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日本天皇国滅亡記。{渾沌堂主人雑記}天皇を看板にする「愛国」をいう偽物は要らん。

故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。

急に・・・

急に、ブログの更新ができなくなってた。


でこの忍者ブログの通信欄をみたら、11時ごろから、忍者ブログの中で一部のサイトが、不具合になっている。


もしかて・・・弾圧・・・


私のを狙って・・・


仮にそうなら・・いや~面倒くさいけど、「お前は正しい」って認めたってことだね。


今は酒飲めないけど、まあ祝い酒したいくらいだね。


お読みくださりありがとうございます。

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地震は、天皇とその閨閥という戦争中毒患者を止めれるか、消せるか。

リャンマガ より

上記文抜粋
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ここで、日本への注意が入っているんです。
と申しますのは、このメルマガで何度か書いてきたと思うのですが、今の日本を支配している人たちは主に戦争屋ですので、これから起きようとしている、というか起こそうとしている大戦に参加したい、参加しようとしているのは誰が見てもわかりますよね。
それで、日本はそういった動きを見せるだろうし、実際に私が初夢で見たように攻撃などもされて焦土になる地域も出てくるかもしれません。
しかし、最終的に日本は参戦できなくなると私は上から聞いていて、それは何度かこちらで書いたことがあると思います。
なぜ、参戦できなくなるのか、それは日本という国に致命的な災害が起きるから、と思われます。
私は大地震と勝手に思っていますが、もしかしたら富士山の噴火かもしれないし、もしかしたら自然災害ではないかもしれません。
とにかく、日本にそのような大難が訪れ、大きな戦争には参加できなくなる。
しかし、それが結果的に日本という国を救うことになるというらしいのです。
そのタイミングがもう遠くないらしく、今回も一気に中東で動きがありましたし、この流れが要注視であるとともに、日本に訪れる災害に注意しなさいと。
ということらしいのです。
先日ツイッターに書きましたヤマトタケルさんとのチャネリングの内容ではないですが、たぶん、今の日本を作った神々というか、宇宙人さんたちが集まり始めていると思います。
中には日本に住む人間として転生してきている魂もいるはずです。
さあ、これからどうなるかと皆が興味深く、そして注意深く観察、見守っているのではないでしょうか。
今月はそのような注意が入っています。
以上です。
経済のことも聞かなきゃいけないし、今年は忙しそうな予感です。
それでは皆さま、清らかな良い日々をお過ごしくださいね。
今月もリャンティマガジンをどうぞよろしくお願いいたします。
サポートもぜひよろしくお願いします!
それではまたお会いしましょう☆彡


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抜粋おわり

天皇は、バチカンのために日本人を殺す。

ので、戦争が一番いいが、それができないのかね。


まあバチカンと英国王室と天皇家を消せば、日本人は助かり、世界も助かる。


お読みくださりありがとうございます。

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合理主義は、非合理である。

徽宗皇帝のブログ より

上記文抜粋
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合理主義+資本主義=少子高齢化

「シロクマの屑籠」過去記事の一部である。
日本の少子化(と高齢化)の問題に解決策はあるのか、考える材料のひとつとして転載する。
下の記事を一言で言えば、「少子化とは合理主義と資本主義の当然の帰結である」と乱暴に要約できるだろう。逆に、そこからの脱出も、合理主義と資本主義の超克にあるのではないか。
まあ、私が自分のブログで合理主義や資本主義をしばしば批判してきたことはここにもつながるわけであるwww

(以下引用)


 子どもを若者に育てるためには膨大な時間とカネがかかるとわかっているにも関わらず、企業が優秀でない40~50代をリストラしたがっている社会情況を見据えるなら、平凡な人間が子育てを回避しようと思うのはきわめて合理的、かつリスクマネジメントに秀でた判断といわざるを得ない。
 
 むしろ、このような社会情況のなかで、自信も無いのに子育てを始めるほうがどうかしているのではないだろうか? ───少なくとも、合理主義的・資本主義的に人生を考え、リスクマネジメントの精神で人生設計をするような人ならば、自信も無いのに子育てを始めたりはしないのではないか。40~50代で安定した収入を維持できる見込みもないのに、時間とカネがすさまじくかかり、そのうえ親としての責任を問われてやまない子育てをスタートするのは狂気の沙汰である。生物としてはきわめて自然な繁殖ではあっても、合理主義的・資本主義的主体として考えるなら、ナンセンスとみなさざるを得ない。
 
 してみれば、現代社会の少子化とは、生物としては不自然な現象でも、合理主義的・資本主義的社会の行き着く先としては理にかなった現象のようにみえる。日本よりも凄まじい勢いで少子化が進んでいる台湾や韓国の若者は、より一層合理主義的・資本主義的に考えて、将来の年収と諸リスクをしっかり勘案して人生設計しているのではないか。
 
 頑張って大企業に就職してさえ、子どもを育てる盛りの時期にいきなりリストラされて再起不能になりかねない社会とは、「優秀でなければ子どもをつくるな」という圧力がかかっている社会にも等しい。そのうえ、子どもを放任しておけばそれはそれで虐待だと言われてしまう社会なのだから、産みっぱなしというわけにもいかない。よほど自信があるか、よほど子育てしたくてウズウズしているのでない限り、こんな社会情況でホイホイと子どもをつくって育てにかかるほうが、どうかしている。
 
 ……どうかしていると思いませんか。
 
 

「優秀な人」を基準にした社会では子どもは増えない
 
 もちろん、こうした問題は優秀な人には関係あるまい。
 
 優秀になれば大丈夫だよ。
 ↓
 優秀になりなさい。
 ↓
 優秀でないあなたが悪い。
 
 こうした考え方を良しとする人々にとって、リストラが心配だから恋愛・結婚・子育てを回避するのは負け犬仕草とうつるだろうし、実際、そのような論調をメディアでは稀ならず見かける。
 
 しかし、優秀な人を基準にした社会は、全体としてはけっして子どもは増えない。
 増えるわけがない。
 優秀な人は、その定義からいって少数派だ。
 少数派だけが子育てしたくなる社会なんて終わっている。
 
 もし、社会全体として少子化を解消していくとしたら、優秀な人だけが子育てを選べるような、優秀な人ベースの社会はどうにかしなければならない。平凡な人が子育てを選ぶ気がなくなる社会は持続不可能だし、あまり巷間では語られていないけれども、とんでもなく人間を疎外している社会ではないかとも思う。
 
 合理主義的思考と資本主義的イデオロギーが日本・韓国・台湾並みに浸透していて、それでもなお、優秀な人もそうでない人も恋愛・結婚・子育てに向かえるような社会はあり得るのだろうか。あったとして、それは東アジアでも真似できるようなものなのだろうか。
 
 大企業の40~50代がリストラされるニュースは、該当世代だけでなく、若者だって眺めているだろう。いまどきの、合理主義的思考や資本主義的イデオロギーをしっかり身に付けた若者たちは、ああいったニュースをどう眺めて、何を思うのだろうか。
 


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抜粋おわり


>しかし、優秀な人を基準にした社会は、全体としてはけっして子どもは増えない。
>増えるわけがない。
>優秀な人は、その定義からいって少数派だ。
>少数派だけが子育てしたくなる社会なんて終わっている。


そんな簡単なことを、自称「合理主義者」ってわからんのである。


まあ、馬鹿だから、そんな合理主義を信奉できる。


合理主義ってなの馬鹿。


よく短期的に「合理」で、局地的に「合理的」でも、長期的には、不合理。大局的には「バカの極み」てよくある。

まあこれだ・・

http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/名言の備忘録/


上記文抜粋
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曹操 




貴様らには広大無辺の大地を見渡す目と億の民を食わせる気概が足りぬ!

ふたたび関羽の呼びかけに応じるならば


命をはった言葉で天下を騙りに来い!



関羽



若者よ!おまえが人の営みの壮大さを想像できる者な

地に万里の長城という境もなければ


人に漢民族という境もない!


中華という枠さえないぞ!

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抜粋おわり

試験管の中の合理主義を、「合理主義」っていっているのが、ガラパゴス地獄の、日本天皇カルト。



お読みくださりありがとうございます。


 

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覚悟・・・。

アバンギャルド精神世界 より

上記文抜粋
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みじめで情けない自分と向き合う


◎恐怖パワーと期待しないで坐ること

自分が人間である限り、自分はみじめで情けないものだ。それは悟った人を除くすべての人に共通している。

落ち着いて自分に向き合ってみれば、ここは冥想するという意味だが、そのまま、あるがままの自分が次第に見えてくる。

自分が、実は元気がなく、愚かで、空虚なことを追い求め、お愛想と外面とは裏腹に、醜い存在であることを感じる。

さらに日々、自分の生活、生存のため、あるいは、自分のメリットのため、自分がちょっと便利になるためにやってきた大小様々な行動や他人への仕打ちを振り返ると、自分が罪深い一方で、不安におののく、ちっぽけでつまらないものであることを感じている。

こういうアプローチは、開運招福、恭喜発財、ラッキー引き寄せとは、対角にあるのだが、これが人間の真実である。ネガティブな故にマスコミでは、「本当はネガティブな自分」という題材は、視聴率もとれないし、アクセス数も稼げないので稀にしか取り扱わない。

だが、それを正面から見据え、逃げないことがまともなアプローチである。

その時、自分は何ものにも頼れない、寄る辺のない孤独感を味わう。資産数兆円の大金持ちでも、金メダルのスポーツのヒーローでも、人気ランキング・トップの芸能アイドルでも、アクセス数トップのユーチューバーでも、権力の頂点にある大統領でも国家主席でも首相でも、官僚の事務方トップでも、孤独でみじめで情けないことには変わりない。

この時代は、自分にあった職業で自己実現するという教育、宣伝が行き渡りすぎた悪影響で、人生のポジティブさを尊重しすぎる弊風がある。そのおかげで、「孤独でみじめで情けない」自分に向き合うことはますます恐ろしく、暗いものに感じられるものとなった。

当たり前の人間として生きるとは、「孤独でみじめで情けない」自分を認めつつ生きるということ。それは恐ろしいことである。それはとてもいやなことである。でもそこから逃げずに向き合ってみるのが冥想。

冥想する。ただ坐る。背骨を垂直に伸ばして腰を入れて、脚を組んで坐る。あるいは姿勢は自由で、目を閉じ、目を開け、あるいは半眼で、聞き守りつつ坐る。

時に、私は、こんなにまじめに坐っているのに、頭が混乱して翻弄されるだけで、気分も落ち着きやしないなどと思うかもしれない。

それでも坐るのが健全な自分自身への向き合い方。

誰もが簡単に悟れはしないのだが、覚者は「悟った人は、悟ってない人との差はない」と言い、「悟りは簡単なこと」だとも言う。

さはさりながら、禅でも密教でも古神道でも念仏でも、覚者の修行ぶりで伝えられるものは、冥想フリークのように冥想に打ち込むものが多いというのも事実なのである。

大災害にあって停電でスマホ携帯も繋がらないと自ずと自分に向き合う。孤独と不安と恐怖。でも自分に向き合う訓練は平常時から行わなくてはならないのだと思う。

世の終わりというマスで発生する大量死の時期も、自分が孤独に死んでいく死の時期も死としては自分にとって同じなのだ。

悟っていない身にとっては、どちらもとてつもない恐怖であることに変わりない。自分が自分に向き合うためには、いかに本気で向き合うかがためされる。

その本気には、「本気1.0」「本気2.0」「本気3.0」・・・・・「本気max」がある。

本気に向き合うエネルギーは恐怖から供給されることを見て「恐怖の恵み」などとも言われる。

「本気1.0」から「本気max」への深化は、只管打坐でもそうだしクンダリーニ・ヨーガでもそうだし、その皮の向け具合を玉ねぎの皮に例えてシュンニャとも言う。

ある程度進んだところで、真正な師匠に出会うことがある(自分が偽りならば、偽りの師を選ぶという法則もある)。

何の期待もせずに坐る。


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抜粋おわり


達人伝で、藺相如が呂不韋に「自分の欲なり心の底を見たことがあるのか」といわれ、呂不韋が戦慄して、なにかに覚醒するって場面がある。

まあ、変なモノにも呂不韋は覚醒もするけど・・・この場面は、好きで結構何度読んで、震えるものがある。
参考 


>開運招福、恭喜発財、ラッキー引き寄せとは、対角にあるのだが

この作中の藺相如に言わせると、それすら、自分の闇・「みじめで情けない自分」に直面しないと、得られない・・・といいえる。


でも、それをしていると、いつ天皇カルトに消されるか・・てのがまさに末世の日本。



お読みくださりありがとうございます。

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阪神淡路をもう一度・・て天皇家は狙っている。天皇を消して明るい日本を。

ねことそらのあいだ より

上記文抜粋
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静岡学園優勝と1995年

第98回全国高校サッカー選手権大会は13日、静岡学園の優勝で幕を閉じた。

地の11神のサッカーは、女子の藤枝順心とともに、静岡県勢がアベック優勝。
一般論では「サッカー王国静岡の復活」だけど、事象的にはパワーの集中が気になるところだ。

この時期だし。
富士山+駿河トラフだしね。

静岡学園は国生み開始の前年、黄泉の99り姫イザナミによる「日本列島の十字」の最終セッティングが行われた静岡市の葵区にある。
2017年4月7日。スペイン国王フェリペ6世夫妻の静岡市訪問だ。

戌亥(乾)の国生み神事のタイムスイッチはあのときに入った。
久能山東照宮の「家康公の洋時計」だ。

静岡学園が前回優勝したのは1995年度大会。
まもなく25年を迎える阪神淡路大震災の年。

元日に天皇杯で優勝したヴィッセル神戸(1995年創設)につづいて、地の11神のサッカーで「1995年」のキーワードが示されたことになる。

プラスして静岡県勢のアベック優勝。
パワーバランスの偏り.....。

おなじ13日、静岡市駿河区の丸子では、製茶工場火災。
紅茶生産発祥の地だそうだ。

そういえば出雲にもスサノオ番茶って銘茶があるけど、それはともかく静岡学園の優勝に先んじて12時44分ごろ、埼玉県比企郡吉見町の北吉見八坂神社が全焼したのがやたら気になってる。

どうやら放火らしい。

吉見町といえば吉見百穴で有名。
(霊的にはあんま行かない方がいいかも?)

だがそれより事象的に問題なのは、北吉見八坂神社の祭神がとうぜん素戔嗚尊である点。
スサノヲ+火。
火の禊のスサノヲ、だ。

おまけに吉見町は中央構造線。
静岡学園の静岡市葵区=糸魚川静岡構造線とあわせると、イザナミがかつて熊本大地震につづく「日本列島の十字」セッティングの糸魚川大火災+いきなりステーキ火災(大宮氷川神社)で示した、「火の禊の十字」になっちゃうんだよな。

1995年+火の禊の十字って、どうなんだろうね、これ。
地の11神的に。

フィリピンではルソン島のタール火山が噴火。
.リングオブファイアも相変わらず活発なだけに....(ー ー;)

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抜粋おわり



天皇家が、最大の犯罪者であるから、まあ日本人はいつでも警戒態勢を解けない。

まあ、これも用心する参考になれば。


お読みくださりありがとうございます。

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