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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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神戸だいすき  より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
乃木希典は殉死ではなかった(by滝山善一)

私が、大正天皇を惜しむコメントを書いたので、滝山さんから、こういう意味の情報が来ました。

乃木大将は、戦争を嫌っていた。
だから「軍」には、目障りな人間だった。

だから、表向き殉死といって、実は、暗殺された。


・・・

私が、滝山さんの物語のつじつまが合わなくても、滝山さんを評価しているのは、明治大帝の晩年政府の上層部が、強い緊張感の中にあったことを、何かの本で読んだから。
こういうことも、あって、不思議ではないと思うからです。

乃木希典自身は、ロシア帝国の将軍ステッセルと、直接会見して、武人と武人の交流をしています。
ここで、乃木が、ロシアと日本を戦わせ、そのすきに、帝国を転覆させようとする「共産主義」=ユダヤの陰謀に、気づいたかもしれない。

じつは、ロシアは親日国で「おそろしあ」なんていうプロパガンダは嘘だと知ったかもしれない。
少なくとも、そのチャンスはあったでしょう。


明治政府には、当然ユダヤの回し者がいて、日本を壊滅的な世界大戦まで引きずっていこうとしていた。
乃木大将は、それを止めようとしていた。
乃木から直接教育を受けた大正天皇は「平和主義者」だった。

国内には、もちろん「海外からの魔の手と戦わなければ、日本がなくなる」という不安の声が満ちていたでしょう。
今だって、「北朝鮮が攻めてくる」と、真顔で言う爺さんはたくさんいます。

戦争と言うものが、どうやったら発生するのか、その力学を知らなければ踊らされ、国民が踊れば戦争に持って行ける。

乃木が、その力学を知れば、戦争しない対話の道を探したでしょう。
けれど「金貸しは、国家を相手に金を貸し」戦争経済に持っていく。
それが資本主義だ。

軍は大元帥閣下になる天皇が欲しかった。

それでないと植民地にされるという気持ちも強かっただろうけど、しめしめと後ろを向いて舌を出す政商もいたはず。グローバル企業は、当時から暗躍していた。


平和好きな日本人が、なぜ、明治以降、狂ったように戦争に駆り出されたのか。

ひとつには「神社本庁」が、国家神道の総本山となり、日本全国の神社を傘下に「一神教」に作り替えられた。
「廃仏毀釈」とは、まさに、そのための暴挙だった。

こうして、日本人を「アッラーアクバル」に作り替えたのです。武士道を悪用して。

そしてイスラエル兵士の様に、ユダヤ金融のために働く軍隊にした。日ユ同祖論も、まことしやかにかたられたし。

今、安倍が、同じことを稚拙に繰り返そうとしているので・・・明治の意味が見えてきたのです。
同じことを、明治にやられた時、情報弱者の全国民が「キムジョンウン」を撃て!と、叫んだ。

明治とは、そういう時代だった。

今だって、日本人はたやすく変わる。

大量殺人が、はやっていますね。山ゆり園では、何十人もの人が30分で殺されたという。今回は9つもの首がとられたという・・・こうやって、殺人を日常にしてしまう。

八墓村なんかも、そういうことだったのかもね、案外手法は同じ。
大勢殺す戦争を、異常なこととは感じ無くさせる。そこらへんにいるおとなしい青年が殺人鬼に変わる。

起こったことと情報拡散されたことが一致していると、たやすく信じない方がいい。
ネットは、もちろんだけど、NHKでさえ、信じない方がいい。
話半分に聞きながら、考えた方がいい。

私は、乃木希典の殉死が嘘だったという、滝山さんの話を信じます。

なぜなら、乃木は、それからの展開に邪魔だったからです。
邪魔者は消される。

明治維新の嘘を暴かなければ、日本は永遠に植民地のママです。

私は、今「村芝居」の存続が、不可能であることに気付いています。
これを復活させることも、継続することも、不可能です。
戦争前に終わった文化なのです。

今まで自分の半生をかけて来たものが・・・消える。
では、何のための半生だったのか・・・私は、何がしたかったのか?

私が夢見たのは、舞台と客席が一体となり、主客のくべつなく神さまの前でわきあいあいと楽しむ村祭りだった。

それが失われた・・・・村が、消えていく。農業の後継者がいない。
神社に人が集まらない、敬神の心が消えて久しい。
和服、和楽、和の文化が古いものになる。
暮らしぶりがかわり、日常の動作、道具がすべて違う。生活感が伝わらない。

なんとかして、敬神を取り戻せないか・・・焦る私の目の前に「国家神道」が、立ちはだかり「戦争にいけ」と言う。
古い芝居が走馬灯のように「よく忠に、よく孝に、国のために天皇のために死ね」と浮かび上がる。

神社は出征兵士を送り出す場で、
芝居は「主人のために息子を捧げるのは麗しい!」と叫ぶ。

なんで、これが復活するだろう。
私は、何を復活させたかったのか・・・・

もっと、むこうに、もっと遠くに、本当の日本がある気がして…古事記日本書紀を開けば、その時代すでに、異民族の征服の歴史。

日本は、どこにあるのか?と、私は誰彼なしに問いたい?
日本は、どこにあるのですか?
私のふるさとは?

滝山さんの情報を糸口に、この150年間に、日本で起こったことの真実を掘り起こせそうに思うんですよ。そして、この謎が解けたとき、日本列島は呪縛から解き放たれる。

ちなみに、私が奉仕する神社は古事記以前の天皇の神社です。仁徳天皇[16代)の孫か、ひ孫。
さらに、住いする山田村は第15代応神天皇の生母神功皇后ゆかりの土地です。

日本は、少なくとも二度蹂躙された。
一度目は、大陸からやってきた民族によって天皇位を簒奪され記紀が編まれた。
二度目は、明治維新白人に蹂躙された。
私は、そう理解しているんです。
その中間地点に「南北朝時代」と言う不可解な時代があります。

・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


旧軍は平和志向や真っ当な戦略眼の人が排斥される傾向があった。

今村均さんや栗林中将もそう。

石原莞爾は狂ったところもあるけど、まだ真っ当な戦略眼があったので、使い捨てにされたように思える。

大正天皇は「守成の天皇・文化と平和の天皇」として振る舞おうとして、「おしこめ」られた。

それを見ていた昭和天皇は、戦争を止めれなくなった。自分も「おしこめ」に参画したのもあったからだろう・・・。

>大勢殺す戦争を、異常なこととは感じ無くさせる。そこらへんにいるおとなしい青年が殺人鬼に変わる。

南京戦で虐殺をしてしまった兵士たちも、もとは九州の農家のおっさんや兄ちゃんたちでした・・。
それを殺人鬼に仕立て上げるあの戦争・日本軍の悪こそ、許しがたい・・・あの時は当該軍団に憲兵隊もわずかで食糧・弾薬が切れかけていて、かなり士気・モラルが崩壊しかけだった・・

そういうときの暴走を防ぐべくいた朝香宮もそれを止めようとはしなかった・・・。


もう少なくとも明治以降の日本を容易に賛美するのは注意しよう・・・

本当の「本当の美しい日本」を穢して壊してしまいそうだから・・・


お読みくださりありがとうございます。

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