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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

カテゴリー「政治向けかも  生きるイロハというか考える作法というか」の記事一覧
スプートニク より

上記文抜粋
・・・・・・・・
「僕は、12歳。職業は、中島芭旺」= 最年少の日本人哲学者へのスプートニク独占インタビュー

中島芭旺くんは9歳の時に本を執筆した。芭旺くんはその数年前にいじめが原因で学校に行くのをやめた。自殺さえ考えたという。だがこんなに若い時分に人生を終える代わりに、ものの見方を変えることを決意し、自分の考えを書き留め始めた。
芭旺くんの著書『見てる、知ってる、考えてる』は、日本で発行部数17万部を超えるベストセラーとなった。
中島芭旺くんがスプートニクの独占インタビューで家族、友達、学校、世界観について語った。どうぞご覧ください!

1.勉強について
僕にとっての学校は地球なんだと思っています
僕は、学びたい人から学びたいことを学ぶのが好きです。いま、この取材に返事をしているというのも僕の大切な学び。本を書いたり取材を受けたりするということは、自分を知るという授業です。僕は常に自分でいろいろ試行錯誤しながら動いている。そしてこんなふうに取材の申し込みをもらって質問に答えるという事で、自分のことを知りそれを言葉で表現します。今月はテレビやラジオに出演したり、孫正義育英財団の施設で行われるマインドフルネスのワークショップに参加したりします。僕にとっての学校は地球なんだと思っています。

・・・・・

学校でいじめられていたあの頃
僕はいつも死にたいと考えていた
死にたい
死にたい
死にたい
僕はあるとき気づいた。
死にたいというのは、
いじめられてそれでも我慢してる僕を
やめたいと思っているんだということに。
だから
僕は自分を殺すんじゃなくて
いじめられることをやめた
いじめられる場所に行かないと決めた
そう、学校に行くのをやめた。


・・・・・・・・・・・

影響を与えた哲人
1番影響を与えたのはやっぱり中島芭旺っていう自分です。 僕が僕を嫌いだったから僕はいろんな事を学んだ。あとは「嫌われる勇気」という本は僕に勇気をくれました。ということは、心理学者のアルフレッド・アドラーかもしれないです。

・・・・中略・・・・

僕はもうこの本を僕の本だとは思っていない。
この本を書いたのは僕なんだけど、
この本は、この本を読んで見つかった「何か」
その何かを見つけた人の本。
いろいろな感情を自由に感じれる本。
僕はそんな本を書いたんだって思ってる。
いい本だと言ってくれる人の声もうれしいし
ダメな本だと言ってくれる人の声もうれしい
「それはそのひとに眠っていた大切な感情」
読んでくれる人の数だけ宝が見つかる本。
僕は、この本を世界中隅々まで届けたい。


・・・・・・・・・・

4.友達について
自分を幸せにするのに、誰にも遠慮はいらないんだ
確かに前は年上の友達が多かったです。これも自分で実験してみて、この取材で自分の体験を言葉にする事で、気付いた事なんですが、「友達がいない」そんなふうに思う時は、自分の「やりたい」に夢中になって生きる時です。それは、自分と大親友になる大チャンスの時期なんです。自分と大親友になれるのは何より最高な事!

僕は友達が出来ないことなんて問題にせず、そんなふうに毎日、自分の「好き」に夢中になって生きていました。
僕はそんなふうに生きて、本を出版したり、孫正義育英財団の会員になったり、 世界子供サミットに登壇したりする中で、いつの間にか年上の友達だけじゃなくて同じ歳の友達や年下の友達もできました。
友達は大人でもいいし、友達がいなくても別にそれは何の問題でもありません。
「友達がいない」そんな時は自分と大親友になるチャンスの時期なんだって僕は声を大にして言いたい!!


・・・・・中略・・・

自分で自分をいじめなくなって
自分を大切にしはじめたら、
僕をいじめるひとは居なくなった。
僕が僕をあつかうように
人は僕を扱って
人はそれを教えてくれる。
僕も、人に優しくなれる。
それを、人は教えてくれる。
それを、友達は教えてくれる。
僕も、友達に優しくなれる。

・・・・・・・・中略・・・

今、僕は自分の願いをきいて
毎日、自分の願いを叶えつづけている
それはとても些細なことの繰り返し
パンが食べたいときには
パンを食べる
水が飲みたいときには水を飲む
そんなこと
そんなふうに
自分の中の小さいひとつひとつの
願いをないものにしない。


・・・・中略・・・

こわかったけど勇気を出してやめた
こわかったけど勇気を出して逃げた
そして僕はあることに気づいた。
僕をいじめていたのは僕だったってことに。
行きたくないところに行って
やりたくないことをやる
そうやって僕を毎日毎日いじめていたのは僕。


・・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


自分で自分をいじめない。これ大事だよな・・・・

イチローも、自分で自分をストイックに鍛えているが、いじめては無い。それを続けると心身も疲弊する・・・

自分くらい自分の味方であり続けないと、、、自分や自分を大切にする人に失礼だよ・・・


お読みくださりありがとうございます。


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ショウ何 

漢字で正式に書くと

「蕭何」

蕭何 ウイキ

>以降、劉邦陣営における内部事務の一切を取り仕切り、やがて劉邦が項梁、項羽を中心とした反秦陣営に加わり各地を転戦するようになると、その糧秣の差配を担当してこれを途絶させず、兵士を略奪に走らせることがなかった。また、劉邦が秦の都咸陽を占領した時には、他の者が宝物殿などに殺到する中、ただ一人秦の歴史書や法律、各国の人口記録などが保管されている文書殿に走り、項羽による破壊の前に全て持ち帰ることに成功した。これが漢王朝の基礎作りに役立ったと言われている。

特に

>反秦陣営に加わり各地を転戦するようになると、その糧秣の差配を担当してこれを途絶させず、兵士を略奪に走らせることがなかった。

てことが重要で、それを劉邦が大事なことを理解していた。

>紀元前202年、楚漢戦争が劉邦陣営の勝利に終わると、戦功第一には、戦地で戦い続けた将軍らを差し置いて蕭何が選ばれた。劉邦も、蕭何の送り続けた兵糧と兵士がなければ、そして根拠地である関中が安定していなければ、負け続けても何度も立て直すことはできず、最終的に勝利することもできなかったことを理解していたのである。

よくわかっている劉邦。

ただのチンピラだった劉邦にわかることを、旧軍のエリートさんたちはわからなかった。阿呆ですは・・日本のエリートなど・・。

蕭何 参考

最近、雑誌ビックコミックで、劉邦を主人公にした漫画が連載されているが、そこで早速重要な役割で出てます。
http://kanso.cside.com/syouka-10.htm
・俺は暴君で、君は名宰相。てのを庶民に教えたかったのだ~

といいわけでして、劉邦は蕭何を、出獄させた。って話。


お読みくださりありがとうございます。


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反戦な家づくり 腐敗した権力は必ずたおされる

昔、易か儒学の本で読んだが

「迷う、悩むとは、まだ選択の余地がある」

とかいう文章。


選択の余地があるから悩む・迷う。


でもその自由が無ければ、迷う事すらできない。

「悩むな」ってのは大事なことでもあるが、同時にそれを為す余地の「自由」を奪うこともある。


そもそもその選択肢自体が、本当か?ってことの迷い悩みもあるが、それはその選択肢自体が嘘であり、解放されているという自由の確認でもあるのだ。

「迷い・悩み」を忌避するように仕向ける思想・教育が、日本を日本人を殺してきたと言い得る。

悩み・迷うことで、本当のことに気づき、権力・天皇・国家を疑うことを恐れて、天皇真理教徒=悪魔教徒が、日本人を阿呆化・奴隷化するように「悩むな。迷いは絶対悪」と洗脳してきたのである。

迷い・悩みの良き面に注視して、その自由と「偽りなきこと」を大事していく方が、良い。

このままでは、日本人は絶滅か、一部セレブ以外は奴隷か家畜で屠殺かだ・・


お読みくださりありがとうございます。

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https://dot.asahi.com/dot/2016020500193.html?page=1  より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・
元自衛隊メンタル教官が教える 「折れてしまう」原因は、ストレスではなく◯◯だった

2015年12月から50人以上が働く事業所に義務化された「ストレスチェック」。年1回、労働者のストレス状態を調べることで、労働者のメンタル不調を事前に防ぐのが目的である。それほど、働く人の心の不調が社会問題化しているということでもある。

 では、実際にどういう原因で、うつ病など心が折れた状態になってしまうことが多いのか。長年、自衛隊のメンタル教官として、多くのカウンセリングや心の不調予防策を実施してきて、『自衛隊メンタル教官が教えてきた 自信がある人に変わるたった1つの方法』(朝日新聞出版)の著者である下園壮太さんにお話を伺った。

*  *  *
 筆者は長年、自衛隊のメンタルヘルスの現場で仕事をし、昨年定年退官した。ご想像のように、自衛官は過酷な任務を与えられることもある。そんな厳しい状況の中でも心が折れずに任務を遂行できるようにメンタル面のサポートをするのが筆者の役目だった。

 同じ厳しい環境下の勤務でも、折れる人と折れない人がいる。その差は何なのだろう。

■「折れる」には2つのパターンがある

 ここでは「折れる」ことを、結果的にある仕事や職をやり遂げられない状態に陥ることと定義しよう。実は「折れる」にも、2つのパターンがあることに注意するべきだ。

 1つ目は、中レベルまでのストレス状態で「折れる」場合。

 中レベルとはみんな苦しいが、それを我慢してなんとかやっている、やれている状態。現代社会で働く人々のほとんどが、この中レベルのストレス状態の中で仕事をしていると考えていい。この状況で「折れる」人は、一般的には、責任感がない、意欲がない、能力がない、小さなことで悩み傷つく、人に援助を求められないなどの特徴があるだろう。

「折れた状態の人」をたくさんケアしてきた私の経験でも、確かに半数は、このイメージの通りだろう。こういう人へのケアは、挫折したつらさを理解すると同時に、厳しい社会で生き抜いていけるような、社会人として必要な考え方や仕事の仕方を教えることが重要だ。

 ところが、残りの半分は、能力があり、責任感と意欲があり、少々の挫折にはへこたれず、困ってもすぐに他者の援助を受けられる、そんな「折れそうもない人」が折れているのだ。

 これが2つ目の、高レベルのストレスで「折れる」場合だ。高レベルになるには、強度と時間が関係してくる。中レベルのストレスでも、それが長く続けば高レベルになってくると考えてほしい。

高レベルで折れる人には特徴がある。それは、中レベルのストレスでは「優秀」とされていた人材が、突然折れてしまうことだ。

 自衛隊には様々なレベルの訓練があるが、心身ともに強いストレスを与える訓練が多かったため、私がメンタル面の安全係となり、訓練開始、訓練中、訓練後のメンタルチェックとケアを担当することになった。

 ある隊員は日ごろの勤務や能力を買われ、特別に推薦されて、数カ月にわたるこの厳しい訓練に参加していた。前半の厳しい訓練をトップクラスで終了し、その時の面接でも、「全く問題ありません」と答えていた。

 私はそのロボットのような受け答えが気になり、訓練指揮官にその旨を伝えたが、指揮官は「彼は、部隊でも極めて優秀ですし、これまでの訓練もみんなを引っ張っていますから心配はいりません」ということだった。

 ところが、訓練も後半に入って、一山超えたころである。その隊員が突然いなくなってしまったのだ。スタッフが必死に探し出し、私が面接をしてみると、いわゆる「うつ状態」に陥っていた。当然のことながら、訓練を外され、しばらく休養することになってしまった。

 このように、中レベルのストレスでは高いパフォーマンスを上げ、涼しい顔をしていた人が、ある時突然不調に陥るのが高レベルストレスでの折れ方の特徴の一つだ。心身の不調のこともあれば、行動面でおかしくなることもある。

 自衛官、警察官、役所の職員、教員など、まじめに勤務してきた人が痴漢や窃盗などを働くことがあるのは、このパターンが多い。「折れる」という言葉が持つ前後の連続性のなさは、この2つ目の場合のほうがより鮮明に感じる。

 では、なぜ優秀な彼らは、このように突然「折れて」しまうのだろう。

■ストレスにやられるのではなく「疲労」にやられる

 人は緊張すると疲労を感じないで仕事をすることができる。特に中レベルまで「よくできる人」の中には、疲労を感じない技術を高めてきている人が多いのだ。

 中レベルまでのストレスは、問題解決力で何とかうまくこなせる。その時にエネルギーも使うが、それを「感じない」ように対処する。これが優秀な人の一つのパターンになっていることが多い。

 その人が、高レベルのストレス状態に置かれるとしよう。

ストレスの程度にもよるが、例えば震災のような大きなショックや昼夜の逆転が続き、困難な決心を伴う作業の連続でも、2~3カ月までの間なら、本来の問題解決能力で、表面的な業務はうまくこなせるだろう。

 ところが、その間に「疲労」が蓄積していくのだ。そして疲労がある段階に達すると、体から脳に「これ以上動くな。弱っているからこれ以上の作業を命ずる人を警戒せよ」という指令が出るようになる。意思とは関係なく、気力と集中力が低下する。すると本来の問題解決力が発揮できなくなり、トラブルが増え、さらに疲労がたまるという悪循環に陥るのだ。

 本来のその人なら周囲に助けを求めることもできるが、この状態になるとイライラや猜疑心が非常に強くなり、簡単に援助も求められなくなる。いつもの彼とは違う状態になってしまうのだ。私はこれを「別人化」と呼んでいる。

 そして優秀だった彼が、突然業務を投げ出すなどの「折れる」という状態になってしまうのだ。

■人は疲れるという当たり前のことを意識する

 軍隊では、「人は疲れる」ということを常に意識するように訓練する。ちょうど長距離ランナーが、まだのどが渇いていなくても、定期的に水分を補給することを訓練するのと同じだ。

 まず、軍隊では、「睡眠」と「水分」をとることを強調している。どちらも緊張しているとつい忘れてしまうことだ。

 強制的に8時間睡眠と6時間睡眠をさせるグループを作り2週間後に比較したところ、6時間睡眠グループでは、酩酊と同じぐらいの能力の低下が観測された。米軍などでは、任務中でも少しでも余裕があるときは、交代で積極的に昼寝をすることを推奨している。

 ストレス解消の一つに、「楽しいこと」をするという手段を持っている人は多いと思う。ゲームや酒、スポーツなどが多い。ただ、結果的にそれが睡眠不足につながっているとしたら、そのストレス解消法は、高レベルストレスには通用しない方法だということを知っておかなければならないだろう。

 ところが中レベルのストレス状態までに、よく使っていたストレス解消法を、高レベルのストレス状態で急に手放すというのはかなり難しい作業だ。そこで、日ごろから「睡眠を意識した生活様式」を訓練しておくことをお勧めしたい。

 質の高い睡眠のためには、夕方に軽い運動をする、入浴して体を温める、寝る前に明るい液晶画面を見ないなどの方法が知られている。自分に合うものを取り入れてみてほしい。


・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

>軍隊では、「人は疲れる」ということを常に意識するように訓練する。ちょうど長距離ランナーが、まだのどが渇いていなくても、定期的に水分を補給することを訓練するのと同じだ。

> まず、軍隊では、「睡眠」と「水分」をとることを強調している。どちらも緊張しているとつい忘れてしまうことだ。

これを吹っ飛ばすために、旧軍は「覚せい剤」を発明して、バカスカ打ちまくって、敗戦後に日本社会に垂れ流された。

まあ覚せい剤もないのに、恐怖と興奮で煽って過労させたのが、戦後日本。

まあ狂いますは・・・


身体の疲れが、精神の疲れにつながる。当然なのだが、大和魂で大丈夫!っていう天皇カルト=悪魔教徒の日本の権力層・指導者には、猫に小判な話なのであり、そういう連中から逃げるのが肝心。


お読みくださりありがとうございます。

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マガジン9 より

上記文抜粋
・・・・・・・・
第59回:「慈悲の瞑想」のすすめ “闘い疲れ”を感じている皆さんへ(想田和弘)

 早くも年の瀬である。

 2013年2月から月に1回のペースで書いてきたこのコラムも、今回が59回目。こんなに書き続けることになるとは思わなかった。

 自分のコラムを振り返ってみると、そのほとんどは政治に関するもので、世の中の現象や出来事に対する批判や危機感に満ちている。ツイッターやフェイスブックの投稿を振り返ってみても同様だ。

 祖国である日本でも、生活の場であるアメリカでも、デモクラシーが危機的状況にあることを考えれば、半ばしかたがないことではある。書かざるをえない理由がある。

 しかし、驚き呆れるようなニュースに毎日反応し続け、批判ばかりしていると、心身ともに疲れてくるのも事実だ。僕は怒りに火がつかないように気をつけているし、ついてもすぐに消火するように心がけているけれども、それでもやはり怒りは生じていて、知らない間に心身を焦がしているのだと思う。

 マガジン9の読者には、僕と似たような状況の人も多いのではないだろうか。

 だから年末くらいは政治や社会への批判はお休みにして、今回は日頃の“闘い疲れ”に手当てをし、傷を癒す方法について書いてみたい。

 本欄でもすでに書いたが、僕は1年半くらい前から「観察瞑想(ヴィパッサナー瞑想)」を始めた。2500年前、ブッダが悟りを開いた究極の瞑想法だと言われている。

 むろん僕は悟りにはほど遠いが、観察瞑想は今でも続けている。毎日30分という短い間だが、これをやると心が安らぐし、頭も整理されてすっきりする。1年半前まで、瞑想なしにずっと生きてきたのだということが、ちょっと信じられないくらいだ。

 最近では観察瞑想のほかに、「慈悲の瞑想」というのも始めた。これもブッダの教えに基づく古い瞑想法だが、別に宗教色があるわけではない。そして簡単だ。

 具体的には、次の言葉を心をこめて唱える。口に出してもいいし、心の中で唱えてもよい。

私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとが叶えられますように
私に悟りの光が現れますように 

私は幸せでありますように(3回くり返す)

私の親しい人々が幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとが叶えられますように
私の親しい人々にも悟りの光が現れますように
私の親しい人々が幸せでありますように(3回くり返す)

生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとが叶えられますように
生きとし生けるものにも悟りの光が現れますように
生きとし生けるものが幸せでありますように(3回くり返す)

 この瞑想のポイントは、まずは自分の幸福から願うということだ。そしてその範囲を「親しい人々」にまで拡大し、さらに「生きとし生けるもの」にまで広げていく。「自分」や「親しい人々」や「生きとし生けるもの」に対して、優しい気持ちを抱きながら唱えるのがコツだ。

 スリランカ初期仏教のアルボムッレ・スマナサーラ長老によると、「親しい人々」を念じるときには、身近な人の顔を一人ずつ記念写真を見るように思い浮かべるのがよいそうだ。「生きとし生けるもの」の場合には、思い浮かべる対象を人間以外にも広げていく。ただし、亡くなった人は思い浮かべないほうがよいとのことである。

 これを毎日、15分から30分くらい行う。しかしそこまで長く唱えなくても、念じ始めた瞬間から心が落ち着いてくるから不思議である。とくに心が乱れたときに念じると、効果が実感できる。本来は、「観察瞑想」の準備として「慈悲の瞑想」をするのがよいとされている。

 上記の瞑想に慣れてきたら、次の瞑想もオプションとして挑戦するとよい。これは1日に1回唱えるだけで十分だそうだ。

私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように
私の嫌いな人々も幸せでありますように (3回くり返す)

私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとが叶えられますように
私を嫌っている人々にも悟りの光が現れますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように (3回くり返す)

 この瞑想をしていて気づかされるのは、自分や他者を慈しむ心が、自分の中にもちゃんとあるのだということだ。そんなことは当たり前のように聞こえるかもしれないが、自己の内にある慈悲の存在を理屈ではなく身体で実感すると、なんだか感動的である。そのことが自分の心を癒すと同時に、鍛えていく。

 思えば、僕が政治や社会のあり方に危機感を抱き、批判を続けているのも、「自分も、親しい人も、知らない人も、動物も、植物も、みんなが幸福でいられたらよいのに」と願うからではなかったか。

 ところが批判を続けていると、いつのまにか「怒り」に火がついてしまって、誰かを敵対視してしまうようになる。本当はそういう「敵」も含めたみんなが幸福でいられる世の中を目指したいのに、そのことをついうっかりと忘れてしまう。

 「慈悲の瞑想」、みなさんも試してみませんか。

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり


意外と簡単だけど、意外と続かないのが瞑想に思える。


私も続かない。

読経・真言念誦はつづいているけど・・・・どうも相性ってあるようで・・・・

四無量心観

参考

参考 2


まあ参考に。


お読みくださりありがとうございます。

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