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日本天皇国滅亡記。{渾沌堂主人雑記}

故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。

出るでる。膿が糞が。  混沌堂

日々坦々  より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
少し前のエントリー記事≪あえて苦言を呈し憎まれ口を叩こうと思ったが身内では無いので止めた!「斎藤まさし」氏は裏方に徹するべきだということを。
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斎藤まさし氏

で、書くのを止めたのだが、山本太郎に一票を投じ当選させた一人として、日本の将来のため、そして山本太郎の今後の政治活動のためにも、可視化する意味でエントリーすることにした。

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この記事のほとんどは、既にでき上がっていたものだが、文春の記事が出るというので、ネットでは読んでいたが一応発売を待ってエントリーすることにした。追加してたら遅くなってしまった。

その週刊文春の記事だが、ほぼネット上の情報を撫でまわしている感が否めず、酷い内容のものだった。(まあ、本ブログもネットの情報が基本だが、生で聞いたものもあり切り口も全く違う)

文春の記事には「それはガセネタだろう」というものもあった。

たとえば、次のようなくだりである。

≪山本氏と議席を争った民主党では、斎藤氏の動きのウラを勘ぐる声も少なくない。≫

として民主党議員が語っている。

≪「斎藤氏といえば、菅元首相との関係が近いことで知られます。反原発を唱え、民主党惨敗後の政界で一定の影響力を残そうと菅さんが斎藤氏を山本陣営に送り込んだのではないか」≫


これなどは、まさに「下衆の勘繰り」そのものというもので、斎藤氏本人は、菅首相が「消費増税を口にした時から決別して以降、口も聞いてない」と言っている。

決別しただろうことは、その通りだと思うが、これは私の推論なのだが、国会でも取り上げられた「巨額献金問題」で、斎藤氏を証人喚問しようという話にもなったことがあり、この時の国会答弁で追及されていた菅直人首相は、「あまり付き合うべき人物ではない」と最後に言っている。

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この巨額献金問題というのが、菅首相の政治資金管理団体(草志会)からの6,250万円を筆頭に、民主党から斎藤まさしが代表を務める「市民の党」と、その関連団体に計1億円近くにものぼる資金が流れていたことが発覚した問題である。


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その時の国会質疑の模様

2011/8/8「管総理・民主党から市民の党への献金連携支援」-2.mpg





ということで、週刊文春の記事では、本質的な問題には、全く近づけてないので、その辺を書いてみたいと思う。

その前に、先日わたしがツイートした「斎藤まさし」氏に関する連続ものを貼っておく。

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(自分の名前を名乗らない斎藤氏に業を煮やし?三宅洋平氏が名前を暴露?:笑)

私が最初に名前を暴露したのが、まだ誰も名前を公表していなかった7月14日だった。

日々坦々 ?@hibi_tantan24 7月14日
これが、噂の斎藤まさし氏かな。名演説なのに紹介はない? ( @madmanjapman 渋谷ハチ公 http://moi.st/ec5a9b | 閲覧130人 / 計693人, 33:58経過 )

三宅洋平が斉藤まさしを紹介。「名前なんてどうでもいい」と斉藤氏。まあ、あまり出るとマズいと思ってるのだろう。それでも三宅洋平推しだが、ゆくゆくは、このお方とは別れて欲しい。

斉藤まさし氏が演説をぶっているが全く響かないんだけど。おっしゃる通りだが、その根底には「恨みつらみ」が混じってるからなのだろう。まあ盛り上げるのはうまいようだが…。

まあ、ちょっと飲んでますが、斉藤まさし氏から山本太郎を引きはがすことを言えるのはCNMだけだと思うから、益々声を大きく上げようと思っているんだけどね。

山本太郎が当選した事は、今後の日本の政治に大きな影響があり、これが、変化の出発点となると思う。本当によかった。あとは斎藤まさしからの親離れをどうするかということ。

“市民の党代表「斎藤まさし」の正体と民主党 | 荒んでいく世界” http://htn.to/kNuATW

“菅直人と「市民の党」代表・斎藤まさしの黒い関係 - 澎湖島のニガウリ日誌” http://htn.to/Hmzmii

山本太郎に一票を投じた一人として、特に選対の方々に言いたい。過去の事例(川田龍平など)からも明らかなように、。このままでは山本太郎は斎藤まさし(本名は酒井剛(さかい・たける)に潰されてしまう。もう旧い政治とは別れようよ。旧態依然の政治感覚からの脱却が山本太郎のいいとこなんだから。

民主主義の基本は「情報公開」であり「可視化」である。山本太郎選対の方々は「斎藤まさし」をあくまでも隠そうとしているようだ。彼が選対で「カネ」と「名簿」を管理し、主要なところを全て「市民の党」員に牛耳らせていることを。「新しい政治」を標ぼうするのなら、彼を排除するべきで柵を切る事だ

CNM(市民ネットメディアグループ)は誰も言わないタブーに、これからも挑戦し可視化していく。メディアが報道しない司法の闇や国家権力から迫害されている一般市民などを多くの人に拡散したい。そして誰も言わない、山本太郎の選挙を主導し牛耳っている「斎藤まさし」を今後ガンガン追及していく。

(山本太郎選対の)指揮をとったのが「市民の党代」表の斎藤まさし氏だ。市民の党は毛沢東主義の集団で、北朝鮮とも関係が深い。また同党には菅直人元首相や鳩山由紀夫元首相などから巨額な資金が流入していた。 / “【参院選総括】激戦の東京選挙区で大穴、山本太郎が当選できた理由” 日刊ナックルズ  http://n-knuckles.com/case/politics/news000070.html

今まで私は「政官業の癒着の構図」や官僚支配を批判し主権者である国民が主役の政治や議会制民主主義の定着のために4年間ほぼ毎日ブログを書き、ネットから表にでて活動してきた。いま思えばキーワードは「柵(しがらみ)」を断ち切る事だった。だから山本太郎も柵(斎藤まさし)を断ち切ってほしい。





ウィキペディアには、いかにも支援した候補者が、ほぼ当選したように書かれているが、かなりの落選者も出しているようだ。「市民の党

この方の思想信条は、本気で日本に革命をもたらすことにあるという。

それも毛沢東主義の影響を受けてポル・ポト派の支援などを行なっていたとのことで、多くの人とは相いれない思想の持ち主であることがわかる。

そして、菅直人と総理になるまで30年の付き合いだった、ということでもわかるように、小沢一郎に対しては、オリジナル民主党議員たちと同じくかなり嫌っているようだ。

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これは又聞きなので不確かだが、昨年の衆院選の時も、山本太郎を小沢一郎になるべく近づけないようにさせたと言われている。

当初、山氏は全国比例で出るつもりだったが、当然、政党要件を満たしてない党からは出られないし、もし出るならば10人の候補者を擁立する必要がある。

ほぼ不可能な中で、未来の党の比例で出ることはできたはずだ。

それを斎藤まさし氏がさせたかったのではないか、とこれは噂の次元だが、そのように言われている。

斎藤氏は、7月14日の渋谷で行われた「選挙フェス」で演説し、昨年は山本太郎と三宅洋平、そして山田正彦(元農水相)の三人でグループ(新党)を作ろうと思っていた、などと発言している。

結果はできなかったという事だが、山田正彦氏は、結局、亀井静香氏とともに「日本未来の党」に参加し出馬しているのだから、山本太郎も未来の党の比例から出ることは可能だったが、斎藤氏が拒絶したとも言われている。

この辺は文春と同じく、不確かな情報ではあるが、後で言及することに関係してくるので、ここでは「斎藤まさしは小沢一郎が嫌いだ」ということは事実のようなので、これを抑えていただきたい。





斎藤氏の市民の党などに支援してもらった議員は非常に多い。

菅直人をはじめ、国会議員や地方の知事や市長、地方議員などを含めれば、かなりの数になるだろう。

そのあたりを、立川市議会議員である五十嵐けん氏のブログに「市民の党」の紹介記事が書かれていて、支援した首長たちが掲載されているので貼っておく。

立川市議会議員 五十嵐けんのブログ

市民の党とは?

◆1996年、各地の自治体議員や市民運動に取り組む仲間が参加して結成されました。

◆企業・大労組・宗教団体・業界団体の支援はいっさい受けず、活動はすべて市民一人ひとりのボランティアとカンパ。ヒモ付きでないから、恐れず、本当のことを言い、行動します。

◆ 98年、中村敦夫参議院議員、99年、秋葉忠利広島市長、00年、川田えつ子衆議院議員(衆議院補選)、01年、堂本あき子千葉県知事、02年、新潟参議 院補欠選挙では、無所属の黒岩たかひろ参議院議員、また、篠田昭新潟市長を勝手連で応援し、それぞれ当選。勝手連市民パワーを巻き起こしました。

◆東京都や神奈川県などを中心に自治体議員の仲間が活動しています。東京では都議会、武蔵野市、三鷹市、小金井市などの市議会に議員がいます。

市民の党の主張

最効の景気対策は 消費税の廃止
保険ではなく税金による 介護は福祉
危険で高価な 原子力発電の廃止






そうした地方議員たちが選挙ともなると、斎藤氏の号令で「市民の党のボランティア」として総動員され、重要ポストであるところの「司令塔」「会計責任者」「事務管理責任者」を全て牛耳って、特に「おカネ」と「選挙人名簿」を抑え、抱え込んで離さないということになるということだ。


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多くのボランティアの中にいても要所要所の主要なポストをいつのまにか牛耳っていて、そこに参加し活動している「純粋な市民ボランティア」は、同じボランティアと思いきや回りをみれば、いつの間にか「市民の党」の方々ばかり、ということになる。

山本太郎選対にも、市民の党の地方議員である、東京都議会議員の伊沢けい子氏や、横浜市会議員の井上さくら氏、立川市会議員の五十嵐けん氏などが選対事務所に詰めていたようだ。

この他、まず出入りしていただろう市民の党の地方議員は分かる範囲で次の通り

木内博・神奈川県議
山本ひとみ・武蔵野市会議、
山本あつし・武蔵野市会議(山本ひとみとは京都大学の同窓生で夫婦)
斉藤シンイチ・武蔵野市会議
野見山修吉・小金井市議会議員
青木ひかる・小金井市議会議員
長谷川くみ子・神奈川県議
なら握・厚木市議
内海みつお・厚木市議、
東條えみ子・相模原市議
おきなが明久・座間市議会議員 
奥村しょうけん・海老名市議会議員 
端 文昭・平塚市議会 
伊勢 志穂・盛岡市議会


だから、山本太郎自身は、「政党からの推薦や公認は受けない」という希望を持っていたが、結果的には、ほぼ「市民の党の公認候補」になっていたと言うことになる。

週刊文春にも、ポスター貼りについて書いてあった。
≪都内に1万4000カ所以上ある掲示板に選挙ポスターを貼る作業を斎藤代表が指揮。公示の日に朝から1000人以上のボランティアをバスやレンタカーに分乗させて他のどの陣営よりも早く山本氏のポスターを貼り終えた。≫


まあ、斎藤氏の今までの選挙経験は、誰よりも豊富であり「勝ちいくさ」ができる、数少ない貴重な存在であることは確かなようだ。だから、山本太郎が当選したのは彼の力は非常に大きいと思う。

では、彼は具体的に今までどのような選挙活動をしてきたのか見てみたい。





彼の選挙戦術の特徴は、徹底的に「はがき」を利用する、ということらしい。そういえば山本太郎も演説のあと、複数のハガキが入った封筒を聴衆に配っていた。

その辺を、千葉県知事に立候補した時の堂本暁子氏の選対顧問として、斎藤氏がその辣腕をふるった時のものが次のように書かれている。
平成13年3月25日千葉県知事選挙を振りかえって

≪斎藤まさし氏(49)がいた。全国で、市民型選挙を展開して当選した無党派候補の選挙に関わった。関東を中心に市議などを送り出している「市民の党」の代表だ。3年前の参院東京選挙区で当選した中村敦夫氏、昨年の衆院東京21区補選で勝った川田悦子氏の選挙の中枢にいた。席上、斎藤氏は「勝つには60万票が必要。はがきと電話攻勢で最低20万票を固めるべきだ」と具体的数字を挙げた。その後、選対顧問に就任し、県民の会と共に戦術を練った。選挙中は白手袋や鉢巻はせず、電車で移動する。他候補が出揃うまでは立候補表明はしない…。選挙に向け、水面下で一気に動き出した。

<裏表 陽動の陰 確実に票固め>
 のぼり、カンパ箱を持った勝手連の一行が、堂本さんと一緒に電車で移動した。スニーカーを履いた堂本さんの後ろを茶髪やガングロの支援者たちが続く。車中やホームで皆が振り向いた。従来の選挙、政党の「組織型選挙」との違いを際立たせる戦略。パフォーマンス型とも言える運動をする一方で、裏では徹底した票固めをした。つまり、水面下での支援者名簿の作成だ。公選法上、陣営から発送できるのは6万2500枚だが、紹介に紹介を重ね、電話番号など個人の連絡先が書かれたはがきが約13万枚返ってきた。これを含め20万人の名簿が完成し、基礎票になった。風や浮動票に頼らない堂本陣営の『組織型選挙』だ。破れた陣営の幹部は、表からは見えなかった票固めの戦術を聞いて「完敗だった」と認めたという。     

<ポスター 有志たどり全域に掲示>
 県内全域の掲示場は、11,518箇所。3月8日告示日。「ポスターを告示翌日までに張れなかった候補者は内外に弱さを露呈することになり、まず勝てない」(斎藤まさし選対顧問)。業者を雇う金はない。選管にもらった地図をすべての地区の責任者に渡すのは、当日では遅すぎる。結成した勝手連からつてをたよりに、ひたすら頭を下げて、協力を求める。立候補届出順は5番。「ビリだ」誰かが嘆いたが、掲示の位置は男性候補が四角に固まり、堂本さんだけが一人右上端に。「一番目立つ」と喜んだ。

<追い込み 「投票所行こう」と電話>
 公選法上、電話での投票依頼は選挙期間中の24日まで。25日の投票日は、はがきに宛名を書いてもらい集めた20万人分の名簿をもとに「投票所へ行ってください」「投票率を上げましょう」と「啓発運動」に切り替えた。投票時間は午後8時まで。夕方から事務所の空気が張り詰めた。事務所の電話や、個人の携帯を使って、県内各地の知り合いに電話をかけ続けた。「もう10分」「後1分」とかけ続け、「はい、お疲れ様です」の号令がかかったのは、午後7時47分だった。≫






「こんなのは選挙の基本中の基本だ」という声が聞こえてきそうだが、組織もない、金もない、という市民からの候補者で、活動してくれるのも市民ボランティアだけということになれば、なかなかここまでもできないのが現状だろう。

やはり市民ボランティアは、自由意志できているので来たり来なかったりと、そこに100%期待し依存することは難しい。

ボランティアをハンドリングできる「プロ」が必要だというのは、昨年の素人選対経験からしてもよくわかることだ。

斎藤氏は「市民選挙の神様」と言われているように、多くの市民を政治家にさせてきた実績は確か大きい。

そうした実力派である斎藤氏が、選挙を通じて革命を起こしたいというのが動機であると同時に、やはり持続可能な運動にする上でも、先立つもの、おカネは必要だというわけだ。

CNMの仲間であるツイートTVの服部順二氏は、先日のCNMスカイプ会議で、自身の経験として次のように発言している。

日本で緑の党が必要だということで、川田龍平の母である川田悦子氏が衆議院議員だった時に、国会議員の「緑のリンク」ということで、一番最初に川田悦子氏を取材して、ビデオ撮りしホームページに掲載するという活動をしていたとのこと。

その後、母の秘書をしていた息子の龍平氏が、母の後釜ということで2007年の参議選で、東京選挙区から無所属で出馬した時、母親と同じく斎藤まさし氏が選挙を仕切ったとのことだ。

その時に内部の人が服部氏に、斎藤まさし氏がやってることについて「これってありですか?」と相談を受けたとのことだ。

要は、選挙の時に使っていた選挙人名簿を斎藤氏が抱え込んでいて、「渡すにはお金が必要」と言われたとのことだ。

また別の人からは、今後もずっとやっていくには議員の給料の何パーセントかをキックバックしてくれと言われたということだ。

つまり、「議員の給料をコンサルタント料という名目で渡せ」ということだ。

服部氏が、斎藤まさしの人物像として次のように表現している。

市民を政治家にして、その上がりを取り続ける「市民政治家を食い物にするビジネス」を構築した人

まあ、いわゆる市民専門の「選挙ゴロ」だというわけだ。



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そういえば昨年、選対の中で活動している時に、やはり選挙ゴロが入り込んできたことをエントリーしたことがあった。(参照




初めて服部さんから斎藤まさしの事を聞いた7/17の「CNMスカイプ会議」
51:05~



そして、 7/21のCNMスカイプ「選挙特番」(ツイートTV服部氏、マッドマン、アルルの男ひろし、飛鳥麻)で、さらに詳しい話を聞いた。
1:00:55~






この辺を書いた記事があったので一部抜粋しておく。

■『破邪顕正』より

≪「献金問題の深い闇」メイル・マガジン「頂門の一針」より引用

驚くのが民主党の保守派と見られてきた鷲尾英一郎衆議院議員のケースだ。前述の市民の党代表の酒井氏が鷲尾氏の公設第一秘書を4年にわたって務め、酒井氏の差配で鷲尾氏の政治資金団体からめざす会に330万円、市民の党に446万円が献金されていた。

なぜこんなことになったのか。取材に鷲尾氏が語った。「酒井氏との出会いは05年の初出馬のとき。父の友人で信頼できる人から紹介され、選挙を手伝ってもらいました。

当選すると、政治資金と地元担当秘書としておいてほしいというので、公設秘書にしました。そのときの約束は毎年1千万円の政治資金を集めるということでした」

だが、鷲尾氏の政治活動のためだったはずの資金から、氏の知らない間にめざす会や市民の党に合計776万円が献金されていったというのだ。鷲尾氏は不本意だったが、結局酒井氏は鷲尾事務所に4年間在籍した。酒井氏が鷲尾事務所に差し出した政治資金は年1千万円どころか、4年間でもその額に達しなかったという。

氏が騙されていたと感じたのは当然で、現在、氏は彼らとは無関係だ。≫


菅直人が総理の時に追及された「メネ―ロンダリング」もどきの手法を、政治資金規正法ギリギリの綱渡りで、ガッツリカネを握り、金正日に1億円献金できたのだろう。




市民の党の地方首長の代表的な方には、新潟市長を三期務める篠田昭氏がいる。

彼が平成23年12月の新潟市議会で、斎藤まさし氏の関与について追及されている映像がある。

■市長と市民の党について(1) 新潟市議会 平成23年12月 深谷成信

この中で

≪斎藤氏が北朝鮮を往来し、よど号犯人がいる「日本革命村」を訪ねて、よど号実行犯や拉致実行犯とも会ってきていると…。≫


そして対して篠田市長が「もし、それが本当ならば、私は北朝鮮の核開発や拉致被害のついて厳しく批判しているので、私の政治信条とは全く違う」と言っている。

だから、斎藤氏に支援されても途中で別れるというケースも多いようだ。




参照記事:
民主党からの巨額献金や、日本人拉致実行犯の息子の選挙擁立で注目される「市民の党」。その代表が、自ら語った恐るべき活動歴と思想【正論10月号】より

野村旗守氏講演会から(下)斎藤まさしと市民の党 

市民の党が民主党と仲良しで共産党と仲が悪い理由 横浜市議会の騒動(『沈思黙考』)

山本太郎氏の選挙参謀と菅直人元首相の“深い仲”(週刊文春WEB)

山本太郎氏に中核派が支持表明 事務所は「ノーコメント」(J-castニュース)

これは、決して山本太郎に対するネガティブキャンペーンではない。むしろ応援歌だと思っている。

もっと言えば、山本太郎や三宅洋平などの若いパワーを引き寄せることができ、大きな波を作ることがきる人たちと、政治家40年、官僚支配の日本と闘ってきたその知恵を合わせて、日本が本当に普通の、まともな国となるような運動をつくりたいという思いからだ。


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今週のサンデー毎日に次のような記事がある。

タイトルは≪「民主の分裂待ち」山本太郎は今や野党再編のキーマン

抜粋すると、

≪選挙参謀を務めた陣営幹部が解説する。「山本は衆院選落選後から、脱原発と反TPPで一致する野党を一つに束ねられないかと模索していた。実際、生活の党の小沢一郎代表、社民の福島瑞穂党首、みどりの風の亀井静香氏らに接触して交渉を重ねました」
その顛末はこうだ。
「小沢さんには3回ほど会って『やろう』となり、亀井さんも賛同したが、結局党内をまとめきれず、断念した。ただ、小沢さんらは山本にはそうした行動力と発想があることを知っている。今回、自民圧勝の中で66万票を獲得した山本が動けば、うねりは作れる。彼も一人では何もできないことを分かっている」≫
しかし懸念材料として次のように書いている。
≪「山本さんの選挙カーから笑顔で手を振っていた青年が、よりによって公安からマークされている極左団体のリーダーだったりと脇が甘い」≫


山本自身はそうした期待と不安に関して次のように語っている。

≪「自分から(野党再編の)キーマンを名乗り出るほど、自分の力を過信してません。だけど、ボクは良くも悪くもマスコミから注目されている。いろんな党がボクを使えると思ってくれたらチャンスが回ってくる」≫


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やはり、小沢一郎の理念を具現化する道は、これからの日本の政治を背負う彼らの協力なくしてありえないと、改めて痛感した。

さて、明日は、どうなるかわからないが、マスメディアも報じていない衝撃スクープを飛ばしたいと思っている。

まあ、途中でポシャル可能性もあるが、夕方くらいには伝えられると思う。



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・・・・・・・・・・・・・
抜粋終わり

有象無象のゴミどもがどんどん出てきた。

まあ、そういう時代になったてことかな。


再見!

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