忍者ブログ

子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

慈悲・責任感がないと、政治は強盗になる。

産めよ増やせよ大和撫子((旧日本の独立を目指して)))  より

上記文抜粋
・・・・・・・
「民主党支持者」に襲撃された米共和党議員は小児性欲売春、人身売買の調査をしていたらしい  


小児性欲愛好者はアメリカエリートに蔓延しているらしい。


腐りきったアメリカの権力者たち

まあ戦艦は荷物船とぶつかって沈みかけるわ、

韓国で原潜は客船とぶつかりかけるわ(多分セウルはこれ)

(そういや、ハワイで練習船が原潜の急速浮上ショーの犠牲になった。あれもわざとじゃないのか)

勝手にシリアの戦闘機を撃墜するわ

しっちゃかめっちゃかなんとちゃうか、こいつら。

ヨーロッパへ難民を入れるのも本心は安い労働力と、難民の女子供で遊ぶためや臓器売買のためじゃないのか。

臓器を食う年寄りどもは中共の腐った老人だけじゃなく

イエズス会や貴族や大金持ちの老人たちじゃないのか

トランプがプーチンと連携して行なっている「世界戦争」はこいつらが相手じゃないのか

人食い集団の別名を「NWO」とか

「300人委員会」なんか蓋をあければ

ただの気狂い人食い老人集団でないのか

イスラエルや欧州の指導者どもが中東でしていることはいくら何でもデタラメすぎる

こいつら悪魔だ。これからそれが全部白日に晒されようとしているのかもね

踏んづけられ奪われてきた米国の貧乏白人大衆はトランプ頑張れ!バノン頑張れ!、じゃないのか?

副島のいう「リバータリアン」なんていうご立派な思想運動なんじゃなくて

もうたまらんどうにかしてくれという奴隷化した貧乏白人の血の声じゃないのか

目の前の電話ボックスで電話一本で解雇された貧乏白人が泣き叫んでいるのを

アメリカの知の中枢の一つである、NIHで見たのはもう30年前だ。

そして敷地のすぐ外で、医者が殺される殺人事件があった。

その時から米国は腐っていたが、まだインターネットはなく

(大愚も含め)人々は完全に偽ユダヤ製の報道機関の洗脳下にあったが、

それから苦節30年、ついにアメリカ偽ユダヤの嘘が暴かれて。。。

今世界で起こっていることは、これら腐った権力者によってぎゅうぎゅうに押し込められた血の叫びなんでしょう。

安倍統一教会政権に対する官僚の反乱も同期をしている

前の文部次官である前川さんはキャバクラへ行って貧困女子の調査をしていたそうじゃないか

実際に売春の泥沼から救われた人が真実の声を上げている。

開始>
官邸の謀略失敗? 前川前次官“出会い系バー”相手女性が「手も繋いだことない」と買春を否定、逆に「前川さんに救われた」と

相手の女性は「口説かれたことも手を繋いだこともない」と証言

この女性は、問題の出会い系バーで前川氏に声をかけられ、その後、前川氏と頻繁に会うようになったという。「あの店で会った子の中で、私が前川さんと一番仲がいい」と語り、友人などもまじえて、3年間で30回以上会ったと証言している。

しかし、「文春」記者から肉体関係について聞かれると、女性はこう答えている。

「口説かれたこともないし、手を繋いだことすらない。私が紹介した友人とも絶対ないです」
「夜10時くらいから食事を始めて、いつも12時くらいになると前川さんは『もう帰りたい』って一人でそそくさと帰っちゃうんです」

また、この女性は、前川氏が自分や友人の悩みについて親身に相談に乗ってくれたエピソードを具体的に明かしたうえ、「前川さんに救われた」とまで語っている。
終わり>

(出元がCIAの下部機関である文春なのが気にかかるがほんとでしょう。安倍をやめさせたがっているのは天皇で、日本の機関は統一教会と創価学会に乗っ取られているので、同盟した米国の諜報機関を使った。要するに天皇の意思だと言う原田氏の説明。)

全世界で起こっていることは血の声だ。それをごまかすために

捏造テロで、表現の違う戒厳令を引こうとしている

それが共謀罪だし

内務官僚=シティーの番人=弾圧機関出身の首相であるメイのしていることだろう。

奴隷どもの血の声を抑え込め、これが300人委員会、欧州貴族どもの最高命題でないのか


人間なんか、皆どじんだよ。土人で何が悪い?

インデアンとは西欧人が名付けた東洋人全部だ.

バチカンどもはインカの犠牲を悪く言うが、

飢えと天変地異が恐ろしくて人身御供を差し出していただけじゃないのか

(野菜のほとんどはインカ由来だ)

そして南北アメリカ大陸にすんでいたインデアンは強姦され、殺され、

メキシコの銀やオーストラリア、アフリカの金はこいつらに奪われた

今度は貧乏白人が奪われ殺されている。

「西洋の文明人」のしたことよりどじんのしたことの方が1000倍マシじゃないのか?

大愚はバカだから、老人になって初めて世界の真相が見えてきた

血の声を抑え込む観念牢獄の西洋文明の真の姿、というやつか。

優雅そうに見せかけている「西欧文明人」は

飢えへの恐怖でわけのわからん呪い踊りをしているどじん以下じゃないのかね。

しなくても良い略奪をわざとして楽しんでいる腐れ貴族ども。。。。

という「西欧文明」の真実。。。。。。。。。


↓これも血の声の一つだろ

開始>
文部科学省の前川喜平事務次官が全職員にあてて送った「文部科学省の皆さんへ」と題するメールの主な内容は以下の通り。

     ◇

 本日、私は大臣から辞職を承認する辞令を頂戴しました。

 文部科学省の皆さんが元気いっぱい仕事に打ち込めるようリードすべき立場の私が、このような形で退職することは、誠に残念であり申し訳なく思っています。

 国家公務員法が定める再就職規制を遵守(じゅんしゅ)できなかったことは事実であり、文部科学省として深く反省し、しっかりと再発防止措置をとる必要があります。

 私を反面教師として、二度とこのようなことが起こらないよう、職員の皆さんは遵法意識を徹底し国民の信頼回復に努めてください。

 しかし皆さん、動揺したり意気消沈したりしている暇はありません。

 一日たりともおろそかにできない大事な仕事があるからです。

 文部科学省の任務は極めて重要です。私が考える文部科学省の任務とは、教育・文化・スポーツ・科学技術・学術の振興を通じて、誰もが明るく楽しくしあわせに人生を全うできる社会をつくること、未知なるものに挑戦し限界を克服し輝く未来へと前進すること、さらには自由で平等で平和で民主的で文化的な国をつくり世界の平和と人類の福祉に貢献することです。

 そして、私が考える文部科学省職員の仕事は、子どもたち、教師、研究者、技術者、芸術家、アスリートなど、それぞれの現場でがんばっている人たちを助け、励まし、支えていくことです。

 特に、弱い立場、つらい境遇にある人たちに手を差し伸べることは、行政官の第一の使命だと思います。

 その意味でも、文部科学省での最後の日々において、給付型奨学金制度の実現の見通しがついたこと、発達障害や外国人の児童生徒のための教職員定数改善に道筋がついたこと、教育機会確保法が成立し不登校児童生徒の学校外での学習の支援や義務教育未修了者・中学校形式卒業者などのための就学機会の整備が本格的に始まることは、私にとって大きな喜びです。

 一方で、もんじゅの廃炉と今後の高速炉開発に向けた取り組み、文化庁の機能強化と京都への移転、高大接続改革の円滑な実施など、数々の困難な課題を残して去ることはとても心残りです。

 あとは皆さんで力を合わせてがんばってください。

 そして皆さん、仕事を通じて自分自身を生かしてください。職場を自己実現の場としてください。初代文部大臣森有礼の「自警」の表現を借りて言うなら「いよいよ謀りいよいよ進めついにもってその職に生きるの精神覚悟あるを要す」です。

 森有礼は「その職に死するの精神覚悟」と言ったのですが、死んでしまってはいけません。人を生かし、自分を生かし、みんなが生き生きと働く職場をつくっていってください。

 ひとつお願いがあります。私たちの職場にも少なからずいるであろうLGBTの当事者、セクシュアル・マイノリティの人たちへの理解と支援です。無理解や偏見にさらされているLGBT当事者の方々の息苦しさを、少しでも和らげられるよう願っています。

 そして、セクシュアル・マイノリティに限らず、様々なタイプの少数者の尊厳が重んじられ、多様性が尊重される社会を目指してほしいと思います。

 気は優しくて力持ち、そんな文部科学省をつくっていってください。

 いろいろ書いているうちに長くなってしまいました。最後まで読んでくれてありがとう。

 それでは皆さんさようなら。

 2017年1月20日 前川喜平
終わり>



・・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり



同じく より

上記文抜粋
・・・・・・・・

ホモサピエンスは生きるために必要なものには観念で蓋をする  


奴隷制度や身分制度、人身御供、肉食。。。。領土争い、奪い合い。。。

これらには全部「正しい」理論がくっついている


それをしなかったのは

ブッダです。「欺瞞思想の破壊」じゃなくて、「同意しなかった」だけ。

私はしませんよ、と言うだけ。彼は王子です。

当時の国というのは都市国家で人を食わせる装置、今の会社と同じです。

それで、東アジアは西洋よりマシなんです。

ブッダが設定した「反省の剣」が常に指導者の頭の上にぶら下がっている。

(「天皇家を支える仁徳天皇の民の竈神話」もここから直接由来しています)

西洋はキリストの寛容(愛ともいう)を罪の意識と入れ替えたパウロ教に乗っ取られた。

「反省の剣」をパウロという逆恨みの天才に奪われた。


紀元前500年前に突如として出現したブッダのおかげで、東洋は政治思想基準が高いのです

指導者に人を食わせることの喜びの観念がある。西欧にはないのですよ。これほんと。

そうでないと帝国主義はできません。

(それも最近は怪しくなっているかも)

・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

>紀元前500年前に突如として出現したブッダのおかげで、東洋は政治思想基準が高いのです

>指導者に人を食わせることの喜びの観念がある。

儒教も道家も兵家すら、「指導者に人を食わせることの喜びの観念」はある。

が、それを上手く働かせるには、仏教って重要で必要に思える。

中華帝国も、それが続いた所以に思える。


読めないニックネーム(再開版)

上記文抜粋
・・・・・・・・・・・

基本的にフェイド大帝は人間を4段階の状態に分ける。

 聖者
  ↑
 仏陀
  ↑
 魔術師
  ↑
 一般人

「仏陀」が2番目に位置していることに
気付かれたと思う。

実は「仏教」というのは一般人が「仏陀」に
なるための教えなのだが、元々はバラモン教を
倒すために生まれた教えである。

だが「仏教」の問題というのは基本的に
世界の全ての事象を「空」と捉えることであり、
「空」の世界ではプラトンの言う「イデア」や
フェイド大帝の重視する「徳」は存在しえない。
全て心が生み出した妄想ということになってしまう。

フェイド大帝は基本的に仏教のこのスタンスは
百害あって一利なしと捉える。

ところで、皆さんは「人間」の定義について
考えられたことはあるだろうか?

例えば、バラモン教やイルミナティ主義の「人間」の
定義は、

「人間=創造神の餌」

という認識である。

ユダヤ教徒なら、

「人間=神に選ばれし民」

であるし、

ラヴクラフトなら、

「人間=取るに足らない宇宙の雑魚」

になるだろう。

こういった所がイルミナティ主義の問題でも
あるのだが、

フェイド大帝の定義を紹介しておこう。

「人間とは”徳”を創造する存在である」

基本的に仏教の「空」の概念は正しいと思う。
この世界に自存する絶対的な”善”や”悪”はなく、
全ての事象は”縁”に拠る相対関係でしかない。

では、仏教の説く様に本当にこの世界に
”徳”は存在してはいけないのだろうか?

”徳”は本当に人間の心が生み出す妄想として
の地位しか許されないのだろうか?

フェイド大帝はまず一般人は「仏陀」を
目指すべきだと思っている。

というのもエデンの園で人類の祖、アダムは
”善と悪の知識の実”を口にし、ヤハウェと同等の
”善”と”悪”の知識を身につけたはずである。

しかしこの”禁断の実”を食して得られる特殊能力に
ついての聖書の記述は例の蛇/サタンの発言による
のみである。

フェイド大帝はサタンのこの発言は嘘だと思っている。

つまり、人間は未だに”善”と”悪”の層別など
まともに出来ていないのである。

従って、一般人の大半は何が”善”で何が”悪”かの
判断がつかない。

例えば西洋人に言わせれば、”善”はキリスト教の
「隣人愛」だと言うだろうし、イスラーム教徒なら
「ムハンマドの行動」が絶対的に正しいというだろう。
そしてイスラームではイスラーム法が整備され、
ユダヤ教なら基本は「目には目を」の世界だ。

日本人にとっての倫理判断等、所詮日本の刑法に
合致するかどうか程度の物でしかない。
(つまり法に引っ掛からなければ犯罪ではない
 という強引な解釈も成り立ってしまう)

古代インドや仏教では”善”、”悪”をまともに
判断できるのは修行の完成者・仏陀のみと
されている。

ではなぜ「仏陀」は”善/悪”の判断を間違えることが
ないのか?

それは「仏陀」が絶対的な客観視の出来る唯一の
存在だからである。

仏教の悟りというのは基本的に、「主観」を
完全に滅却することを指す。
なぜならば「主観」というのは「心」に拠っている
のであり、心からは必ず「妄執」が生まれるからである。
「妄執」に捉われた「主観」に「客観的」な判断は
不可能である。

だから、瞑想修行等のヨガで「主観」を徹底的に
虐め抜いて、「絶対客観」を身につけていく。

つまり「仏陀」の考え方というのは

基本的に情を含まない、まるで心無い人間の物
のようである。

人によっては「仏陀」のこの様な人生観や
人物像は「情のない冷たい人間」として
受け止められ、これが「情」を重視する
西洋人にいまいち全面的に受け入れられなかった
理由であるとも思われる。

中国でも仏教は次第に衰え、滅亡していく。

なぜかと言うと、中国は「儒教」の影響が
根強く、儒教の「孝」は仏教ではただの
「邪念」に貶められてしまう。
これが日本の様に中国では仏教がブレイク
しなかった理由なのだ。

だから、基本的に仏教国というのは
「無情」な人間を多く育てる傾向があり、
厳しい修行で常に自分を律していないと
日本のイルミナティの様に、

下位の者を情なく痛めつけることのできる
サディスト

になりやすい。

例えば増税ばかりする安倍政権に国民に対する
”情”があるかというと、

彼らには”情”などない。

仏教国である日本では”情け”を持つのは
心の弱い人間の特質であると考えられている
からだ。

だから仏教では人は救われないのだ。

ただし、フェイド大帝システムでもまず「仏陀」を
目指さないといけない。

それはやはり「絶対客観」という能力が
聖者に必須だからである。

「絶対客観」が備わって始めて、正しい
”善”、”悪”の判断が出来る様になる。

そして正しい”善/悪”判断ができる
ようになれば「空」から「聖徳」を
創造することが出来る様になる。

そう、これこそが「聖者」が「人類の頂点」である所以なのだ。

では、「聖者」という存在をもう少し詳しく見ていこう。

 ・聖者は「永遠の生命」に拘らない。
  何故ならば、人生は”生きている時間の短長”
  が重要なのではなく、”生き方”そのものが
  生命の本質であるからだ。

 ・愚者として永遠の時を生きるより、
  聖者として一秒”活”きて死んだ方が
  価値のある生き方である。

 ・聖者は”輪廻転生”を否定する。
  人生は一回限りであり、このたった一回の
  チャンスで一つでも”聖徳”を生み出すことが
  できれば、そのものは人生の勝者である。

 ・全ての生命は聖者になることができる。
  それは悪人であってもである。
  その者が過去をどう生きたかが問題ではない。
  今をどう”活きる”のかが重要である。

 ・永遠の中の一瞬は「無駄」ではない。
  全ての事象は”無常”であり、たとえ
  星々であってもいつかは寿命が尽き
  滅びる。しかし、だからと言って
  その星の輝きが偽りだったと誰が
  言えようか?
  この輝きが宇宙の永遠なる時の中の
  一瞬であったとしても、その星が
  かつて輝いた”事実”は本物である。

 ・魂と肉体は別ではない。
  魂も肉体も合わせて”人間”なのである。

 ・「聖徳」が世界に存在していないからと
  言って、「聖徳」がこの世に存在しない
  のではない。聖者は「聖徳」を確かに
  創造する。

聖者の生き方こそが、イルミナティ主義に勝てるのでは
なかろうか?


・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり


フェイド大帝の意見は、ほぼ正しい。

そもそも大乗仏教も、フェイド大帝の意見があってこそ生まれて、それを全うするために密教が生まれた。

で、密教では「菩薩=如来」という図式を出して教理としたようだ。

観音さん=得自性清浄如来 

文殊菩薩=無戯論如来

虚空蔵菩薩=宝生如来

とかね。

そもそも人々を救済しようとしない「ブッダ」は「ブッダ」か?て疑問や、救済の意思があったから開教したのであるから・・・
とはいえ、他者救済の志向は、それほど強くは無かった・・。

また超人的な他者救済は、そもそも魔道や人為でできるものか?ってのもあったように思う。

となると「それができるのは、如来のこころがあるから」っていうことでなったよう思える。

その辺は空論の「空・中・仮」で、「{空}」に達した{中}もののから生まれた慈悲は{仮}として許され、仮であるが尊重される。ってことが「菩薩=如来」って構造に思える。
基本構造はあっても、それを下部の実務・実践とリンクさせる作業は、怠慢というか無関心だったのが仏教の「欠点」に思える。

まあその辺のところは、学のある人の批評を待とう。

とわいってもね・・・・。
改善はしたが、人生のメインエンジンになれても、社会・国家を動かすメインエンジンにはなれれない「情が薄くなりやすい」
その如実な表れが、チベット仏教の政治部門。
政治的にチベットは「神権政治のカースト制」だったので、それに反対する全うな人たちが劇薬で中共を呼び込んで中国共産党によるチベット支配になった。




仏教だけでは、非情になりがちになる。

そもそも日本の坊さんの多く・特に仏教の「修行」を重んじる宗派には、弱いモノ・不遇なモノにたいして非情な坊さんが多い。
禅宗・密教など体育会系の修行を持つので特にそれが激しい。修験道もその傾向がある。
まあ禅宗天台宗が「日本会議」に所属しているのがその証左になる。


だが、仏教抜きだと・・・明治以降の日本や李朝の悲惨な政治になる・・・。


てことで、孟キョウとか耶律楚材劉ヘイ忠姚道衍とかあたりが参考になる。

耶律楚材は「己を治めるに禅。人を治めるには儒学」と言っている。


仏教だけでは非情なる。仏教抜きでは無責任で鬼畜になる。


聖者あるいは菩薩の生きたかが、イルミナティ主義に勝てるかも。


仏教と儒家等の合わせ技が肝心。まあ国家神道が「仏教抜き」で行ったのが、まあ和風耶蘇に堕落したゆえんだろう。


空海の「十住心論」で「国家の統治」とかを第四の唯蘊無我心 - 小乗仏教のうち声聞の境地
としたのは、意味深であるかな。

儒教・法治を、仏教の「無私・無我」で行くのがベターかな・・。て塩梅も込めてあの論文を書いたのかな。



>インデアンとは西欧人が名付けた東洋人全部だ.

>バチカンどもはインカの犠牲を悪く言うが、

>飢えと天変地異が恐ろしくて人身御供を差し出していただけじゃないのか

>(野菜のほとんどはインカ由来だ)

>そして南北アメリカ大陸にすんでいたインデアンは強姦され、殺され、

>メキシコの銀やオーストラリア、アフリカの金はこいつらに奪われた

>今度は貧乏白人が奪われ殺されている。

>「西洋の文明人」のしたことよりどじんのしたことの方が1000倍マシじゃないのか?


これが結論だね。

コメント欄なのでたぶん引用可と思うので。
https://blogs.yahoo.co.jp/menefune_1025/56385712.html

上記文抜粋
・・・・・・・・
顔アイコン > ula*****さん

はい、伊藤博文にはまいりました。
しかもスペイン国王がきた葵区ですもんね。
大日本帝国初代総理。それが自ら終わりを選んだ。
そのメッセージのヤバさ、なんとか安倍に伝わらないもんかな。
2005年って、ほんとはじまりの年だったんだなって、いろいんなトコで思います。
多いんですよね。2005年が出てくる事象。
あのバスも2005年でしたか。
ちなみにガーラの意味は、いすゞのHPによると、
「お祭り・陽気な」(英語・仏語) 「花形・華麗な」(スペイン語)
「GALAXY」の頭文字から、「明るく、楽しい旅を期待させるようなバス」「銀河を走り回るような、美しく、壮大な旅へと導いてくれるバス」の意。
ですって。

2017/6/21(水) 午前 0:22 [ めねふね ] 返信する

・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり

>しかもスペイン国王がきた葵区ですもんね。
大日本帝国初代総理。それが自ら終わりを選んだ。

偽日本人による明治朝日本帝国の終わり。徳川いや日本人文明の再興?






お読みくださりありがとうございます。

拍手[1回]

PR