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南朝団体「大日本皇道立教会」の会員には創価学会創設者の牧口常三郎(出口王仁三郎と親戚という説も)や児玉誉士夫らがいた。自民党の前身である自由党の結党資金を出したのが児玉なので、ある意味「大日本皇道立教会」は自公政権のルーツと言えるかもしれない。統一・創価・大本の根は同じだと見る。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
「堀川政略」など、「南朝」は大本系派閥の思想ツールでよく使われるトピックの一つである。南朝側には真言立川流の中興の祖とされる文観という妖僧がいた。真言立川流はクロウリー一派みたいな印度のタントラに影響を受けた西欧のオカルト魔術に通じる面があるので、その辺も多用される原因だと見る。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
大日本皇道立教会には大本教と組んだ頭山満や内田良平もいた。このように大日本皇道立教会は自公政権の人脈的ルーツの一つであると同時に大本系人脈とも繋がる、今に至る日本国内の裏権力人脈の縮図の観がある。戦後はここに朝鮮半島系の統一が加わった。これが「統一・創価・大本の根は同じ」の意味。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
日本国内の裏権力人脈は「親米派(グローバリズム派。ロックフェラー系)の統一協会系人脈VS親欧州派(世界連邦派。ロスチャイルド系)」という両建構造だと分析する(※両建でありロス・ロック対立論ではない)。創価は前者と組んでいるが、南朝団体や教祖同士の親戚説など後者との関係もあり得る。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
TPP、種子法廃止、水道私営化など、数々の壊国政策を推進してきた自公政権は目下日本の最大のガンである。野党側も両建の一角ではあるが、現に与党として壊国を進めている「現行犯」と、これから壊国をやるかもしれない「犯罪者予備軍」なら「現行犯」への対処を優先させるのは当然の事。自公は退場!
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
児玉らに言及したついでに所謂「右翼」について。日本の右翼は戦前から大体において親猶太的だった。大川周明は上海の猶太財閥と関係があったという話もあるし、満川亀太郎は「猶太禍の迷妄」という猶太擁護本まで出した。石原莞爾は猶太利用論者。戦後に台頭する笹川良一もしかりで、児玉はその子分。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
戦時中にはナチスの影響を受けてにわかに猶太批判者が増えたようだが、右翼は概ね親猶太的傾向だった。なので以前は「親猶太か排猶太か」を見極めのポイントと考えたが、最近はにわかに猶太批判者?が増えてきたので基督教や西洋神秘主義(オカルト)との関係如何も重視な見極めポイントにしている。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
戦前の猶太批判は一部の本格的な研究を除きナチスの影響による時局便乗か、基督教シンパ、日猶同祖論系(批判と見せて擁護)、オカルトや偽史とのセット売りが多かった。国際政経学会も殆どがそれ。今のネットの猶太批判ブームもその焼き増しに見える。今も昔も基督教やオカルトの同時批判が判断基準。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
戦後の猶太批判は旧約聖書批判を抜かしたタルムード批判特化型が多い。これは聖書批判ができない西欧の基督教徒の理論の移植の可能性が高いと見ている。この流派では宇野正美氏が代表的論者である。戦前にも「世界攪乱の律法タルムード」という本が紹介されていたが、旧約聖書の批判もなされていた。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
宮廷猶太人の時代から猶太資本家と基督教貴族や石屋、教会組織は一体である。基督教貴族で石屋のクーデンホーフ=カレルギーの妻は猶太人。「基督教は猶太に乗っ取られた」という主張があるが、猶太教のトーラーを旧約聖書の基幹部分として聖典の一部にしているので「元から」と考えるべきであろう。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
「右翼」で思い出したので色々書いた。戦前の右翼は概ね親猶太的傾向が強かったので、ツイッターを始めたくらいの頃は「親猶太か否か」で走狗か否かが大体判断できると思っていたが、これ程猶太批判がポピュラーになってくるとそう単純でも無くなった。基督教やオカルトとの関係も考慮すべきである。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
ポピュラーという事はそれだけ人為的なテコ入れの可能性もあるという事。オカルト被れが急に「ゆだや」言い始めるのはどう考えても「変」。昭和戦前期には猶太批判がある意味で隆盛したが、大体は同祖論やオカルトとセットものが多かった。今はそれの再来の観。当時と同様に本物の鑑識眼が必要な時代。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月17日
昭和戦前・戦中期はそれなりに猶太やフリーメイソンへの批判が盛んだった。だが、オカルトや基督教、偽史(日猶同祖論、神代史など)とのセットが多かった。今のネット言論の状況はそれに酷似している。陰謀について盛んに語られているが、様々な思想ツールが混入して思考誘導も行われているのである。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
過去の思想状況を把握しておく事は誘導言説の類に惑わされるのを防止するのに有効である。例えば「日本は白村江の戦の後に唐に占領された」説は八切止夫氏の説と知っておけば別に驚きはしない訳である。偽史をトンデモと馬鹿にしてろくに調べもしない人ほど初めて聞く珍説奇説に引き込まれる恐れあり。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
出口王仁三郎の猶太論は「ユダヤは神の選民で、艮の金神が道具に使っていられる。ユダヤは悪に見せて善をやるのや。」みたいな擁護論であるし、基督教牧師の酒井勝軍は猶太批判に見せて終いには「天孫民族日本人と神撰民族猶太人の神聖共同統治」などという日猶同祖論的誇大妄想を唱える始末であった。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
犬塚惟重は親猶太的で戦後は「日猶懇話会」という団体の会長になり日猶同祖論を広めた。山本英輔海軍大将に至っては四国の剣山で「アーク」探しを行っている。こんなのばっかりなのである。二番煎じの現代のネット言論はそれをさらに劣化コピーさせたような代物である。陰謀研究の鑑識眼が必要である。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
思想工作員が使う思想ツールの原型は戦前戦中戦後を含めた昭和期に大体出揃っている。現代の思想工作員はそれらのネタ元を隠して使い回しているに過ぎない。戦前派の右派カルトは出口王仁三郎や酒井勝軍らのオカルト言説を使うし、戦後派の左派カルトは赤軍派が利用した八切止夫説を使う傾向がある。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
八切止夫の「白村江の戦の後に日本は唐に占領された」説は氏の「神の徒である日本原住民と仏教徒との戦い」という反仏教史観から考え出されたと思われる。神道系カルトの源流である平田派の世界観に近い。「日本は世界の中心」という自尊史観と「日本は大昔に滅びた」という自虐史観の距離は実は近い。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
「日本は超古代から世界の中心」という史観と「日本は古代に滅亡した又は占領された」という史観は偽史界の左右両建構造だと言える。前者は戦前派で、後者が戦後派である。極端な自尊と極端な自虐は同根で容易に反転する。仏教を敵視するあまりかえって西洋舶来の基督教に近づくという点も似ている。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
八切氏によると「源平藤橘」の内、藤原は「藤(とう)」なので「唐」、橘は「橘(きつ)」なので契丹、源氏は「源(げん)」なので「元」、平氏は「平(へい)」なのでペルシャ、らしい。語呂合わせである。日猶同祖論と同じ。八切氏は自説を開陳しただけだが、ネタ元を隠す思想工作員のやり方は悪質。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
八切止夫氏の説が陰謀追及界隈に広まったのは太田龍氏の影響だと思われる。太田龍氏は時期によって言説が目まぐるしく変わり、その時々で色々な論者を絶賛するので、それを鵜呑みにして影響を受ける人が多かったと思われる。例えば晩年の太田氏の愛読者はデイビッド・アイクの信奉者が多いと推測する。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
孟子曰く「悉く書を信ずれば則ち書無きに如かず」。何かを読んでも鵜呑みにしてはダメ。陰謀系書籍なら尚更だ。太田龍氏は岡潔や胡蘭成を絶賛した。両氏の著作は文庫で刊行されており内容はまとも。一方で太田氏は法輪功を絶賛した。これは明らかにおかしい。中共と法輪功は両建と捉えるべきであろう。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
大陸は大東社系の中国共産党に支配され、台湾には英米系石屋で基督教に改宗した蒋介石が率いる国民党がなだれ込んできた。中国文化圏も我が国と同じで真の意味で伝統的な思想家が希少だと思われる。章炳麟が伝統的思想家だったが、国民党幹部出身ながら大陸も台湾も追われた胡蘭成もそうだったのかも。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月18日
純粋な国風を求めるあまり仏教を過剰に敵視し、かえってキリスト教的世界観に接近し、しまいには西洋の手先になる、という通弊が平田派の昔から存在する。その具体的な表れが廃仏毀釈であり、これは戦国時代の切支丹の所業と同じものであった。国粋のつもりが逆に日本文化を破壊する結果になったのだ。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
仏教は元から日本人にマッチする思想だと考える。釈迦の父の名「浄飯王(スッドーダナ王)」で分かるように釈迦族は農耕民であり、釈迦の生誕時には「お宮参り」をしたという話が伝わっている(中村元氏の本で読んだ記憶あり)。日本人と似た習俗の中で育った釈迦の思想が日本人に合うのも道理である。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
既成の文化や異なる考え方を頭ごなしに否定したりはせず、巧みな比喩や方便を用いつつ、やんわりと穏便に、しかも論理的に道理を説いて相手を説得しようとした釈迦の姿勢は日本人の気質に合う。だから神仏習合も円滑に進んだ。日本人の気質に合わない基督教と組んで仏教を破壊するのは本末転倒である。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
釈迦の直接の教えに忠実な形となると南方の上座部仏教を第一とするが、鴨長明の「仏の教へ給ふ趣は、事にふれて執心なかれとなり」という文に表れているように「認識した対象に執着するなかれ」という仏教のエッセンスは日本に伝わっている。また印度仏教の唯識が生きた伝統なのは今や日本だけである。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
儒学はどうか。孔子が理想とした周王朝は秦以後の中央集権的王朝と異なり諸侯の自立性が強い封建制である。日本は律令制崩壊後明治まで多元性が強く強力な中央集権制は明治まで成立しなかった。江戸時代も各藩の自治性が強かった。孔子が想定した社会システムに近いのは中国より日本だと思うのである。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
スッタニパータ506「祀りを行え。祀り実行者はあらゆる場合に心を清らしめよ。祀り実行者の専心することは祀りである。かれはここに安立して邪悪を捨てる。」 507 「かれは貪欲を離れ、憎悪を制し、無量の慈しみの心を起して、日夜つねに怠らず、無量の(慈しみの)心をあらゆる方角にみなぎらせる。」
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
スッタニパータの506と507は神道の考えとしてそのまま通用するような教えである。「貪欲を離れ、憎悪を制し、無量の慈しみの心を起して」つまり「心を清く正しく保ち暖かい気持ちを持つ」という生き方は日本人の気質に適合する哲学である。元から合うので神仏共存・神仏習合が円滑に進んだのも道理。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
このように釈迦や孔子の教えは日本人の気質に適合するからこそ日本文化の形成に大きく寄与した訳である。合わないモノを無理やり移植した訳ではない。取捨選択しながら主体的に消化したのである。純粋な国風を求めるあまり、仏教や儒学を完全に排除しようとすると逆に日本文化を弱体化させてしまう。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
一方で儒仏以外の純粋な国風を求めんとする営為も大事だと思っている。しかし、その営為はあくまで文献的・考古学的な根拠に基づいて厳密な考証を行い事実を探求するという条件が必須である。それを外すと願望や妄想や空想でとんでもないオカルトが出来上がってしまう。その元祖が平田篤胤なのである。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
仏教や儒教及び道教などの思想を取捨選択しながら受容し独自に発展させながら次第に形成されたのが日本文化であり、純粋な日本文化なるものは存在し得ない。極右が求める純日本文化とは、天皇教カルトであり基督教に近いもの。寧ろ日本文化の豊穣さとその良さを破壊し貧しくするものでしかない! https://t.co/adMM1SMuPx
— よーすけ (@yoshimichi0409) 2018年8月19日
孔子の思想=儒教を秦の始皇帝が焚書坑儒と称し弾圧した事は、皇帝を頂点とする中央集権制確立の障害に儒教がなると判断したと見るべき。明治初期の廃仏毀釈はこの焚書坑儒に該当する行為として見做すべきだろう。江戸期の各藩の自立性を裏付ける思想を破壊する狙いが明治政府にあったと。 https://t.co/CILmKQTagd
— よーすけ (@yoshimichi0409) 2018年8月19日
平田篤胤や本居宣長の系譜に属する水戸国学は、仏教の影響を排除し純粋な神道なるものを求めたが、時代が降ると共に基督教的価値観に接近し尊王攘夷運動を経て天皇を現人神とする紛い物のカルトと化し日本文化を破壊する羽目に陥った。他者に不寛容な姿勢に起因すると総括すべきであろう。 https://t.co/uDQ9zjAlsm
— よーすけ (@yoshimichi0409) 2018年8月19日
確かに初期水戸学は歴史学的な学問研究であり、政治的なものではありませんでしたね。後期水戸学も会沢安(正志斎)は「基督教に対抗する為には神道と仏教が協力すべき」としているので、反仏教的な傾向があると言っても平田派とは一線を画していたようです。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
実際、江戸期の幕藩体制を引き合いに出してネオリベ的な国家再編の要であり地方切り捨て政策でしかない道州制を正当化する愚か者が居る。大阪維新の会とかがその典型。平成の大合併を見ればそれが何を意味するか一目瞭然である。江戸時代を引き合いにグローバリズム礼賛とか冗談ではない! https://t.co/OvFyFENgoY
— よーすけ (@yoshimichi0409) 2018年8月19日
保田與重郎は胡蘭成と交流があった。平田派亜流のオカルト神道屋とは違う正統な国学者は儒仏を頭ごなしに排除するような事はしない。国学の正統は宗教ではなく文学や歴史である。文学の研究には柔らかい感受性が、歴史の研究には厳密な実証性が不可欠。妄想で塗り固めたオカルトとは何の関係も無い。
— 菊池 (@kikuchi_8) 2018年8月19日
その通り
ありがとうございます。
上級市民が、日本人の最大の敵。
書き込みありがとうございます。