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故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
https://k10p.net/?p=4038 より

上記文抜粋
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よく天下の危機を助ける者は、天下を安定に導く者です。よく天下の憂いを除く者は、天下の楽しみを享受する者です。よく天下の災いを救う者は、天下の幸福を得る者です。

恩沢が民にまで広まれば、自ずと賢人もやって来ます。恩沢が虫にまで広まれば、自ずと聖人もやって来ます。賢人が来た国は強力です。聖人が来た国は万事まとまります。賢人を迎えるのには徳が必要で、聖人を迎えるには道に則した振る舞いが必要です。賢人が去った国は力が衰微し、聖人が去った国は民が乖離し乱れます。

力の衰微は危機の前触れで、民の乖離は滅亡の予兆です。


賢人の政治は、人を治めるのに自らをもって行い、聖人の政治は、人を治めるのに心で行うものです。

自ら行えば根っこから計画することができ、心で行えば終始安定します。自ら行うのに礼をもって遇し、心で行うのに楽しみをもって遇することです。

いわゆる楽というものは音楽のことではありません。家に集う楽しみ、親族の集う楽しみ、仕事の楽しみ、土地の楽しみ、規律に従う楽しみ、道徳に沿う楽しみのことを言うのです。このようなことを弁えた君主は、そこであらためて音楽を作り、人の和を保つのです。

これはつまり、徳ある君主は音楽をもって人を楽しませることができるが、徳のない君主は音楽をもって自身を楽しませるということです。人を楽しませる者は地位を長く保ち、自身が楽しむものは地位を保てずに滅びます。


近いものを見ずに遠くのものを考える者は、疲れるだけで成功できません。遠くのものを見ずに近くのものを考える者は、かえって力が抜けて成功するものです。ゆったりした行政には忠臣が多く、慌ただしい行政では怨む民が多くなります。

であれば、土地を拡大することに注力すれば政治は荒れ、徳を広めることに注力すれば国は強くなります。自分の土地を守れば安定し、他人の土地をむさぼれば問題が起きます。

破滅的な政治をすれば、末代まで災いを被ります。軽々しく変化に過ぎれば、表面では成功したように見えても必ず失敗します。自分のことは棚に上げて、人のことを教育しようとしても出来ません。己を磨いて人を教化すれば順調に行きます。そうでなければ乱れを招き、そうであるのが治の要です。

道德仁義礼の五つの要素は、本質的には一緒のものです。道は自然の理で、徳は体得するもので、仁は人が親しむもので、義は人が良しとするもので、礼は人がおこなうものです。このうちどれが欠けても完全ではありません。

いうなれば、朝起きて夜寝るのは礼の取り決めです。賊を討って報復するのは義の決断です。思いやりの心は仁の発端です。自分が得たものを人に与えるのは徳の行いです。人に対して公平に接し、居場所を失わないのは道の教化です。


君主が出したものを臣下にくだすことを、命と言います。竹符や帛書に書を施すことを、令と言います。それを奉じて実行に移すことを政と言います。命が失われたなら令が届かず、令が届かなければ政は行なわれません。政が行われなければ、無道となり、そうなれば邪な姦臣が力を強め、邪な姦臣が強ければ、すなわち主君を食い破ります。


賢人を迎える道は遠く、愚者と遭遇する道は近いです。これをわきまえた明智ある君主は、妥協せずに労を惜しまず賢人を探すのです。だからこそ良く成功をおさめるのです。

賢人を高貴なものとすれば、臣下は力を尽くすようになります。注意すべきは、誤ってひとつの善を退けた途端に、他の善のやる気を削ぐことになることです。また、ひとつの悪を賞した途端に、大勢の悪が集まってきます。

善人は守り、悪人を退ければ、国が安定して沢山の善人があつまります。民衆が疑うようになると国は安定せず、民衆が惑うようになると統治は出来ません。疑いの状態を安定させ、惑いの状態から回復させれば、国は安定します。


ちょっとでも誤った命令を出せば、沢山の命令が無駄になり、ちょっとでも悪事を見逃せば、それで沢山の悪事が湧いてきます。ですから善なる従順な民には施しを与え、悪凶なる民に刑罰を加えれば、命令も実行されて怨むものがなくなります。

怨まれているものが怨むものを治める、これを天道に背くと言います。仇なされている者が仇なす者を治めれば、その混乱は救いようがありません。民を統治するものが公平で、公平に行うのに清廉であれば、民は安定を得ることができ、そして天下安寧の世の中となるのです。

上に背くものが高位につき、貪欲なものが富めば、聖人が君主となっても統治することは出来ません。上に背くものを罰し、貪欲なものを拘束すれば、それで教化は行われて諸悪は消滅します。

清廉潔白の者は、地位やお金では心を掴めません。節度と義の者は、威圧と刑罰で脅すことは出来ません。ですから明智ある君主が賢者を求めるときは、必ずその人物の人柄を見て行動するのです。

清廉潔白な人材を求めるときには、まず自身が礼を修め、節義の人材を求めるときには、まず自身が道に則して行動するのです。そのように自身が修めてから人材を求めるようにすれば、君主としての名を保つことができるのです。

聖人君子というものは、ものごとの盛衰の本質を理解し、成功と失敗の発端を心得、治乱の機微を研究し、行動の節度を知っているものです。だからこそ困窮していても亡国には仕えませんし、貧窮していても乱れた国の世話にはならないのです。世を忍んで隠遁していても、時が来たと思えばたちまち招かれ、そして高位についてしまうものです。

君主が徳を修めれば、すなわち類稀なる卓越した功績をたてることができます。そうなれば王道は順調に運び、名が後世にまで響くのです。


聖王の用兵は、好んで行うものではありません。世の暴君や乱臣を討伐するものです。

義をもって不義を誅伐しようとするのは、大河の水を流し込んで小さな火を消し、深海に落ちることを望む者を突き落とすような、そんな簡単なことです。必ず勝ちます。それでも余裕があって敢えて行わないのは、人を傷つけることを重くみるからです。

そもそも戦とは災いのもとです。天の道としても忌む所です。ですから戦はやむを得ない場合にのみ行うもの、これが天道です。

道と人の関係は、水と魚に例えることが出来ます。水があるから魚は生き、水がなければ魚は死にます。だから君子は常に自分を戒め、そのようにして道を踏み外さないようにするのです。

豪傑が要職につけば、豪傑の力が強まり国威は弱まります。生殺与奪の権力を豪傑が握れば、国威は無くなります。豪傑の力を低く抑えれば、國は長らえることが出来ます。生殺与奪の権力を君主が握るなら、国は安泰です。

国中の民の暮らしが行き詰まれば、国は空っぽになり、国民の暮らしが豊かになれば、国も安泰です。

賢臣が要職にあれば、邪臣は外へ追いやられます。邪臣が要職にあれば、賢臣は退けられます。政治に秩序が失われれば、その災いと乱れは世に広まります。

大臣が主君を疑えば、多くの姦臣が集まります。臣下の力が君主の力に匹敵するようになると、上下の関係に暗雲が立ち込めます。臣下の力が君主の力を凌ぐようになると、上下の秩序が失われます。

賢者を害する者は、その災いは三代に及びます。賢者の動きを封じる者は、その害が自身に及びます。賢者に嫉妬する者は、名声が損なわれます。賢者を推す者は、その福が孫子(まごこ)に及びます。ですから君子は賢者を推挙するのに性急に行い、そして名声を高めるのです。

一つの利のために百の害を呼び込めば、民は去ります。一つの利のために万の害を呼び込めば、国の滅亡が囁かれます。一つの害を退けて百の利を呼び込めば、人はその大徳を慕います。一つの害を退けて万の利を呼び込めば、政治は乱れようもありません。



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抜粋終わり



お読みくださりありがとうございます。
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https://k10p.net/?p=4017  より

上記文抜粋
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古の三皇(伏犠・新農・黄帝)は言葉で指示しなくても、政の効果は天下に流れていました。ですので天下の功績は誰に帰属するものなのか知られませんでした。

古の五帝(少昊・顓頊・髙辛・堯・舜)は、天の道を体得し地の道に則り、言葉で命令を下して天下をおさめました。君と臣は互いに功績を譲り、天下に教化が広まりましたが、それでも民には五帝の功績がわかりませんでした。このように臣下も礼や賞を求めず、それでいて功績を上げ美しく行動したので害などありませんでした。

古の三王朝(夏・殷・周)は、人民を制するのに道をもっておさめ、心を掴んで志を行き渡らせ、さらに規律を設けて秩序の衰退に備え、その結果、天下はみな協力し、王の職務を全うできました。軍事に対する備えはあったものの、それでも戦には及ばなかったのです。それは君と臣が互いに疑わず、国は定まり主は安泰で、臣下は義をもって出しゃばらず、また、よく美しく行動したので害がなかったのです。

そして春秋五覇(斉・宋・晋・秦・楚)の時代では、臣下を統制するのに権力をもって治め、臣下を結束させるのに信頼をもって治め、臣下を使うのに恩賞をもって治めました。その結果、信頼が薄まれば臣下の働きは鈍り、恩賞が欠乏すれば臣下は命令を聞かなくなったのです。

《軍勢》にこうあります「軍を出陣させて指揮を執るには、将軍が指揮権を握るもの。それを主君が中央から口を挟んで制御しようとすれば、功績は成り難し」と。

《軍勢》にこうあります「智者・勇者・貪者・愚者の特性は、智者、功績を立てることを望む。勇者、志を遂げることを望む。貪者、利益を得ることを望む。愚者、命知らず。これらの特性に因って用いる、これが軍の機微なる対応」と。

《軍勢》にこうあります「弁舌に優れた縦横の士と敵国の美点について議論してはならない。それは下が惑う要因となる。仁者に財務の責任を負わせてはならない。それは多く施して財務が傾く要因となる」と。

《軍勢》にこうあります「巫女や占いの者を禁じ、役人が興味本位で軍の吉凶を占いに求めることを出来なくさせる」と。

《軍勢》にこうあります「義士を使うには、財では動かない。それは、義の者が不仁者の為に身を投げ出して働いたりしないし、智者は、暗愚な主君のために献策しないもの」と。

主君は徳が備わっていなくてはなりません。徳がなければ臣下は背きます。また、威厳も備わっていなくてはなりません。威がなければ権力は保てません。臣下も徳が備わっていなくてはなりません。徳がなければ君のために仕事はしません。また、威厳も備わっていなくてはなりません。臣下に威がなければ国全体は弱態しますし、威がありすぎても国が傾きます。

古の聖王(夏・殷・周)が世間を御するとき、ものごとの盛衰を見極め、得失を見定め、そうして国の法制ができたのです。そして諸侯は二軍、方伯(諸侯の長・覇者)は三軍、天子は六軍を保有することが定められたのです。

世が乱れれば反逆が増え、王の徳が尽きれば諸侯が結託して争いごとが増えます。

徳と勢力が匹敵するならば、決着はつきません。そうなれば人材の心を掴み、下と思いを同じくし、そうしてから臨機応変に行動しないと勝利できません。であれば、権謀術数に優れていなければ、相手の弱点をつき惑わせることはできないのです。つまり奇謀策謀に長けていなければ、姦賊も外敵も撃ち破ることは出来ないのです。


聖人は天道を体得し、賢人は地の道に則り、智者は歴史に学びます。そこで《三略》を世の衰退に備えて著しました。上略では禮賞の大切さ、姦賊のひどさ、成功と失敗のヒントを述べています。中略では德行について分類し、臨機応変の処置について述べています。下略では道德について開陳し、安危について分析し、賢と賊の害について明らかにする。という内容に仕上げました。

主君が上略を理解すれば、上手く賢者を用いて敵を翻弄できます。中略を理解すれば、上手く将軍を制御して下を統率できます。下略を理解すれば、ものごとの盛衰の根源を察することができ、それを活用するコツがわかります。臣下が中略を理解した場合は、よく功績をあげて身を安全に保つことが出来ます。

空高く飛ぶ鳥を射てしまえば、弓は蔵にしまわれ、敵国が滅びれば、謀略の臣は亡びます。亡びるというのは、身を始末されるのではなく、その威光を奪われ権力をなくすことを言います。朝廷に封ぜられ、高位を極め、そして功績を讃えられることも有るでしょう。中央の良い土地を与えられ、そして富を与えられ、美人や珍宝を与えられて心を悦ばせもするでしょう。

人というものは一度くっついてしまえば簡単には離れません。権威もまた一度手にしてしまえば簡単には移譲できないのです。ですから軍が帰還し軍を解散させるのは、危機感の有る行動なのです。そこで、それを和らげるのに地位を与えたり、権限を回収するのに土地を与えるのです。これを覇者の機略といいます。

覇者の行いについては議論のいるところであります。国を守り人材を招くのは、中略の語ろうとする所です。しかし世の主君が秘密にしておきたい事柄でもあります。




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抜粋終わり

黄石公三略・上略の現代語訳 より

上記文抜粋
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主たる将のやり方というのは、まずガッチリ部下の心を掴み、功績を賞し、自らの志を皆に浸透させることです。

ですから皆と好みを同じくすれば、成し遂げられないことは無いし、皆とにくしみを同じくすれば、心を傾けてくれないことなどありません。

国を治めることも家を安定させることも、まずは人の心を得ればこそ為せるものです。国も家も亡くしてしまう要因は、つまりは人の心を失うことにあるのです。


人類は皆、自分たちの思いを実現したいと願っているのです。

《軍讖》にこうあります「柔よく剛を制し、弱よく強を制す」と。

柔に身を置けば美徳を得ますが、剛に身を置けば賊として憎まれます。弱に身を置けば人の助けがありますが、強に身を置けば怨まれて攻められます。

ですが、柔はものごとに対応して備えることができ、剛は動いて与えることができ、弱は無茶をせずに人を用いることができ、強は及ぼすことができます。

この柔・剛・弱・強の四者には、ここであげたような使い所がありますので、うまい具合に制御して使うことです。

事象という手がかりがなければ知る由がありません。

天地のはたらきは神妙で、物事とともに推移するものです。常にとどまることなく変動し、敵に対応して転化します。はやまった行動はせずに動くということは、つまり敵に対応して変化するということです。

ですから上手く姿形を見せずに勝利を企図し、天下に威をしめすことを成し遂げられるのです。八方の領土を平定し、辺境部族を鎮められるのです。

このように動くことができる者は、帝王の器にふさわしいと言えます。


ですからこう言われます「強を追求せずにいられないものは、上手く微妙なるものを守ることが少ない」と。もし微妙なるものを守れば、すなわち生を全うすることができます。

それをわきまえた聖人は、それを守って物事に対応します。

それを伸ばせば四海(天下)に届き、それを巻けば懐に収まるので、それを収納する倉庫もいらないし、それを守るのに城も必要としません。これを胸に収めておけば、敵国を屈服させることができるのです。


《軍讖》にこうあります「上手に柔と剛をつかいこなせば、その国に光(栄光)が広がる。上手に弱と強をつかいこなせば、その国の威が明らかとなる。愚鈍に柔と弱にこだわれば、その国はかならず衰退し、愚鈍に剛と強にこだわれば、その国は必ず滅ぶ」と。

そもそも国を治める道というのは、賢智ある者と下々の民衆に頼るものです。賢智ある者を信頼すること腹心の如く、民衆を使うこと手足の如くできれば、すなわち政策を不足なく実行できるのです。

つまりそれは、手足と体がよく連動し、骨と関節がよく連動するようなもので、それは天の道としても自然であり、その巧みな行いに付入る隙きはありません。

軍と国の要は、民衆の心を察し、そして責務を実施することです。

危険があれば安定させ、恐怖すれば歓待し、背けば戻し、冤罪があれば赦し、訴えがあれば調査し、低い立場の者は引き上げます。強いものは抑え、敵対するものは撃ち、むさぼるものは豊かにし、欲するものは与え、畏れるものは隠し、謀略に優れたものは登用し、讒言するものは誤りを覆し、そしるものは誤りを復し、反乱するものは廃し、専横するものは挫きます。満ちているものは絞り、帰順するものは招き、服従するものは受け入れ、降るものは許します。

固き場所に獲得したら守り、険しい場所を獲得したら塞ぎ、難所を獲得したら駐屯し、城を獲得したら部下に分け与え、土地を獲得したら部下に分け与え、財を獲得したら部下に分け与えます。

敵が動いたら探り、敵が近づいたら備え、敵が強ければ下手に出て、敵が充実していれば避け、敵が優勢であれば待ち、敵が激しければ疲れを待ち、敵が無道であれば正道で応じ、敵が連携していれば離間をはかります。

敵の挙動に応じて挫き、勢に因って破り、喧伝して貶め、四方に網を張って人や情報を集めます。

利を得ても独り占めしてはなりません。得ても守り続けてはなりません。得ても長居してはいけません。敵が新君を擁立したら攻めてはなりません。

行動を指示したのは自分ですが、実際に得るのは部下であり、自分は実利を得ません。しかし部下はせいぜい諸侯にとどまるのに対し、自分はすでに天子なのです。城は部下に守らせ、統治は部下に委任するものです。


世間ではよく祖先を祀っていますが、よく下々の立場を考える者は少ないです。祖先を祀るのは親族の礼からであり、下々の立場を考えるのは君主の責務です。

下々の立場を考えるとは、耕地を改善し、効率を高め、税を薄くし、その財を圧迫せず、兵役を軽くし、その労力を疲れさせなければ、すなわち国は富み民の暮らしも楽になり、そのようにしてから部下を選んで民を統治させます。

ここでいう部下とは、優れた人材のことを言います。ですからこのように言われます「優れた人物を広く集めれば、すなわち敵国は困窮する」と。優れた人物は国の根幹です。庶民は国の根本です。根幹を得て根本をおさめれば、すなわち政治が行われて怨むものは無くなります。


兵を用いるときの要は、礼を厚くして俸禄を重くすることにあります。礼を厚くすれば智者が集まり、俸禄が重ければ優れた人材も身を投げ出して働きます。ですから賢者の俸禄は惜しまず、功績を賞するに躊躇しなければ、部下は力をあわせ、敵国を破ってくれます。

人を用いる方法は、厚遇するのに爵位を与え、高揚するのに財を与えるようにすれば、すなわち湯集な人材が勝手に集まってきます。接するに礼遇し、奨励するに義を以て接すれば、すなわち優秀な人材は身を投げ出して働くのです。

将帥というものは、日頃から士卒と飲食を共にし、苦楽を共にするもので、そのようにして敵との戦いに及ぶことができるのです。そうであればこそ兵は勝利し、敵を平らげることができるのです。

昔の話にこうあります「良將が軍を指揮していた時、酒を贈るものがおり、それを河に流して、兵士たちと河の水を飲んだ」と。ちょっとくらい河に流したくらいでは河の水から酒の味などしません。しかし、将のために身を投げ出して戦おうと思うのは、共に酒を味わおうとするその気持ちを受けてのことなのです。

《軍讖》にこうあります「陣中の井戸を掘っても水脈に達しないうちは、将軍は渇きを口にしない。陣の設営が終わらないうちは、将軍は倦怠を口にしない。軍の食事が準備できないうちは、将軍は空腹を口にしない。冬は着込まず、夏は扇子をつかわず、雨に傘をつかわない。これを将の礼という」と。

このように苦楽を共にすれば、部下は結束して離れることがなく、労を惜しまず働きます。それはつまり普段から恩恵を施し、普段から思想を一つにしているからなのです。ですからこのように言います「恩を与え続けて怠らなければ、一つのことで万人の味方を得られる」



《軍讖》にこうあります「将の威を示すことができるのは、号令の効果です。戦の完全勝利は、軍政の効果です。兵士が身を投げだして戦うのは、命令を実行しようとする気持ちです」と。ですから将は命令を軽々しく取り消さず、賞罰は天地のごとく真っ直ぐに行うものです。そうであればこそ人を使いこなす事ができるのです。そして兵士は命令を実行するため、国の境を越えて行くのです。

軍を統率し態勢を整えるのは将軍です。勝負を制し敵を破るのは兵士です。ですから乱れた将軍が統率しても軍は整わず、統制の取れない兵士が戦っても敵を討つことが出来ません。そうなれば城を攻めても抜けず、町を攻めても落とせません。二者の攻略が上手くいかなければ、兵士の気力は衰え疲弊します。兵士が疲弊すれば、将軍は孤立して兵士は四散して離れます。そうなれば守っても固さはなく、戦えば敗北します。これを「老兵」と言います。

兵が老い疲れれば、将軍の威は弱まり、将軍の威がなければ、兵士は刑罰を軽くみるようになります。そうなれば小隊は統制を失い、兵士は逃亡します。兵士が逃亡すれば、敵がそれに乗じて攻め寄せます。利に乗じた敵と戦えば、我軍は必ず敗れます。


《軍讖》にこうあります「良將の軍の統率は、思いやりの心をもって人を治める」と。恩恵を施せば士気は日に日に高まります。戦えば疾風のごとく、攻めれば貯めた河の堰を切るが如く。このようなれば敵は戦いたくても為す術がありません。降伏するしか他になく、勝利の道はありません。これはつまり、将軍自ら人より率先するからであり、そうであればこそ天下を競うことができるのです。

《軍讖》にこうあります「軍は賞を表に出し、罰を裏とする」と。賞罰が明らかであれば、将の威信は保たれます。優秀な部下を得ることができれば、兵士は心服します。任じた部下が賢者であれば、すなわち敵国は震えることでしょう。

《軍讖》にこうあります「賢者の行くところ、そのまえに敵はなし」と。ですから賢士には驕らずにへりくだらなければなりませんし、将軍に任じたら安楽をはかって憂い事をなくすようにし、賢者の謀は深く信じるようにして疑ってはならないのです。

もし賢士に対して驕りを見せれば、従うことはありません。将軍に任じて憂い事があるならば、内外の信用を失います。賢者の謀を疑えば、敵国がよろこびます。このような状態で戦ったとしても、混乱を招くだけです。

将というものは、国の命です。将が上手く勝利をおさめるからこそ、国家は安定するのです。


《軍讖》にこうあります「将は清廉、冷静、公平、均整で、諫言や訴えに耳を傾け、進言を採用し、国の内情や土地や地形を心得て、そしてしっかりと軍権を司るもの」と。

仁者賢者の知恵、聖人の配慮、下々の願望、朝廷の意志、興亡の歴史のことは、将であれば良く良く知っておくべき事柄です。

将軍が、人材を渇望するように求めるならば、策謀も集まります。将軍が諫言に耳を傾けなければ、優秀な人材は去ります。献策を採らなければ、智謀の士は背きます。善悪同列に扱えば、功臣は気力を失います。独断専行ならば、部下は上に責任転嫁します。自分の功績を求めれば、下は働く気力がなくなります。陰口を信じれば、下の心は離れます。財をむさぼれば、下の悪事を責められません。好色すれば、部下も淫らに行動します。

この8項のうち一つに該当すれば、下の心は掴めません。二つあれば統制がとれません。三つあれば下は逃げます。四つもあるなら国に災禍が及びます。


《軍讖》にこうあります「将軍の謀は内密にするのが理想、将兵は一つにまとまるのが理想、敵は疾風のごとく攻めるのが理想」と。

将軍の謀が内密であれば、裏をかかるスキがありません。将兵が上手く連携すれば、結束が固くなります。敵を攻めるのに素早く行えば、敵は守りを固める余裕もありません。軍にこの三つの要素が備わっているならば、計画通りに事が進みます。

計画が漏れているならば、軍の勢は崩れます。外にも内にも気を使う必要が出てくるならば、とてもその災いを全て防ぐことは出来ません。そのうえ賄賂でもまかれたならば、裏切り者も増えるでしょう。この三つの要素が発生した軍は必ず敗北します。

将軍に思慮がなければ、智謀の士は愛想を尽かします。将軍に勇気がなければ、士卒の士気が保てません。将軍がみだりに動けば、軍も軽率になります。将軍がたびたび怒れば、全軍が萎縮します。

《軍讖》にこうあります「思慮と勇気は将軍に欠かせない要素。怒りと行動は将軍が制御すべき要素。この四者は、将軍の気をつけるべき事柄である」と。


《軍讖》にこうあります「軍に資金がなければ、人材は来ない。軍に賞賜がなければ、人材を使えない」と。

《軍讖》にこうあります「美味なる下には必ず釣れた魚あり。重賞の下には必ず勇者あり」と。これはつまり、礼をもって遇すれば人材が自ずと集まり、賞をもって遇すれば人材は身を投げ出して働く、ということです。

人材を集めようと思えば環境を整え、人材を働かせようと思ったら見返りを示すことで、そこでようやく人材を得ることができるのです。

逆に言えば、礼を渋れば人材は去り、賞を渋れば人材は働かないのです。どちらも怠らずに行ってこそ、人材は我先にと働くものなのです。


《軍讖》にこうあります「国が軍を興す時は、まず恩恵をさかんに施すもの。敵を攻め取ろうとする時は、まず民衆を養うもの。少をもって多に勝つ要因は恩恵。弱をもって強に勝つ要因は民衆」と。良將が人材を我が身のように養うのは、このためなのです。

また、そうであってこそ全軍の心は一つになり、そして完全なる勝利をおさめることができるのです。

《軍讖》にこうあります「用兵の要は、まず敵情を観察し、敵の備蓄を探り、敵の食糧事情を調べ、そして勝利を算定し、天の時と地の利を考慮し、敵の弱点を探すことにある」と。

国に戦もないのに物資を運び入れているのは、物資が不足しているからです。民衆の顔色が悪いのは、物資に困窮しているからです。遠方に食料を輸送すれば、人はそのぶん飢えることになります。あわただしい様子であれば、食が満たされていないことのあらわれです。

つまり遠方に運んだ分の食料が不足するということであり、二倍運べば二倍不足し、三倍運べば三倍不足するのです。そうなれば国が空っぽになります。国が空っぽであれば、民も貧窮することになり、そうなれば上下の信頼もなくなります。そして敵が外から攻めてくれば、内に盗人が横行するようになり、このような状態では国は必ず潰れてしまうでしょう。


《軍讖》にこうあります「上が暴虐であれば、下は忙しく過酷になる。たびたび重税を集め、たびたび刑罰を与えれば、民も残虐になる。これを国を亡くすという」と。

《軍讖》にこうあります「内情は貪欲であるのに外面は清廉にし、栄誉を偽り名を高め、公を傘にきて恩を売り、上にも下にも惑わせて、身を飾って良い顔をし、そして高位を得る。これを盗人の始まりという」と。

《軍讖》にこうあります「有力者たちが結党し、顔見知りだけを推し進め、姦賊を取り上げ、仁者賢者を退け、公事よりも私事を優先し、結果として官吏に乱れが生じる。これを乱の源という」と。

《軍讖》にこうあります「豪族が集まって姦計をめぐらし、本来の位よりも高い地位を得て、つねに威を高めることを求め、蔓のように連なってはびこり、私の徳を植え付けて恩を売り、権力を奪い、下々の民をしいたげ、結果として国内が騒がしくなるも、ほかの臣は隠れて発言しない。これを乱の根という」と。

《軍讖》にこうあります「地方の姦賊が成り上がり、地方官を押しのけ、つねづね利便を追求し、意を曲げて公文書を弄り、そして君主の立場まで危うくする。これを國姦という」と。


《軍讖》にこうあります「役人は多く民は少なく、尊卑の区別もなく、強弱が対立し、それをみて禁止も制御もすることなく、しまいには君主までそれに飲み込まれてしまえば、国にまでその咎が及ぶ」と。

《軍讖》にこうあります「善を善きことと知りながら行わず、悪を悪いことと知りながら退けず、賢者がいても見ぬふりをし、不肖者が高位にあるだけでは、国までその害が及ぶ」と。

《軍讖》にこうあります「根よりも枝葉のほうが大きく、連携して勢力を保ち、卑賤のものが貴をしのぎ、ながらくそのような状態であるのに、上がそれを退けずただ忍んでいるのでは、国までその腐敗が及ぶ」と。


《軍讖》にこうあります「佞臣が上に在れば、全軍みな訴える。威を借りて自らを可愛がり、行動するに周囲に耳を傾けない。進むでもなく退くでもなく、いやしくも堂々と地位を取る。独断に任せて動き、動けばその功を誇らしくする。徳のある人物を誹謗し、平庸なものを用いるよう進言し、善でもなく悪でもなく、自分を規準として周りを同調させる。政務を怠り、命令を怠る。苛烈なる政治を横行し、しばしば古きことと通例を変える。君主がこのような佞臣を用いたなら、必ずひどい害を被ります。


《軍讖》にこうあります「姦雄なる腹黒い人間たちが互いに称賛し、実態を明らかにせず陰に隠蔽する。中傷と賞賛を自由に行い、正論を聞き入れず耳を塞ぐ。それぞれ私利するところに媚びへつらい、主君から忠臣を遠ざける」と。

ですから主君は異なる意見も考慮すべきですし、そうであれば小さな企みも看破できるのです。主君が優れた人材を招聘すれば、姦雄は自然と去るほかありません。主君が老練な旧臣を用いれば、万事全て安定します。主君が在野の人材を招聘すれば、人材としても能力を発揮でき国としても実利を得ます。下々の民にも気をかければ、功績を広めることにもなります。人心を失わなければ、その徳は満ちて天下という広い大洋に溢れることになります。






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抜粋終わり

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