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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

学校に行くと集団性がなくなる。

七転八起のブログの力! より

上記文抜粋
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こどもはそだつ
幼稚園・保育園に入園しないという選択。それでも、こどもは社会性を身につけますよ
(まだ東京で消耗してるの?)

http://spotlight-media.jp/article/323112569490033312?frm_id=c.amm-mail-magazine_l.dr-_r.


2016.09.10

ツイッターにて興味深い質問をいただきました。
保育園に入れない、という選択




かとうきょうこ @ky0nzi
@IHayato 池田さんこんにちは!
娘さん、幼稚園入れずに小学校入学ですか?
年中さんから入れますか?
参考にさせてください
2016年9月3日 02:43


イケダハヤト @IHayato
@ky0nzi とりあえず入れるつもりはないですね〜。自主保育的な感じになるのかなと。

かとうきょうこ @ky0nzi
@IHayato 考えが似ていてとても参考になります!
幼稚園に入れないと小学校の集団生活に苦労するのでは?という意見に対してはどう思いますか?
2016年9月4日 20:54


というわけで、ぼくの考えを書いてみます。

まず前提として、うちは既存の保育園には……おそらく子どもを入れないと思います。というのも、ぼくらが住んでいる地域の保育園は、ごく普通の保育園なんですよ。田舎町に住んでおりますが、保育園事態は、都会とそう変わらない感じです。

ちょっとつらいのが、子どもを保育園に入れると、基本的に毎日登園させないといけないんですよね。親のエゴですが、嫌じゃないですか、サラリーマンみたいで。

田舎に移住したぼくらは、「家族みんなで働く」ということを模索しています。なので、「親と子どもが別々で暮らし、働く」というのは、なるべくやりたくないんですよねぇ。「駄菓子屋を経営して、その店先で自分の子どもが遊んでいる」みたいなのが理想です。

ここら辺の価値観については、本にも書いてますのでぜひ。

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とはいえ保育園的なものを全否定しているわけでもないので、いっそ自分たちで保育園を作ってしまう、というのも選択肢として考えています。いわゆる自主保育になるんでしょうかね?

「森のようちえん」「サドベリースクール」とか素敵なので、嶺北地域でもできたらいいなぁ、と個人的に思っております。ないものねだりをしてもしょうがない、欲しいものは自分で作ってしまえばいいのです。
社会性もコミュニケーション能力も身につく
前置きが長くなりましたが、ご質問にある「小学校の集団生活に苦労するのでは」という話ですが、ぼくはまったくその種の懸念を抱いていません。

より正確にいえば、別に苦労してもいいとも思います。ぼくも集団生活いまだに苦手ですからね!いろいろな生き方ができる時代ですから、集団生活が向いていないと思うのなら、自分で自分の道を切り拓けばいいだけです。

そもそも学校に通わせる意味もよくわからないですよね。通いたければ通えばいいし、嫌なら適当に楽しく家で遊んでいればいいでしょう。こういう風に考えることができるのは、割りとぼくらがオープンに過ごしているからだとも思います。

うちにはいろいろな大人、こどもが遊びに来ます。奇跡的なことに、限界集落にもかかわらず近所に小さな子どももいます。実際、保育園に通っていないうちの娘ですが、友だちはたくさんいるんですよ。ぼくより多いですよ、マジで。すげぇ。

「コミュニケーション能力を磨く」というだけなら、集団生活をさせる必要なんてないんです。あえて穿った言い方をすれば、下手に集団生活をさせると、むしろコミュニケーション能力は落ちます。

「時間通りに生きるようになってほしい」
「嫌なことを我慢して続けられるようになってほしい」
「空気を読めるようになってほしい」
……というわけじゃないですからねぇ。

うちの娘はそろそろ4歳ですが、ぼくもびっくりするくらいに賢く育っています。保育園に入れたいなら入れればいいし、入れる必要がないなら入れなければいい。その上の小中高も同じですね。教育の選択肢は無限に広がっているので、自分にあったスタイルを淡々と選択し続けていけばいいと思っている派です。

ただまぁ、都会では現実問題、なかなか難しいと思います。ぼくらは田舎で家族経営しているので、こういう余裕があるのでしょう。というわけで、田舎に移住しましょう(笑)

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抜粋終わり

下手に学校教育に適応する集団性がつけば、むしろ過剰適応すぎて、就労できないってことが4・5年ほど前に問題になった。

あと、社畜や、「偉そうな物言いしかできずに、地域からはじき出される高齢者」とか、この人たちは、なまじ「集団性だけ強くなった」ので、真っ当なコミュニケーション能力や人倫を忘れてしまっているのである。


本当の意味での集団性は

「時間通りに生きるようになってほしい」
「嫌なことを我慢して続けられるようになってほしい」
「空気を読めるようになってほしい」

でなく、自分だけでなく、仲間や周囲を思いやれるようになることに思う。

空気を読んでも時勢や大局を読めず、日本は前の戦争で一度滅亡した。

空気を読んでも道義や道理がわからず、会社や集団を破滅させるのを、戦後日本も、年中行事の如く繰り返している。

空気よりも、慈悲・慈愛、命でしょう・・・



お読みくださりありがとうございます。

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