故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
代替案 より
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
明治国家の男尊女卑文化は薩摩起源
大河ドラマ「西郷どん」、初回では薩摩の男尊女卑文化が鮮烈に描かれていた。ヒロインの岩山糸が、自分も勉強したい、剣術もやってみたいと願うが、薩摩には女であるというだけで学ぶ権利は存在しない。道の真ん中を歩くこともできない・・・・。マララちゃんとタリバンを思い出してしまった。
薩摩の郷中教育は、「先進的」と評価されているが、女子を排除し、男尊女卑の価値観を植え付ける教育の何が先進的なのだろう? 明治日本の好戦主義、侵略主義の起源はこれにありとしか思えない。
江戸時代の他地域の事例を見てみよう。私の地元の例で恐縮であるが、以下は『上田市誌 近現代編(1)』からの引用である。信州の江戸時代の寺子屋で生徒数の記録がある塾の統計をまとめたものである。
農村部の寺子屋を見ると、確かに信州でも女子生徒の数は少なく、女子の割合は6.4%(1027人中66人)しかなかった。しかし都市部になると女子生徒の割合は38%(1298人中499人)となる。場所によっては幕末にはすでに男女半々になっていた。都市部では、女子でもふつうに寺子屋教育を受けていて、男女共学に近い形になっていたのだ。
出所)『上田市誌 近現代編(1)』26ページ。
女は学んではいけないというのは、薩摩の「後進性」の現れでしかない。
江戸時代、徳川公儀の直轄地などでは、女性参政権もあった。これも『上田市誌 近現代編(1)』(7ページ)の引用であるが、中山道の宿場町で公儀の直轄地であった長門町の事例が紹介されている。村役人はふつうに任期制で入札(選挙)による選出が行われており、さらに一戸に一票の入札の権利(選挙権)が認められていたので、後家さんなど女性が戸主の場合は、女性も選挙に参加していた。女性に政治参加の権利があったのだ。
公儀直轄地の村落では、ふつうに民主的な選挙が行われていたので、村方役人の入札制度がなかった上田藩内では、文政年間の百姓一揆の際には、「庄屋入札制」の導入が要求されていた。
幕末に男女普通選挙による議会制民主主義を唱えていた赤松小三郎を紹介した拙著『赤松小三郎ともう一つの明治維新』になされた批判の中で、「江戸時代の民衆は質が低いので、議会を回すことなどできなかっただろう」というものがあった(例えばamazonのレビュー欄にもそのような書き込みがされている)。
寺子屋では男女共学が浸透し、村役人は女性も参加して入札で選出し、村の条例など寄合で定めていた江戸時代の民衆が、国政選挙に参加する質がなかったと考える人々こそ、薩長史観に洗脳された、「自虐史観」の持主であると言えよう。
拙著でも紹介したが、慶応年間の赤松小三郎の憲法構想はふつうに男女普通選挙であるし、明治7年の米沢の宇加地新八の憲法構想でも女性参政権が唱えられていた。
ところが明治14年に多摩の民衆が作成した五日市憲法草案になると、選挙権があるのは男子のみとなり、自由民権派でも男権主義が浸透してしまっている。
すなわち、薩長支配の明治になって、最初の10年の間にすっかり男尊女卑思想が浸透し、国民の意識も後退してしまったのだ。
江戸文化の中で育ち、「入札」による議会政治を主張した赤松小三郎や宇加地新八は、江戸時代にふつうに行われていた村々の寄合や村役人の入札による選出の延長上に、国レベルでの議会政治のモデルを見出していたのだ。決して赤松小三郎の思想は西洋思想の受け売りなどではない。「入札」は和語であり、江戸文化の産物である。
・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり
> 薩摩の郷中教育は、「先進的」と評価されているが、女子を排除し、男尊女卑の価値観を植え付ける教育の何が先進的なのだろう?
そういえば、戦闘教師ケンさんも似たことを書いていた。
私も同感のところがある。
あれは一種の軍国教育ですは・・・。
>江戸文化の中で育ち、「入札」による議会政治を主張した赤松小三郎や宇加地新八は、江戸時代にふつうに行われていた村々の寄合や村役人の入札による選出の延長上に、国レベルでの議会政治のモデルを見出していたのだ。
近代民主主義の片親が「孟子」だから、当然に日本で「入札」という制度があってもおかしくないし普通なのである。
あと、明治から男性の同性愛が妙に流行した。これは薩摩の人間がもたらしたものと、西周とか書いている。
あと廃仏毀釈も薩摩の思想を強烈に持ち込んでのモノである。
薩長による「明治維新:と言うクーデターは悪しかない。
お読みくださりありがとうございます。
上記文抜粋
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明治国家の男尊女卑文化は薩摩起源
大河ドラマ「西郷どん」、初回では薩摩の男尊女卑文化が鮮烈に描かれていた。ヒロインの岩山糸が、自分も勉強したい、剣術もやってみたいと願うが、薩摩には女であるというだけで学ぶ権利は存在しない。道の真ん中を歩くこともできない・・・・。マララちゃんとタリバンを思い出してしまった。
薩摩の郷中教育は、「先進的」と評価されているが、女子を排除し、男尊女卑の価値観を植え付ける教育の何が先進的なのだろう? 明治日本の好戦主義、侵略主義の起源はこれにありとしか思えない。
江戸時代の他地域の事例を見てみよう。私の地元の例で恐縮であるが、以下は『上田市誌 近現代編(1)』からの引用である。信州の江戸時代の寺子屋で生徒数の記録がある塾の統計をまとめたものである。
農村部の寺子屋を見ると、確かに信州でも女子生徒の数は少なく、女子の割合は6.4%(1027人中66人)しかなかった。しかし都市部になると女子生徒の割合は38%(1298人中499人)となる。場所によっては幕末にはすでに男女半々になっていた。都市部では、女子でもふつうに寺子屋教育を受けていて、男女共学に近い形になっていたのだ。
出所)『上田市誌 近現代編(1)』26ページ。
女は学んではいけないというのは、薩摩の「後進性」の現れでしかない。
江戸時代、徳川公儀の直轄地などでは、女性参政権もあった。これも『上田市誌 近現代編(1)』(7ページ)の引用であるが、中山道の宿場町で公儀の直轄地であった長門町の事例が紹介されている。村役人はふつうに任期制で入札(選挙)による選出が行われており、さらに一戸に一票の入札の権利(選挙権)が認められていたので、後家さんなど女性が戸主の場合は、女性も選挙に参加していた。女性に政治参加の権利があったのだ。
公儀直轄地の村落では、ふつうに民主的な選挙が行われていたので、村方役人の入札制度がなかった上田藩内では、文政年間の百姓一揆の際には、「庄屋入札制」の導入が要求されていた。
幕末に男女普通選挙による議会制民主主義を唱えていた赤松小三郎を紹介した拙著『赤松小三郎ともう一つの明治維新』になされた批判の中で、「江戸時代の民衆は質が低いので、議会を回すことなどできなかっただろう」というものがあった(例えばamazonのレビュー欄にもそのような書き込みがされている)。
寺子屋では男女共学が浸透し、村役人は女性も参加して入札で選出し、村の条例など寄合で定めていた江戸時代の民衆が、国政選挙に参加する質がなかったと考える人々こそ、薩長史観に洗脳された、「自虐史観」の持主であると言えよう。
拙著でも紹介したが、慶応年間の赤松小三郎の憲法構想はふつうに男女普通選挙であるし、明治7年の米沢の宇加地新八の憲法構想でも女性参政権が唱えられていた。
ところが明治14年に多摩の民衆が作成した五日市憲法草案になると、選挙権があるのは男子のみとなり、自由民権派でも男権主義が浸透してしまっている。
すなわち、薩長支配の明治になって、最初の10年の間にすっかり男尊女卑思想が浸透し、国民の意識も後退してしまったのだ。
江戸文化の中で育ち、「入札」による議会政治を主張した赤松小三郎や宇加地新八は、江戸時代にふつうに行われていた村々の寄合や村役人の入札による選出の延長上に、国レベルでの議会政治のモデルを見出していたのだ。決して赤松小三郎の思想は西洋思想の受け売りなどではない。「入札」は和語であり、江戸文化の産物である。
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抜粋終わり
> 薩摩の郷中教育は、「先進的」と評価されているが、女子を排除し、男尊女卑の価値観を植え付ける教育の何が先進的なのだろう?
そういえば、戦闘教師ケンさんも似たことを書いていた。
私も同感のところがある。
あれは一種の軍国教育ですは・・・。
>江戸文化の中で育ち、「入札」による議会政治を主張した赤松小三郎や宇加地新八は、江戸時代にふつうに行われていた村々の寄合や村役人の入札による選出の延長上に、国レベルでの議会政治のモデルを見出していたのだ。
近代民主主義の片親が「孟子」だから、当然に日本で「入札」という制度があってもおかしくないし普通なのである。
あと、明治から男性の同性愛が妙に流行した。これは薩摩の人間がもたらしたものと、西周とか書いている。
あと廃仏毀釈も薩摩の思想を強烈に持ち込んでのモノである。
薩長による「明治維新:と言うクーデターは悪しかない。
お読みくださりありがとうございます。
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何かをする時に
嫌なイメージを植えつけると
嫌なイメージは エネルギーを受け取ることへの潜在的な拒絶のしるしとなります
嫌なイメージを植えつけた者が
エネルギーをその分受け取れる
吸血鬼やおばばは
そのように多くの人に様々な嫌な想いを抱かせて
それでエネルギーを奪い続けてきました
例えば
みるくが夢で見た感じだと
ある舞姫さんが警察にいじめられていました
その舞姫さんが
舞台で得たエネルギーや多くの想念を拒絶させるために
誰かが警察にしつこく取調べをさせて いじめるようにしていたのですが
みるくは
あれを見て 警察や法律は
人々にエネルギーを拒絶させるためのものなんだと想いました
他にも
ねこのごはんやりにけたたましく怒る人がいますが
あれも ねこにごはんをあげてる時に
嫌なイメージを抱かせれば
ねこたちから返ってくる 感謝のエネルギーを
掠め取れることを知っていて やっています
児童虐待をしてる親も
子供の魂にトラウマを植えつければ
それ以降
子のエネルギーが 流れてくると想って
それをしている事が多いです
いじめ行為や
嫌がらせの行為も
すべて
エネルギーを拒絶させるために行われていたのです 」」
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1119.html
から引用
「「
想いこそがエネルギー
感情こそがエネルギー
全てのエネルギーは 想いある所から 湧きいでてる
吸血鬼が人のエネルギーに喰らい込む時
必ず情動を喚起させる
感情が湧かないと エネルギーが 得られないから
無関心からは 何のエネルギーも得れないから
恐怖や苦しみ
怒りや悲しみ
不安や快楽
全てに 情動の喚起が 絡んでくる 」 」
http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-493.html
から引用
最終的にエネルギーを拒絶させられるのならば、最初から何もかもに関心すら持たない方がいいのではないかという邪な思考が降ってきた。
この思考は間違いであったほうがいいかもしれない。
>何かをする時に
>嫌なイメージを植えつけると
>嫌なイメージは エネルギーを受け取ることへの潜在的な拒絶のしるしとなります
>
>嫌なイメージを植えつけた者が
>エネルギーをその分受け取れる
>
>
>吸血鬼やおばばは
>そのように多くの人に様々な嫌な想いを抱かせて
>それでエネルギーを奪い続けてきました
>
>
>例えば
>みるくが夢で見た感じだと
>ある舞姫さんが警察にいじめられていました
>
>
>その舞姫さんが
>舞台で得たエネルギーや多くの想念を拒絶させるために
>誰かが警察にしつこく取調べをさせて いじめるようにしていたのですが
>
>みるくは
>あれを見て 警察や法律は
>人々にエネルギーを拒絶させるためのものなんだと想いました
>
>
>
>他にも
>ねこのごはんやりにけたたましく怒る人がいますが
>あれも ねこにごはんをあげてる時に
>嫌なイメージを抱かせれば
>ねこたちから返ってくる 感謝のエネルギーを
>掠め取れることを知っていて やっています
>
>
>児童虐待をしてる親も
>子供の魂にトラウマを植えつければ
>それ以降
>子のエネルギーが 流れてくると想って
>それをしている事が多いです
>
>
>
>いじめ行為や
>嫌がらせの行為も
>すべて
>エネルギーを拒絶させるために行われていたのです 」」
>http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-1119.html
>から引用
>
>「「
>
>想いこそがエネルギー
>
>感情こそがエネルギー
>
>全てのエネルギーは 想いある所から 湧きいでてる
>
>吸血鬼が人のエネルギーに喰らい込む時
>
>必ず情動を喚起させる
>
>感情が湧かないと エネルギーが 得られないから
>
>無関心からは 何のエネルギーも得れないから
>
>恐怖や苦しみ
>
>怒りや悲しみ
>
>不安や快楽
>
>全てに 情動の喚起が 絡んでくる 」 」
>http://maboroshinosakura.blog.fc2.com/blog-entry-493.html
>から引用
>
> 最終的にエネルギーを拒絶させられるのならば、最初から何もかもに関心すら持たない方がいいのではないかという邪な思考が降ってきた。
>
> この思考は間違いであったほうがいいかもしれない。
難しいですね・・・
書き込みありがとうございます。
正直言って鹿児島にUターンする気は全くなかったりします。
その理由は下記リンクの491-492に書いてますんで。
https://www4.atwiki.jp/nihonjindakedo/pages/59.html
正直ヲタ等の文化系や運動音痴なんかを
「やっせんぼ」「おなごんけっされ」と称して
いじめ対象にするような所な上に
絵に描いたような体育会系脳筋が
未だに幅を利かせてるような場所なんで
労働環境がブラックなのは想像に難くないなと。
それに産業も少ないから県民所得ランキングも
下から数えた方が早いレベルですし。
(だから俺も含めて県外に出る奴が後を絶たないわけで)
>正直言って鹿児島にUターンする気は全くなかったりします。
>
>その理由は下記リンクの491-492に書いてますんで。
>https://www4.atwiki.jp/nihonjindakedo/pages/59.html
>
>正直ヲタ等の文化系や運動音痴なんかを
>「やっせんぼ」「おなごんけっされ」と称して
>いじめ対象にするような所な上に
>絵に描いたような体育会系脳筋が
>未だに幅を利かせてるような場所なんで
>労働環境がブラックなのは想像に難くないなと。
>
>それに産業も少ないから県民所得ランキングも
>下から数えた方が早いレベルですし。
>(だから俺も含めて県外に出る奴が後を絶たないわけで)
良く考えると、日新斉から始まった郷中はもう400年ほどになります。
大愚先生に言わせると400年も続くと、遺伝子のようになるとか。
こりゃ~逃げるのも優れた策の一つに思えます。
島津斉彬が、生前は嫌われ暗殺された可能性もあるのもわかりますし、大久保が鹿児島人に嫌われるのもわかります・・・。
書き込み本当にありがとうございます。