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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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京の風 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
また飛んだ「困ったときの北のミサイル」。まるで××××ホイホイの森友学園。

昨日、自民党は総裁の任期を最長三期9年に延期し、これで次の総裁選挙に勝てば、安倍晋三氏が2021年まで、総理の座にいることが可能になりました。(もちろん、選挙で自民党が勝てばですが)。

 そして、今朝7時46分に、北朝鮮が、また日本海にミサイルを飛ばしました。

国会では連日、塚本学園・森友学園事案の追求で、安倍晋三氏は見苦しい答弁が続きます。これが、地上波テレビでも解説され、もちろん、週刊誌も次々取り上げます。

 国有地の売却が、あまりに、異例で異常だと。さらに、この学園の教育のあり方も。

さて、こうしてメディアに晒されている我が子の姿を、ビッグママの洋子さんは、どう見ているのでしょう。

それにしても、これまで、戦後の日本の政界では、自民党の中でも、清和会の人間に地検が動いたことはありませんでした。

しかし、現在の安倍首相は、父の晋太郎、祖父の岸信介と、この清和会の系譜なのです。ここが、ジャパンハンドラーたちともっとも密接だったのです。

 明治維新以後の日本国では、国会は最高の議決機関。その中で、司法を誰が握っているか? 検察が、どんな事案を違法として取り上げるか、これで、すべてが決まります。

 安倍政権になって、愛国教育を叫び、戦前の皇国史観での国家体制に戻ることを理想とする人たちがあつまった組織が神道政治連盟や日本会議で、その実践の第一歩が塚本学園で、その小学校が森友学園だった、と考えると、非常によく分かります。

 そこで、この森友学園の事案に、これまでの国有地売買の裏技が、すべて総動員されていた。これが、適法であるかは、検察のマターです。検察が動くか動かないかに関わらず、もう、この戦前回帰の動きは、国民からも、そして、海外からも、拒否されました。

 ですから、ここでは、今上陛下は、ひとまずは心を穏やかにしているのではないか、と拝察します。

 一方、以下のようにこれまで塚本学園(籠池理事長)の教育方針を支援してきた人たちは、様々な言い訳をして、今、脱兎の如く逃げ出しています。情けないものです。

◎ 塚本幼稚園 教育講演会 
http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/lecture/
平成28年11月19日 百田尚樹「日本危うし。将来を担う子供達の時代を見据えて 現代日本にとって危うく足りないものとは?」
平成28年06月11日 藤波源信「日常生活と仏教修行 現代の状況・人と人のつながり」
平成26年04月26日 曽野綾子「人間を造るもの」
平成25年09月21日 平沼赳夫「私の人生、生き方、心の持ち方」
平成25年06月22日 青山繁晴 「日本の出番をつくる」
平成25年05月25日 竹田恒泰「私の憲法論」
平成24年10月27日 渡部昇一「修身について」
平成24年05月12日 中西輝政「どうすれば、日本を良い国にできるのか」
平成23年11月03日 櫻井よしこ「日本よ、勁(つよ)き国となれ」
平成23年06月19日 古庄幸一(第26代海上幕僚長)
平成23年05月07日 竹田恒泰「日本はなぜ世界で一番人気があるのか」
平成21年05月26日 松浦光修「現代の教育と皇室」
平成21年05月09日 田母神俊雄「国防理念なき日本民族の将来」
平成20年11月15日 中山成彬「日教組の影と功罪」
-----------------------

「手付金2000万も払えなかった理事長が、 実質200万で13億相当の土地を買えちゃった件。

 こんなもんがまかりとおるなら  学校法人さえ取得すれば、
 いくらでも特定のヤツにだけ公共随契で  国有財産を横流しできることになる」

とのネットでの指摘は、日本国民は全員、同意するでしょう。

 ・・・・・

理事長の籠池氏の思想は、極右と呼ばれますが、この塚本学園や森友学園の事案は、まるで、××××ホイホイのように、 同じ仲間を引きつけたようです。

上記の中でも、平沼赳夫氏 は、2004年の小泉内閣時代、皇室典範の改正騒動のときには、真顔で、

「神武天皇のY染色体を守れ」と主張し、 この考えに、日本の神社界は軌を一にしました。 

神武天皇の実在を信じて疑わない。これが、皇国史観での愛国教育です。それが日本会議です。ここには、科学性も何もあったものではありません。もちろん普遍性もなく、これは、明治期になって改めて伊藤博文たちが列島民に押しつけた政治的ファンタジーでした。その大元は日本書紀であり、それを編集・創作したのが藤原不比等でした。これは8世紀初頭の国際情勢の中で、日本国民を作り出す必要性が生み出したものでした。



 私は2004年の皇室典範改正騒動のあとの11月に、「日本の天皇は内の先祖がつくった」という、とんでもない人物に会ってしまいました。それが、金井敏伯氏でした。

 私は、君は何がしたいのだ、と聞かれ、

「世界史の中で、日本列島に、どうやって天皇ができたのか、それを明らかにしたい。」と私がこう言うと、

「それでは、日本の神社界が壊れる」と・・・。

その金井氏は自分の先祖はかつては「イカヅチ」と呼ばれていたこと、さらに安倍晋太郎が外相のまま逝去したときに妻の洋子夫人に、息子を必ず総理にすると約束していた、と話しました。

イカヅチさんは「自分たちは、”世界”の視点で物事を考える」とも言っていました。彼の親友の一人がキッシンジャーでした。

皇国史観での日本では、21世紀の世界は納得しない。グロテスクなお化け教育を産んでしまった。

これをもっとも嘆いているのは、すでに鬼籍に入ったイカヅチさん本人かもしれません。



・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

>「世界史の中で、日本列島に、どうやって天皇ができたのか、それを明らかにしたい。」と私がこう言うと、
>「それでは、日本の神社界が壊れる」と・・・。

神社界が壊れても、神さんは大丈夫。

阿呆の妄想に付き合わされるのが終わって、大歓喜するでしょう。


日米地位協定を改定せよ:産めよ増やせよ大和撫子((旧日本の独立を目指して))) より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
教育勅語が現代に合わないのは国民の概念が違うから  

日本会議どもはわざと大規模な誤訳をしています。

ちん、臣民

を国民と言い換えていますが

本質は国民はちんの持ち物であるということで

だから臣民なんです

絶対王政であって象徴ではなく、さらに立憲君主さえなく、要するに、一天皇一人だけ人間で後は皆その付属物

そういう構造なんです。これは明治の元勲もわかっていなかったのでないか

明治政府自体が自分が何を言っているのかわからなかったのでないか

絶対王政の思想なのに、憲法を定めている。憲法自体の解釈わ誤っていて

奈良時代へ一挙戻っているのだ


これじゃ政治体制が保つはずない



ここから

・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり


奈良時代の日本は、隋唐帝国から「後進国」とみられていた。

まあそういうことですは・・。

後漢で「奴隷を殺しても、市民を殺したのと同じ刑罰。傷害事件も窃盗も同様」

てなっていた。

>この天の地の性質として、人であるから貴いのである。故に殺したのが奴隷でもその罪を減らすことはできない。(天地之性人為貴。其殺奴婢,不得減罪。)

参考 

上記文抜粋
・・・・・・・・
人の貴さは天の定め、法は万人に平等なり

 劉秀が統一後に目指した世界とはどんなものだったか。
 その姿は統一前から少しずつ政策に現れていた。まずは奴婢の解放令である。


 建武二年(西暦26年)五月。嫁に出した娘、売られた子どもで親元に帰りたい者は、すべてその願い通りとし、それを拒否する者は法律によって処罰する。

 建武六年(西暦30年)十一月。王莽の時代の下級役人で罪に問われて奴婢となった者で、漢の時代の法律によるものでないものは免じて庶人とする。

 建武七年(西暦31年)。下級役人で飢饉や戦乱に遭ったもの、青州、徐州で賊によりさらわれて奴婢や妻とされた者、去りたい者も残りたい者、自由にすべてその願い通りとし、それを拒否する者には売人法を適用する。

 建武十二年(西暦36年)三月。隴や蜀でさらわれて奴婢とされた者で、自ら訴え出たもの、判決が出ていない者(及獄官未報)とすべて庶人とする。

 建武十三年(西暦37年)十二月。益州で建武八年以降にさらわれて奴婢となった者は庶人とする。また身を売って他人の妻となったもので去りたいものはすべてこれを聞き入れよ。敢えて引き留める者は、青州、徐州同様に略人法を適用する。

 建武十四年(西暦38年)十二月。益州、涼州で建武八年以降に申告した奴婢は、裁判なしで庶人とし、売った者は代金を返さなくてよいとした。

奴婢の多くは、夫が妻子を売るケースが多いのだが、そのとき夫は代金を返さなくても妻子を取り戻せるということである。
 何度も出しているのは、効果がないからではなく、新しく敵地を平定するたびに解放令を出しているためである。あくまでもそのときの解放令であるから、自国領でしか無意味だからである。
 また文面に出てくる売人法と略人法は、劉秀の時代に創設された法律であるとされる。売人法は人を売ることの罪を決めた法律であり、略人法とは人をさらったときの罪を決めた法律である。
 この時代の民間の奴婢の多くは、貧乏であるために妻や子を売るケースと、戦争で女や子どもを略奪してそのまま妻や奴婢にするケースである。そこで劉秀は、人身売買についての「売人法」を制定し、人さらいについての「略人法」を制定した。二つの奴婢の成立状況を狙い打ちにした法律を制定したのである。
 さらに劉秀は歴史的にも驚くべき宣言を行う。
 
 建武十一年春二月己卯(西暦35年3月6日)
「この天の地の性質として、人であるから貴いのである。故に殺したのが奴隷でもその罪を減らすことはできない。(天地之性人為貴。其殺奴婢,不得減罪。)」
 
 という詔書を発行し、法律の改革を進めた。人が貴い存在であることは、天地、すなわちこの宇宙自体が持つ自然の性質、言うなれば重力のように誰にも変えられない天与のものとし、貴さの起源が人間存在にある以上、貴族も良民も奴婢も貴さは同じであり、同じ刑法が適用されるのだ、というのである。現代の人権天賦説に近いものと言えよう。この言葉は中国における人権宣言として、アメリカの独立宣言にある「人はみな平等に造られている(All men are created equal.)」に相当するものとして注目されている。
 劉秀はこの年に、不平等だった法律を具体的に一つ一つ排除を進めている。春二月、
「あえて奴婢に焼き印したものは、法律の通りに処罰し、その焼き印された者を庶人となす」
 冬十月には、奴婢が弓を射て人を傷つけたときに死刑となる法律を削除した。
 「天地之性人為貴」という言葉自体は『孝経』からの引用であり、曽子の質問に孔子が答えた言葉である。こうした昔から知られた理想を示す言葉、悪く言えば建前だけの空言に、実のある改革を付け加えることで、実際に意味のあるものにしてしまうところに劉秀のすごさがある。聖典に根拠を置くことで誰にも反論できなくしてしまうのである。
 これら一連の詔書は多くの人を驚かせ、感嘆させた。代表的な人物が次の次の代の皇帝である章帝の時代に宰相になる若き俊才第五倫である。第五倫は詔書を読むたびに「この方こそ真に聖主である、何が何でもお会いしたいものだ」と嘆息した。この発言に同僚たちは失笑して、「君は上司の将軍すら説得できないくせに、万乗の陛下を動かせるわけがない」とバカにしたが、「いまだ私を知る者に会うことなく、行く道が違うからだ」と答えた。
 第五倫は、劉秀を志と理想を同じくする同志であると考えていたことがわかる。周囲に自らの理想を理解する者もなく孤高に生きていた第五倫は、何と遙か天上の同じ世界を夢見る同志を見つけたのである。
 奴婢の法的立場は大きく改善された。例を挙げよう。皇帝の側近である常侍の樊豊の妻が自分の家の婢を殺す事件が起こった。洛陽の県令祝良は遙か上の権力者である樊豊の妻を捕まえて死刑にしたのである。
 あるいは県令の子どもが奴と弩で遊んでいたところ、奴が誤って子どもを射て殺してしまう事件があったが、事故としてお咎めなしとされた。奴婢と良民の法律上の平等が守られていたのである。そのため奴婢に対する偏見も少なくなっていた。後漢の第六代皇帝安帝の母は婢であったほどである。
 劉秀は奴婢という制度をなくしたわけではない。しかし前漢の頃、奴婢は奴隷として市場で公然と競売にかけて売られていたが、どうやら後漢では人身売買は禁止されたようである。
 人身売買の禁止は既に王莽が一度挑戦し、混乱の中で挫折し、法令を撤回している。このときの王莽の人身売買禁止の詔から当時の状況が推察できる。王莽は、秦王朝は人間を牛馬と同じように平然と市場で売買する無道な政府であったと非難し、奴婢を私属と名称を変えて売買を禁止すると宣言しているのである。
 このことは秦では人身売買は完全に合法であったこと、前漢でも人身売買が行われていたこと、しかし秦を無道と非難し、前漢について述べないことから、前漢では人身売買は禁止されていたが、武帝以降の貧富の差の拡大と共に、法律が有名無実となり、半ば公然と売買されるようになったと考えられるのだ。
 劉秀はここで再度法律を引き締め、法律の厳密な運用を行った。
 その結果、後漢の奴婢は戦争捕虜や犯罪者として官奴婢になったものと、それが民間に下げ渡されたもののみとなったのである。奴婢の多くは功績を立てた家臣への賞与として、あるいは公官庁に働く役人のために支給されるものが多かったようだ。宮崎市定は奴婢は終身懲役刑であるとしているが、まさに正しい理解である。
 後漢王朝では奴婢の売買に関する記録が残っていない。後漢の戸籍には奴婢の値段が書かれるが、これはもちろん購入価格ではなく、資産税のための公定価格が記入されているに過ぎず、人身売買の存在を示すものではない。
 奴婢の人権を宣言した翌年、後漢の著名な学者鄭興が密かに奴婢を買ったことが発覚して処罰されたと記録される。朱暉伝には、南陽太守阮況が郡の役人である朱暉から婢を買おうとして拒絶される話がある。これらも公的に売買が禁止されていたとすれば理解しやすい。
 後漢では人身売買の代わりに庸という、賃金労働が広まっていた。貧しくなると身を売るのではなく、平民のまま他の家の労働をするようになったのである。より穏当な経済体制になっていたことがわかる。
 それでもなお困窮した者は、戸籍を捨てて流民になった。商人、手工業、芸人などで暮らすようになったのである。後漢は、前漢に比べても顕著に流民の記録が多い。ところがそれが赤眉の乱のような反乱に至るものは多くなかった。生産力が大幅に向上していた後漢では、農業をしなくてもある程度食べていくことができたとわかる。後漢の時代、朝廷からは数年の一度のペースで流民に対して戸籍登録と農地の提供を呼びかけているが、いっこうに流民は減る様子がなかった。郷里に帰らず今いる現地で良いとし、土地も用意すると譲歩しても、流民たちは農民に戻ろうとしなかった。彼らは農地を失ったというより積極的に農地を捨てた、農民でない新しい階層の人々とわかる。当時書かれた『潜夫論』にも農業より儲かるから農地を捨てる人が多かったことが書かれている。
 後漢では奴婢の売買は禁止されたし、また売買の必要性もなかったのである。


・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり




まあそれ以前の旧石器時代っていうか精神的畜生に戻るのが「美しい日本」だそうです。

てやつら日本会議の精神は畜生か魔道ですから、当然ですよね。


同じく より

上記文抜粋
・・・・・・・・
中国共産党は安倍政権より100倍まし。  

トランプは安倍より1000倍ましです。必死ですから

なぜなら国民の貧困化を認識しているから

安倍政権は認識していません。


(天皇は認識しているように見えます。だから降ろしたがっているのでしょう。)

開始>

「大衆の不満」深刻=貧困対策、340万人移住―中国

【北京時事】中国の全国人民代表大会(全人代=国会)に5日示された政府活動報告は、「大衆が激しい不満を示している問題」の深刻さを認め、解決に向けた政府の決意を強調した。

 膨大な貧困層の存在に象徴される経済格差はその一つだ。懸命な取り組みのアピールからは、不満が政府批判に転化するのを抑え、安定した社会を維持したい習近平政権の危機感が垣間見える。

 李克強首相は政府活動報告で、国家目標である2020年までの「小康社会」(ややゆとりのある社会)実現にとって、貧困問題が「最も脆弱(ぜいじゃく)な部分だ」と訴えた。

 1人当たりの年間収入が3000元(約5万円)程度を下回る農村の貧困人口は今も4335万人に上る。中国は20年までの貧困撲滅を目指し、農村のインフラ整備や社会保障の充実を加速させており、今年は1000万人以上を貧困から脱却させる計画。そのために中央予算には特別資金として、前年比3割増の861億元(約1兆4200億円)が計上された。

 切り札となるのが生活や産業の育成に適さない山間地などからの集団移住だ。第13次5カ年計画期間(16~20年)中の移転人口は1000万人、今年はうち340万人が移住する。

 しかし、これらが順調に進んでいるわけではない。多くが借金を抱える貧困層には、移転に伴う自己負担が重くのしかかる。四川省達州市の政治協商会議の調査報告書は、移転先に建設される一部の住宅地について、規模や外観を重視しすぎ、「人々の生活実態や長年の習慣、家庭の受け入れ能力に基づいていない」と批判した。

 その後の生活でも「資金や技術がなく、事業を興すリーダーもおらず、産業が発展し人々が豊かになるのは困難だ」と指摘、移転が計画倒れになっている現状を明かした。

 住み慣れた土地を離れても貧困から脱出できない。この状況は「貧しさが移転するだけ」とやゆされている。

 中国では、見えや業績にこだわる官僚機構の弊害が目立ち、李首相は「成果の虚偽報告や水増しを厳しく取り締まる」方針も示した。「大衆から認められ、歴史の検証に耐え得る」(李首相)成果を挙げるのは容易でない。 
終わり>

いよいよデフレ津波が中国を襲ってきているようです。次は高齢化津波が襲ってきます。

それはともかく

中共は反共産党革命を恐れている。暴動以外に政権交代の経路がない体制ですから、

大衆暴動で王朝が滅亡してきた国。不満を放置すれば滅びる。嫌という程わかっている。

世界的にネオコンが衰弱しているので、なんとかもっていますが、ヒラリーが大統領なら、なんとか色の革命を煽動して第2天安門事件を起こされていたでしょう。

政治の公理は「黒い猫も白い猫もネズミを取るのがいい猫」です

どんな屁理屈言っても大衆には通じません。

日本会議はそんな簡単なこともわかっていない連中です。政治の入り口にも立っていない。


・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり



>政治の公理は「黒い猫も白い猫もネズミを取るのがいい猫」です

>どんな屁理屈言っても大衆には通じません。

>日本会議はそんな簡単なこともわかっていない連中です。政治の入り口にも立っていない。


その通り。

いや「天皇崇拝」は、政治を真っ当に学ばせない・考えさせないという「唐帝国」の秘密兵器だった・・てか!!

「赤い天皇」でも

「白い天皇」でも

「血縁関係が無縁の簒奪者の天皇」でも

「夷狄の天皇」でも、

万民を食わせ憩わせ、社会と国家を反映させる天皇だけが「天皇」である。ていっても面白いし、正しい。


お読みくださりありがとうございます。






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