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故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
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来年、独り身のさみしい私は結婚できるかな・・・と易に聞いたが、あまり良くなさそう。

正直、私のしっくりいく易の解釈・解説は、ネット上ではあまり見ません。って変にリベラルで妙に古典も好きだからかね・・。

ついでに、来年の日本について、易に聞きました。


山風蠱 2爻

上記文抜粋
・・・・・・・・・
蠱は、腐敗・壊乱・淫溺・惑乱といった意。

この卦は、巽を長女とし、艮を少男とすれば、長女が少男に先立ち、長女の色情をもって少男を媚い惑わす様子となる。
だから、蠱と名付けられた。
また、巽風をもって艮山を粛殺(しゅくさつ=秋の厳しい風で草木を枯らすこと)する様子である。
だから、蠱と名付けられた。
また、上卦の艮を止める、下卦の巽を服従とすれば、上の恵みが止まって下に及ばず、下は巽従に過ぎて佞媚に流れる様子となる。
このようでは、国家は必ず壊乱する。
だから、蠱と名付けられた。
また、艮は一陽が上に在り二陰が下に居て、巽は二陽が上に在り一陰が下に居るわけだが、これでは上下共に陰陽交わらず、陰陽交わらなければ、必ずや物事は壊れる。
また、艮は一陽が上に止まり、巽は一陰が下伏せている形だが、これでは剛柔交わることがなく、剛柔交わらなければ、必ず物事は壊れる。
だから、蠱と名付けられた。
また、巽を臭いとし気とし、艮を止めるとし覆う蓋とすれば、蓋で覆った中に臭気が発生している様子となる。
臭気が発生すれば、必ず腐敗して虫=蟲が生じる。
だから、蠱と名付けられた。
蠱は皿の上に蟲がたかっている様子の文字である。
また、交代生卦法によれば、元は地天泰から来たとする。
地天泰の初九の陽が上に往き、上るに過ぎて不中の高き極みの上爻に居り、上六の陰が下り来て、下るに過ぎて不中の最下の底の初爻に居る形である。
これでは陰陽交わらず壊れを生じる。
だから、蠱と名付けられた。

卦辞
蠱、元亨、利渉大川、先甲三日、後甲三日、
蠱(こ)は、元(おお)いに亨(とお)る、大川(たいせん)を渉(わた)るに利(よ)ろし、甲(こう)に先(さき)だつこと三日(みっか)、甲に後(おく)れること三日、

この卦は、敗壊の意であり、そんなときに元いに亨ることはない。
しかし、だからと言って、敗壊を放っておくわけにはいかない。
折りを見て、いつかは修復する必要がある。
としても、修復するには、そのことについて深い知識と技能が必要である。
要するに、その蠱の敗れたことについて、元いに亨通している必要があり、そういう人物であればこそ、敗壊を修復可能なのである。
だから、蠱は元いに亨る、という。
例えば、パソコンが壊れたとき、パソコンのことをよく知らなければ、修理に出すしかないが、パソコンに精通していれば、自分でどこが壊れたかを調べ、部品を取替えて直せるのと、同じことである。

また、巽を従うとし艮を止めるとすれば、従って止まる様子である。
大きな川を渡るときは、人命に係わる大事であり、逆を慎み順を尚ぶことが第一である。
無理せず時に従って止まり、風、波、水嵩の利ろしきを得て渡れば、過失も少ない。
だから、大川を渉るに利ろし、という。

また、甲(こう=きのえ)は十干の始めである。
だから、甲の日を事の始めとする。
甲に先立つこと三日は辛(しん=かのと)の日であり、辛は新と同音同義である。
甲に後れること三日は丁(てい=ひのと)であり、丁は丁寧の義である。
壊れ極まって、今これを修復する道は、先ず既往の敗壊の原因を悉く改めて新しくし、改新した以後は丁寧に扱い、再び壊れないようにしないといけない。
だから、甲に先だつこと三日、甲に後れること三日という。


彖伝(原文と書き下しのみ)

蠱、剛上、而柔下、巽而止、蠱、
蠱(こ)は、剛(ごう)上(のぼ)って、而(しこう)して柔(じゅう)下(くだ)り、巽(ととの)って而(しこう)して止(とどま)るは、蠱(こ)なり、

蠱、元亨、而天下治也、
蠱(やぶれ)のときにあたって、元(おお)いに亨(とお)るべしとは、而(しこう)してのちに天下(てんか)治(おさ)まるべければなり、

利渉大川、往有事也
大川(たいせん)を渉(わた)るに利(よ)ろしとは、往(ゆ)きて事(こと)有(あ)る也(なり)、

先甲三日、後甲三日、終則有始、天行也、
甲(こう)に先(さき)だつこと三日(みっか)、甲(こう)に後(おく)るること三日(みっか)、終(おわ)れば則(すなわ)ち始(はじ)まること有(あ)るは、天(てん)の行(みち)なれば也(なり)、


・・・中略・・・・

九二、幹母之蠱、不可貞、

九二(きゅうじ)、母(はは)之(の)蠱(やぶ)れに幹(かん)たり、貞(かた)くす不可(べからざる)べし、

母とは六五の爻を指して言う。
今、蠱のときにして、九二の子は剛中の才徳が有り、六五の母に相応じている。
これは、九二の剛中の子が六五の母に仕えて孝行している象義である。
ところがこの母は、寡母=未亡人であることをよいことに、蠱惑壊乱を好む傾向があり、その室に安んじていない。
それをこの子は、よく修めるのである。
だから、母之蠱れに幹たり、という。
母に蠱惑壊乱の行いがあるときに、子としてこれを諌めないのは大義を害することではあるが、強いて諌めるときには愛を損ない親しみを失うものである。
とすると、強行に意見したり行動を規制するのではなく、しばらくは従容として恭敬と親愛を以って接し、自然に感じ化して、自ら改めるように持って行くしかない。
未亡人となり、心の拠り所を失った寂しさは計り知れないものがある。
恭敬と親愛を込め、時間をかけて少しずつ諌めるしかないだろう。
だから、貞くす不可べし、という。
この場合の貞は、正論に固執して強く眉を顰めて何が何でも早急に諌めようとすることを指す。



・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり


崩壊。

あるいは難題の立て直し。

だが、急速にはできそうにもない・・。


変卦は

艮為山 2爻

http://uqmk.blog106.fc2.com/blog-category-57.html

上記文抜粋
・・・・・・・・・
八卦のgonsan-n.gif艮(ごん)を重ねた形。

この卦は八卦の艮を重ねた形。
艮とは止まるという意。
八卦の艮は、一陽が二陰の上に在る。
陽の性質は上り進むものであり、今、一陽が上り進んで、すでに二陰の上に至っているので、これ以上進むべきところはない。
したがって、自然にそこに止まっている。
だから艮と名付けられた。

卦辞
艮其背、不獲其身、行其庭不見其人无咎、

其(そ)の背(せ)に艮(とど)まり、其(そ)の身(み)を獲(え)ず、其(そ)の庭(にわ)に行(い)きても其(そ)の人(ひと)を見(み)ざれば咎(とが)无(な)し、

およそ人の耳、目、口、鼻は、みな前面にあり、それぞれの作用によって、その人の心を動かす。
また、手足も一日中よく動いている。
しかし、背中だけは、常に静かに止まっている。
ソワソワ動くと物事の本質を見失い、静かに止まっていれば物事の本質を見抜けるものである。
したがって、人の心は常に背中のようにしていれば、長く過失はないのである。
背中は実に止まるのによい場所なのである。
だから、其の背に艮まり、という。
無思無為の寂然不動の象徴が背中なのである。

そもそも天下全般の罪悪凶殃というものは、悉く我が身に対する愛惜の情が過ぎるから起きるのである。
子の父母に対する不孝、臣の君に対する不忠、婦の夫に対する不貞、弟の兄長に対する不悌、朋友の不信から、詐欺、奸謀、阿り諂い、残忍、貧暴・・・など、とにかくあらゆる罪悪に至る根本は、みな己の身を過愛し、情欲の制御が利かなくなることに始まる。
要するに自己チューということである。
したがって、自分の身から欲を断ち切ることが大事なのである。
それが、其の身を獲ず、ということである。
ただし、隠遁したり、弱気になってひきこもれと言っているわけでもないし、放心者の如く身体を自傷したり、家庭を捨てたり、出家したりということを求めているのでもない。
この俗世間に住みつつも、世間に流されないための方策として、示しているのである。
例えば、ある庭に入って行き、そこにいる人を目で見たとしても、心でその人を見ていなければ、痛さも痒さも感じない、といったことである。
庭とは、世間であり、その人とは世間の事物であり、心で見なければその事物に翻弄されない、ということである。
翻弄されなければ、咎められることもない。
だから、其の庭に行きても其の人を見ざれば咎无し、という。


彖伝(原文と書き下しのみ)
艮、止也、時止、則止、時行、則行、動静不失其時、其道光明、
艮(ごん)は、止(とど)まる也(なり)、時(とき)止(とど)まるべく、則(すなわ)ち止(とど)まり、時(とき)行(おこな)うべくば、則(すなわ)ち行(おこな)う、動静(どうせい)其(そ)の時(とき)を失(うしな)わざるは、其(そ)の道(みち)光明(こうみょう)なるなり、

艮其背、止其所也、
其(そ)の背(せ)に艮(とど)まるとは、其(そ)の所(ところ)に止(とど)まる也(なり)、

上下敵応、不相与也、是以不獲其身、行其庭、不見其人、无咎也、
上下(じょうげ)敵応(てきおう)して、相(あい)与(くみ)せざる也(なり)、是(これ)を以(も)って其(そ)の身(み)を獲(え)ず、其(そ)の庭(にわ)に行(ゆ)きても其(そ)の人(ひと)を見(み)ざれば、咎(とが)无(な)きと也(なり)、


象伝(原文と書き下しのみ)
兼山艮、君子以思不出位、
兼(あわ)せたる山(やま)あるは艮(ごん)なり、君子(くんし)以(も)って思(おも)うこと位(くらい)を出(い)でず、

・・・・・・・中略・・・・・


六二、艮其腓、不拯其随、其心不快、

六二(りくじ)、其(そ)の腓(こむら)に艮(とど)まる、拯(すく)わずして其(そ)れ随(したが)えども、其(そ)の心(こころ)快(よ)からず、

腓は脹脛(ふくらはぎ)のことにして、六二が丁度その位置に当たる。
もとより六二は、中正にしてよく艮止の道を得ている者だが、陰柔なので微力にして、仕方なく内卦艮の主である九三陽剛に比し従ってしまう。
これは、腓(こむら)が脛(すね)に従って動き止まるようなものである。
だから、其の腓に艮まる、という。

そもそも九三は内卦艮の主にして、上下四陰の間に隔て止まり、上下を引き離している。
これによって、四陰は大いに困窮艱難する。
六二は中正にして、心よりこれを視るに忍びなく、四陰を救うために、九三が隔てるのを制し止めようと欲する。
しかし、自己は陰弱微力なのでどうにもならず、不愉快ではあるが、九三に比し従うしかない。
恰も腓の肉が脛に従って動止するように。
だから、拯わずして其れ随えども、其の心快からず、という。



・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり


止まる・無心。ってこと。

だけど、

「死体」にも私には思える。

日本という国家は死んでる。滅んでいる・・


結構といえば、結構だが、多くの日本の衆生の死体ばかりで、田布施の河原モノ・やくざ者が、わが世を謳歌しているかも・・・てそれもないけど・・・。



文殊菩薩 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・
「日本を背負う気概のある人間は、この国にはいない。 ただ、日本を食い潰したい人間だけが、好き放題なことをしてる…」 ふ~ん、そうなんだ。ほろぶ国ってのは、ま、えてして、そんなもんなのさ。(泣く)


働けど働けど… 大正時代以下になった日本 


「日本を背負う気概のある人間は、この国にはいない」 というツイート。
たしかにそうだ。
だが、日本を食い潰したい人間だけが(強権を発動して)好き勝手なことをしてる放射能まみれの国家で、国民は5年近くも内部被曝し続け、無気力になり、病弱になり、貧乏になる…、こんな最低・最悪・最凶の国を背負う!たって、そりゃあ、あんた、無理だべさ。…と言いつつ泣くあたし。
(飯山一郎)
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり



無念に思うが、でも、5年間苦しんだ・・・

それも来年「日本帝国の滅亡」で、解放される。

生きてか、死んでかは、わからんが・・・・。


このような国が5年も存続してしまったことが、日本の衆生の最大の悲劇で、それを看過し続けたことが、最大の罪である・・・。


力及ばず、馬鹿の殺人教国家を、野放しにしてしまった・・・。


この悲劇も、国家が日本という悪魔国家が消滅することで、「滅亡」という形でも終焉するのが、救いで、その救いをホをしのぎつつ待つだけです。



日本滅亡万歳!


追記


日本=ヤマトヤンキー帝国という腐った大木の倒れた後に、新しい命が生まれる。

幻の桜 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・



それが起るのは
磁場の影響


都心や都は
元々富がたくさんとれる場所じゃなかった


土地自体が望んでいなかった


でもそこにしるしをつけて
気を運ばせたり 富を集めさせると

その磁場に動かされて
人にも
望んでない者に富やエネルギーが集まる緩衝が起こる


それで
欲しくない人の所に誰かの欲しいものが来て
欲しい人の所にいつまで経っても欲しい物が来なくなる 」






(・・;)






その磁場を作られると
一生懸命望んでいる人ほど
現実が来なくなる 

すべての人にとって
不幸な結果が起こってしまう 


時に楽しさを感じるだけでも
エネルギーが吸われてしまう


世界とは
苦痛を感じてる土地に
エネルギーが運ばれる磁場だから

だから地獄なの

妬みがは
誰にも欲しいものが手に入らなくするように作ったのが
世界なの 」





(・・;)






でもね
欲しいと想った人が吸われ続けるけど
それでも欲しいを諦めないで 想い続けると 

時に
つけかえの磁場を超えるぐらいのエネルギー量が吸われると

つけかえの磁場を超える
たすけの力を得て
それで願いが叶ったりもする 」





(・・;)






そしてね


人の感覚ではもうちょっとかかるけど
土地の感覚ではもうすぐ
そのつけかえの磁場の修正される

もう少し
もう少し
望んだ土地に望んだ物が来るようになった頃

人に望んだ物 
望んだ暮らしが入りやすくなってくる 」(あめで聞こえた言葉)



・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
抜粋終わり




お読みくださりありがとうございます。
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