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渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

日本の学校は、勉強嫌いにさせるためにある。 

大摩邇(おおまに)  より

上記文抜粋
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なぜ勉強が嫌いになったのか?-高校生15人のメッセージ- 1年生編
るいネットさんのサイトより
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=321193
<転載開始>
勉強を嫌いな人は多い。しかし、なぜ嫌いなのか人と意見を擦り合わせた人は意外に少ないのではなかろうか。

ここではなぜ勉強が嫌いになったのか?高校生の意見を紹介する。

意見をまとめると充足感のない「強制圧力」と「テスト(試験)」が主要因。現実とはつながらないお勉強を強制的にやらされ、それで評価までされてしまう。
確かにたまったもんではない。嫌いになるのも当然。

勉強を嫌いになってもらいたくない親の方が多いはず。であれば、勉強を好きにさせる選択肢は「こどもの自主性を育む」、「テストはやらせない」となるはずである。

勉強をやらせる塾や学校は全くのムダであり、活力を下げるだけ。

試験勉強で封鎖されてしまった追求回路を再生すれば成績は飛躍的に上昇する(リンク)。
大阪の類塾では『探求講座』という子供の自主性を育む取り組みを行っている。これは本当に理にかなっている。

(リンク)より引用。

-------------------------以下引用-------------------------


(1)1年生の場合

■ 勉強が嫌いになったのはいつか、あんまり覚えてないけど、たぶん小学校に入学してだいぶたってからだと思う。入学したての勉強なんて、なんにもしなくても簡単にできるものだったし、親も今ほど勉強しろとうるさくはなかったから、勉強じたい嫌なイメージがなかったと思う。
 しかし、学年が上がるにつれ、だんだん学習の内容が難しくなってきて、テストで百点満点をとることが難しくなってくる。そうすると、よい点をとっていた今まで、何も言わなかった親がだんだん勉強を強要するようになり、友達と遊ぶ時間もおしんで勉強、勉強というようになる。自分はもちろん、やっても自分の何の得にもならない(その時は成績とかは、良くても悪くても自覚がなかった)勉強より、今、友達と楽しく遊ぶ方がダンゼン良かったと思う。しかし、これはうちの場合だが、やらないと遊ばせないとか、おやつをあげないとか条件を出されれば、やらざるを得ない。しかも、やっている内容がわかれば気持ちいいものだけれど、わからないとおもしろくないものだ。でもわかるまでやらされる。そういう積み重なる強要で、勉強のイメージがだんだん嫌な方へ変わってきたのだと思う。 (1年A)


■ 私が勉強を嫌いな理由は、はっきりいっておもしろくないからです。たまに興味のある単元もあるけれど、ほとんどは習っても将来役にたつことのないものばっかりだと思います。
 数学の足し算、引き算、掛け算、割り算とかは生活している中では必要なことですが、その他の√だとか、σだとかは一体何のために習うのだろう?といつも思います。一体何のために、役にもたたない計算問題や練習問題を解かなくちゃいけないのか、誰かに教えてもらいたいものです。
 化学でも、役にたつものを勉強するのはぜんぜんかまわないのですが、これもまたほとんど役立つものなどないと思います。そんなムダなことに時間をつかうのならば、もっと自分の時間として有効につかっていきたいと思います。(略) (1年B)


■ 一番嫌いな理由はメンドーくさい。私は小学校の頃から勉強はキライ。前は嫌いというより、遊びたかったからだ。中学の時は部活が忙しくて、ヒマ、やる気がなかった。今はだいぶ落ち着いて、自分のできる教科は嫌いでも好きでもないくらいになった。私が勉強したくないのは、いくらやってもテストで点数がとれない、わからないからだ。特に授業が楽しくない教科は苦手。
 ただ先生が黒板に書いているのを写し、説明を聞いているだけではおもしろくない。先生達も、もう少し授業を楽しく受けれるようにしてほしい。具体的にはよく分からないけど、楽しい授業がいい。楽しい勉強のしかたを教えてくれれば、少しは勉強する気分になれるのではないか。つまらない授業だと、かなりおしゃべりが多い気がする。
 (略)特に勉強は、自分で「自分は勉強ができない」と思うから、やる気が出ない。まずは、自分に自信をつけさすことが大切だ。 (1年C)


■ 中学1年ぐらいから勉強は嫌いだね。だってさ、勉強なんて大人になってから意味あるの?って思っちゃうね。大人になったって使わないのなら、中学、高校って勉強しなくていいんじゃない?私はそう思うけどね。
 私が嫌いになった時、なんでそう思ったのかわからないけど、きっと中学に入ったら、中間、期末のテストがあったからだと思う。小さいころから、勉強って好きなほうじゃなかったから、テストがあるたびに泣きそうになりながら勉強してたんだ。今だって同じだよ。中間、期末があるたびに、赤点とらないようにって必死になって勉強してるのに、全然出来ないんだよね。(略)
 勉強ができなくたって私達は大人になっていくんだよ。けど後悔はきっとするんじゃないかな? (1年D)


■ 勉強が嫌いになったのはたぶん小学校1年のときぐらいだった。算数の問題が全然解けなくて、先生におこられたことがある。それで嫌いになった。
 もうひとつは、親とかに勉強しなさいとか、春休み遊びなしとかやらされたりした。遊びだったら、自分の好きなことができるし、だいたい自由だった。しかし、勉強をしないと成績は下がるし、学校の授業がわからない、将来が苦しくなる。勉強のことになると、親はすぐむきになる。そして嫌な話ばかり聞かされる。とても嫌だ。だから勉強は嫌だ。(略) (1年E)

(つづく)

-------------------------引用終了-------------------------


なぜ勉強が嫌いになったのか?-高校生15人のメッセージ- 2年生編

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=321197
2年生になると1年生の時より嫌いになっていることが文章からよくわかります。
やはり、充足感のない「強制圧力」と「テスト(試験)」が主要因。
しかたなく勉強させられるということは、学校が生活の過半を占めている高校生にとって苦痛でしかない。
しかたなく生きているという子が増えているのもよく分かります。

(リンク)より引用

-------------------------以下引用-------------------------

(2)2年生の場合
 つづいて2年生はどのように書いているだろうか。

■ 小学校のときは勉強が好きだった。中学校に入っても最初はけっこう好きだったけど、中学校からは定期テストというのがあって、それだけで成績を決められるというふうになってから、小学校の時のような知識を増やすための勉強から、いい成績をとるための勉強になってしまって、なんか勉強に対する意欲がなくなってしまった。たしかにいい成績をとるための勉強でも、知識は増やすことはできる。でも、自分の中で、別にいい成績なんかとらなくても、そこそこの成績をとって自分の好きなことをやっていった方が楽しいというふうになってしまった。(略) (2年C)


■ 小学校の時にさかのぼってみると、まず小1、小2の時は、漢字を習い始め、算数を習う。算数は頭を使うから、頭が痛くなってくる。
 小3ぐらいになると、親が「塾に行け」と言ってくる。普段ならまだみんなと遊べる時間なのに、その時間を使って塾に行き、勉強をする。学校でも勉強して、塾に行っても勉強をして、家に帰っても、親が「予習、復習しなさい」と言って、遊ぶ時間がなくなってしまう。僕はそれが自分達が勉強を嫌うきっかけになったのだと思う。
 子ども達だって、自由に生きる権利はあるのだから、そんな早い時期に勉強させなくてもいいと思う。親が子を厳しく、良い子に育てようとする気持ちはわかるけど、子どもの意見も聞いてあげるべきだと思う。(略) (2年D)


■一言で言えば、勉強というものが僕たち学生の価値を測定するものだからだ。この考え方に気づいた時、勉強が嫌いになったんだと思う。それまでは勉強を楽しみ、まるで遊んでいるかのようにやっていたと思う。
 勉強を好きにさせるには、今の制度を変えた方がよいと思う。今のやり方のままでは、ほとんど学生が勉強を好きにはなれず、「しかたないからやる」「今だけがまんする」という気持ちでしか、勉強ができないと思う。これはしかたがないと思う。だって遊んでいた方がおもしろい。遊んでいれば人に価値を測定されたりしない。
 僕は、人に価値を測定されるのはとても嫌いだ。だって人の価値や可能性は無限なのだから、測定するということはその時だけであり、次の日になれば価値が変わっているかも知れないからだ。  (2年E)


■ 勉強が嫌いになったのは中学2年の時でした。それまでは勉強が好きでも嫌いでもありませんでした。頭もそこそこ良かったし、テストもけっこういい方でした。
 でも中2の時、親に「試験1週間前だから外に出るな」と言われました。中2の時は毎日、友達と遊んで楽しかったので、そのときの僕にとってはつらかった。でもしょうがないから勉強をしていました。けれど、学校から帰ってくるとすぐ勉強。土曜、日曜は一日中勉強で、嫌でした。そして勉強なんかしなくてもいいやと思い始めたのです。それからは毎日遊びまくっていました。けどそのたびに親に怒られていました。僕は勉強をしたくないけれど、しないと怒られるけど、そんなに束縛されたら誰でも嫌になると思います。それからは楽な方へと流されていき、今では学校以外では勉強していません。 (2年F)


■ なぜ勉強が嫌いかというと、他人と比べられるのも1つの原因なんだけど、本当の原因は、今やっている勉強が本当に自分の将来に役にたつのか、ということです。今、アルバイトをしていますが、将来のために役にたつのは勉強よりも、社会に入って経験を積んだ方がいいのではないかと思います。(略)
 今の社会は、人間の価値の測定を成績ではかったり、そうでなかったりと、やっていることがよくわからないです。もっと大人達がしっかりしてくれなくては困ります。そして今の教育をちゃんとしたものにしていってほしいと思います。 (2年G)

(つづく)

-------------------------引用終了-------------------------

なぜ勉強が嫌いになったのか?-高校生15人のメッセージ- 3年生編
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=321198
3年生になると嫌いさが極まっています。
こんなに嫌いなことをさせる学校ってなんなのでしょう?拷問施設、活力破壊団体とも思えてしまいます。
民間企業だとこんなクレーム状況でよく存続できているなという印象。完全に今の勉強や学校のやり方は終わっています。

明治から学校が出来て約150年経ちこの有様。子供たちの素直な意見を受け入れ、勉強や学校や塾のあり方を改めて考えるべき時期にきています。

(リンク)より引用

-------------------------以下引用-------------------------

(3)3年生の場合
 最後は3年生のメッセージである。

■ なぜ勉強が嫌いかというと、これからの人生であまり役にたたないからです。少しは役にたつこともありますが、全く役にたたないものもあります。そんなものは勉強するだけ無駄だと思います。しかし、そんな役にたたないことを覚え、勉強しなくては大学に行けず、これから先の選択する幅が狭く、行きたいところにも行けない、つらい人生が待っているのです。そんなことは腹立たしいことだと思います。
 それに勉強はどう考えても、楽しくないと思います。遊んでいた方がどう考えても楽しいので、勉強せずに遊んでしまいます。勉強が楽しいものであれば、きっと好きになっていたと思います。 (3年B)


■ 少なくとも勉強が好きになったことは1度もありません。多分、私だけでなく、ほとんどの人間が好きではないと思います。その理由の1つに、テストが必ず成績を左右することが原因だと思います。何時間もかけて机に向かって集中した日々が、たった50分もの間に運命が変わってしまうのが許せないのです。一時期は、将来に役立たせるための勉強と思っていたが、現実はそうであっても、私の中では否定的になってしまうのです。
 高校生活も残りわずかとなり、よくここまでやってきたなあと思います。勉強が嫌いで嫌いでたまらなかった日々から解放され、本当に将来の自分の生き延びるための道を歩むための勉強が待っています。ここでは嫌いな勉強も、自分のためにやらなくてはいけないと思います。 (3年C)


■ 私は中学のときは、テスト前とかにはかなり勉強してました。それでテストも80点ぐらいはとってました。それでもまわりが頭よすぎるので、80ぐらいの点数をとっても、よくて5段階で3、悪いと2でした。それで私はやる気をなくしました。努力していい点とっても、よくて3。努力なんて無駄だと思うようになりました。それで今ではこんな感じです。どうせ勉強なんかしたって、私は駄目なんだって思います。
 今、私の弟が同じ苦しみに合っています。弟には私みたいになってほしくないので、がんばるよう応援しています。1回私みたいにやる気をなくすと、何に関しても努力しないようになってしまうし、逆に努力しようと思っても、そう簡単にはできなくなります。(略) (3年D)


■ なぜなら堅苦しいからだ。これを覚えなければ駄目だ、というのが義務的で嫌だ。でも自由に出来たり、興味のあることなら大好きだ。(略)
 僕は小学校の頃、早く英語を習いたかった。でも、中学校に入ってすごくガッカリした。本来、英語は大好きだったのに、文法という、これを覚えなくてはいけないというので、あまり好きではなくなってしまった。小学校の頃の勉強は、なぜか出来るとおもしろかった。けど、中学、高校へ入ると、出来ても楽しくはなかった。なんでだろう。 (3年E)

-------------------------引用終了-------------------------


<転載終了>

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・・・・・・・・・
抜粋終わり

学生時代に、老荘・特に荘子と、兵法書を知って、勉強やる気が失せた・・・

そもそもモチベーションが低かったので、余計に嫌になった。

まあ、でも、老荘や兵書を読みための知識を得たのは、しいて言えばよかったが。


あまりに、実地に役に立ち、かつ深遠で、自分の「生き方・将来」に関わる真っ当な「学問・知識」を知ると、学校の勉強など糞で魂を腐らせるであるのがありありとわかる。

異様に頭のいい人には害にはならないだろうが、そうでないと、やる気をなくす。
「知る意欲」や「調べる気持ち」を根絶やしにするのが、日本の学校教育の「影の根幹の事業」であると、私は考えている。


そうなると、「悪の理想郷」=「日本帝国」が完成したのだ。





人型豚・人型犬ばかりの、悪党の人間型生物の牧場ですは、日本帝国は・・・


お読みくださりありがとうございます。


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