その魁首を誅戮することを得るのである。

だから、嘉きこと有り、その首を折つ、という。

上九の爻は、人の身に配当するときには首とする。

したがって象を兼ね合わせて、首を折つ、という。

さて、六五陰弱なる者が上九の陽剛を獲にすることは、陰が陽を征することになるが、だとしても、決して醜いことではない。

有道を以って無道を誅し、仁を以って不仁を征するものである。

とすれば、侵奪の咎などあるはずがない。

だから、獲其の醜いに匪ざれば、咎无し、という。


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抜粋終わり

>これは、遠方に居て、王化に順い服すことなく、自身の剛強を以って我威を振るって人民を残害する横逆者である。

>六五は天に順い人に応じる仁義の師なので、必ずや大いに嘉悦=よろこばしいことが有る。
そのよろこばしいこととして、その魁首を誅戮することを得るのである。

>有道を以って無道を誅し、仁を以って不仁を征するものである。


もしかしたら、戦闘はある。


でも、なんとかうまくいきそうに思う・・・


でも、放射能だらけなので、「用心」と「徳を積むこと」を忘れずに・・


お読みくださりありがとうございます。

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