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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

月参り。

今日、運よく須磨寺に月参りの参拝。

先月は、翌日腰痛になり書きにくかった。

まあ、今月はたぶん大丈夫だろう。

本堂と、正覚院の愛染明王さんと、大師堂にお参り。

お賽銭用の小銭もなかったので・・

でも本当によかった。



正覚院の愛染明王さん。


お読みくださりありがとうございます。

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借りた本。と追記。

図書館で

「和訳 理趣経」金岡秀友 


「仏典講座 理趣経」 宮坂宥勝,福田亮成

を借りました。

ぼちぼち読みます。


ではまた。


私のもっている松長有慶先生の「理趣経{中公文庫}」の感想・レビューが良い。

出典 より

上記文抜粋
・・・・・・・・

投稿者 donku620 投稿日 2017/2/5
形式: 文庫 Amazonで購入
理趣経の経文の意味を知りたくて購入したのですが、理解するのに私は無理でした。性では無く、生の力を生み出す経文ではと私には思えました。生きて行く為のパワーで般若心経のぎゃーてい、ぎゃーてい、はらぎゃーてい、はらそーぎゃていの同じ世界なのかと思った次第です。間違ってたらお詫びします。

・・・中略・・・

大欲と大楽をはじめて知りました
投稿者木偶坊2013年10月20日
形式: 文庫|Amazonで購入
これは名著です。理趣経の解説本としてベストだと思います。
「般若心経講義」と二冊並べて座右の書とします。
理趣経は「あれはしてはいけない。これもしてはいけない。」とあちこちから手足をがんじがらめにして。
倫理的な教えを説き示そうというお経ではありません。
結局、人間の生、行きているということの根源に立ちかえってもう一度考え直してみようではないかというお経なのです。
大欲とは絶対的な欲ということです。相対的な、裏切られたら苦に変わるような欲、満たされないために苦しむ欲、
いらいらしたり、がつがつしたりするような欲望ではないのです。欲を持つことが楽しみになり、自分の励みになるような、
そういう欲を持てということです。
新プラトン主義とかデカルトとかスピノザとかニーチェとかフッサールとか色々読んできましたが、
還暦近くになってようやく「般若心経」と「理趣経」に辿り着きました。
蛇足ですが、
お経の読み方には、呉音読みと漢音読みがあります。呉音読みが一般的ですが理趣経は漢音で読むそうです。
「毘盧遮那仏」は、
呉音読みでは「びるしゃなぶつ」と読みますが、
漢音読みでは「ひろしゃだふ」と読みます。
理趣経では、最後の合殺で「ひろしゃだふ」と8回繰り返します。

・・・・中略・・・・

読むことの意味
投稿者無名子2004年10月20日
形式: 文庫
理趣経は真言宗の僧侶が日常的に読経している経典で、漢音で独特の読み方をしているので、まず文字が思い浮かばない。たとえば、声明のCDを買ってきても、訳が分からない。
その点で、この本は文字を認識させ、なおかつ、その思想を噛んで含めるように説いている。この経典の基礎文献と言ってもよい。とかく理趣経というと、セックスフリーを奨励するがごとき経典と喧伝されているが、その意味するところの奥深さを教えてくれる。やはり生きていくということは素晴らしいことだ、と思い知る。
そしてもうひとつ。本当は声に出して読んでみるといい。正式な僧侶は猛烈なスピードで読み上げていくことが多いが、自分の声で、自分の速さで音読してみる。すると独特の妙味を感じることだろう。声を出して経文を読んでみることも併せてお勧めしておく。

・・・・・中略・・・・

まず、よんでほしい。名著です。
投稿者風のムドラー2004年5月20日
形式: 文庫
理趣経というとセックスと結び付けられて議論されることが多い。それは真言の世界観、生命観によるものであり、俗な見方をすると真実から離れる。
そもそも餓鬼・畜生を含めた世界を描き取り込まれた世界観でみる立場と純化された神の世界観では立場が大きく異なる。
セックスは生命である。神聖なものである。現代人は確かにセックスを卑俗な見方、一種の快楽と見なす傾向が強い。
松長先生は小学生向けの漫画「空海」の監修をされているだけあって、分かりやすく説明されている。
「2つの秘密」があるように、秘密に対する解説をいれた上で秘密にしておくという。しかしながら読み手の実力を試す進め方は奥深く、楽しいものである。
読み手が勉強していればしっかりと説明力のある書き筋である。
この書を宗教的といって敬遠するのは余りにも惜しく、過去の大いなる遺産をキチンととらえ、取り込んだうえで社会に働きかけたいと感じる。
大事なことがひっそりと描かれている名著である。

・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり

>性では無く、生の力を生み出す経文ではと私には思えました。

これは結構旨い事言い当てている。

多分これだけではないが、これも理趣経の神髄の一つと思える。


そもそも「生」は「性」によって生まれる。

生を賛美するなら、性を否定してはいけない。

同時に性だけ賛美して、生を直視し良しとしないと「生まれた後はどうするの?」てなる。


昔の知人が「性とは心を生きること」と言っていたが、理趣経で性を指す場合もきっとこれなのだろう。

あるいは「生を良くするものが、良い性である」かな?


まあ、だから私は
「他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ 」
てしばしば載せいているわけです。


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