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渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

戦前回帰とは「ミソジニー」に過ぎない。あるいは、戦前回帰とは「後方支援・補給も未来も捨てる」と同じである。

http://www.sugano.ne.jp/2016/07/01/post-187/  より

上記文抜粋
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なぜメディアは日本会議を報道してこなかったのか


拙著『日本会議の研究』出版後のここ2ヶ月、たくさんのメディアから日本会議について取材を受けた。みなさん、「自分たちも反省すべきなんですが。。。」と前置きをして、「なぜこれまで、メディアは日本会議について取り上げてこなかったんでしょうか?」とおっしゃる。僕は常に同じことを答える。

僕の答えはこうだ。

「彼らが成功体験として誇るのは『元号法制化』です。しかし彼らのその他の運動は、すべて、『反対運動』であることをご存知でしたか?」とまず確認する。だいたいみなさんご存知ない。だから具体例を挙げる。
「日本会議は、とりわけ細川内閣誕生以来、『壮大なる反対運動団体』になってるんです。曰く、『男女共同参画反対』『慰安婦報道反対』『夫婦別姓反対』『性教育反対』と。40年近くある彼らの歴史は、ずっと反対運動の歴史なんです」と、具体例を挙げる。

で、ここで僕は、「こうして、列挙してみましたが、何かお気づきになったことありませんか?」と尋ねてみる。するとみなさん、ポカーンとされる。だからそこに補助線を引く。

「彼らが反対運動を起こすのは、男女共同参画にしても、慰安婦報道にしても、夫婦別姓にしても、性教育にしても、全部、『女子供』の話なんです」と。ここまで話しても、だいたいの人は気づかない。

だからもう一度念を押す。「男女共同参画にしても、慰安婦報道にしても、夫婦別姓にしても、性教育にしても、全部、『女子供』の話です。これ、皆さん方、メディアの人々も、そしてその需要サイドである我々社会も、最もバカにする分野の話ですよね?」と念を押す。ここまでくると反応が分かれる

「つまり皆さんと皆さんの報道の消費者である僕たち市民社会が、『女子供の話だからどうでもいい』と等閑視していた事柄ばかり、彼らがやってきたから、彼らの運動が報道されないんです。つまり日本会議と我々は両方とも加害者」という話をする。

さらに続ける。「慰安婦報道でさえそうですよね?慰安婦報道は、どちらのサイドからのものであれ、『論争報道』になっている。『日本の言い分が正しい。いや韓国が正しい』と。しかしこれ、完全に『女性の人権』って観点抜けてますよね?そういう報道ないですよね?」と。

さらに続ける「ここ10年ほど、日本会議が主要な行動フィールドとしているのは、学校現場です。性教育反対しかり、親学しかり、江戸しぐさしかり、そして日の丸君が代しかり。しかし『子供の話』として、これをどこか軽く扱ってるところありませんか?」と。
ここまで話すると、女性記者と30代以下の記者と外国メディアの記者は本当に見事なまでに、「あああ!!目からうろこが落ちた!」という顔をされる。しかし、おっさん記者は全然気づかない。だから更に重ねる。

「僕は、日本会議っていいネーミングだと思うんですよ。だってそうでしょ?彼らが言ってることは、天皇崇敬も何もかもお題目だけ。実際にやってることは、さっき振り返ったように、女子供の話ばかり。つまりは『女子供は黙ってろ』と言いたいわけ。これ、『ニッポンのオッサン』ですよね?」と。

「日本会議は小さい。しかし、彼らがレペゼンしてるのは『ニッポンのオッサンのメンタリティ』。国粋主義でも宗教でもない。あなたにもそしてこんな偉そうなことを言ってる僕の中にもあるかもしれないドロドロとしたミソジニーをレペゼンしてるんだから、強いんです」

さらに続ける。「と、考えると、彼らが今改憲議論で、『緊急事態条項』と『家族条項』にこだわる理由もわかるでしょ?緊急時には女子供はすっこんどれと。家族の言うことを聞けと。」と。
 
ここまでくるとほぼ90%の人が理解してくれる。だが、最後まで理解できないのは、左派のおっさん記者

あ。最後まで理解しないのは、左派系メディアのおっさん記者だけでなく、週刊誌メディアの人の中にもたまにいる。前者の場合は、「いや、そんなことはない、自民党は国家神道の復活を目指しており。。。」とか明後日なことを言う。後者は、最後まで「それの何が悪いの?」って顔をしている。

週刊誌メディアの人が最後まで理解できないのは、職業柄だから仕方ないと思う。だってそういうメディアなんだから。「日本会議って『ニッポンのオッサン会議』なんすよ?」って話しても「いやー困ったな。うちはそのオッサンが客なので」って話なんでね。だから不思議なのは、左派系メディアの頑迷さ

いくら口すっぱく「右派運動って考えるのやめたらだろうでしょうね?あれは、壮大なるミソジニー運動だしマチズモ運動ですよ?」と伝えても、左の人は理解してくれない。そして最後には「だとして、だから何が問題なのか?」という。「そんなことよりも、9条ガー 国家神道がー」となる

だからこっちとしても「そりゃ、9条も大切なんでしょう。国家神道も強いんでしょう。しかし今厳然として眼前で『女子供』が抑圧されている。それに抗えず、国家神道に抗えるんですか?」と尋ねる。ここまでくると向こうも意地だ。先日など「君は失敬だ!細かいことにこだわりすぎる」と言われたw

つまり、今話したようことを、資料も見せ、エビデンスを見せ、連中が書いた雑誌記事などを並べてみても、40代以上の左派系メディアの人々は、「そんなことはない!!!!戦争やりたがってるんだよ!!!!」と意固地になって聞く耳を持たない。そりゃメディアが日本会議のことを書けないはずだわね。

だからねみなさん。「国家神道」とか「戦前回帰」とかさ、そういう陰謀論みたいな話置いといてさ、「改憲勢力の首魁である日本会議はこれまでずっと『女子供は黙ってろ』運動をしてきた」って事実を見つめましょうよ。だからこその緊急事態条項であり、だからこその家族条項なんだからさ。

まあこんな偉そうなことを言ってるけども、2年前の僕ならこの理屈に気づけなかった。自分がいかにクソか、自分がいかに人を傷つけるかを直視せざるをえなくなり、自分を変えようと、持ち金全部はたいて、カウンセリングに通い、病院に通い、専門家に助けを求めたから、自分のミソジニーを理解できた

僕がミソジニーを克服できたのか、くだらないマチズモを陶冶できたのか、僕自身ではわからない。そういうものは常に他人が評価すべきものだ。だが「ニッポンのオッサン」とは少しは距離が置けたのではないかとは思う。もしあのまま行ってたら僕は、今頃日本会議のイベントで君が代歌ってるだろう。

僕の講演を聞きにくれた人ならご存知だと思いますが、僕の講演の最後2分間は、「女子供の話だとバカにした結果、女子供の話を真剣に弄る人らが改憲勢力の首魁になった。だから24条なんですよ!女子供の話だとこれ以上バカにするのをやめましょう」と絶叫して終わる。あれ、僕は自分に言ってるんです

まあこうやってね、僕は自分のことを戒めるためにも、自分で自分に懲罰を与えるためにも、「メディアがミソジニーを克服できないから日本会議をメデイアは書かないんです」って話をしま食ってます。これ、日本のオッサンの神経、逆撫でしまくりなのよね。そのうち、壮大な「仕返し」が来るでしょうなぁ


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抜粋終わり

>だからねみなさん。「国家神道」とか「戦前回帰」とかさ、そういう陰謀論みたいな話置いといてさ、「改憲勢力の首魁である日本会議はこれまでずっと『女子供は黙ってろ』運動をしてきた」って事実を見つめましょうよ。

半分賛成の反対。

戦前回帰・国家神道の実態は、まさに「ミゾジニー」の「女子供は黙ってろ」というのを具現化した物だった。

仮に、これを象徴的に解釈してみると、
「女性」は主に家庭や根拠地の「補給・後方支援」の意味もある。
長期の戦い・活動に補給・後方支援は不可欠。それを軽視して、その意見を聴かないのは「糧食が切れる・補給が続かないのと負ける」と孫子以来真っ当な日本人の異常な兵法以外は、常識的に言ってきた真理である。
補給を軽視して最終的に勝利した組織軍隊は無い。前の日本の戦争をみたら丸わかりですは。

子供は、まさに未来・長期的展望である。「人を育てるのは百年の計」と管子以来、子供の成長・教育は、社会・国家の長期的な繁栄と存続の絶対である。

それを軽視するって、その社会は死滅・消去しかないのですは・・・。

まさに、「戦前・国家神道」は「ミソジニーの天国」ですは!



>「メディアがミソジニーを克服できないから日本会議をメデイアは書かないんです」って話をしま食ってます。これ、日本のオッサンの神経、逆撫でしまくりなのよね。そのうち、壮大な「仕返し」が来るでしょうなぁ

退職して、家でゴミ扱い。それが続きますは。それが自己の不徳・ミソジニーの必然ですは。


オマケの参考

http://www.geocities.jp/kaysak864/liuxiu/42.htm

上記文抜粋
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女性に対する優しさと尊重


 劉秀は女性の言葉にもよく耳を傾け、女性を尊重した。
 歴史上の英雄のほとんどは、女性を子供を産む機械か、性の対象としか見ない。まれに妻を尊敬したという記録があってもそれは男勝りの度胸や智謀に一目置くという場合である。ところが劉秀は妻の陰麗華について亡き父を思っては涙するような優しさに尊敬の念を抱いたという。
 赤眉軍を降伏させたとき、大逆無道な赤眉の首領もその罪が許される三つの善があるから、命を助けるに値すると言った。その一つ目が「妻を大事にしたこと」。
 趙憙という人物を太僕に取り立てたときの理由は「赤眉の大乱のとき女性たちを救出して故郷まで送り届けた」というものだった。劉秀自身、小長安の乱戦では妹を救出し、姉も救出しようとしたことを思い出したのかもしれない。
 劉秀は優れた人物はその母や妻が優れているからだと考えていた。大臣馮勤との宴会の席に常に馮勤の老母を呼び、馮勤を尊貴にさせたのは母であると賞賛し、拝礼を免除し介添え人をつけた。
 この他、岑彭の母、王常、来歙の妻、祭遵の妻も特別に賞賛された。来歙が凱旋したときはその妻に賞与が与えられたし、王常が凱旋したときはその妻を称えた。岑彭が凱旋したときはその母を栄誉を持って待遇し、岑彭が暗殺されたときその妻に特別な賞与を与えた。
 劉秀は女性を男性のように優れていると考えて尊敬するのではなく、男性とは違った女性性の中に尊いものを見ていたようだ。
 もちろんこれは劉秀がフェミニズムのような思想を持っていたことを意味しない。劉秀は、理念から演繹する理想主義者ではなく、すべてを体験から帰納的に考える現実主義者である。劉秀はもともと世話好きで、人を支えることを何よりも楽しみとする人間であった。そのため家庭の中で男たちを支えた女性の行為を、人間の営みの中で真に重要なものと考えていたのである。劉秀は女性によるシャドウ・ワークをよく理解していたと言えるだろう。
 皇后郭聖通や貴人陰麗華に対する終始一貫した変わらぬ愛情は後に説明する。

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抜粋終わり

{太字は私の編集です。}

粱紅玉も上げとこう。

秦良玉も。


お読みくださりありがとうございます。

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