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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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ネットゲリラ より

上記文抜粋
・・・・・・・
別れて百余国を為す

野次馬 (2017年10月24日 22:21) | コメント(10)
志賀島の金印なんだが、江戸時代に発見されて以来、何度も偽物説が浮上しては消え、浮上しては消えるw 金の成分がどうも中国産らしいというので、金印自体はどうも、本物らしいんだが、金印が本物だとなると、日本の一部がかつて中国の支配下にあったという証拠になってしまうので、偽物だという事にしたい人もいるわけですw

 志賀島(しかのしま、福岡市)から見つかった国宝「金印」。はるか2千年ほど前、弥生時代の日本と中国の国際交流を裏付ける物証として有名だ。ところがこの金印、後世のニセモノでは、との声が後を絶たず、今も真贋(しんがん)論争が続行中なのだ。
 まばゆく光る金印は印面2センチ余り四方で、手のひらにすっぽり収まる小ささ。ヘビを模した鈕(ちゅう、つまみ)を持ち、「漢委奴国王」の5文字が刻まれる。
 江戸時代に志賀島で水田の溝の修理中に出土したとされ、福岡藩の碩学(せきがく)、亀井南冥(なんめい)が中国の古印だと断じて以来、これこそ『後漢書』が、建武中元2(紀元57)年にやって来た「倭奴国」の使いに皇帝が与えたと記録する金印だ、との見方が定着。中国出土の「広陵王璽(こうりょうおうじ)」印との類似が説かれ、国宝金印と同じヘビのつまみの「*王之印(てんおうのいん)」が中国で見つかるに及んで、当時倭(わ)と呼ばれた日本の、福岡平野あたりにあったとされる奴国の王が入手した実物に違いない、との見解が定説となった。

普通の国だったら、「そんな昔の話、どうでもいいじゃん」となるんたが、日本の場合は天皇家がやたら古いので、微妙に関わって来る。なので、古代史の研究が進まないw

・・・・・・中略・・・・

【歴史】国宝「金印」は本物? 後世のニセモノでは、との声が後を絶たず[朝日新聞]★2 、というわけで、例によって2ちゃんねるでは無責任なネットすずめたちがピーチク騒いでおります。ニュース速報板からです。
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朝日がイチャモンつけるなら本物では?
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↑出てきた場所からしても、他の条件からしても、誰もが怪しいと思う。
だが偽物とは考えられない理由がある。

ずっと後になって、同じ時代の、そっくりの金印が中国本土で見つかっている。
日本でこの金印が見つかった当時は、中国側のも見つかってなかったから
そっくりの偽物の作りようがないんだよな。
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赤旗と産経新聞の意見が聞きたい
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江戸時代なんか天皇御璽ですら銅印なのに、贋作作るにしても金印にしようなんて思いつかないだろ。
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↑そこまでは思いつく
後漢書はこの時代にもう国学者などは読んでいたし、邪馬台国論争も始まっていた
そういう人なら、奴国が授かった印は金印だと分かる
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1994年(平成6年)の蛍光X線分析によると、金95.1%、銀4.5%、銅0.5%、その他不純物として水銀などが含まれ、中国産の金と推定される。

だってよ
ソースはwikipedia
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↑江戸時代には入手困難な中国産の金で偽物作る必要がないな
金の産地分析ができるなんて考えもしない時代だからな。
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紀元57年に下賜されたものにしては、きれい過ぎるのが怪しいよね
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↑金は腐食しない。
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・金合金の成分から金印は本物
・文字の解釈には異論あり
・純金に近いのに埋まってた割りにきれい過ぎるので発見の経緯に意義有り(これ俺)
まとめるとこんな感じ
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出土当時からニセモノ説があったが

近年成分を調べたら中国の砂金と一致
近年まで中国ですら知らなかったツマミのデザイン(近年出土した)
写真も実物もなく江戸時代に作れるわけがない。
よって本物認定され国宝に。

ちなみに畑や田んぼに落ちてたのではなく
大きな石の下に隠されていた状態。
傷がつく要素がない。
金なので劣化もない
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真贋鑑定はウリ達に任せるニダ
とりあえず預り証を書くから、早くこちらに送るニダ
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冷静に考えろ
超大国の中国が東にある未開の国の日本にあんな立派な金印をくれると思うか
ぜったいに無いね。誰かが見栄を貼るための作らせたニセモノだよ
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↑何言ってんの?
北方の遊牧民に負けてちょくちょく貢ぎ物を差しだしてるよw
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↑だよなあ。
田舎の小国でも、自分を頼ってきた相手には大盤振る舞いをする。
それが冊封の「徳」というもんなのだ。
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前スレでも指摘したが、

当時の「漢」の国の「国璽」のレプリカだから、ニセ物だろうw
本物の国璽を一回り小さく作って、他国の重要な使節に贈呈したものだ。
(マ、そういう面からいうと、漢は当時の「倭」の国を重要視していたことが分かる)

レプリカ故に、本物がある。
漢王朝の遺物を確認すれば、日本の金印より一回り大きい金印(印面は同じもの)が発見されるだろう。
(ただ、中国のことだ。もう失われてしまってる可能性が高いが)
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こんな偽物作る知識なんて無いよ
一体誰が作ったって話だよな
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↑類似してる廣陵王璽...1981年出土
*王之印...1956年出土
江戸時代にどうやってパチモン作れたんだよっていう
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↑実はそれらが志賀島の金印を見て作られたバチモン。
いや、嘘だけど。
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なんでそんな貴重な一点もの(?)が志賀島にとは昔から思ってたけど
まあ、永遠の謎だわな
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↑人が居ない、来ない場所に隠しただけ。
古墳から盗まれたものかもな。
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↑ちゃうわい。
志賀島は古来「聖地」なの。
田舎だけど。
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農民が見つけて福岡藩の奉行所に届けられたんだから、
偽造品なんか届けでたら打ち首だろ
そもそも農民には資金的に偽造は無理
こんなカネのかかるモノを偽造する物好きはいない
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↑農民が見つけただって事実かどうかはわからんのやでw
藩にとって不都合な事情で金印が見つかったため
志賀島での発見を藩ぐるみででっち上げた可能性だってある
金印そのものはともかく発見に関してはそのくらい疑えるくらい不自然
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↑発見は不自然だけど、科学的に見れば
わざわざ、江戸時代に中国産の金を使って捏造する意味はない。
まさか、成分分析できるとは思わない時代だから、日本産の金で作るはずだしな。
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中国の皇帝は玉璽、その下が金印 金も印も格下を表す言葉
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↑アホ。
「印」の中で、国王や皇帝がつかうものを「国璽」「玉璽」というのだよ。
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博物館で金印見たことあるけど、思っていたよりすごく小さかった。
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↑金印の1辺は2,3cmくらいでこれは後漢の一寸に当たる
ただし後漢の一寸は当時でも調べられるけど
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朝鮮半島側の記録「新羅本紀」
*14年・・・倭人の船団100余艘で海辺に侵入
*59年夏5月・・・倭国と友好を結んで使者を派遣しあった。
*73年・・・倭人が木出島を侵略したので羽烏(うう)を派遣して防衛させたが戦死してしまった。
*121年夏4月・・・倭人が東辺境を攻めた。
*123年春3月・・・倭国と和解。
*158年・・・倭人が訪問。
*173年・・・卑弥呼の使者が訪問。
*232年夏4月・・・倭人が金城(新羅の都)を包囲する。
*233年5月・・・倭人が東辺境を攻めた。
*249年夏4月・・・倭人が干老(新羅の一等官)を殺害。
*287年夏4月・・・倭人が一礼部(場所不明)を襲う。
*289年夏5月・・・倭人が攻めてくるというので戦船と鎧を修理した。
*292年夏6月・・・倭人が沙道城を攻め滅ぼす。
*294年春・・・新羅王いわく「倭人がしばしば攻めてくるので百姓が安して暮らせない。百済(朝鮮人)と共に
海を渡って倭国を攻めようと思うが?」
家臣の弘権いわく「私たちは海戦に慣れていません。遠征は危険です。まして百済は偽りが多く、私たちを呑み込もうと野心があるので難しいです。」王は納得した。
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西暦57年にまだ天皇制がなかった証拠になる。江戸時代から否定したがったのは天皇中心主義者。
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*294年夏・・・倭人が長峯城を攻める。
*300年春正月・・・倭国へ使者を派遣する。
*312年春3月・・・倭国王から使者がきて、息子がいい年だから嫁を出せと言ってきたので急里(きゅうり)の
娘を倭国に送った。
*344年・・・倭国の使者がやってきてまた婚姻を申し込んできたが勇気を振り絞って断った。
*346年・・・婚姻拒否に怒ったのか倭人が風島に進軍。金城を包囲して攻撃。
*393年・・・倭人が金城を5日間包囲。
*402年・・・3月に倭国と友好を結び、17代新羅王 奈コツ王の子、末斯欣(みつしき)を人質に出す。
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根拠は組成の一致だけで十分だろ
他の要素は真似できるので評価にならない
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元々周の天子は中国の面の領域を支配してたわけじゃなくて、邑の聯合の盟主で
部族の長にあなたはここの領主になっていいですよ、と認めて印綬を授けてたわけで
それに倣っている
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印鑑、何に押印したのかな。
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↑粘土。
ロウに封印押すのと同じ。
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昔は学習雑誌なんてものがあってな
付録が金印の模型だったりしたんだぜ
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↑石膏で作って金粉を塗るんだったか。
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ニセモノジャップwwwwwwwww
アベ独裁の傲慢が招いた結果だな
ネトウヨどうすんのこれ
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江戸時代から偽物説を唱えていたのは尊皇派のいまでいう右翼な。
57年に天皇制がなかった証拠になって皇紀2777年と矛盾してしまう。
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2000年も前の史実が、現在の国家体制に影響を与えるというんだから、日本というのも古い国ですw

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346年 倭の軍隊が突然に風島を襲い、さらに進軍して金城(新羅首都)を包囲して激しく攻めた。【三国史記・新羅本紀】
364年 倭兵大いに至る。 王はこれを聞き、とても敵わないと恐れる。【三国史記・新羅本紀】
391年 倭が海を渡り、百残(百済)、□□新羅を破り、これを臣民とする【広開土王碑】
393年 倭人が侵入し、金城を包囲して5日間も解かなかった。【三国史記・新羅本紀】
397年 百済、倭国と国交を結び王子の腆支(テンシ)を人質に送る。【三国史記・百済本紀】
399年 倭が新羅の国境に満ち城池を潰破し民を奴客とし、百済は誓いを違えて倭に通じた。【広開土王碑】
400年 倭が、新羅城のうちに満ちる。新羅救援の高句麗軍が接近すると倭賊は任那・加羅に退いた。【広開土王碑】
402年 新羅、倭国と国交を結び奈忽王の子の未斯欣(ミシキン)を人質に送る。【三国史記・新羅本紀】
404年 倭、不軌にも帯方界に侵入し、高句麗軍と戦う。【広開土王碑】
405年 倭国に人質となっていた百済王子の腆支、倭国の護衛により海中の島にて待機してのち百済王として即位。【三国史記・百済本紀】
405年 倭兵が侵入し、明活城(慶州市普門里)を攻撃。【三国史記・新羅本紀】
407年 倭人が東部と南部へ侵入。【三国史記・新羅本紀】
407年 万を超える倭が進出。【広開土王碑】
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昔、福岡の市立博物館だっけ?
いって展示してるの見たけど
チロルチョコくらいだったな
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贋作作ろうとしたら、本物を知ってないと作れないわけだが。
江戸時代に、そんなもの知ってる奴がそもそも居ないわけでな。
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↑だな、寸法やら成分の裏が取れてるから江戸時代の知識ではねつ造は難しいということで金印自体は真作、でも発掘場所は怪しいから違うかもといったところが近年の見立てかな
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当時の大和朝廷は、どうするよ
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↑そんなのないんだよ。大和朝廷ができるのは西暦400年ころ。
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あのな、中国本土で現代になって発掘されたものとほとんど変わらないんだよ
江戸時代にどうやってねつ造すんだよバカ朝日
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金使って偽物造るんか
しかも奴国っていう名前を江戸時代の奴が知ってると
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この金印と卑弥呼の金印で時代が200年ほど違う訳だが
その程度の事ですら分かってない人も多くて
偽物もいう後を絶たない声も多分そのレベルだろう
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↑だよね。だからその空白をどう埋めるんだろうねw
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出土の経緯はヘンテコな話だと思うので、それが作り話だというならむしろ納得
印章自体は偽造しようという発想自体がどうして出てくるのか不明。金のハンコつくってどんなストーリーを想定するのか。それが必要な時代背景を説明してくれるなら偽造説も納得できるかも
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金印は窪みがあって封土用という説があったけど
当時中国でさえ識字率から他人に読まれて困る状況がほとんど無いので使われてなかったで否定されてるよ
この手の金印は実際に判子として使われるよりパスポート代わりの用途の可能性が高い
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そもそも九州説は、邪馬台国は九州の地方政権で
大和朝廷はシナに冊封なんかされてない
って本居宣長が言い始めたんだが

何か朝日は逆転してんだよな
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発見された場所がわからないわけないのにわからないのが贋作説を裏付けている
なんせ、金印だけがポツンと発見されて他の遺構がない。金印みたいな大事な物が何もない所に一つだけ置かれてるという
状況があり得ないからね。本物だとしたら盗品だ
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↑これもらったら属国ってことだから。怒られるからもらわなかったことにして埋めたんだろ。
返書を帰りに朝鮮人に奪われたって言い訳したこともあったし
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金印の存在とその文面くらいは当時のインテリなら知ってるだろう
だが金の成分で産地が分かることまで知ってた人間が日本含む世界にいただろうか
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皇紀2700年が大嘘だということは金印からも明らかになる。
中国漢王朝と外交関係を結べる独自の国が57年に日本にあったことになる。
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↑日本って当時も結構な大国だったりする。
国力を計る定義として人口などが目安になるが、当時の
中国と日本の人口差ってそれほど無かったりする。
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金の成分分析ができない時代、想像もできない時代にニセモノ作るためわざわざ中国の金を使うわけがない。
しかも中国ですら現代まで知らなかったデザインのツマミ。
綺麗だの傷がないだのは当たり前。
大きな石の下の地中で傷が付く要素がない。
金は経年劣化しないので綺麗なのもあたりまえ。
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なんでも鑑定団に出せばいい
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↑中島がうつろな目で
2500万の値を付けてくれるぞw
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甘棠館の祭酒(学長)だった亀井南冥が、ライバル視する修猷館(我が母校)に名実ともに勝つために後漢書東夷伝にある金印と結論付けたらしい。
我々(甘棠館)はこれを鑑定できるぐらい優秀なんだぜと。

「糸島市の細石神社には、「漢委奴國王」の金印が宝物として伝わっていたが江戸時代に外部に流出したとの伝承(口伝)がある。」(wikiより)ので、この神社から盗んで志賀島から発見したと捏造したのかも。

金印自体は本物だろうが、発見の経緯がおかしいということでは?
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福岡の糸島半島にある細石神社には金印が伝わっていたが盗まれた、て伝承があるとか
印綬は漢委奴国王印とあるから、漢の倭の奴国王ではなく
漢の委奴(いと)国の王と読むのでは、という話も
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↑あ、金印盗難伝説そっちだっけ
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↑実際に盗難があったかは分からんけど
細石神社のすぐそばには伊都国の王の墓と言われる遺跡があり
細石神社はその参拝所だったのでは、て話もあるから
案外本当かも知れない
まあ今の細石神社はすごい小さい、ショボい神社だけど
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金印貰った時はまだ別れて百余国を為す、だから
統一は成されて無かっただろな
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それ10年おきぐらいに出て、そのたびに否定されてる話題
今回もまた本物でした判定で終わって、忘れた頃に誰かが言いだす展開
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細石神社から盗まれた説、というのは魅力的な仮説ですねw その時代に、中国と往来があり、貢物をやりとりするような「クニ」があった。多分、小さなクニです。文字を持たず、記録には残らなかった無数のクニがあり、それらを統合する形でヤマト政権が統一政権を打ち立て、歴史を作った。そんな生き証人なのかも知れない。


・・・・・・・
・・・・・・
抜粋終わり




万世一系の天皇制・記紀神話の天皇神話。

なと、妄想ですは。

日本人にはユーモアが足りない・・・



お読みくださりありがとうございます。

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『金のDNA鑑定』
『金のDNA鑑定』で『ルーツがわかる』のは面白い!『金の略奪史』も明白になる。
ローレライ 2017/10/25(Wed)15:04 編集
Re:『金のDNA鑑定』
>『金のDNA鑑定』で『ルーツがわかる』のは面白い!『金の略奪史』も明白になる。

なるほど!書き込みありがとうございます。
忠武飛龍 【2017/10/26】
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