故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
とまべっちーの考え事 より
上記文抜粋
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『思春期男子の見守り方』(おおたとしまさ)
母親向けの子育て本です。中学生くらいの男子との付き合い方を指南しています。とても良い本だと思いました。当ブログでもおおた氏を取り上げることは多いですが、教育ジャーナリストとして幅広く積極的に情報発信をしてくれていますので大いに頼りにしています。本著ではジャーナリストとしての顔よりカウンセラーとしての顔が前面に出ている印象を受けます。やはり教育の世界では「男の子を育てるのがとにかく難しい」というのが常識になっています。女の子を育てるより3倍大変だといいます。それはこの年齢の育児を担うのが主に女性たちからだという理由もあるのでしょう。世の中の大人の男性たちももっと思春期男子の教育に参加できる仕組みがほしいところです。
タイトルにあるように、基本的には「見守る」のが良いというのがおおた氏のスタンスです。細々と介入しないほうがいいということです。どーんと構えているのがよいといいます。教育者たちは異口同音にそう言いますが、それができない母親たちがこうも多いのはどういうわけなのでしょうか?
心配だから手を出してしまうというのもあるでしょう。とくに中学受験をさせた母子において、その後も勉強の管理を母がやろうとして関係がこじれるケースが多いです。母親の癖が抜けないのか、子どもが依存的になってしまっているのか。
「失敗」に対する考え方の違いも大きいようです。一般に女子は失敗しないように工夫するのが得意です。欲しいものがあるときも上手に親を口説きますし、好きな男子がいるときもいきなりぶつかっていくよりも外堀を埋めていくような安全なやり方を好みます。仕事や人生についても無茶な夢を追いかけるより現実的な目標を設定します。女子にとっては大失敗して大きな傷を負うことはぜひとも避けたい事態なのでしょう。だから皆で固まって「そうだよねー」と意見を共有し合いながら事を運びます。
それに対して男子は無茶をします。傍から見れば失敗するのが分かっているのに、自分でやってみるまで納得しません。そういう「バカ」なところが男子の特徴です。しかしそれこそ男子の学び方なのだとおおた氏は擁護します。男子校は失敗に寛容です。生徒に好きに失敗させるのが良いという考え方のところが多いようです。生徒が学校生活につまづくと、母親がひとりでやきもきするパターンが多いようです。
こうなると母親にできることはほとんどないように思います。ガミガミ言えば逆効果。手を貸しすぎても自立の邪魔になります。教育は教師に任せるべきですし、母親は母親としての中核的な役割に徹することが正解なのですが、子どもが中学進学後にダメになるケースでは母親がもともとそういう役割を苦手にしている場合が多い気がします。母親に対する強い不満は男の子たちに共通して見られます。
私は別に今さら「母性神話」を唱えたいわけではありません。むしろまったく逆です。母親はもっと合理的で理知的であるべきだと思います。彼女たちに足りないのは思想や哲学や理念なのだと思います。そのような男性的な知的能力を備えている母親のほうが男子の子育てがビシッと決まるように思います。たとえば私がお付き合いしている家庭では夫婦が共働きで、とくに母親は会社経営していて毎晩遅くまで仕事をしています。この家の中学生の男の子は非常にバランスが良く、生活面や人間関係に優れています。要するに「母性」などという特殊で神秘的な力が必要なわけではなく、単純に人間としての器量が問われているのです。残念ながら、思春期の男の子たちが満足するほどの器量を備えた母親は少ないというのが事実なのです。
「見守ればいい」と言われてもイライラしてしょうがない母親はどうすればいいのでしょうか。何につけても息子にダメ出しをしたくてうずうずしている母親がいます。でも文句を言いすぎると息子が逆襲してくるので、無理やり我慢しているのだそうです。こういう母親はやはりどこかおかしいのだと思います。無意識的にどこかで息子を憎んでいるように見えます。勝手に過剰に愛して、勝手に裏切られた気持ちになって被害者感情を募らせているように見えます。カウンセリングを受けるべきは息子ではなくこの母親のほうです。
家庭教師を依頼してくるような家庭は多くの場合母子関係に問題があります。私は母親とのコミュニケーションも積極的に取っていくスタイルですが、母と子どもの意識の間にはギャップがあるわけですから、両方に100%コミットするわけにはいきません。それはただの八方美人です。子どもには100%コミットしますが、母親はおまけ程度にお付き合いすることになります。母親の考え方を変えさせたり、母親を成長させることは私の仕事の中心ではありません。場合によっては生徒とともに母親を置き去りにしていく可能性もあります。
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抜粋終わり
コメント欄でローレライさんが
・・・・・・・
倫理情緒が壊れた母親でアル中の大人ができる国、日本。
・・・・・・・
と書いてくれました。
なんか共通する事象に思えます。
オニババアの子供が、アル中親父。アル中親父の娘が、オバタリアンのオニババア。
て思える。
その「負の連鎖を、絶つ。」その意識をまず持たないと、安倍と天皇の奴隷・ロボットで無駄死にしかありません。
お読みくださり有賀とございます。
上記文抜粋
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『思春期男子の見守り方』(おおたとしまさ)
母親向けの子育て本です。中学生くらいの男子との付き合い方を指南しています。とても良い本だと思いました。当ブログでもおおた氏を取り上げることは多いですが、教育ジャーナリストとして幅広く積極的に情報発信をしてくれていますので大いに頼りにしています。本著ではジャーナリストとしての顔よりカウンセラーとしての顔が前面に出ている印象を受けます。やはり教育の世界では「男の子を育てるのがとにかく難しい」というのが常識になっています。女の子を育てるより3倍大変だといいます。それはこの年齢の育児を担うのが主に女性たちからだという理由もあるのでしょう。世の中の大人の男性たちももっと思春期男子の教育に参加できる仕組みがほしいところです。
タイトルにあるように、基本的には「見守る」のが良いというのがおおた氏のスタンスです。細々と介入しないほうがいいということです。どーんと構えているのがよいといいます。教育者たちは異口同音にそう言いますが、それができない母親たちがこうも多いのはどういうわけなのでしょうか?
心配だから手を出してしまうというのもあるでしょう。とくに中学受験をさせた母子において、その後も勉強の管理を母がやろうとして関係がこじれるケースが多いです。母親の癖が抜けないのか、子どもが依存的になってしまっているのか。
「失敗」に対する考え方の違いも大きいようです。一般に女子は失敗しないように工夫するのが得意です。欲しいものがあるときも上手に親を口説きますし、好きな男子がいるときもいきなりぶつかっていくよりも外堀を埋めていくような安全なやり方を好みます。仕事や人生についても無茶な夢を追いかけるより現実的な目標を設定します。女子にとっては大失敗して大きな傷を負うことはぜひとも避けたい事態なのでしょう。だから皆で固まって「そうだよねー」と意見を共有し合いながら事を運びます。
それに対して男子は無茶をします。傍から見れば失敗するのが分かっているのに、自分でやってみるまで納得しません。そういう「バカ」なところが男子の特徴です。しかしそれこそ男子の学び方なのだとおおた氏は擁護します。男子校は失敗に寛容です。生徒に好きに失敗させるのが良いという考え方のところが多いようです。生徒が学校生活につまづくと、母親がひとりでやきもきするパターンが多いようです。
こうなると母親にできることはほとんどないように思います。ガミガミ言えば逆効果。手を貸しすぎても自立の邪魔になります。教育は教師に任せるべきですし、母親は母親としての中核的な役割に徹することが正解なのですが、子どもが中学進学後にダメになるケースでは母親がもともとそういう役割を苦手にしている場合が多い気がします。母親に対する強い不満は男の子たちに共通して見られます。
私は別に今さら「母性神話」を唱えたいわけではありません。むしろまったく逆です。母親はもっと合理的で理知的であるべきだと思います。彼女たちに足りないのは思想や哲学や理念なのだと思います。そのような男性的な知的能力を備えている母親のほうが男子の子育てがビシッと決まるように思います。たとえば私がお付き合いしている家庭では夫婦が共働きで、とくに母親は会社経営していて毎晩遅くまで仕事をしています。この家の中学生の男の子は非常にバランスが良く、生活面や人間関係に優れています。要するに「母性」などという特殊で神秘的な力が必要なわけではなく、単純に人間としての器量が問われているのです。残念ながら、思春期の男の子たちが満足するほどの器量を備えた母親は少ないというのが事実なのです。
「見守ればいい」と言われてもイライラしてしょうがない母親はどうすればいいのでしょうか。何につけても息子にダメ出しをしたくてうずうずしている母親がいます。でも文句を言いすぎると息子が逆襲してくるので、無理やり我慢しているのだそうです。こういう母親はやはりどこかおかしいのだと思います。無意識的にどこかで息子を憎んでいるように見えます。勝手に過剰に愛して、勝手に裏切られた気持ちになって被害者感情を募らせているように見えます。カウンセリングを受けるべきは息子ではなくこの母親のほうです。
家庭教師を依頼してくるような家庭は多くの場合母子関係に問題があります。私は母親とのコミュニケーションも積極的に取っていくスタイルですが、母と子どもの意識の間にはギャップがあるわけですから、両方に100%コミットするわけにはいきません。それはただの八方美人です。子どもには100%コミットしますが、母親はおまけ程度にお付き合いすることになります。母親の考え方を変えさせたり、母親を成長させることは私の仕事の中心ではありません。場合によっては生徒とともに母親を置き去りにしていく可能性もあります。
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抜粋終わり
コメント欄でローレライさんが
・・・・・・・
倫理情緒が壊れた母親でアル中の大人ができる国、日本。
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と書いてくれました。
なんか共通する事象に思えます。
オニババアの子供が、アル中親父。アル中親父の娘が、オバタリアンのオニババア。
て思える。
その「負の連鎖を、絶つ。」その意識をまず持たないと、安倍と天皇の奴隷・ロボットで無駄死にしかありません。
お読みくださり有賀とございます。
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書き込みありがとうございます。
そういう絶対に満足出来ない母親は、誰にも変えられません。
責任とって夫たる親父を恃みにしても、親父さんも神ではありませぬ。
あんまり毒を吐いて子供をダメにするようなら、母親を
精神科に連れていって、薬でも飲ますしかしょうがないようにも思えます。
一番の薬は親父が離婚して子供と暮らす。
若しくは子供が学寮のある学校に進学する。
毒母は残念ながら、子供を徹底的に潰すまでやります。
潰したあとは、責任を子供に転嫁します。
根性のある親父はたいてい離婚しますね
気付かない・認めないので、致死的な毒になります。
離婚はベターな選択になりますよね・
そういう意味でアホにしたのは資質か?教育か?糞おやじへの呪いか?靖国への恨みか?
書き込みありがとうございます。