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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

末世 

晏子春秋 より

上記文抜粋
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晋の叔向問ふ、斉国は如何と、晏子対ふるに斉徳衰え、民は田氏に帰することを以てす【第十七】

晏子は晋を訪問した。叔向は晏子と宴会をし、ともに語った。叔向は「斉はいかがですか」と言った。

晏子は答えて「末世です。どうなるかわかりません。斉は田氏のものとなるやもしれません」と言った。

叔向は「どうしてですか」と言うと

晏子は
「公はその民を棄てて、民は田氏に帰しているからです。

斉には升目の標準が4つあり、豆区釜鐘といいます。四升を豆とし、 四豆を区とし、四区を釜とします。十釜で一鐘です。
しかし田氏の豆区釜はそれぞれ一単位を加えており、鐘は公用のものよりも大きいのです。田氏が治下の人民に蔵米を貸し出すときは、私家の容量の大きい鐘で量って貸し出し、 容量の少ない公用の鐘で米を徴集しています。

田氏の領内の山で伐り出した材木は、市場に出しても値を高くせず、輸送費を加えません。魚や塩やはまぐりは市場に出しても値を高くせず、浜での値と同じにしています。


公は人民の労力の三分の二を入れ、民はその三分の一で生活をしています。公の蓄えは腐ったり、虫がついたりするほどに多いのに、老幼は飢え凍えています。斉の多くの市場では、 履(普通のくつ)は安く、踊(刑で足のすじを切られた者のはくくつ)は高いのです。


人民は困窮して田氏はこれに情けをかけています。


むかし紂王は不当な罪で人民を殺し、民を殺すことが常でした。文王は商の民を慈恵し、 頼るべき主のない人を収容して憐れみました。そのため天下はこれに帰しました。


人民は個人的な好みである人に味方するのではなく、恩徳ある人に従います。
いま公室は驕暴で、田氏には慈恵があります。民を愛する父母の如く、これに帰することは自然のなりゆきです。 民心を得ようとしなくても、いやでもこれに帰します。

先祖の箕伯・直柄・虞遂・伯戯は胡公と大姫を助けて、これを斉におらせたのです」

と言った。
叔向は「わが公室と雖もまた末世なのです」と言った。・・・略・・・



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抜粋終わり


その上に、放射能で庶民を追い詰めている。

日本が滅びないことなどありえようか・・・。

日本会議カルトは、日本の庶民を喰らいつつ美食し戦争ごっこ・愛国ごっこに興じている・

まあ日本国など存在するだけで、今は悪ですは。

日本人をいびり倒す日本国政府が、長く続くことなどあり得ようがないし、それを存続させようとするのは、巨悪で人道に背く行為である。

天地仏神・先祖のためにも、日本国滅亡を祈るしかない!




お読みくださりありがとうございます。

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日本政府・アメリカという殺人鬼

孟子より 

上記文抜粋
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梁恵王「その辺について、もっと教えをうかがいたいのですが。」

孟子は答えた。

孟子「人を殺すのに棍棒と刀を使うのは、何か違いがあるでしょうか?」

梁恵王「同じですな。」

孟子「では、人を殺すのに刀と政治を使うのは、何か違いがあるでしょうか?」

梁恵王「同じ、、ですな。」

孟子「王の厨房にはでっかい肉があり、王の厩舎にはまるまると太った馬があり、一方で人民の顔は飢えでやつれ、野には飢えて野垂れ死にしている者がある。これは、獣をけしかけて人を食わせるというものです。

獣どうしの共食いでも、人は見ていてイヤな気がするものです。

いったい人民の親となって政治をしている君主が獣をけしかけて人を食わせる所業をやめないで、これで人民の親といえるでしょうか。

仲尼(孔子)はこう言っています、「俑(よう。人型のハニワ)を初めて作った者は、きっと子孫も絶えたであろう」と。

この意味は、実際の人間に似せた人形を土に埋めるのに用いたのを、(人間を侮辱した行為だとして)非難したのです。

人形に対してすらこれほど共感できるのに、いわんや子である人民を飢え死にさせるというのはいかがなものでしょうか?」



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抜粋終わり

安倍政権と奥の院・霞が関・財界。これは殺人鬼である。

即座に逮捕して処刑すべきである。

亜米利加も然り。


日本人は殺人鬼を「お上・指導者様」と仰いでいる。

滅亡は当然である。食人鬼に自分や家族を差し出しているのと同じだから。


お読みくださりありがとうございます。

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集団的自衛権・・・ 

http://juei.kakurezato.com/k-sonsosessyou.html より

晏子春秋 より


上記文抜粋
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春秋時代、斉の景公の時の話。

晋の平公が斉を攻めようと思い范昭を使者として派遣し内情を探らせた。

宴席にて、范昭が君の酒をいただきたいと言ったので景公は自分の酒樽から酒を与え、范昭はそれを飲み干した。

すると宰相の晏子は酒樽を撤去して換えるよう命令し、別の酒樽と杯が用意された。

范昭は酔ったふりをして悦ばず、立って舞い、楽人に「私のために周の音楽を演奏してくれ」と言った。

しかし楽人は 「私には出来ません」と言った。

范昭はついに退席し帰国した。

後で景公は晏子に大国である晋の使者を怒らせてしまったがどうするのか訊ねた。
晏子は答えていった。
「范昭は実直で礼を知らないことはありません。これは我等を試したのです。だからわざとああしたのです。心配することはありません」

景公は次に楽人にどうして客のために周の音楽を演奏しなかったのか訊ねた。
楽官は答えて言った。
「周の音楽はすなわち天子の音楽です。だから私はは演奏しなかったのです」

范昭は帰国し、平公に報告した。
「斉はまだ討つべきではありません。私がわざと無礼を働くとすぐに晏子が正しました。次に楽人を騙そうとすると楽人は礼を知っていました」
そのため斉を討つ計画は取りやめになった。

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抜粋終わり



樽俎折衝て故事成語の元ネタです。

細かいことは別館に書こうかな。


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益荒男の人孟子。  

孟子 より 

http://sorai.s502.xrea.com/website/mencius/mencius14-34.html

上記文抜粋
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孟子は言う、
「大人(ここでは、権勢のある人)を説得するには、相手を軽んじるべきだ。

相手の高々とした権勢を見るな。

高さ数仭(だいたい十数m)の堂に、太さ数尺(1m前後)の榱題(しだい。屋根に横たえる梁材の先端)がどうした。

こんなもの、こちらは志を得て栄達したとしても求めはしないものだ。

一丈(約2.25m)四方にずらりとよそわれた食事に、かしずく侍女が数百人。

こんなもの、こちらは志を得て栄達したとしても求めはしないものだ。

飲めや騒げやの大宴会に、車馬を駆って狩に繰り出し、後ろに千台の車を付き従える。

こんなもの、こちらは志を得て栄達したとしても求めはしないものだ。

相手が持っているものなどは、すべて我が決してしないことばかりだ。

我にあるものは、ただいにしえの法あるのみ。我が何を畏れようか?」


・・・・・・・・・・抜粋終わり・・・・・・・・

孟子は、ますらおの人だ。

権威や権力など、糞喰らえ!


こういう気概がないと、政治など語ってはいけないと思う。


お読みくださりありがとうございます。

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人種差別する奴は、祖国の恥さらし。  晏子春秋 より

http://www006.upp.so-net.ne.jp/china/ansi6.html#9 

上記文抜粋
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晏子楚に使いす、楚小門を為る、晏子称す、狗国に使いする者は狗門より入ると【第九】



晏子は楚に使いした。
楚人は晏子が背が低かったので、小さい門を大きい門の横につけて、晏子を案内した。

晏子は入らずに
犬の国なら犬の門から入るもよいでしょう。いま臣は楚国に使いしています。まさかこの門から入れとは言いますまい
と言った。案内人は導いて大門から入った。

楚王に見えた。
王は
「斉には人がいないのか。あなたが使者で来られるとは」
と言った。

晏子は答えて
「斉の臨淄は広さ300区画、手を広げれば日は遮られ、汗をふるうと雨にもなります。 道では肩と肩がすれあうほどに人がいます。どうして人がいないといえましょう」
と言った。

王は
「ではどうしてあなたが使いするのか」
と問うた。

晏子は答えて
斉が使いを命ずるには向き向きがありまして、賢い者は賢い国に、不肖の者は不肖の国に使わせるのです。 嬰は最も不肖であったため、楚国に使いするのに最適だったのです
と答えた。


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抜粋終わり

人種差別をする人は、結局は自分や自分たちを辱めることになる。

いわば、馬鹿が恥をさらすために人種差別をしているのである。


わかりやすい話です。


お読みくださりありがとうございます。

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