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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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http://xpp.sakura.ne.jp/sub/jougan/jou007.php 

貞観政要 より

上記文抜粋
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貞観二年、太宗、魏潰に問いて曰く、「何をか謂いて明君、暗君となす」。
 徴日く、「君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。その暗き所以の者は、偏信すればなり。詩に云わく、『先人言えるあり、芻堯(すうぎょう)に訪う』と。昔、唐虞の理、四門を闢(ひら)き、四目を明らかにして四聡を達す。是(ここ)を以って聖、照らさざるなし。故に共鯀(きょうこん)の徒、塞ぐ能わざりしなり。靖言庸回(せいげんようかい)、惑わす能わざりしなり。秦のニ世は則ちその身を隠蔵し、疎賤を捐隔(えんかく)して趙高を偏信し、天下の潰(つい)え叛くに及ぶまで、聞くを得ざりしなり。梁の武帝は(朱い)を偏信し、而して侯景、兵を挙げて闕(けつ)に向かうも、竟(つい)に知るを得ざりしなり。隋の煬帝は虞世基を偏信し、而して諸賊、城を攻め邑(ゆう)を剽(かす)むるも、亦知るを得ざりしなり。この故に人君、兼聴して下を納れなば、則ち貴臣壅蔽(ようへい)するを得ずして、而下情(しかかじょう)、必ず上に通ずるを得るなり」。
 太宗甚だその言を善しとす。



現代語訳


 貞観二年、太宗が魏微に尋ねた。

「明君と暗君はどこが違うのか」

 魏微が答えるには、

「明君の明君たるゆえんは、広く臣下の意見に耳を傾けるところにあります。
また、暗君の暗君たるゆえんは、お気に入りの臣下の言うことしか信じないところにあります。

詩にも『いにしえの賢者言えるあり、疑問のことあれば庶民に問う』とありますが、聖天子の堯や舜はまさしく四方の門を開け放って賢者を迎え入れ、広く人々の意見に耳を傾けて、それを政治に活かしました。
だから堯舜の治世は、万民にあまねく恩沢が行きたわり、共工(きょうこう)や鯀(こん)のともがらに目や耳を塞がれることはありませんでしたし、巧言を弄する者どもに惑わされることもなかったのです。

これに対し秦の二世皇帝は宮殿の奥深く起居して臣下を避け、宦官の趙高だけを信頼しました。そのため、完全に人心が離反するに及んでも、まだ気づきませんでした。
梁の武帝も、寵臣の(朱い)だけを信頼した結果、将軍の侯景が反乱の兵を挙げて王宮を包囲しても、まだ信じかねる始末でした。
また、隋の煬帝も、側近の虞世基の言うことだけを信じましたので、盗賤が村や町を荒しまわっていても、故治 の乱れに気づきませんでした。

このような例でも明らかなように、君主たる者が臣下の意見に広く耳を傾ければ、一部の側近に目や耳を塞がれることがなく、よく下々の実情を知ることができるのです」

 太宗は魏賤のことばに深く頷いた。


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・・・・・・・・・
抜粋終わり

耳が痛いことですけど、用心して心がけましょう。

お読みくださりありがとうございます。

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晏子春秋 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
景公愛する所の槐を犯す者を殺さんと欲す、晏子諌む【第二】

景公が愛好したえんじゅがあり、官吏に謹んでこれを守らせ、木を育てて禁札を立てかけて令を下して、えんじゅに触れた者を罰し、傷つけた者は死刑にした。

令を聞かず、酔ってこの禁を犯した者がいた。公はこれを聞いて「こやつはわが令を犯した。官吏に捕らえさせて罪を加えよ」と言った。

その男の妻は晏子の家に行き「負郭(城郭に近い地)の民の賎妾が相国さまに申し上げたきことがございます。願い事に堪えかねて、どうか侍女のはじにお加えください」と言った。

晏子はこれを聞いて笑って「嬰は女色に溺れはしないのに、何故にこの年になってこう求められるのであろうか。まあ、何かわけでもあるのだろう」と言って、彼女を門の内に入れた。

女は内に入った。

晏子はこれを望み見て「おかしいな、顔に憂いが見える」と言った。さらに問うて「おまえが憂えているのは何か」と言うと、女は答えて「君がえんじゅを植えて禁令をかかげて かくかくとされました。わたくしの父はふつつか者でこの令を聞かず、酔ってこれを犯したため官吏に罰を加えられます。

わたくしはこう聞いています。明君は即位して政治に取り組むと、禄を減らさず、法外の刑を加えない、と。また個人的な怒りを持って公の法をまげず、禽獣のために人民を害せず、 草木のために禽獣を害せず、野草のために稲苗を害しない、と。

わが君はえんじゅをもって、わたくしの夫を殺し、わたくしをひとりものにしようとしています。この令は人民に行われて国法となっています。そうはいっても、わたくしはこう聞いています。 勇士は多人数の威力で一人を屈服させることはせず、明恵の君は、非道なことをして自分の欲望をとおすことはしない、と。

これをたとえると、魚とすっぽんを飼う人のようなもので、ただなまぐささを取りさえすればよいのです。暗闇の中で人と並んで居り、また屋根のない野積みの米蔵の中に正座しているようなものです。

いま君は令を民に出し、それを国法にして後世が正しくなれば、父の死罪も当然です。わたしもその遺骸を棺に収めることに依存はございません。しかし今の令はまったくそうではありません。

樹木をもって私の父は罪を犯しました。私は明察なる吏道をそこない、賢明なる君道を害せんことを恐れます。隣国がこれを聞いたなら、みなわが君が樹木を愛し、人を賤しむというでしょう。 それでよろしいのでしょうか。どうか相国さま、私の言を察して、その後に禁を犯す者を裁いてください」と言った。

晏子は「とんでもないことだ。わしはおまえのためにこれを君に申し上げよう」と言い、人をやってこれを送り帰させた。


翌日早朝に公に

「嬰はこう聞いています。民の財力を尽くさせて、奢侈にはしる。これを暴といいます。愛好物を尊んで、その物の威厳が君侯に匹敵する。これを逆といいます。 刑罰が不当であること。これを賊といいます。この3つは国を守ることの大きなわざわいです。

いま君は民の財力を尽くして、飲食を豊かにし、鐘鼓の楽を頻繁に行い、宮殿の美観を極めておられます。暴を行うひどいものといえましょう。
愛好物を尊んで愛槐の令を出して、 歩行者は恐れて走り過ぎ、その威厳は君侯に匹敵します。これは民に逆することあきらかです。
えんじゅに触れる者を罰し、傷つける者を死刑にしており、刑罰が不当です。これは民を賊すること深いです。

斉国を見ますに、徳行はいまだ見られず、3つの悪が現れています。嬰は国政に望んで人民をわが子として愛することができないことを恐れます」と言った。

公は
「大夫が寡人に教えてくれなければ、ほとんど大罪ばかりで国家に害を及ぼしたであろう。いまあなたが教えてくれたのは国の幸いである。寡人はその教えを受けよう」
と言った。

晏子は退出した。
公は官吏に命じて、えんじゅを守る役人を止めさせ、禁札を抜き、えんじゅの禁令を廃し、これによって捕らえられた囚人を釈放した。



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・・・・・・・・・
抜粋終わり


私は好きですこの話。

桜一枝折るもの、指一本折る。と義経。と鳥羽院

それを風雅というが、オカシイ気がする。

参考
https://ja.wikipedia.org/wiki/一谷嫩軍記


それと好対照。


風雅のために、他人の指を折るのは風雅でない。

それを平然となにか「風雅」といいかねないのが、日本の危ないところ。


他人に風雅を押し付けるのは、好きでない。




その辺、我々やまと人は、学習しないと、また原発の一発や二発爆発するか原爆が落ちるだろう。



お読みくださりありがとうございます。

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晏子春秋 より

http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/ansi.html

上記文抜粋
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景公の愛する所の馬死す、圉人を誅せんと欲す、晏子諌む【第二十五】

景公は圉人に愛した馬を養わせたが、すぐに病んで死んでしまった。

公は怒って、官吏に命じて刀を取って馬を養った者を自ら酷刑にしようとした。このとき、晏子は前に侍っていた。

左右の者が刀をもって進んだ。

晏子はこれを止めて、公に問うて「古の堯舜が人を肢解するとき、 体のどの部分から始めたのでしょうか」と言った。

公は驚いて、回答に困り「寡人より始めた」と意味不明の回答をし、ついに肢解をやめた。

公は「獄吏にまかせよう」と言った。

晏子は「圉人はその罪を知らないで死ぬことになります。君のために彼に罪を知らしめてから、獄吏にまかせるようにしてください」 と言った。

公は「いいだろう」と言った。

晏子は罪を責めて
「なんじに罪は3つある。

公がなんじに馬を養わせたのに、これを殺した。

これが死罪の一つ目である。


また公が最も愛する馬を殺した。

これが死罪の二つ目である。


また公に一頭の馬のために人を殺させる。

人民がこれを聞けば、必ずわが君を怨むだろう。

諸侯がこれを聞いたら、必ずわが国を軽んじるだろう。

なんじは1回、

公の馬を殺して、

公の恨みを人民に積ませ、

兵は隣国よりも弱くさせた。

これが死罪の三つ目である。よって獄吏に処分させるのだ」と言った。

公は驚いて嘆じて「夫子これを許せ、これを許せ。わしの仁慈の心を傷つけることのないように」と言った。


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・・・・・・・・・・
抜粋終わり

で、今の日本はどうでしょう・・・・


私は平然と仁慈の心を、好き好んで傷つけているようい思えますけど・・・

そうでない人が生き延びるのでしょう。


お読みくださりありがとうございます。

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晏子春秋 より

http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/ansi6.html#24 

上記文抜粋
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景公、晏子の妻老いて且つ悪きを以て、愛女を納れんと欲す、晏子再拝して以て辞す。【第二十四】

景公に愛女がいて、晏子に嫁ぎたいと請うた。公は晏子の家で酒宴を開いた。
酒を飲むことたけなわで、公は晏子の妻を見て「これが奥さんですか」と言った。

晏子は答えて「そうです。妻です」と言った。

公は「ああ、何と老いてまた醜いことよ。 寡人に娘がいて、若くて綺麗である。あなたの宮に納れよう」と言った。

晏子は席を退いて答えて
「わたくしと長く連れ添いましたので、こんなになりました。昔は若くて美しかったのです。若い頃に老後のときのことまで契りを結びました。 君からのお誘いがあっても、その契りにそむくことはできません」
と言い、再拝して辞退した。

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・・・・・・・・・・
抜粋終わり

渋くていい話です。


お読みくださりありがとうございます。

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http://chugoku.no-mania.com/中国/諸葛孔明の名言 

上記文抜粋
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戒外甥書

それ志は当に高遠を存し、先賢を慕い、情欲を絶ち、凝滞を棄つべし。

庶幾の情をして、掲然として存する所あり、惻然として感ずる所あり、屈伸を忍び、細砕を去り、咨問を広め、嫌吝を除かしむれば、何ぞ美趣を損ぜん。何ぞ済らざるを患えん。

もし志、強毅ならず、意、こう概ならず、徒に碌々として俗に滞り、黙々として情に束ねられなば、永く凡庸に竄伏して下流を免れざらん。



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抜粋終わり

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