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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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反戦な家づくり より

上記文抜粋
・・・・・・・・・

天下三分の計  新潟県知事選挙の結果から

新潟県知事選挙の結果は、「天下三分の計」の正しさを証明した。

天下三分の計とは、言うまでもなく諸葛孔明が劉備玄徳説いた大戦略。
玄徳の蜀の力ではとうてい中国を統一できないので、まずは魏呉蜀の三国が相互牽制してバランスを保ち、その間に国力を付けようという作戦だ。三国志のメインテーマとも言える。

天下三分の計は、あくまでも当面の策であり、妥協策であると同時に、現状から理想に向かうためのシビアで現実的な作戦である。

では、新潟県知事選挙のどこが「天下三分の計」なのか。
①自民&公明
②民進&連合
③共産&社民&自由&なかまたち

この三つの勢力が競うことで、勝機を見いだせる。
今回は、①と③が拮抗することで、②の分裂をひきだし、それが最後の勝利を決定づけた。
まさに、三国志を見ているかのようであった。

小沢氏がずっと言いつづけている 「野党第一党の民進を中心とした野党共闘」ではなく、今は、「天下三分の計」を取るべきなのだ。
野田民進に「中心になれ」と言いつづけて永遠に時間を浪費するのは無駄としか思えない。
新潟で示されたように、多くの民進の議員が自己保身のために出てこざるを得なくなる状況を作り出す。これに尽きる。



そのためには、③が強くなることが大前提だ。
新潟は、社民党や自由党(生活)が他県に比べて強かったこと、現職の泉田知事の後継とみなされたこと、いわゆる市民派が結集したこと、そして候補者の米山氏の覚悟が決まっていたうえにキャラクターも抜群だったこと、などなどの条件が重なっていた。
その結果、国政ではまだ難しい①と③が拮抗するという事態になった。

そこまで行けば、民進のような日和見集団がどうなるか、ものの見事に見せてくれたのが今回の選挙だ。
問題は、では他府県や国政選挙で、①と③が拮抗する、良い勝負をするところまで、どうやって持って行くか だ。

そこにも、小三分の計がある。
③の中の三分である。

③-1 共産
③-2 社民
③-3 自由党&なかまたち

共産と社民 既存の運動勢力と言ってもいい。
②は社民党だけではなく、みどりの党や新社会党や市民運動なども含む。なんやかんや言っても、国政選挙になれば社民党を応援する人たち、ということ。
市民運動の人たちの中には、選挙戦にガッツリ組み入れられるのを嫌う傾向も見受けられるので、その壁を突破することが必要だ。

さて、③の自由党&なかまたち である。
自由党は党名を変え、太郎さんとは分業制にすることにして、自由党本体は保守層の掘り起こしに力を入れることになった。
これは、非常に重要な使命だ。
自公と拮抗する勢力を作り出すためには、安倍自民に辟易している保守層の心をつかむことが絶対に必要だからだ。

これまで野党共闘云々のなかで、野党=革新系のようなイメージが強く、そういう反安倍保守層は遠巻きにして見ていた感がある。
そのイメージを払拭し、保守的な感性をもった人々を糾合する自由党になれるかどうか、ここに三分の計はかかっていると言っても過言ではない。

③-3はもうひとつ「なかまたち」がある。
山本太郎となかまたち のなかまたちでもあるけれど、ここで書いている「なかまたち」は今は無党派だったり投票に行かない人たちのこと。革新とか保守という感覚も全くない人たち。
政治はキタナイとかダサいというイメージだけをしっかりすり込まれている人たち。
それでも、生活に困ったり、将来に不安を感じたりしている人たち。

自由党の共同代表である山本太郎さんが、あえて分業するのは、こちらを担当するからだ。
これまでの政治のやり方とは違う手法を駆使して、エンターテイメントも交えながら、実は不満を抱えている人たちにアプローチしていく。

票が割れるという意見もあるが、どちらに入れようか?と迷うのはかなりコアな支持者だけで、ほとんど重なることはないと思う。
関西の人にしか分からない例え話だけれど、梅田に同一資本の阪急百貨店と阪神百貨店が並んでいるが、それぞれ違う客層をつかんで繁盛している。阪神が阪急に統合された時は、「阪急タイガースなんて誰も応援しない」と大騒ぎになった。

太郎さんが狙うのは、これまで政治や選挙を横目で見ていた人、目の前の問題には気が付いていても、政治に結びついていない人、頭では分かっていても政治に絶望している人、そういう人たちだろう。
だから、「どっちに入れよう」と迷うくらいのコアな人は、迷わずに自由党に入れたらいいと思う。

その上で、実は自由党と「なかまたち」は、その内容においてほぼ同一だ。
違うのは、保守という自覚があるかないか、だけ。
だから、党としてひとつであることは、なんら矛盾はない、と私は思っている。



私自身の感覚がどこに一番近いのだろうか。
実は20代の時は一度も選挙に行ったことがない私としては、棄権する人たちの気持ちはかなり分かるような気がする。
しかも、自分が保守だとは思っていない。
10年くらい前までは、あえて分けるなら革新系というか左翼だと自覚してたけれど、今はそうやって分けること自体だ罠だということに気が付いてしまったから、今は保守とも革新とも思っていない。
 → 右と左という宿痾

ただ、新旧で言うならば、やはり私は旧の部類に入るのだろう。これは憲法フェスをやってみて思い知った。
旧態依然の運動を自己満足的にやっていくつもりはサラサラないが、これまでの様々な積み上げを改善し、最後はひとつのゆるやかな組織にしていく発想しか、私にはできない。

行き着くところは、10-100-1000 だと思っている。
各小選挙区に、10人のリーダー、100人のアクティブ(運動員)、1000人のロジスティックス(兵站、カンパ) だ。
 → 政権交代の戦略を考えてみる

共産&社民&自由&なかまたち の総合力でこの組織が実現できれば、間違いなく政権交代はできるし、少々の逆風が吹こうがびくともしない。
現状では、共産党にオンブにダッコになってしまうので、それ以外の力をどれだけ付けて、共産党と対等なプレゼンスで地域活動ができるようになれるか、そこにかかっている。

こういう発想なので、やはり自分の足場は自由党になるのだろう。
そこで、天下三分の計のさらに小三分の計の一翼を作ることから取り組んでみよう。

革新系の気持ちの分かる自由党、昔は政治家なんて大嫌いだった自由党、まあそんな立ち位置であちらこちらに出没しようと思う。

・・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

選挙は、虚蒙。

そもそもここ最近の選挙など不正選挙しかない。

て分かってはいるが、「流血なく、政治を革命する」のは、今のところ「選挙」しかないので、読んでね。


天下三分・・・

それから、表の政治の世界は、ようやく変革・革命へと動き出せる。

軽視せず、注意しましょう。



お読みくださりありがとうございます。

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