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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

突破するための忍耐。

geneumiのブログ  より

上記文抜粋
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突破すべし



全世界のカバールは恥も外聞もなく既得権益の塩漬けを狙っている。
換金できるものは即座に換金。
ロンダリングが必要なら躊躇なく着手。
彼らも信用創造詐欺金融が長く続かないことを覚悟している。

さしずめ日本人の年金は根こそぎかっさらう算段。
その他、目には見えないブラックボックス、特別会計にも薄汚い手が突っ込まれて・・・。
中長期的に上澄みを吸い取れる既得権益の死守。
数の力で法律の拘束力を強化して、1秒でも長く支配力を及ぼしたい。

偽総理も1秒でも長く政権を維持し、閣議決定の連発で既得権益を死守する。
生真面目な市民が手続き論にこだわり、官僚支配体制を前提にものを考えているうちがチャンス。



で、あれば、即座に無政府にしたらどうか?
問答無用でカバール日本代理勢力の権限剥奪。

官僚体制はその瞬間、塩漬け。
全ての予算(カネの流れ)は凍結。
地方地町村レベルだけが機能。
それも大きな動きは制限し、市民生活に直結する部署だけに限定。

警察、自衛隊はその間の混乱を抑止、鎮圧するために待機する。

名目は国家非常事態宣言でも何でも良いが、早い話、現行政府を無力化するためには止むを得ない措置。

朝鮮代理勢力は明らかに時間稼ぎを考えている。
10月?
何のアドバルーン?
冗談じゃない、そんなに猶予があったら、相当な権益が一時的とは言え合法的犯罪者の手元に残る。

日本で起こる相当数の異常気象、ゲリラ豪雨、人工地震などは日本政府の内部で計画実行されている。
この指令体制を速やかに摘発しないと、この夏も秋も酷い状態が続く。
これを阻止するには国家非常事態宣言しかないのである。

考えるまでもない。
日本はとうの昔に無政府状態である。

今、鎮座増しましているのは、政府ではなく犯罪組織。
中の人は日本懐疑、創価統一カルト、偽右翼、薬中か精神異常者のどちらか。
官僚は幾分マトモかも知れないが、いずれにしてもカバールの犬しか出生しない異常な組織である。

従って、中央集権から権限を取り上げ、無政府状態にするのではない。
犯罪組織に乗っ取られた政府の権限を停止して、よりマシな無政府状態にするだけのこと。

ここで重要なのは警察と自衛隊だが、主権者が国民である以上、国民の総意には逆らえない。
この機を逃さず、組織内組織の完全摘発を望む。

では、誰がそれを主導するのか?



当ブログ管理者は総指揮、小沢一郎氏。
陣頭指揮、山本太郎氏で良いと思う。

あくまで暫定である。

とにもかくにも現世政府を鎮圧しないと総被害額は天文学的に拡大する。

へ理屈や事前準備に拘泥するほど手の内が透けてしまう。
暫定政権はさっさと政権転覆を実行。
全世界に公表する。
理由は単純明快。
これまでの政権が行ってきた国家反逆罪で充分。

現政権、および中央集権の上層部は全員捕縛。
ま、水面下でアメリカ、ロシア、中国、EUの一部などとは下話をしておいた方が宜しいが、それは最優先ではない。

なぜなら、今時の世界で、カバールの既得権益を剥奪するための行動なら、ほとんどのマトモな地球市民は了承する。
断固反対する人類は自分で私はカバールの犬です、と、レッテル貼りをしたも同然。

日本人も半数はどっち付かずの日和見からも知れないが、無政府状態(犯罪組織政府)よりは、まともなシビリアンが機能する政府の方がいいのである。


カバールがウヨウヨいる海を泳ぐのは大変・・・

だんだん、要求が増えて来るが、必要なのは以下。

日本銀行の国有化。

信用創造詐欺金融の廃止。

中央集権解体。

警察・自衛隊組織内組織の撲滅。

気象操作、および、これまでの謀略を指揮、実行してきた組織の撲滅。

同時進行で、新しい意思決定の仕組みを構築するのだが、世界にはいくつもの試みがすでにあり、日本でもそれを適宜試行しながらより良い仕組みに収斂する。
もちろん、時間をかけるのだが、2年もしないうちに相当な確度で練り上げられるだろうと思料する。
なぜなら、暮らしに密接であり、誰もが避けて通れない意思決定のプロセスの連続だからである。

詳しい仕組みはこれまでのブログでチョコチョコ書いている。
また、まだ書いていない突っ込みどころ満載のアイディアもある。
しかし、いずれにしても新しいプレイヤーは30代までとする。
中心世代は20代で宜しい。

いわゆる政治行政のかなりの仕事はルーティンである。
市民の意見集約が一番労力がかかる所だが、これはITを使いながら徐々に効率化する。
あとは自動的な(ある意味人工知能に任せた方が良い)再配分のベーシック。

財源は充分にあるようだが、これまで天文学的犯罪横領を繰り返した輩から返済させる罰金だけでも10年くらいは新たな徴税が要らないと思われる。

もちろん、これは年内敢行。
それも10月なんてのんびりでは間に合わない。
できれば早いほど実効性がある。

小沢氏に山本氏と言うと、このブロガーは何も分かっていないとご指摘の向きがあるが、この一連の過程を経てこそ、彼らが何者であるか一目瞭然となる。



トランプ大統領を見るまでもなく、いわゆる政府の役職のほとんどは無用である。
何でもピラミッドを造りたがるのは偽ユダヤ式の悪しき慣例、うんざりするくらいのワンパターン。

そんな中抜き機構がなくとも、執行者と市民の代表(若者)が居ればOK。
なぜなら、圧倒的多数の市民全員がオブザーバーである。

あとは、いかにして公平で血の通った再配分をするかだけ。
これ、それほど難しいことではない。

ま、ガツんと行ってくれたまえ。
相当数のマトモな人間が後押しをする。



数の問題ではない。
質(意識の高い人間の支援)の問題である。

突破すべし。

その時は以外と、近い気がしている。
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・・・・・・・・・
抜粋終わり


太郎・一郎に瑕瑾があるのは承知。

だが、「難破しそうなのに、この舵や櫂に瑕瑾があるから捨ててしまえ」と捨てると難破して死んでしまう。

まあそれに応じた使い方をしたらいいのだ。

そのための胆力を・・・


蘇東坡 の 留侯論{張良 の論} の訳
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12107133992

上記文抜粋
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〈留侯論〉

昔の豪傑といわれる人物は,必ず人より並はずれた節操を持っていた。

人の情として我慢できないことがある。凡人が辱められると,剣を拔いて起ち,身を挺して闘いに赴く。この節制が足りないのを勇とする。

天下の大勇者とは,突然の屈辱に臨んでも驚かず、理由なく侮辱されても、怒ることはない。これは、彼の抱いている抱負が甚だ大きく,その志も深遠だからである。


そもそも子房が橋上の老人から(兵法)書を受け取ったことは,大変奇怪な出来事である(しかも老人の本体は黄石だという)
しかし秦の統一を善しとしない隱れた君子が世に出て、人物を試そうとしたことを、どうしてそれと知ることができようか?無理だろう。
密かに行動を観察し、その意図を推し量るやり方は,皆、古代の聖人賢人が互いを警戒し観察する意義と通じる。

しかし世間はそれを推察せず,老人を鬼か怪物と思い,またやり過ぎだと考えた。また、兵法書を贈る意図があるなど知らない。
その当時、韓は亡び,秦は絶頂期で(死刑に使う)刀鋸鼎鑊で反抗する天下の士を待遇した。
普通に暮らし全く罪がないのにもかかわらず殺害された人も、数えきれなかった。

強力の豪傑(孟賁、夏育)がいて力をふるっても、押さえる方法は無かった。
また秦の法律は過酷峻厳で,その武力も抵抗し難く,そして勢いには乗じる隙がなかった。

子房は憤懣やるかたない心を堪え切れず,一人の強力な力士を使って(始皇帝に)鉄槌で一擊を与えようと試みた。
此の時に当たり,子房は死ななかったが、生と死の間は紙一重しかなく,(犯人追及が厳しく)危険な状態だった。

千金を持つ大家の子は,盜賊によって死ぬことはない。どうしてか?その一身を愛して,盜賊による死には値しないと考えるからだ。子房の世の中を覆うほどの優れた才知をもってしても,(湯王を助けた名宰相)伊尹を作れず、(周に天下を取らせた)太公の深謀を廻らすこともできず,刺客荊軻が聶政を暗殺しようとした計略を行い,たまたま僥倖によって死を免れた。
ここに橋上の老人は彼を惜しむべき才能を持つ人物とみなした。

それゆえに傲慢無礼にふるまって子房に深く膝を折らせ(恥を与え),彼が忍耐できるかどうかを観察し,その後に大事を成し遂げることができると判断した。
そこで 「小僧を教えることができる。」と言ったのだ。

楚の莊王が鄭を伐った時,鄭伯はもろ肌を脱ぎ羊を引いて降伏し,莊王はこう言った
「その国の君主が自分を低くできるなら,きっと国の民も信用することができるに違いない。」こうして攻撃をやめて去った。
句踐が會稽で困難に見舞われた時,呉に降伏し臣妾{召使い)となって仕え,三年しても倦まなかった。

そもそも人に報復する志があるのに,人の下になることができないなど,これは凡人の強情である。
あの老人は,子房の才能は余りある程だと思ったが,その度量の不足を心配した。それ故に、屈辱を与え膝を折らせてその少年の傲慢の氣持ちをくじき,大謀を成就するため憤懣を忍べるかどうか試みた。
それはどうしてか?
平生からの付き合いがあるわけではないのに,突然草野の間で相遇し,そして下僕に対するように命令されても,自然とそれに従い怪しまない者であれば,かれを秦の皇帝も驚かせることができず,項籍も怒らせることができない人物であると考えたからだ。

そもそも高祖(劉邦)が勝利し,項籍が敗れた理由を考察するなら,良く耐え忍ぶか耐え忍ぶことができないか、両者の間に差があっただけだろう。
項籍は唯だ忍耐ができなかった、百戰百勝だったために、武力を輕々しく用いた。高祖はこれを耐え忍び,その武力を養い育て、相手の疲弊を待った。
子房が高祖にそれを教えたのだ。また淮陰侯の韓信が齊を破り、自らが王になろうとした時,高祖は怒りを発し,言葉に怒りの色が見えた。
それを読み取ってなお,忍耐するよう強く求めた。子房でなくて誰がこれをなし得ただろう?

太史公は、子房は偉丈夫で容貌魁異であったと思っていたが,(彼の画を見ると)その風貌は婦女子のようであって,その大志、氣力にそぐわないと書いている。
ああ!そこにこそ子房の特性があるのだ。


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抜粋終わり

賢者は、時期が来るまで堪え得る。

知識人は、それがない。

その時の飛躍のために、力と識見を蓄えましょう。


お読みくださりありがとうございます。

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