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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。


昨日の第二初詣と・・・

第二初詣。

太極拳の「捨己従人」って秘訣がある。

ちょっと「推手」の練習をしたら、少しその一端はわかる。

これが「己を捨てて、人に従う・・・ことで、逆に自分に都合のいいように事態を利用する」

てことにできる。

参考

参考2

孫子のいう順詳ての、これを徹底すると「意図して相手に従って、隙を見つけるなり、ノウハウを盗み切って、一転相手を葬る」ってのと近い。

結局は人生ってのは、仏神なり天地宇宙なりと、推手をするようなものだ。と思う。

推手も一種のそれも演武となり作品にもなる。将棋や囲碁の棋譜のようになる。

その製作者としては一体だが、推手の相手としては別で、個人である・・・


まあ、これは「天人合一」というかその前の段階で、かつ、それを越えた「涅槃・自由の極地」の現れの一形態と思う。


ただやみくもに、相手や状況に追従するのでなく、自他と調和して舞うように・・・そうでないと「吹っ飛ばされる」ので作品としたら失敗。

日本人の特に指導者が言う「自分を捨てろ!」てのは、自分を棄てようと意思が強すぎて、固着して浮っ飛ばされれているようなモノ。まだ舞うような喜びが無いからね。





お読みくださりありがとうございます。




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逆のことをしているけどな・・

御釈迦さんさんから「取り返そう」って言っているわりにはだけど・・


先日に頼んでいた「般若心経秘鍵」の経本が、届いたようで、いつもの仏具屋さんに行って、購入。

これ結構面白いのもあって、いいですは・・・


ちょっと余談だが、この般若心経秘鍵の「あとがき」と称する面白い文章が出来たのが、鎌倉末期とか・・

ちょっと拝借・・

これ読んで一瞬笑った。

ちょうど、鎌倉末期は「元寇」と「鎌倉新仏教と、密教系仏教の再編が出そろう」った時。

どうもこのあたりで、仏教系夢殿システムも一応の完成と言い得る。

ただこの後に南北朝や戦国時代と続いて、そんなに全国的に一元には動かなかったと思える。

まあそれも、少なくとも江戸時代までは、それなりに草・庶民にも有効に機能していたと思える。
夢なり想念の「社会主義システム」としての「夢殿」と考えると・・・

でも明治維新はそれ完全にぶっ壊した。

まあ仏教的な意味での戒なりモラルのタガが壊れたのもある。これは廃仏毀釈。

あるいはそれ以上に明治朝日本帝国の「中央集権制の完成」と「技術の発展」による、「想念と夢の収奪」がより完全に行われるようになったこと大きい。

あと、社会主義国や隣の李氏朝鮮が完成されシステムゆえに、社会の指導層の劣化・腐敗が進んで、大きな破綻・破壊をきたしたのと同じ現象も起きている。

収奪しすぎて、個々の再生産機能が劣化。さらに再分配の軽視で飯も食えないのに、想念も夢も無い・・。

天皇制は「想念の集中OR収奪」を、仏教系でしていたのを、
明治以降は神道帝国主義とキリスト教侵略主義で完成し強化した物ってのが、現在の姿と言い得る。

もう、そういう意味で「夢殿」としての天皇・仏教は、崩壊しか無くなっている・・て言っても良いのかもしれない。

仏教は巨大な教団はもう無くなり、天皇は博物館にいくしか生存の余地は無くなった・・てのも、

一つの仮説。


てなんとなく思ったこと・・

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