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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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国際秘密力研究 より

上記文抜粋
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ツイートまとめ テーマ:「ワンワールド」と「和」の根本的な違いについての考察
あけましておめでとうございます。ブログの方も本年もどうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m


〇国連総長が「「人権の恐ろしい侵害があり、ナショナリズムと外国人嫌いが勢いを増した」と世界情勢を憂い、「それらを解決する方法は、団結して共に取り組むことだけだ」」の述べた由。ソフトな言い方をしているが、これが「大戦から世界統一へ」という弁証法戦略である。https://www.excite.co.jp/News/world_g/20180101/Tbs_news_121090.html

〇国連総長の「新年の挨拶」が弁証法戦略の論理を示している。国際秘密力にとって「人権の恐ろしい侵害」や「(戦争を含む)ナショナリズムの衝突」という「非常事態」が頻発した方が「団結しよう→世界を一つにしよう」という方向に誘導しやすいのである。だからこそ世界を混乱状態に陥れる工作を行う。

〇「世界統一の前提として世界戦争を引き起こす」とは突飛に思えるが、実は人心誘導のプロセスとして極めて「巧妙」(勿論悪い意味で。極悪非道である。)である。世界が平和であれば誰も「世界統一」など欲しない。しかし、動乱という混沌状態を作りだして「藁にもすがる」思いになると話は別である。

〇アレイスター・クロウリーが世界大戦を「古い時代を破壊する血の洗礼」などと言ったそうだが、世界戦争惹起工作は魔術的なシンボリックな意味もあると思われる。「ISIS(イシス)の子がホルスで、ISの次に新時代を迎える」という陳腐な発想もあり得る。基本的にオカルトと洗脳科学は重なる範疇である。

〇日本的「和」と「ワンワールド」の根本的違い。前者は①互いに異なるという前提(一つにする必要などない)。②互いに凡人であるという謙虚な発想が前提。後者は①「一つにしなくてはならない」という脅迫観念が前提。②自信過剰な「知的エリート」が設計図通りに「世界秩序」を作るという傲慢な発想。

〇人はそれぞれ「こだわり」を持っており、それは環境などの諸事情からくる個性の違いによって異なり一様ではない。国や民族単位でも同じである。互いに「違う」という前提から出発し、自分と相手の事情を道理に基づいて比較考量しながらできるだけ折り合いをつけて調和せんと努力するのが「和」である。

〇一方、特定の「理念」を全人類に押し付けて画一化し全体を一握りの者が「指導」せんとするのが「ワンワールド」である。クーデンホーフ=カレルギーの「精神貴族」という理念に端的に表れている。己を「知的選良」と思い込んでいる傲慢な者達が時に「調和」を掲げつつ目指しているのは「支配」である。

〇石屋はよく「寛容」を掲げるが「寛容」と「ワンワールド」は両立しない。他者に寛容である為には「互いに凡人である」という謙虚さと自己相対化が必要だが、己を「指導者」と思い込んでいる者にはそれができない。また伝統思想を改竄して「万教帰一」を唱える横暴も「違い」が前提の寛容と相容れない。

〇領分を超えた道理に反する不当な干渉を撥ね退ける事も「和」の働きの内である。例えば豊臣秀吉は当初キリシタン宗の信仰も認めていたが、先方が領分を超えて「和」を破壊した。日本の在来の伝統と共存しようとせず神社仏閣の破壊や奴隷貿易などの不当な干渉を行なったキリシタン勢力は打ち払われた。

〇当方の対工作員対処の指針もこれと同じ。こちらから干渉する事は無いが、不当な干渉を受けると断固対処する。基本的には和を重視し「来る者拒まず」で交流させて頂いている。仕掛けられなければ誰とも争うつもりはない。キリシタン勢力は不当な行為をしなければ国防的措置を受ける事はなかったと思う。

〇老子は「戦は哀しむ者が勝つ」つまり戦いは好き好んでではなく嫌々する方が勝つと言った。これは老子が強調する謙譲の徳の一面である。「和」と「攘夷」(と仮称)の関係もこれに似ていると思う。人体は全体として調和していないと成り立たないが、人体そのものの破壊を防止する免疫作用も必要である。


〇海外から来る不当な干渉から「和」を防護する働きは国史上では主に武士が担った。武士の「武」は「矛を止める」と書くとの説は俗説とも言われるが、良い解釈だとは思う。好戦的な者は真の武士に非ず。陰謀追及は武器を用いる戦いそのものを防止する為の闘いである。世界戦争の阻止。戦わない為に闘う。

〇「和」は本来「互いに違う」が出発点であり「互いに凡人」「お互い様」という謙虚さが伴っていないと単なる同調圧力になりかねない面はある。近代以降は特にその傾向が出てきたように思われる。相手の事情を慮るという「忖度」が「権力者に媚びへつらう」という意味に改釈されてきた事も一例である。

〇「和」を単なる同調圧力に堕落させない為の条件は「それぞれが違う」(同じである必要はない)という認識と謙虚さ(謙譲。譲り合いの精神)ではなかろうか。権力者が同調圧力をかける口実としてはならない。むしろ権力者の横暴を規制する道理と捉えるべきである。横暴な輩に断固物申す事も和だと思う。

〇「領分を超えた道理に反する不当な干渉を撥ね退ける事も「和」の働きの内」と書いたが、「領分を超えた道理に反する不当な干渉」は海外からのものだけではなく国内の権力者の横暴なども含む。特に目下我が国を牛耳っているのは「国際勢力の走狗」なのでどちらの要素も含んでいる。撥ね退けるしかない。

〇「互いが凡人」という認識が前提の「和」では「他者を思い通りにしたい」という欲望や執着が幾分かでも制せられている事を意味する。逆に「ワンワールド」は「他者も同じにしたい」「他者を思い通りにしたい」という支配欲に基づいている。自らの過剰な欲望や感情を制するか否かにも大きな違いがある。

〇何故「和」について考察しているかというと、国連事務総長が新年の挨拶で弁証法戦略的にワンワールドに誘導していたので改めて「ワンワールド」思想を相対化する必要を感じたからである。その為には「ワンワールド」とは全く異なる論理を国史の中から自覚的に取り出してみるのも一法だと思うのである。

〇国連総長は「外国人嫌い」が増えたと言っていたが、無国境化や移民政策を推進してきた事が原因である。民族同士が近付き過ぎるとかえって相互の嫌悪感や紛争が増加する事は歴史が教える教訓である。移民政策を推進して民族紛争を引き起こし、それを口実にさらに無国境化を推進するというマッチポンプ。

〇シリアを侵略して大量の難民を発生させ欧州に避難せざるを得ない状況を作った事が欧州に於ける移民嫌悪の原因である。シリア難民も欧州の諸国民も被害者である。諸悪の根源はシリアを侵略したネオコンやシオニストなど欧米・イスラエルの権力集団である。国連もその片割れ。偉そうな事を言う資格無し。

〇ビザンチン帝国では西欧のような猶太人嫌悪が起きなかったらしいのは、最初から異邦人たる猶太人を行政や教育の地位に就けないようにしていたからである。かといって猶太人が不自由をしていた訳ではない。これは今で言うなら外国人参政権を禁止し二重国籍者が枢要な地位に就けないようにする事に相当。

〇「民族同士が近付き過ぎるとかえって相互の嫌悪感や紛争が増加する」と書いたが、これは「外国人を不当に優遇する」「外国人が公権力に関与する」などの無国境化政策を推進する程かえって外国人嫌悪が増すというのが具体例。その土地に住む国民を第一に考えるとかえって排外感情は起きないのである。

〇西欧ではビザンチン帝国と違い猶太人嫌悪が根強かったのは貴族や教会が猶太系金融業者を宮廷猶太人として重用したからである。我が国に於いて明治以来の権力人脈(麻生など)と結びついた朝鮮半島系人脈が要所要所を占めているのと同じである。異邦人が権力を持つから排外感情が強まるという比例関係。

〇国連事務総長が本当に「外国人嫌い」を無くしたいなら無国境化政策を停止する事である。各国の民衆が持つ素朴な祖国愛に配慮し、それぞれの国民の主権を尊重する事。これが「それぞれが違う」という前提に立つ「和」の論理である。「ワンワールド」は「支配」が目的であり「平和」は口実に過ぎない。

〇付論。中世史家によると中世の寺社は基本的に合議で事を決したらしい。例えば比叡山では「大衆僉議」という合議で行動を決めたそうだ。皇族や摂関家の子弟がなる天台座主でも独裁は不可能だった。これが世俗社会にも影響し武家社会でも合議制が重視された。日本的な民主制度はこの延長という気がする。

〇この辺りについては以前少し書いた事がある。「和」の論理を考える為の参考として再度言及してみた。
「鎌倉幕府の北条得宗家では評定所による合議で意思決定を行なったようだ。彼らが制定した「御成敗式目」は江戸期に至るまで武家法の基本を為したという。徳川幕府でも幕閣による合議制で運営された。武家社会も合議制を重視したと言える。武家も寺社も合議制。合議制の重視。これが我が国の伝統である。」

https://twitter.com/kikuchi_8/status/927948863096307715


https://twitter.com/kikuchi_8/status/948220312654512129




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抜粋終わり

>日本的「和」と「ワンワールド」の根本的違い。前者は①互いに異なるという前提(一つにする必要などない)。②互いに凡人であるという謙虚な発想が前提。後者は①「一つにしなくてはならない」という脅迫観念が前提。②自信過剰な「知的エリート」が設計図通りに「世界秩序」を作るという傲慢な発想。


私はこの「②自信過剰な「知的エリート」が設計図通りに「世界秩序」を作るという傲慢な発想。」は、日本の高級官僚・財界人に共通する傲慢さ・愚劣さであると思う。


>付論。中世史家によると中世の寺社は基本的に合議で事を決したらしい。例えば比叡山では「大衆僉議」という合議で行動を決めたそうだ。皇族や摂関家の子弟がなる天台座主でも独裁は不可能だった。これが世俗社会にも影響し武家社会でも合議制が重視された。日本的な民主制度はこの延長という気がする。

日本は「寄合の合議制」という民主制度が生きていた。

中国は「易姓革命」という民主制度が生きている。

なにも欧米だけが民主主義ではないのである。っていうかやつらのやることは「羊頭狗肉」で下衆いこと下衆いこと・・・。


>ビザンチン帝国では西欧のような猶太人嫌悪が起きなかったらしいのは、最初から異邦人たる猶太人を行政や教育の地位に就けないようにしていたからである。かといって猶太人が不自由をしていた訳ではない。これは今で言うなら外国人参政権を禁止し二重国籍者が枢要な地位に就けないようにする事に相当。

これも大事に思う。

二重国籍者の「国会議員になるのの防止」とかいまでは無理だが、そういう二重国籍の件をどんどん公開して悪用の防止に努めるのが今は賢明かな。
とはいえ、このことは多少難しい。
人の行き来が激しく、二重国籍くらい「普通」になっている。
日本では半島から来た方々の国籍も厄介。
「和の心」は、明治以降ドンドン「日本帝国」というNWOの出張機関に攻撃され、日本人はもともと「閉鎖的」なとこもあるので、差別体質になっていること。


>①互いに異なるという前提(一つにする必要などない)。②互いに凡人であるという謙虚な発想が前提。

てことの意識が脆弱になってしまった。
これの意識を回復しないと、二重国籍者への区別・対応を変えることは、今では難しい。NWOの毒が結構浸透しているので・・・

二重国籍を一時的には容認するのも、和心を回復させるのに、今は必要に思える已む得ないが。




お読みくださりありがとうございます。

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シュタイナーから読み解く神秘学入門  より

上記文抜粋
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今年は戊戌の年ということで、全てが増加する年なので、せめて悪を除去していかないと、来年は、己亥なので、善と悪が一つに結ばれ、勢いが増すために、革命や暴発が起こる年だからである。

 実際、60年前の1959年にはキューバ革命が起こっている。その60年前の1899年は前年からのフィリピン革命が頂点に達している。

 つまり、来年までに、今年は悪を成敗する必要がある。地上の悪を、天の恵みにより慈悲を施さなければいけない年なのである。だから、医術の年ともいえる。治療の年である。

 さて、人智学的医術が説くのは、人間の死は、肉体を失うだけで、霊魂は永遠に生き続ける、ということである。

 では、人間はなぜこの世に生まれてくるかというなら、多様多種のカオスの状態を統一する術を身に着けるためである。

 肉体は1つしかなく、物質界を生きるには他と共存共栄していかないといけない。

 この1つしかない人生を通じて、多種多様な現象を自分という1つに統一し、体現していくことが愛の働きだからである。

 物質界は陽と陰の二元性から1つの一元性として現れてくる。物質界を学ぶことは、二元性を学ぶことで、二元性から多種多様が生まれてくる。

 例えば、恋愛は多種多様だが、男女の陰陽からはじまる。昨今は同性愛が盛んだが、その心情には陰陽が絡んでいる。肉体は性は1つだが、霊魂は両性であり、肉体への表現が陰陽の男女をつくっているにすぎないからである。

 さて、先日犬HK特集で、人体のネットワークについて述べていたが、免疫がネットワークで制御されていることは、B細胞だが、イエルネがネットワークモデルで既に説明している。

 ネットワークということで、唯物論から少しはマシになり、情報論として考える事で、地上の束縛から解放されてきたが、脳で全てを説明しようとする頑迷で堕落的な知性はいまだ健在で残っている。

 唯物論では、冷凍保存し、脳だけを残すというクレイジーな事もやられているようだが、人体がネットワークであるのを理解していない。脳だけに人格があるわけではない。また海馬に記憶があるのではない。人智学から考えれば、海馬は、アストラル空間から記憶を取り出しているだけにすぎない。

 人智学では、人体の上下は陰陽論で捉え、脳は腸と対極にある。俗に認知症といわれる病気の病因は腸にあると考えている。最近、水を飲むことで、代謝を活性化し、アルツハイマー病を改善させた事例も、出てきたようである。

 人智学では、脳の病気の病因は下半身の、特に腸などにあることがわかっている。腸で行うべき消化活動、昨今では免疫提示活動とわかっているが、それが腸でできずに、脳にまで負担が及ぶと、脳で行われるので、その分の思考活動が行えずに、認知症が出てくるのである。 

 シュタイナーも頻繁に述べているが、現代の唯物論では、人智学は理解困難なので、哲学として捉えると少しは理解できるかもしれない。

 シュタイナーはオカルト生理学も講義しているが、オカルトという命名も理解困難にさせる要因の1つだろう。シュタイナーがオカルトという言葉を使う場合、それは眼には見えない隠れた存在を意味する。

 人智学では、人体を、眼に見える肉体、つまり物質体のほかに、眼に見えないエーテル体、アストラル体、自我からなるとしている。

 これをわかりやすくするなら、コンピュータに喩えて、ハード本体が物質体で、OSと電源=電気がエーテル体、ソフトウェアがアストラル体、使用者=人間という感じになるかもしれない。コンピュータで喩えると唯物論でも少しはわかりやすくなるかもしれない。

 コンピュータのハードでないソフト面、いわゆる情報通信機能は、コンピュータ言語からつくられるが、人間も似たように、宇宙言語からつくられるのが、人智学ではわかっている。

 唯物論では、人間や人体を物質で解釈するが、人間や人体を宇宙言語からどう解釈するかが人智学の課題である。

 物質体は、眼にみえる物質からできているから、わざわざ説明しなくても唯物論でも自明だろう。問題は、眼に見えない人体、宗教でいわれる霊魂=精神である。

 霊魂を肉体につなげるのが人智学でわかっているエーテル体で、いわば糊の役目を果たし、光からつくられる。神道の注連縄などの結界は、エーテル界を表現しているようにみえる。エーテルは、物質と霊魂を結び付けるからである。

 エーテルは物質ではなく、単純にいうなら、機能を現わし、イメージするなら、不可視な波動といえるだろう。

 更にアストラル体は、光の通り道、物理学でいう時空からつくられる。この時空は、時間で仕切られた単なる空間ではなく、様々な出来事や事象が記録された媒体となっているらしい。

 現代物理学でいうなら、超弦理論のM(膜)理論のDブレインのようなものだろうが、唯物論では超弦理論が限界だろう。

 そして、自我とは、正に神の存在といえる「我(私)は我なるあり」の統一体を意味する。人間一人一人が我(私)という意志をもてるのは、神からこの自我を授かっているからで、この自我で統一の領域を拡げるのが、宇宙での人間の役割というわけである。

 自我には、全てをバランスしまとめる能力がある。その自我は、宇宙全体の統一力からきている。さしずめ、太陽系は太陽が統一しているが、人間の自我は、太陽からきている。

 太陽系を1つに統一しているのが太陽である。

 さて、誰もが幸せを求めて生きている事に異論はないだろう。問題は、幸せというのが、十人十色で、万人共通のものでないところにある。幸せを求める自由という問題を抱えている。

 しかし、人類が永遠に幸せであるためには、人類全体の幸せと、各個人の幸せは一致しなければならない。各個人の幸せが、人類全体の幸せでないと本物の幸せではないのである。

 つまり、人類全体の幸せと各個人の幸せが一致するところが天国なのである。

 人智学的にいうなら、自我が満ち足りた安定状態にある事が幸せである。だから、各個人の自我が、人類全体の集合自我のなかに、満ち足りた安定状態を探さないといけない。

 人類全体の幸せのなかに、自分の幸せを探さないといけない。しかも、宇宙は益々多様化していく。

 そのために輪廻転生があり、人生での自己認識がある。

 神秘学では、人類の未来の集合自我のことを、霊我=マナスと呼び、不死鳥=フェニックスに譬えている。

 キリストは、イエスという杯のもとに霊我を携えて、地上に現れ、人類の幸せの見本を示した。

 他の不足分を補いあい、共に助け合うことで、誰一人の落第者や犠牲者を出す事なく、人類全体が幸せになるという見本である。
 
 互いに助け合うと人類全体の幸せになる、というのが、カルマの法則である。

 クリスマスとは、このカルマの法則が地上に示されたときなのである。だから、キリストが最後の晩餐に弟子たちに謙譲の精神を示したように、上は下を助け、異質なものを遠ざけるのではなく、近づいて世話をし、互いに助け合うことを、人類に約束させた日なのである。

 この約束を守るのなら、神に背いて悪魔に靡いた原罪を赦そう、というのがクリスマスなのである。

 そういう精神に欠けているのが、いまのこの国の上層部である。特に政府は、このような態度と真逆にある。

 この国の昨今の仕事観や教育観をみていると、中世の悪しき伝統を感じざるを得ない。強圧的で非常にわざとらしい。上下断裂の様相を呈している。仕事や教育が押し付けになっているのが、一番の問題である。

 中世では、仕事や教育は修行の一環で、霊能力獲得のための手段だったのだが、唯物論が蔓延って、地上生活での物質的幸せを追求するあまりに、精神を忘れ、形骸化し、動物と同じく、単なる調教と化してきた。暗黒の時代といわれるのも当然である。

 人類が高貴な精神を忘れ、獣化してきた。

 人類全体の幸せのなかに個人の幸せをみつけるのは、なかなか困難だが、例として、日本サッカーの浦和レッズサポーターのコレオが挙げられる。個人サポーターの応援が、競技場全体の美的応援に見事につながっている。

 スポーツの報道によれば、サポーターが自主的に応援を行っているという。強制でなく、自主的なのが重要である。

 しかし、自主的でなく、与えられたものであれば、ダメである。与えられた安定は、自分でつくりだした安定ではないので、容易に揺らぐ。いろんな困難に出会って、自分で安定をみつけないと、ダメなんである。

 この国の教育や仕事をみていると、与えることばかりで、しかも強制であるのは、非常に問題で、まるで中世の悪しき伝統の修行のようにみえる。仏教で譬えるなら、苦行や荒行である。

 御釈迦さんは、自ら苦行や荒行をしても、悟り=霊能力は獲得できないばかりか、無意味と悟って、やめてしまって、スジャータに乳を飲ませて貰い、菩提樹の下で、霊能力を獲得したのは有名な話である。 

 無意味な苦行や荒行を奨励しているのが、この国の現状である。

 例えば、それはサービス残業であったり、夏休みの宿題などである。欧米では、休息も重要と考えられていて、休息をとるのも仕事のうちである。

 休みのない生活は、睡眠のない生活と同じで、人間らしい生き方とはいえない。

 教育先進国で優秀なフィンランドには宿題はなく、勉強も自主的に行うそうである。シュタイナーも述べているが、自主的な教育、つまり自己教育でないと教育は意味をもたない。

 この国の教育に欠けているのが自主性であることは一目瞭然であろう。

 子どもを躾けるには、まず親や大人がその見本を示さないとダメである。大人が嘘をつくなら、子どもも嘘をつくのは当然である。7歳までの子どもは大人を真似るからである。

 これは大人が教育に自主性をもたないからである。子どもが勉強するには、大人が勉強しないといけない。一緒に勉強するしかない。


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抜粋終わり

>唯物論では、人間や人体を物質で解釈するが、人間や人体を宇宙言語からどう解釈するかが人智学の課題である

空海も「言葉」ってことは重視している。言葉は実存するっていうかなんというか・・・

その一つの表れを、「アカシックレコード」とか唯識思想の種子なり薫習とかいうと思う。

>無意味な苦行や荒行を奨励しているのが、この国の現状である。

>例えば、それはサービス残業であったり、夏休みの宿題などである。欧米では、休息も重要と考えられていて、休息をとるのも仕事のうちである。

>休みのない生活は、睡眠のない生活と同じで、人間らしい生き方とはいえない


だから「親殺し・子殺し」や鬼畜の所業がまかり通る日本。

>教育先進国で優秀なフィンランドには宿題はなく、勉強も自主的に行うそうである。シュタイナーも述べているが、自主的な教育、つまり自己教育でないと教育は意味をもたない。

>この国の教育に欠けているのが自主性であることは一目瞭然であろう。

>子どもを躾けるには、まず親や大人がその見本を示さないとダメである。大人が嘘をつくなら、子どもも嘘をつくのは当然である。7歳までの子どもは大人を真似るからである。

>これは大人が教育に自主性をもたないからである。子どもが勉強するには、大人が勉強しない

そもそも「人間らしい生き方」をなるべくさせないようにしている日本で、人間としての自主のある大人などどれだけいるのか。家畜か奴隷に育てられた人間が急に人間して生きれるはずもない。

また為政者・権力層・天皇家自体が、人間としての自主性も弱いので、そのようなことも考えもしない。ので、他者・市民を奴隷化するしか考えない。

国家が、幼児期から日本人を奴隷化・家畜化するのが、日本国・天皇真理教国家日本なのである。


つながっているこころ2   

結構意味深・・・。

DEEPLY JAPAN  より

上記文抜粋
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北のミサイルはタリンも射程内だぜと吹きまくる安倍ちゃん

この人たちは本当に気持ちが悪い。

「タリン射程」と吹聴 安倍首相は北ミサイルの“広告塔”

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/221202/1


「北朝鮮は、いまやタリンを射程に入れる弾道ミサイルを発射するなど重大な脅威だ」

 昨年11月29日に北が発射した火星15は米本土が射程に入る。中国、ロシアの上空を通過する西回りなら、エストニアにも届く射程だ。だが、再突入技術に難があるといわれているし、西回りは中ロが黙っていない。もはや安倍首相は北ICBMの“誇大広告塔”と化している。

何をする気なんでしょうね。多分、「国際社会」という名のthe Westの一部が、また何か組みだすのかなと想像。カナダあたりに注目かも。わからんけど。

で、タリンが北朝鮮のミサイルを怖がる理由なんて何もないでしょう。ロシア軍の地上侵攻という語を聞けば条件反射的にただちに騒ぐけど(笑)。ついでにいえば、天下の犯罪者集団であるNATOは、バルト三国を取って、やったねロシアに近づいた!となっているわけだが、もしロシア軍が本気でやるんだったらバルト三国をどうやっても守れないというのは、もはや定説。ロシアとバルト三国の距離が近すぎるから。

近すぎるというか、ロシア革命以前、1700年代初頭から200年以上そこはロシア帝国だったので、まぁなんてか、バルト三国はロシアにとってはどうやっても限りなく自国領に近い隣接地。その前はスェーデンのドミニオン(半独立国、おおむね自治領)だった。この日本語wikiの書き方は微妙ですね。あたかもエストニアが独立していたかのような錯覚をもたらそうとして書いてると思う。英語版では、ドミニオンの下りがある。

その後、1629年までに現エストニアのリヴォニア北部も支配下に入る。レヴァルはエストニア公国の首都となり発展して行くが、その後、大北方戦争により1710年にロシア・ツァーリ国の支配下に入り、エストニア公国は1721年にロシア帝国の県に格下げされた。



Dominions of Sweden

緑、黄緑のところがスェーデン帝国の支配下。で、それが北方大戦争でスェーデンが敗北し、ロシアが勝ったところからロシアの近代の勃興がはじまる。このへんはそういえば、ウクライナ危機の時、キッシンジャーが、クリミアはロシアだ、ロシアの勃興はポルタヴァの闘いで勝利した時から始まるのだ、西側の人たちはロシアがウクライナとは切っても切れないのだと理解しろよ、ほんとにもう、云々と語っていたことがある。このへんは、さすがにネオコンのバカどもとの違いを見せたなと思ったものだった。

ウクライナ危機をどうやって終わらせるのか/キッシンジャー


それはそもかく、過去100年間は、西側(現在はNATO)がロシアを攻める際にカギを開けさせるポイントですね。だもんで、バルト三国は総じていえば、ナチスびいきが世界中で最も目立つし、過去二十数年何度注目されても西側勢は決して彼らを非難しなかった。

そして、ウクライナ問題でナチ末裔が勃興したのに伴い、最近では、ラトビアが、ソ連赤軍に協力した人とナチに協力した人をどちらも同列に扱う法案を通したとかでロシアの眉を吊り上げさせていた。

Latvian president endorses law equating Red Army veterans with SS storm troopers

http://tass.com/world/984041



と、そういうところに、かつて満洲国の建国に労のあった岸信介を祖父とする安倍ちゃんが出かけていって、金をくばる、と。私にはもう、さめやらぬロシアの東西挟撃ごっこにまた夢中になっているとしか思えません。

このへんで書いた通り。

イージス・アショアで東西挟撃&三海プロジェクト



あと、安倍政権は親米政権というより親イスラエル政権、あるいは親シオニズム政権だと考えるといいんだろうなとも思う。岸さんあたりを込みにして。

それに対して日本の自民党には、目立って親アラブ、反イスラエルの人たちがいたし、日本国民も70年代あたりまでは総じていえばそうだったと言っていいんじゃないかと思う。田中角栄失脚の一つの理由もこのへんにあるんじゃないかと私は疑っていたりもする。

ところがそれがあれよあれよという間に代わって、同時にアラブもだいぶ変質していった。

多分、向こう1、2年の間に、ここらへんを解きほぐすようなことになるのかなという気がする。

いずれにしても、日本人にとっては安倍ちゃんの行動はとうてい理解できるものではない。もうこの人たちは、日本国を私領だと思ってると思うな。

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抜粋終わり

>いずれにしても、日本人にとっては安倍ちゃんの行動はとうてい理解できるものではない。もうこの人たちは、日本国を私領だと思ってると思うな。

自主性なく地獄の住人ですからな、日本の為政者層は・・・

参考 真っ当・・・あるいはすでに日本は地獄であった。


地獄の住人でキチガイ・・・


易で「今の日本」を聴いてみた・・・

地火明夷 の 初爻

参考 

上記文抜粋
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この地火明夷は、坤の地の下に、離の日輪が没した象を取ったものです。

一つ前の火地晋は昇り進む卦でしたが、進めば遂には、どこかに障害が生ずるものですので、晋の次にこの明夷が配されました。

しかし、あるいは進んで傷むというより、晋の明と明夷の暗との循環、そして晋の昼と明夷の夜との交換とし、ふたつの卦を綜卦の立場から観察することが相応しいです。

そして晋を進むとするならば、明夷は隠れるです。

「夷」という字は、大と弓を重ね合わせた文字です。

大弓は物を傷つけ破る物なので「明夷」は明るさを破るで、闇と同じです。

明るさが失われたのは、正常ではありません。

正常でない事は、いつかは旧に復さずにはいられません。

それで悩みつつも正しい所を守っていれば、再びその正しいものが正しいものとして通ずる時が来る。

そのことを「明夷は艱貞に利ろし」としています。

前に天山遯という卦がありましたが、これも陰が陽を侵していくという正常さを失った時で、君子は山の中に隠れて災いを避けたほうが良いと言っていました。

しかし、この明夷では「艱貞に利ろし」と教えているのです。

この点は遯と明夷とでは、まったく違います。

なぜなら遯は、邪悪なものが下から起こって来る卦ですから、君子は逃れて災いを避けました。

しかし明夷は、暗の世を作ったのは上にある暗愚な君の故であり、たとえ暗愚であろうと一国の主であるからには権力を持っています。

だから逃げても逃げおおせない。

逃げられないなら、逃げ出したい気配を見破られて、ひどい目にあうより自分自身もまた、明るさが失われている世の中に似合うよう、その明徳を覆い隠し、君子は和して同ぜずで、悩みつつも貞しさを守って行ったほうが良い。

それが、明夷に処する唯一の道なのです。



・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり


参考 2

上記文抜粋
・・・・・・・
「艱難汝を玉にす。昼行灯の時も必要。」
明らかなるもの、正しきものが覆い隠されて、暗闇、邪悪が支配する象。
聡明さが傷つけられ、暗愚がはびこる象。
正しきものが艱難辛苦を強いられる。禍、障害の多い時。隠忍自重、時を待つこと。



「明夷(めいい)」とは明るさが傷つき破れる、と言う意味です。明るいのが正常と考えれば正常で無い状態です。しかも上に立つ者、組織のトップに立つ者、権力を持つ者、が暗愚であるため、その下に居る能力の有る者が冷遇され、或いは危害を加えられる時です。
こんな時は有能の者はその能力を圧し隠し難を避け、正常な状態が戻るのを待つことが賢明です。
古代、殷の紂王によって幽閉されながらじっと耐えて殷が倒れた後に周を興した文王、危険を承知で紂王を諌めた箕子、の例を引いています。

・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり


参考 3

上記文抜粋
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八卦のrika-n.gif離(り)の上に、konchi-n.gif坤(こん)を重ねた形。

明夷とは、明るさを夷(やぶ)る、または単に夷られ傷つけられる、という意。
易位生卦法によれば、火地晋より来たものとする。
火地晋は太陽が地上にある形だが、この地火明夷は、太陽が地中に没した形である。
太陽が地中に没し入れば、明るさは夷られて昏暗の夜となる。
だから明夷と名付けられた。
また、内卦の離を文明とし麗(つ)くとし、外卦の坤を暗昧とし順とすれば、内卦の自分は明だけど、外卦の坤暗なる相手に麗き順(したが)って、自分の明るさを暗まされ夷られる様子である。
だから明夷と名付けられた。
また、離を火とすれば、火は高いところにあれば、よく遠くを照らすが、低いところにあっては、遠くを照らせない。
まして、火の上に坤暗の物を覆うときは、忽ち真っ暗になる。
だから明夷と名付けられた。
また、下は明らかにして、上は坤暗な様子だが、上で命令する者が坤暗ならば、下の者がどんなに明らかであっても、その明らかさが用いられることはない。
だから明夷と名付けられた。

卦辞
明夷、利艱貞、

明夷は、艱(くるし)んで貞(ただ)しきに利(よ)ろし、

この卦は、君子は小人に傷(やぶ)られ、賢臣は暗君に傷られるときである。
こんなときに君子たる者は、先ず第一に、艱難(こんなん)であることを覚悟し、自らはどんなに艱難しても、貞正であるよう心がけるべきである。
例えば、殷(いん)末の紂(ちゅう)王の非道に、周(しゅう)の文王や、箕子(きし)の取った方策のように。

周の文王は、六十四卦の卦辞を作った人物である。
殷を将軍家とすれば、言わば周は外様大名である。

紂王は民衆を酷使し、自らは酒池肉林の乱痴気騒ぎを楽しみ、それを諫める者は片っ端から征伐していたので、誰も咎めることはできなかった。
君子として立派な人間になるよう心がけていた文王としては、こんな世の中は辛い。
しかし、外様だから、紂王を諫めようとすれば、他の人々と同様に、即刻征伐されるのはわかりきっている。
そこで、今は明夷暗主の時と覚悟し、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、内には文明貞正の徳を修めていても、敢えてその素振りを外に見せず、君子たる善政は自分の領地内だけにし、紂王に対しては柔順の臣節尽くした。
それでも不審を抱かれ幽閉もされたが、そのときも文句は言わず、ひたすら時運の艱難に安んじていた。
その文王の態度は、次第に民衆を動かしていった。
やがて文王が没して子の武王の時代になる頃には、多くの人々の願いは周に託され、その武王の元に人々が蜂起し、殷は滅亡し、周の時代になったのである。

一方の箕子は、殷の宗室であり、紂王の叔父である。
要するに親族内戚なのだが、君子たる人間を目指していたので、その非道を不愉快に思っていた。
しかし諫めれば殺されるし、従えば自らも非道の片棒を担がなければいけない。
そこで、殺されず、しかも非道に加担しない方法はないかと思案した。
思いついたのは、気が触れたように装うことだった。
すると紂王は、気が触れたと信じ、それ以上、箕子に何も命令しなくなり、殺されることもなかった。

外様大名と親族内戚では、手段はことなるが、とにかく二人共、このように明夷の時局を艱難して貞正を守り通したのであって、そういう思いが、艱しんで貞に利ろし、という言葉となったのである。

・・・・・中略・・・・

初九、明夷于飛、垂其翼、君子于行、三日不食、有攸往、主人有言、

初九(しょきゅう)、明夷(めいい)のとき于(ここ)に飛(と)ぶ、其(そ)の翼(つばさ)を垂(た)れん、君子(くんし)于(ここ)に行(ゆ)けども、三日(みっか)まで食(くら)わず、往(す)る攸(ところ)有(あ)れば、主人(しゅじん)言(ものいい)有(あ)らん、

この卦は、離明な者が坤暗な者に傷(やぶ)られ、内卦は外卦のために傷やれ、下の三爻は上の三爻のために傷やれる義とする。
もとより明夷は、破敗(やぶ)れの時であって、卦中の六爻はともにみな傷られる義があるのだが、内卦三爻は、とくにその傷れが痛大な者とする。
そこで、内卦三爻の爻辞には、みな句首に、明夷のとき、とあり、その傷れの甚だしいことを示している。
今、初九の爻は六四に害応されるので、六四のために傷られる者である。
さて、八卦の離は、上下の陽を翼、真中の陰を胴体として、飛鳥という義があるが、内卦はその離である。
初九はその飛鳥の翼に当たる。
また、初九は最下の爻なので、垂れ下るの象とする。
これは、初九が傷れの時に当たって、安居することができないので、飛び去ってその傷害を避けようと欲するが、卦の初なので遠く去ることもできない様子である。
鳥が翼を垂れて、遠くに飛べないに。
だから、明夷のとき于に飛ぶ、其の翼を垂れん、という。
続く君子以下の部分は、この義を直ちに人事について示したものである。
初九は安居することはできないので、行き去って傷害を避けようと欲するが、明夷の初めなのでそれはできないばかりか、却って傷害を増し、悩みを加え、その困窮の甚だしさは何日も食事ができないほどに至る。
だから、君子于に行けども、三日まで食らわず、という。
三は多数の義である。
このようなときに何かを為そうとしても、結局は傷害を受けるだけで、どうにもならない。
だから、往る攸有れば、主人言有らん、という。
主人とは初九を指し、傷れを受ける主であることを示す。
言有らんとは、忠告を受けるということであって、ここでは、傷れが有るという義である。
これは、水天需の九二、天水訟の初六に小有言とあるのと、同様である。
ともあれ初九は、居ることも行くこともできず、ひたすら時が過ぎるのを待つしかないとき、なのである。

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抜粋終わり


>紂王は民衆を酷使し、自らは酒池肉林の乱痴気騒ぎを楽しみ、それを諫める者は片っ端から征伐していたので、誰も咎めることはできなかった。
君子として立派な人間になるよう心がけていた文王としては、こんな世の中は辛い。
しかし、外様だから、紂王を諫めようとすれば、他の人々と同様に、即刻征伐されるのはわかりきっている。
そこで、今は明夷暗主の時と覚悟し、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、内には文明貞正の徳を修めていても、敢えてその素振りを外に見せず、君子たる善政は自分の領地内だけにし、紂王に対しては柔順の臣節尽くした。
それでも不審を抱かれ幽閉もされたが、そのときも文句は言わず、ひたすら時運の艱難に安んじていた。
その文王の態度は、次第に民衆を動かしていった。


まさにこの通りである・・・



先日、有名ブロガーのFさんに叱られて凹んでいるが、まさにこの卦の通りなのである。

朝鮮半島への外交をみても、この卦そのもの・・・。


誰が、この地獄の住人・傑紂の天皇真理教徒を、討伐しなければならない・・・。

でも、まだ日本国内では力が無い・・・私も蟷螂の斧以下・・・


少し慎もうと思うが、どの程度の慎めばいいのか、阿呆なのでわからない・・・

ていうことは悪党にいびられ殺される「明」をもった賢者でもないので、今まで通りでもいいかもね・・・。


そういえば、皇帝に諫言して悪徳宦官のための島流しになった王陽明が、その島流しの途上で易を立ててこの地火明夷を得た・・・

それにあやかれれば、幸いだが・・・


そういえば、新井先生が、講演のレジュメ

>一時的な崩壊がないと、救済できない。 世界を舞台に 日本の企業活動。

一時的な崩壊が無いと、日本人を救えない。同感。

天皇制もご臨終にすべき。

だが少し怖いのは・・・・

敗戦時の凄まじいカルトの跋扈と薬物中毒の蔓延を見ると・・・

天皇制は存続し続けているのに、簡単に薬物中毒やカルト信仰になった明治天皇真理帝国の末路・・
それを見ると、もっとモラルが破壊されている状態で、天皇と言うカルトの本尊がなくなると・・・やり方次第ではもっと壊れるだろう・・

でもこれを突破しないと、日本人は生き延びれない・・。

でも、よく考えると、明治維新というカルト国家成立の方が、文化的破壊なり変化が激しかったのに、敗戦後よりも混乱は少なかった。

やっぱ「神仏習合」や「三方得」の思想が生きていた方が、日本人は強く真っ当だったのである。

それの復興ないまま、カルトの本尊の消滅・・・少々怖い気がする・・。







お読みくださりありがとうございます。


拍手[1回]

京の風 より

上記文抜粋
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現・外務大臣のこの表情を、悪相とみるか、策士とみるか?  以下は、日刊ゲンダイ。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/221098  

 デンデンと違って、英語話せるし、鈍感じゃないけど、梯子が消えて、自爆しそうな気配。

 中国ドラマ 「孔子」「項羽と劉邦」「三国志」などで学んでいれば、知性が練れるんだけど。

 日本の外務省は皇国史観(=敵国条項対象)のままで突っ走ったほど、ぼんくらだったし、

 とっさの口のうまさは分かるけど、先をつかんだ 金襴=花言葉「隠れた才能」は感じられない。

 陛下の期待に応えられるかな? 

今年の御製

 「語りつつ あしたの苑(その)を 歩み行けば 林の中に きんらん の咲く」


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抜粋終わり

こっち太郎ちゃんは、李成桂よろしく帰国後に党内クーデターで安倍政権を倒すと。ならないとまずダメ太郎ですな。


闇の正体は 偽ユダヤ (グローバリズム) 

上記文抜粋
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歴史の捏造   天皇の犯罪を追及しない・できない



 江戸時代の浮世絵の文も明治時代の古事類苑も読めない民には、歴史の捏造が可能です。



また、日本の学術組織は、



「天皇>内閣総理大臣>日本学術会議>日本学術会議協力学術研究団体>各学会>学者」なので、



天皇の戦争責任を学術論文をもって証明する学者は日本に存在できないのが実情です。


https://twitter.com/honest_kuroki/status/951730701618966528





◎ 「日本語商業圏消滅作戦の一環」



「日本語利用者消滅作戦(近視眼的には先の大戦の責任をとらせるような論理展開を可能とならしめる人材が生まれないようにする作戦)」として戦略的に実施しているのだろうと思い、腹が立ちます。



日本には天皇の戦争責任の話は片がついたということにしたがる学者が多いので(司法は中世なので論外として)、



海外と連携するしか道はないと思います。ご指摘のとおり国連を使って被害を訴えるしかないだろうと思っています。


https://twitter.com/RainbowLinkInc/status/951726531478368256


https://twitter.com/RainbowLinkInc/status/951726593189150720


◎ ただし、現世を生きる私達日本人は、



天皇と言う殺人鬼で大詐欺師の地位継承者に、遺伝子を放射線によって破壊されたことに対する、有形無形の固定資産が汚染されて無価値になっていくことに対する、損害賠償を求めることができると考えています。病弱の被爆者は賠償金無しでは生き辛いのですから。


https://twitter.com/honest_kuroki/status/951711113493725184



◎ 日本の生物・化学・核兵器殺傷実験の被害者やその親族を、



中国人、韓国人、朝鮮人、ロシア人、日本人から募って国際刑事裁判所に訴え、



さらに、米国から与えらえた生物・化学・核兵器特許の所有者を裁く裁判権のある国の裁判所を通して損害賠償請求をするといったようなの方法があるかと想像しています



https://twitter.com/honest_kuroki/status/951735547491332096

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・・・・・・・・
抜粋終わり

>天皇の戦争責任を学術論文をもって証明する学者は日本に存在できないのが実情です。


然り。

>天皇と言う殺人鬼で大詐欺師の地位継承者に、遺伝子を放射線によって破壊されたことに対する、有形無形の固定資産が汚染されて無価値になっていくことに対する、損害賠償を求めることができると考えています。病弱の被爆者は賠償金無しでは生き辛いのですから。

天皇が、殺人鬼で大詐欺師かは、わからない。

でも「天皇」て名前と権威を使えば、殺人鬼・大詐欺師であることが世界で一番容易なのは安倍政権や前の戦争をみても一目瞭然にわかる。

ので、天皇制廃止だ。

でもそれに愚図ついているようなので・・・なにかマジで一部犯行を犯している気がするのだが・・・

ともわれ、天皇家は「戦争責任は取るがあとは逃げての一手」の成功を狙っているのだろうが・・・河野太郎や安倍総統と日本会議では・・・


まあ、天網恢恢疎にして漏らさず。バチカンでも逃げきれない。ましてや低能日本会議カルトの日本国と天皇家なり天皇制では・・・。


お読みくださりありがとうございます。


拍手[2回]

つながっているこころ2  より

上記文抜粋
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天皇のこの時期の沖縄訪問は背後に安倍官邸の思惑を感じます。今年は知事選もあり「選挙イヤー」と呼ばれる沖縄にとって大切な年です。米軍の事故続きで自民党に都合が悪くなってきたので、鎮静化をはかるために天皇の出番になったのでしょう。沖縄を米国にプレゼントした昭和天皇。沖縄を思うなら沖縄を沖縄の人たちに返してください。

陛下、沖縄に「特別の思い」 皇太子さまへの継承の旅に
http://www.sankei.com/life/news/180112/lif1801120058-n1.html

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■「名護市長選で2000世帯移動」デマのまとめ。沖縄の選挙では、必ずと言っていいほど流れるデマ。
https://togetter.com/li/1187995


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抜粋終わり

>米軍の事故続きで自民党に都合が悪くなってきたので、鎮静化をはかるために天皇の出番になったのでしょう。

同感・・・・。

そもそも琉球・沖縄に軍事侵攻したのは、日本が二度・アメリカ一度。

で中国は軍事侵攻してない。

ので、中国に恨みが無く、日本に恨みと面倒くささを痛感している沖縄。

中国に「放射能垂れ流し日本」から沖縄が逃れていくのは必然でしょう。


お読みくださりありがとうございます。

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金玉満堂ブログ  より

上記文抜粋
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葛西名誉会長代表権返上
JR東海社長に金子氏 葛西名誉会長、代表権返上
金子慎氏

 JR東海は十一日、柘植康英(こうえい)社長(64)が会長に就き、金子慎副社長(62)が社長に昇格する人事を発表した。ともに代表取締役だった葛西敬之(よしゆき)名誉会長(77)は代表権を返上し、山田佳臣会長(69)も代表権のない取締役相談役になる。いずれも四月一日付。経営陣の若返りで、二〇二七年の開業を目指すリニア中央新幹線の建設工事を着実に推進していく。

中日新聞


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抜粋終わり


おなじく より

上記文抜粋
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3月から治験へ


捷報!


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抜粋終わり


JR東海のカサイへの追及は、ぼちぼち・・・・

医療マフィアの砦「癌」への著効な治療法の解禁・・・

良い方に向かっていると信じたい。


お読みくださりありがとうございます。

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忠武飛龍
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