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故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
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P R
酔生夢人のブログ より


上記文抜粋
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「命の選別」問題への或る発言

「阿修羅」に、大西恒樹除籍問題についての下のようなコメントがあったが、その発言内容を感情として許せないという人もいるかと思う。しかし、「命の選別」問題を論理的に考えるなら、一読するに値する文章だと思う。筆者はれいわ新選組の方針に批判的な人物かと思われるが、その意見に同感するかどうかはともかく、冷静で客観的な内容なのではないか。
念のために言うが、タイタニック号の例は、説明の手際は見事だが、これは私の言う「緊急避難」の事例であり、「政治が(恒常的に)命の選別をしてはならない」のは勿論である。つまり、比喩的事例(特殊事例)と政治原則を混同するべきではない。そもそも、命の選別をしないようにさせる(国民を窮乏させない、追い込まない)のが政治の基本的な役目ではないか。それは日本国憲法に基本的人権として明記されたものである。

(以下引用)


33. TondaMonta[2218] gnOCj4KOgoSCgYJsgo@CjoKUgoE 2020年7月17日 01:26:01 : VglHEhgoCE : L3Fud2wxYXFXc1U=[15] 報告
▲△▽▼
大西氏の命の選別発言について,検討した形跡がありませんね。絶対悪という前提で結論が出されましたね。
大西氏の発言は3分の1間違い、3分の1正しい。しかし3分の1未完成(未熟)。今回のコロナ禍でICUが足りなくなったとき若者と高齢者(弱者)のどちらを優先的に割り当てますか。医師山本氏と医師木村氏はどちらを選びますか。イギリスでは高齢者は選別されて医療機械を利用できなかったという報告もあります。
これは大西説を支持します。
 また集団免疫政策をとったスウェーデン(または日本も)は大西説を支持します。もちろん反対意見はあります。反対にPCR徹底検査,全国封鎖をしたベトナムやシンガポールは平等主義で命の選別はしませんでした。だから大西説は常に正しいとは限らないのです。
 ところで7月14日,東京都の新規感染者数が286人になりましたが若者が増えてきました。なぜ若者が日本でもアメリカでも増えたのでしょうか。それは若者がコロナにかかっても軽症または無症状ということです。それ故に合理的に考えれば若者は外出自由、3蜜など糞くらえです。それは当然です。いたずらに自粛する必要はありません。しかしその若者の行動が弱者(高齢者等)の命を脅かしているのです。致死率(死亡率)が高い高齢者や基礎疾患のある人を危険に陥れているのです。ゆえに若者は高齢者に迷惑をかけるな、高齢者を守るべきと言うべきです。大西発言はこういう状況を想定していなかったと思います。その意味で大西発言は想定外の事態を予見できなかったという点があります。
これらの3視点から大西発言を批判すれば、山本太郎氏の言う「完全にアウト」にはならなかったと思います。
党是は理想を語っています。この理想に向かって党員や支持者は頑張ろうねという約束です。しかしこれは言うは易し、行うは難しです。だから党是に反したから除籍というのは論理の飛躍です。3分の1正しく、3分の1間違っているからです。
ちょっと古い話になりますが20世紀初頭、「タイタニック」という豪華客船がアメリカに向かって航行中、氷山にぶつかって沈没しました。船長は沈没が確定的になったとき、命の選別をしました。救命ボートに誰を乗せ、誰を乗せないか。1500名の乗客乗員。救命ボートの最大定員は300名。命の選択を迫われました。船長木村英子氏なら誰をボートに乗せますか。それとも全員ボートにのせずタイタニック号と一緒に沈みますか(これは一種の平等主義です)。あるいはボートを利用せず全員海に飛び込ませますか。これも一種の平等主義です。
船長は女性や子どもたちを優先しました。これは一種の命の選別です。命の選別をしなければならないときがあるという事例です。これは政治的ではありません。
一方、夫と共に船中で死を待つと決断した婦人たちもいます。大西氏はこういう夫婦愛を信じますか。情緒的ですね。しかし政治的ではありませんね。人は政治的な動物ですが常に政治的ではありません。しかし夫婦別れ離れになり夫人だけが生き残った場合、その方のその後の人生は幸福だったのでしょうか。もちろん渡りに船と夫と別れた妻もいたでしょう。生き方はそれぞれ。人生いろいろ。
他方で、救命ボートの責任者として船員が60名選ばれました。ここでも選ばれなかった船員がいるわけで選別が行われています。これは実話です。ところが海に飛び込んだ男性乗客の中にはこのボートにしがみ付く者が現れました。これは当然です。排除されたわけですから生きたい欲望に駆られて当然です。ボートに乗り込もうとしました。一人や二人なら乗船可能でしょうが、3,4人と膨らめば他の乗客が危険に晒されます。それでは船長の命に逆らうことになります。したがって撃ち殺さざるを得なかった状況もあった訳です。ここでも命の選別が行われたのです。
かように命の選別なされることがあるので、山本代表の「党是に反する」とか「完全にアウト」ということは間違いです。党是はもちろん理想です。全員が理想に向かって努力することについては先に述べた通りです。ならば,船長として木村氏や除籍に賛成した14名は誰をボートに乗せ、誰を乗せないかをハッキリさせるべきです。それともジャンケンで決めますか。クジで決めますか。
コロナ禍では、集団免疫であれ、全土封鎖であれ死者が出ています。弱者(高齢者や基礎的疾患を持っている人)を含めてすでに何人か亡くなっています。これが絶対だという方法は今のところなく、ただ集団免疫は弱者が亡くなる確率が高いということです。だとすれば山本医師や木村英子医師はどんな治療を皆さんに勧めるのでしょうか。理想追求だけでは解決しない問題があると思います。
 ここで挙げた例よりもっとうまい例があるかもしれません。したがってだれだれがLectureをするというより、大西=命の選別論がだめであることをうまく説明できるモデルを見つける必要があります。全員を救うとすれば全員溺死になる場合もあるのです。
要するに16日の総会は大西発言が絶対悪という偏見のもとになされ、魔女(男)狩りのようなものでした。根本的に考え直す必要があると思います。そして命の尊厳、夫婦愛などに関する理解を深めてください。障碍者現場だけが勉強の、研究の対象ではありません。


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抜粋終わり

命の選別は、「血統支配」ってやつで、日常茶飯事で行われている。

その上に、障害だの経済観念だので、さらに選別されてはたまらん。

てのが、どうも日本人の深層心理の本音にも思える。

孫子は言う「普段が大事」

普段から競争・選別を繰り返し差別を容認している社会で

「これは止もう得ないから選別させてくれ」

ていわれても、信じれるはずもなく、そもそもどさくさ紛れに、都合の悪い人間を殺すってのが丸わかりだ。


おなじく  より

上記文抜粋
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「命の選別」問題再考

「大摩邇」所載の「東海アマ」ブログにれいわ新選組の木村英子氏の文章が載っていたので、転載する。
まあ、大西氏が持論を変えるつもりがないなら、それはれいわ新選組の党是と真っ向から対立するわけで、離党するか除名されるしかないだろう。
ただ、大西氏は本気で「命の選別」は絶対に必要だと考えているのだろうか。
私は「カルネアデスの板(舟板)」や「トロッコ問題」のような緊急避難の場合にのみ命の選別問題が生じるのであって、それをしなくて済むようにするのが政治の使命だろうと思っている。

で、「命の選別は必要だ」と言う論者に限って、「自分が選別される側」という状況を考えない傾向があるように思う。(大西氏にもそんな気配がある。)

私もいつも「老人より若者の命を優先せよ」と言うが、それは私が老人であるからでもある。つまり、「公正さ」を第一に考えるなら、既に人生を十分に経験した老人より、人生をまだ十分に味わっていない若者に「生きる権利」を優先的に与えるのは当然だ、という考えである。

ここに日本の総理大臣と三歳の幼児が洪水に溺れていて、どちらかを救わねばならないなら、三歳の幼児を救うのが当然だ、という話である。私自身と三歳の幼児でも同じことだ。これは、現在の日本の総理大臣が消えたほうが日本の幸福だ、というのとは別の話だ。
どんな優良な総理大臣と三歳の幼児(将来ヒトラーの再来になるかもしれない)でも「老人より若者の命を優先せよ」という原則としては同様なのである。


(以下引用)

 大西つねき「命の選別が政治家の使命」発言に対して、木村英子参議院議員が批判文を公開したので転載する。
https://eiko-kimura.jp/2020/07/15/activity/1053/

 2020/07/15
 今回の大西氏の「命、選別しないとだめだと思いますよ。はっきり言いますけど、その選択が政治なんですよ」という発言を聞いて、施設にいた頃の私のトラウマを思いだし、背筋がぞっとしました。

 「命の選別」それが政治によって決められる世の中になったら、常時介護の必要な重度障害者の私は真っ先に選別の対象になるでしょう。

 障害を持った幼い時から自分の命を誰かに預けなければ生きていけない私にとって、他者に従うことは絶対でした。私の命、私の身体、私の生活、すべてを他者にゆだねるということは、支配されてしまうことです。

 「命の選別」、この言葉は、私が幼いころから抱いていた、「殺されるかもしれない」という避けがたい恐怖を蘇らせました。大西氏の発言は、自分の命を人に預けなければ生きていけない人たちにとって、恐怖をあたえる発言であり、高齢者だけではなく障害者も含めた弱者全体を傷つけた暴言であると思います。

 「人は生きているだけで価値がある」という理念を掲げた政党であるれいわ新選組の一員から、今回の発言が出たことに、私は耳を疑いました。

 とても悲しかった。そして、地域で差別と闘ってきた私の35年間の活動が否定されたようで、とても悔しく、怒りを抑えられませんでした。

大西氏の発言についての当事者の意見を聞く会において、当事者たちが涙ながらに意見を訴えたにも関わらず、大西氏は自分の主張がいかに正しいかを話すだけで、当事者の必死な訴えに理解を示そうとはしませんでした。

さらに、命の選別発言の動画に対して、謝罪と撤回をホームページに載せたにも関わらず、当事者の話を聞いたその翌日に、再び動画を公開し、これからも命の選別の主張を続けていこうという意思表示に私たちは恐怖を拭い去れません。

大西氏の処分は総会で決まることになっていますが、私は、今回の大西氏の発言は、決して許すことはできません。

 しかし、これは大西氏だけの問題ではなく、社会全体の問題でもあると思います。程度の差はありますが、大西氏と似たような考えを持つ人は少なくありません。

幼い時から障がい者と健常者が分けられず、日頃から関係性があれば相手の苦しみを想像することができたと思いますが、現状は、障がい者と健常者が、一緒に学び、一緒に働き、一緒に生きる社会の構造にはなってはおらず、お互いを知らないことで、誤解や偏見が蔓延してしまい、無意識のうちに差別が生まれてしまっているのです。

今回の発言は、まさに分けられていることの弊害なのです。

 れいわ新選組は憲政史上初、重度の障害をもった国会議員を生み出し、社会に迷惑とされている弱者が政治に参加するという誰もやったことのないことを実現した初めての党です。

 誰一人として排除されない社会を作るために、それぞれの苦しみや怒りを抱えた当事者が政治に関わることによって変えていける、それが誰もが生きやすい社会を作るために一番必要な政治のあり方だと私は思います。

 今回の件で、弱者に対する差別が明るみに出ましたが、私は、自らの掲げる理念である「共に学びあい、共に助けあい、共に互いを認めあい、共に差別をなくし、共に生きる」を実現し、「誰もが生きやすい社会」を作るために、これからも差別と向き合い続けて、政治を変えていきたいと思います。

命の選別をするのが政治ではなく、命の選別をさせないことこそが、私が目指す政治です。


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抜粋終わり

孟子が言うに
「普段から命を大事にする政治をしていると、やむえず命を奪うことをなさなくても、民は、一定度支持をする。」

という。

競争・選別・自己責任の政治の天皇カルトで、「命の選別の有事での必要性」など、まさに「空気を読めない」

あるいは「アホ」なのである。

新井さんもいっているが政治で「命の選別」言い出すのは政治の敗北・あるいは国家の衰亡を意味している。

参考 より

上記文抜粋
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 また困窮者への生活保障を始めた。第一回目は建武六年(西暦30年)で、高齢者や頼れる者のない者、身よりのない者や貧しくて自給できないものに穀物の現物支給を行ったのである。一人あたり五石、もしくは六石である。漢代の一石はおよそ三十一キログラム、一人が一年に消費する穀物は百五十キログラムと言われるので、五石や六石とはおよそ一年分の主食ということになる。
 この食糧保障は「法律の通りにせよ(如律)」とあり、劉秀が法律として定めたものであるとわかる。
 政府財政の問題もありしばらくは行われなかったが、第二回目は建武二十九年(西暦53年)で、ここからこの政策は定期的なものとなり、建武三十年(西暦54年)、建武三十一年(西暦55年)に同様の穀物の現物支給を行っている。そしてそのまま次の明帝、章帝に受け継がれ、後漢王朝の統制が失われるまで定期的に行われるようになった。後漢全体では、西暦30年、53年、54年、55年、60年、69年、74年、75年、75年、78年、79年、84年、91年、96年、100年、105年、114年、121年、122年、126年、129年、132年、137年、147年の合計二十四回行われている。
 貧困な民衆の救済の方策としては、疫病の流行時は官の医師が民間に派遣される制度が作られて実行するようになった。
 国家財政の仕組みも変更した。前漢の財政は帝室財政を担当する少府と、国家財政を担当する大司農の二つの財政があった。劉秀は少府の財政機能をすべて大司農へと移したのである。この影響で帝室の財政規模が非常に小さくなった。陰麗華が当初その地位にあった貴人の収入は、前漢ならば二千石に相当するはずであったのに、後漢では数十石に過ぎず、それ以下の後宮の職員は決まった給与すらなかったほどであった。

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抜粋終わり


全ての人を救おうとしない国家に、命の選別をいう資格はない。

ていうか、命の選別を軽々しく言いえる社会は、衰亡する。自分や権力に都合の悪い人間を
「命の選別」で処分できるからな。


まあ、天皇制ってのが「ヘイト容認・障碍者差別容認」なのだからな。


そういえば、王陽明が「命の選別」について語っているところがある。

「草木も、良知の所産だから、尊ぶべきものだが、これを禽獣にやって養うのは耐えられる。

禽獣も、いとおしい命で良知をもつものだが、これをこれを人間の食用にするのは耐えられる。

人でも、赤の他人と、自分の親では、ぎりぎりのところでは他人を見捨てても辛うじて耐えられる。

でも、自分と自分の親となると、もう判断できない」


まあ儒家の論理で、選別を語っているのだが、究極的な「親か自分かは、判断できない」

と言っているのだ。


これはなかなかに凄いことである。

そもそも王陽明は、思想家以上に当時は「将帥・軍官僚」として有名で、その時代の最強の無敵将軍だった。
日常に命のやり取りをしている彼でも、いや彼だからこそ「命の選別など、話せない」ってなる。

明治だったか、日本の知識人が集まって

「海で、母と嫁が、おぼれた。どっちかしか助けられない。どっちをたすけるか」

ての耶蘇と儒家が、「嫁だ」「母だ」と言い争ったが、禅坊主が「そりゃ手を出して届く方を助ける」といって、論争を終わらせた。

経済効率で助かる方を助けるのか?

医療の効率で助かる方を助けるのか?

それでも、その功利主義が道徳の低下を招いて、むしろ長期的にはその「目先の効率重視」が、長期的な効率・利益を棄損するってことも、多くある。


孟子が面白いことを言っている。

「おぼれている姉嫁を助けるのには、普段接触してはいけないが、命を助けるって観点では断固手を出してたすけないといけない。
こういう非常時の対応の「権道」を合わせないと、道徳も命も守れない。」て趣旨のことをいっているし、

同時に

「平常に、非常時の権道を濫用するのは、それは間違いだ。その時機を得ないといけない。」

「時を得る。それが孔子のやり方」

とも言っている。


「命の選別」とかいうが、どのみち今の日本人は平時の「絶対に命を守る」ってのを容易に自分の都合が悪くなると「非常時で切り捨て」てといって、自分に都合の悪い人間を合法的に殺すだろう
て、今でも天皇カルトは、無法的に法に裁かれず都合に悪い人間を殺したりつぶしているしな・・


未だに先進国を自称している国で「死刑」をしている国は日本とアメリカだけ。

冤罪で無辜の人を殺しても官憲は一切罰されない。

このような国・社会の「命の選別」っていくら正論でも、不可能だろう。ただ、気に食わん奴を殺すだけって本音丸見えだしな。

「命の選別」とか寝言を言う前に、まず平時に今で「すべての人間の命を守る」って実行しないと、そもそもその俎上に載せることすら、烏滸がましい。

>「トロッコ問題」のような緊急避難の場合にのみ命の選別問題が生じるのであって、それをしなくて済むようにするのが政治の使命だろうと思っている。

孟子なら、トロッコ問題に関しては「置き石をして脱線させる」を正解とするだろう。賢明なる権道が、命と道徳を守るのに不可欠だからである。
それを俎上に載せれない論議など、話にならんのである。


天皇の無い 蒼い空を取り戻そう





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天皇カースト教に媚びた大西議員のパフォーマンス!
  • from ローレライ :
  • 2020/07/18 (18:39) :
  • Edit :
  • Res
人権と民主主義がマニュフェストのレイワから議員になりながら天皇カースト教の差別肯定派に媚びた大西議員のパフォーマンス!自民党やN国へ移る準備に見える!
Re:天皇カースト教に媚びた大西議員のパフォーマンス!
2020/07/18 18:40
>人権と民主主義がマニュフェストのレイワから議員になりながら天皇カースト教の差別肯定派に媚びた大西議員のパフォーマンス!自民党やN国へ移る準備に見える!

そんな気もします。

まあ、あれですは陳勝呉広の張楚みたいな れいわ新選組
天皇カースト教に媚びた大西議員のパフォーマンス!
  • from ローレライ :
  • 2020/07/19 (10:46) :
  • Edit :
  • Res
人権と民主主義がマニュフェストのレイワから議員になりながら天皇カースト教の差別肯定派に媚びた大西議員のパフォーマンス!自民党やN国へ移る準備に見える!
Re:天皇カースト教に媚びた大西議員のパフォーマンス!
2020/07/20 09:08
>人権と民主主義がマニュフェストのレイワから議員になりながら天皇カースト教の差別肯定派に媚びた大西議員のパフォーマンス!自民党やN国へ移る準備に見える!

この国のエリートは潜在的天皇真理教徒。

あとどうも違う面もあるようです。

https://twitter.com/UserMayyy/status/1284788319893635072

>経済は全く興味がなく無知に等しいので分かりませんが、どうやらそのようですね。あと、大西さんは、昭和天の戦争責任も議題に挙げるつもりであると会見で仰っていました。元号党党首の山本さんとは、経済以外ではそりが合わなかったのでしょうね。

どうも、無意識の「優生思想」プラス、反天皇思想なので、天皇信者に刺された。

てようです。

無意識にも巣食いかねない優生思想と天皇教は恐ろしいです。

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