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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。
闇の正体は 偽ユダヤ (グローバリズム)  より

上記文抜粋
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明治偽国家が琉球処分  沖縄を生贄にして戦争国家へ


42年前の5月15日、沖縄は日本へ「返還」され、米軍基地付きで142年前に始まった「琉球処分」の状態へ戻った。

1871年7月に倒幕政権は廃藩置県を実施、独立性のあった「藩」を潰し、中央政府が派遣する知事が支配する「県」にしているのだが、

その廃藩置県が行われた翌年の9月に政府は琉球藩を設置、79年4月に沖縄県を作って琉球王国を併合した。

当初から琉球を日本へ組み込むつもりだったなら、廃藩置県の前に琉球藩を作っていたはず。

しなかったということは、琉球を「外国」だと認識していたのだろう。

その認識を変えさせた出来事が1871年10月に起こる。

宮古島の漁民が難破して台湾へ漂着、何人かが殺されたのである。

この事件を利用して大陸を侵略しようと考えた人間が政府内にいたようで、

政府は清(中国)に対して被害者に対する賠償や謝罪を要求するのだが、

そのためには琉球を日本だということにする必要があった。


その後、1874年に日本は台湾へ派兵、75年には李氏朝鮮の首都を守る要衝、江華島へ軍艦を派遣して挑発、

「日朝修好条規」を結ばせて清国の宗主権を否定させることに成功した。

さらに無関税特権を認めさせ、釜山、仁川、元山を開港させている。

1894年に朝鮮半島で甲午農民戦争(東学党の乱)が起こると日本政府は軍を派遣、朝鮮政府の依頼で清も出兵して日清戦争へ発展する。

この戦争は日本が勝利、1895年に下関で講和条約が締結された。

その後の展開は省略するが、日本の沖縄支配は続く。


こうした経緯があるため、日本の一部支配層は沖縄を日本だとは考えていない。酒席でそうしたことを口にする人もいた。

昭和天皇も同じように考えていたようで、

日本が降伏文書に調印した1945年9月、アメリカによる沖縄の軍事占領が「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージを天皇は出している。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年)

1947年5月になると、天皇はダグラス・マッカーサーに対し、新憲法の第9条への不安を口にしている。

会談内容の一部を通訳の奥村勝蔵は記者へ「オフレコ」で伝えているのだが、隠された後半部分でマッカーサーは次にように言っている。

「日本としては如何なる軍備を持ってもそれでは安全保障を図ることは出来ないのである。

日本を守る最も良い武器は心理的なものであって、それは即ち平和に対する世界の輿論である」(豊下楢彦著『昭和天皇・マッカーサー会見』岩波現代文庫、2008年)

1950年4月に大蔵大臣だった池田勇人は秘書官の宮沢喜一をともなって訪米した。

そのときに携えて行った「吉田茂首相の極秘メッセージ」には、

アメリカ軍を駐留させるために「日本側からそれをオファするような持ち出し方を研究」してもかまわないという内容が含まれていたというのだが、吉田首相は国会などで基地の貸与に否定的な発言をしている。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年)

例えば1950年7月19日の参議院外務委員会では、「軍事基地は貸したくないと考えております」と発言、

「単独講和の餌に軍事基地を提供したいというようなことは、事実毛頭ございません」ともしている。

吉田が国会で嘘を言ったのか、池田が運んだメッセージが吉田の意向に反するものだったのかということだろう。

内容は吉田でなく、天皇の意向に合致する。

この間、6月22日に来日中のジョン・フォスター・ダレスたちはコンプトン・パケナム東京支局長の自宅で開かれた夕食会に出ている。

日本側から出席したのは、大蔵省の渡辺武(元子爵)、宮内省の松平康昌(元侯爵)、国家地方警察企画課長の海原治(自衛隊の創設に関与)、外務省の沢田廉三(岩崎弥太郎の義理の孫)だ。パケナムはイギリスの名門貴族出身で、日本の宮中とも太いパイプを持っている。

天皇の影を感じさせるメンバーだが、この夕食会から4日後、天皇は帰国直前のダレスに対し、

「多くの見識ある日本人」に会うことを勧め、

「そのような日本人による何らかの形態の諮問会議が設置されるべき」だとする口頭のメッセージを伝えたという。(前掲書)政府以外にルートを作ろうとしているように聞こえる。

1951年1月末、ジョン・フォスター・ダレスはダグラス・マッカーサーや吉田茂と会うのだが、その3日前にアメリカの使節団は会議を開き、

そこで「日本に、我々が望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利を獲得」することを確認しているが、これは天皇がすでに事実上、認めていた。

沖縄の問題はアメリカの世界戦略と昭和天皇の意思を抜きに語ることはできない。

基地が沖縄に集中しているのは「日本人の責任」と言えるかもしれないが、それは問題の一部。天皇の問題を避けるのは保身だと言われても仕方がないだろう。

この年の4月、マッカーサーはジョー・マーティン下院議員に出した手紙の中でホワイトハウスの朝鮮戦争政策を批判、これが露見して解任される。

その頃、中国ではCIAの軍事顧問団が率いる約2000名の国民党軍が中国領内に軍事侵攻しているが、反撃されて失敗に終わった。

その翌年にも国民党軍は中国へ攻め込み、やはり追い出されている。

つまり、マッカーサーを解任したとき、ホワイトハウスはすでに中国侵攻計画を始動させていた。

ところで、「沖縄返還」の際、日本とアメリカとの間に「密約」があったことが明らかになっている。日本政府の「公式見解」などは意味がない。

密約はふたつある。

ひとつは毎日新聞の記者だった西山太吉がつかんだ密約で、返還にともなう復元費用400万ドルはアメリカが自発的に払うことになっていたが、実際には日本が肩代わりするというもの。

後に、この報道を裏付ける文書がアメリカの公文書館で発見され、返還交渉を外務省アメリカ局長として担当した吉野文六も密約の存在を認めている。

もうひとつの密約は核にかんするもの。

佐藤栄作首相の密使を務めた若泉敬によると、

「重大な緊急事態が生じた際には、米国政府は、日本国政府と事前協議を行った上で、核兵器を沖縄に持ち込むこと、及び沖縄を通過する権利が認められることを必要とする」というアメリカ側の事情に対し、

日本政府は「かかる事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの必要をみたす」ということになっていたという。(若泉敬著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』文藝春秋、1994年)

西山は密約に関する情報を外務省の女性事務官から入手していた。

マスコミは密約の内容よりも西山と女性事務官との関係に報道の焦点をあて、「ひそかに情を通じ」て情報を手に入れたとして西山を激しく攻撃する。

1974年1月の一審判決で西山は無罪、事務官は有罪になるのだが、2月から事務官夫妻は週刊誌やテレビへ登場し、「反西山」の立場から人びとの心情へ訴え始めた。このキャンペーンにマスコミも協力する。

こうしたキャンペーンが毎日新聞の経営にダメージを与え、倒産の一因になったと見る人もいる。

この女性事務官は核兵器に関する密約を知らず、復元費用の件だけを西山に教えたのだろうか?

ちなみに、これは一般論だが、自衛隊の情報将校だった某は工作用のエージェントを抱えていたという情報がある。

ターゲットの性格に合わせ、カネなり趣味なり女性なりを利用し、日本が進む方向をコントロールするために工作を仕掛けていたのだという。

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201405230000/
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抜粋終わり


明治以降の日本など無い。あるのは偽日本天皇国である。


おなじく より

上記文抜粋
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スプートニクは人間の声を聞く  沖縄の糸数議員

6.6 アメリカの人は大好き、でも軍隊はノーという 沖縄の糸数参議員

沖縄県議会は必死で普天間の米軍基地の使用停止を訴えているものの、状況は変わらない。

飛行は止まず、事故も頻発し、地域住民は憤懣を抱えている。

日本政府が国民の生命の危険に目を向けようとしないのはなぜか、

本土復帰46年間で何が変わったか、沖縄の独立はあり得るのか。

スプートニクは会派「沖縄の風」の糸数慶子参議院議員に取材を行った。

糸数慶子さん(70)は沖縄県読谷村で生を受けた。

生まれたのは日本が第2次世界大戦に敗れて2年後。米国の沖縄統治は始まっていた。

糸数さんが25歳の時、沖縄は日本へ本土へ復帰したものの、だからといって平和な暮らしが戻ってきたわけではなかった。

糸数さんはバスガイドから参議院議員へ転身することで、日夜、沖縄県民の利益を守り続けている。

本土復帰の年に誕生した娘に沖縄の希望を託し、「未希」と名付けた。

私は生まれたのが1947年なので、昭和22年。ですから、ちょうど物心つくどころか大人になっている時期ですから、復帰したいという思いがものすごく強かったですね。

私が生まれ育った読谷村(よみたんそん)は演習をやるし、パラシュートの降下訓練はやるし、日常的に目の前に米軍の嘉手納基地があるので、日常の中に米軍が入り込んでくる。

学校の校庭にパラシュートがわーって降りてくるとか。

青信号で渡っている最中に高校生が米軍の車両に轢かれて亡くなって、でも米兵は無罪放免、罪を着せられるわけではなくてアメリカへ帰ったらもうどういう罰を受けたのかもわからないっていう状態でした。それが復帰前の私の生活です。

日本の所謂「平和憲法」の下に私たちは復帰するからそういう諸々のことがもうなくなるし、解放されるんだという思いがあるから、すごく喜んだんですよ。

でも実際にはそこには米国と日本の密約があって。

私たちは基地も少なくなるだろう、核もないだろう、平和の沖縄になるだろうと思っていたのが、だんだん慣れてきて状況がわかってくると、何にも変わらないっていう状況の中から、まあ復帰したことを一概に手放しで喜べるっていう状況ではなかったですね。

私は1972年1月に結婚して10月にはもう赤ちゃんが生まれました。

うちの娘は復帰の年に生まれているから、この娘が二十歳になったり、選挙権を得られる頃にはもう沖縄はすごく変わってるだろうと思って、娘の名前を未来の希望と書いて「未希」っていう名前にしたんですよ。

でも娘も結婚して子供も2人できて、

ますます沖縄にはオスプレイが配備されたり、

知事選挙でも辺野古に新しい基地をつくらせないっていってみんな運動をしているのにそれを無視する今の日本政府を見てたら、

復帰してよかったのかな、どうなんだろうっていう疑問さえ持ってきますね。

復帰前と復帰後と、確かに生活は豊かにはなりましたけど、なんだか県民の人権とか尊厳とかを考えると、全然変わっていないという感じです。

精神的なところから考えていくと、沖縄の人が本当に今満足しているかというと、100%満足はしてないと思います。

「本土の人は沖縄を植民地扱いしている」

沖縄の人たちは本土に復帰して47ある日本の都道府県の中の1県になったんですけれども、でも今の状態を考えると復帰して46年経ったけど、相変わらずアメリカに占領されている、植民地みたいな対応の仕方を日本の国がやっているんですよ。

沖縄では県知事が一番権力を持っている人ですよね。

この翁長県知事は、4年前の県知事選挙で辺野古に新しい基地はつくらせませんよって言って当選したわけですよ。

だから県民の思いっていうのは、この知事が勝利したので、やっぱり県民の思いは8割が基地の建設には反対ですっていうことなんですね。

それからその後にあった衆議院選挙でも参議院選挙でも、国に議員を送るような国政選挙で全部辺野古はノーですよっていう人が勝っているので、

本当は政府は、そういう沖縄の人たちの思いを本当に民主主義が生きているような日本だったら受け入れて当然ですけど、全く無視してるんです。

今あなたの質問にあったように、なぜそういう県民の思いを無視するのか、私たちはとっても疑問だし、これはおかしいと、本当の意味での民主主義じゃないという思いなんですね。

47の都道府県の1つの県、私たちの思いは140万しかいないから、日本の1億7000万という国民の中では、こんなわずかなちっちゃな地域のこんなちっちゃな人たちのたった140万しかいない人たちの思いなんか切り取ってしまってもいいという感じ。

日本にはアメリカとの付き合いが大事なんですよね。

米軍の基地とか米政府の人たちは自分たちは良き隣人ですよって言うけど、とんでもない。

良き隣人って言いながら20歳の女性をレイプしたりね、殺害して、ほったらかして、本当に白骨化する状態までね。

そのまま遺棄した事件が2年前にありましたけど、沖縄の人たちの命をこんなに粗末にする人たちは良き隣人じゃないと私たちは思ってるんですね。

米軍は歓迎されてると思ってるんですよ。私は歓迎していません。

アメリカ人が嫌いというわけではないんですよ。

アメリカの人は大好きですけど、娘たちも3人ともアメリカに留学した経験があるので。

でも軍隊はノーと言う。

なぜかというと軍隊で鍛えられた人たちは人を殺すのが仕事だから。

殺される前に殺すという訓練を受けているから、特に女性をこうやってレイプしたり殺したりっていうね。

そういう事件は基地がある限りあるんですね。

だから女性の事件を考えたり子供たちの人権を考えたりすると、まあやっぱり戦争につながる基地は反対なので、

そういうことを考えていくと独立も視野に入れて運動した方がいいのかもしれないなって思います。

でもまだそういう思いの人は沖縄にはごく一部です。少数派です。



「私は沖縄の独立を支持しています」

これだけ沖縄の人たちの気持ちをこうやって訴えて、私も国連に行って訴えたこともあります。


スイスのジュネーブでもニューヨークの方の国連本部でも訴えて、沖縄の人たちの思いをなぜ聞いてくれないんですかって。

先住民の方々と一緒にこの土地は私たち沖縄県民のものだから沖縄県民に返してくださいって訴えに行ったんですよ。

私たち沖縄人が復帰して46年経っても県民の思いが届かないんだったら、もう独立してもいいんじゃないのっていうのは、どちらかというと私も賛成の立場です。

いきなり独立は無理かもしれませんけど、本当は基地を全部返してもらったら、返してもらったあとの跡地を商業ベースとして活用していくと経済もよくなるので、私は現実的にあり得ると思ってるんですよ。

今すぐというわけにはなかなかいかないんだけれど、アメリカ軍の基地が返還された北谷町(ちゃたんちょう)には「アメリカンビレッジ」というのがあるんですけど、

那覇の方には天久新都心(あめくしんとしん)っていうのがあって、もともと北谷もこの那覇の新都心もアメリカ軍の基地があったところですけど、

返してもらってそこに日本人、つまり沖縄の人たちも、東京辺りからもいろんなお店がいっぱい入ってきて、外国からも入ってきて、そうしたらアメリカ軍に基地として土地を貸していた時よりも今の方が経済効果が圧倒的に出ているんですね。

だからそこを全部返してもらったら、

沖縄の人たちが自分たちの土地として畑にしたり商業ベースにしたり公園地にしたり、いろいろ町をきちんと都市計画して開発していけば絶対にやっていけるって思うんですね。

だから独立したいです。



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抜粋終わり


日本人は、「アメリカ戦争屋」と「天皇」に延々とレイプされ続けている。

それが沖縄に表れている。

まあ天皇と天皇屋は沖縄を日本とは思ってないだろうが。。。今上偽天皇はそれをフォローしようとしているが、まあ「偽善」と日本天皇国の施政をみて大方気が付かれている。


おなじく より

上記文抜粋
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露中  習氏とウォッカ   制裁


5 6  プーチン大統領、訪中で李克強総理と会談へ

ロシアのウシャコフ大統領補佐官は、プーチン大統領が中国を訪れた際に中国の李克強総理と会談を開くと明らかにした。

ウシャコフ氏は「プーチン大統領と李克強総理そして栗戦書・全国人民代表大会常務委員長の会談が開かれる」と述べた。


上海協力機構(SCO)首脳会議は山東省青島市で9、10両日に開かれる。



6.6  プーチン氏、習氏との誕生日祝いを赤裸々に語る

ウラジーミル・プーチン露大統領は、自身の誕生日に習近平国家主席とウォッカを酌み交わしたことについて語った。


プーチン氏は、6月8日から2日間にかけての訪中を目前にした中国メディアのインタビューで、

「習氏はおそらく、私が自分の誕生日を共に祝った世界で唯一の指導者であろう。

私にはこれまで、誕生日を一緒に祝うような関係性を築いた者は誰一人としていなかった。だが習氏とはこれを行った」と述べた。


同氏は、「隠すことはしない。私は習氏とつまみと共にウォッカを嗜んだ」と付け加えた。

6.6 「一帯一路」構想がロシアにとって意味するもの=プーチン氏

ロシアは「一帯一路」構想を重要かつ将来性があり、産業協力分野、そして鉄道分野において素晴らしい計画を有していると捉えている。


ウラジーミル・プーチン露大統領が中国メディアのインタビューで語った。

プーチン氏は、中国の青島で開催が予定されている、上海協力機構首脳会議に参加する。


同氏は、習近平国家主席の、人類運命共同体の創設にあたっての目標となる「一帯一路」構想へ、

ロシアがいかなる関わりを見せていくかという質問に対し、


「我々は当構想を有益で、重要、そして前途有望なものであると考えている。

当構想はユーラシア経済連合の創設への尽力とともに進められている」と答えた。



また同氏は、

「我々が想像する限りでは、習氏が提唱する考えなるものは、いうまでもなく世界視野の性格を帯びており、



協力関係が他のすべての国々、そして大陸で発展していくよう志向されている。

我々には全体的に、ヨーロッパ経済連合という考えが定着している。これらすべてが出来上がれば、好ましい結果につながるだろう」と述べた。


同氏は、「我々には産業協力分野、そして鉄道分野を発展させうるインフラ分野において図晴らしい計画がある。

これらはすべて、我々の相互協力に基づいた、強力で、将来性のあるものである」と付け加えた。




6.6  ロシアは主権国家としての発展の歩みを止めることはない。制裁下であっても=プーチン氏

ウラジーミル・プーチン露大統領は、いかなる制裁もロシアが主権国家としての発展を放棄するように仕向けることはできないと述べた。


同氏は、

「ロシアに課されている全ての制裁は次第に取り除かれる。

西側諸国との関係は正常化に向かい、

米国の圧力の下でロシアに制裁を課した国々は、それが今後自国に降りかかってくると分かるだろう」との考えを示した。


同氏は中国メディアのインタビューで、

「いかなる制限や制裁も我々を脅かすようなことはない。


またそれらが我々の独立した、主権国家としての道への歩みを拒むことは決してない。

常識が勝っている現状を考慮すれば、

世界経済の発展にとっての障壁となる全ての非合法的な制限は次第に取り除かれ、

米国や、米国の下で制裁を課している他の全ての国々を含むパートナー諸国とロシアの関係は、正常化に向かうであろう」と述べた。


同氏はまた、米国の圧力の下で制裁に走った国々は、

今後米国による同様の措置で辛酸をなめることになる可能性についても触れた。


米国は3月、国家安全保障という考えで正当化した上で、鉄鋼に25%の、そしてアルミニウムに10%の輸入関税を複数の国々に対して導入した。

5月末には、EUやカナダを含む全ての国々に関税を導入している。

同氏は、


「私はあなた方の現状を嬉しがったり、皮肉を当てつけるために言っているのではない。

我々が直面している現状は、こういった措置が万能ではなく、米国を含む全ての国々に損失を与えることが明らかであることを物語っている。

結局のところ、我々の関係はいずれにせよ、正常化に向かうのである」と述べた。


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抜粋終わり

>常識が勝っている現状を考慮すれば、

>世界経済の発展にとっての障壁となる全ての非合法的な制限は次第に取り除かれ、


天皇制は、常識よりも忖度と諂いが、「正しい」社会体制であるので、日本は常識とは、忖度なので、天皇がある限りに、常識が永遠に敗北する。

でも技術と情報は、「海に囲まれた地形」という長城を越え、

天皇を滅ぼす革命か!

天皇と言うカルトを信じて日本人の死滅か!

の二択の選択を迫っている。


常識を勝利させて、天皇制を廃絶しましょう。


お読みくださりありがとうございます。

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【2018/06/08 (金) 12:18】 | 政治向け
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そんなうまい話はないと思ったこと
ナオト
 何かやらかしたかなと思った時集団や他人の怖さを思い出してしまって何もかも捨てて一人で暮らして行きたくなってしまう。

しかし、ふと考えてみると一人暮らしをしてやっていけるといううまい話も最初からなかったと思い、仕方なく今の生活を続けることにしようと思いました。

 


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この記事へのコメント
そんなうまい話はないと思ったこと
 何かやらかしたかなと思った時集団や他人の怖さを思い出してしまって何もかも捨てて一人で暮らして行きたくなってしまう。

しかし、ふと考えてみると一人暮らしをしてやっていけるといううまい話も最初からなかったと思い、仕方なく今の生活を続けることにしようと思いました。

 
2018/06/08(金) 19:07 |   | ナオト #582656c4a4[編集]
[管理者用 返信]
Re:そんなうまい話はないと思ったこと
> 何かやらかしたかなと思った時集団や他人の怖さを思い出してしまって何もかも捨てて一人で暮らして行きたくなってしまう。
>
>しかし、ふと考えてみると一人暮らしをしてやっていけるといううまい話も最初からなかったと思い、仕方なく今の生活を続けることにしようと思いました。
>
>

同感・・

書き込みありがとうございます。 
2018/06/09(土) 16:50 | 遍照飛龍

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