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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

天皇にしがみ付く奴隷の自由よりも、正気な日本の人間の自由が良い。

闇の正体は 偽ユダヤ (グローバリズム)  より

上記文抜粋
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天皇美化キャンペーン  沖縄訪問 



☆ アリの一言さんの記事です。





「天皇アキヒトの沖縄訪問」の底流にあるもの





天皇・皇后が3月に沖縄を訪れます。



琉球新報は、「沖縄に心を寄せ続けてきた両陛下が強く再訪を希望した」(13日付)と報じました。



「本土」だけでなく沖縄でも、天皇明仁・皇后美智子を美化する論調が一般的です。



しかし、天皇の過去10回(皇太子時代5回)におよぶ沖縄訪問は、はたして「沖縄に心を寄せ続けてきた」ものでしょうか。







最も注目すべきは(したがって最も政治的な意味を持つのは)、皇太子時代の第1回訪問(1975年7月17~19日)です。

この時、皇太子明仁はなぜ、なんのために沖縄に行ったのでしょうか。





敗戦後、天皇裕仁(昭和天皇)は天皇制維持のため全国を行脚(行幸)しました。しかし、唯一行っていない、いや、行かれなかった県がありました。沖縄です。





政府・宮内庁は裕仁天皇の訪沖のきっかけづくりとして、全国植樹祭(1972年)、国民体育大会(1973年)の沖縄開催を相次いで決定しました。いずれも天皇が出席するのが恒例とされていたからです。



しかし、裕仁天皇はどちらにも行くことができませんでした。沖縄県民が出席を拒んだからです。



「沖縄県からの出席要請はなかった。『何もまだ言ってこないのか』。昭和天皇は宮内庁長官宇佐美毅に何度も尋ねたという。



両行事の開催は天皇の沖縄訪問を円滑にするための意味もあったが、県民は拒否反応を示したのである」(高橋紘・元共同通信記者『平成の天皇と皇室』文春新書)





当時、裕仁天皇の訪沖に反対した「沖縄の労働組合代表」はこう述べていました。





「先の大戦で、沖縄住民は天皇の名のもとに多大の犠牲をしいられ、その戦争責任があいまいなまま天皇のご来訪(ママ)を受け入れるには、あまりに住民感情が複雑であるということと、



天皇を政治的に利用して沖縄住民の望まぬ復帰形態(核基地付き・自衛隊配備―引用者)があたかも住民祝賀のうちに迎えられたような擬装がなされることを警戒しなければならない」(72年1月26日付朝日新聞。藤原彰氏ら『天皇の昭和史』新日本新書より)







皇太子・明仁の訪沖は、こうして沖縄県民に拒否された父・天皇裕仁の名代に他なりませんでした。


皇太子なら沖縄の抵抗は少ないだろうというのが政府・宮内庁の狙いでした。



しかし、沖縄県民に歓迎されなかったのは、皇太子・明仁も同じでした。







「糸満市に差し掛かると、(皇太子)夫妻の車目がけて病院の屋上から、木材やクレゾール液の入った牛乳瓶が、投げられた」(前掲、高橋氏)





そして、ひめゆりの塔(糸満市)に着いた時、火炎瓶を投げつけられる事件が起こったのです。





この事件は天皇・天皇制に対する沖縄の怒りを改めて示しましたが、同時に奇しくも、皇太子明仁の訪沖の狙いを浮き彫りにすることにもなりました。





当日、明仁皇太子は事件に対する「談話」を発表しました。きわめて異例です。「談話」はこう述べています。





「過去に多くの苦難を経験しながらも、常に平和を願望し続けてきた沖縄が、さきの大戦で、わが国では唯一の、住民を巻き込む戦場と化し、幾多の悲惨な犠牲を払い今日にいたったことは忘れることのできない大きな不幸であり…



悲しみと痛恨の思いにひたされます。私たちは沖縄の苦難の歴史を思い…ともども力を合わせて努力していきたいと思います。(以下略)」(1975年7月18日付朝日新聞より)





のちに明仁皇太子は、記者会見でこうも述べています。





「本土と沖縄は、戦争に対する受けとめ方が違う。



やはり、太平洋戦争の激戦地であり、民間人を含めて多数の犠牲者が出ました。



…火炎びん事件や熱烈に歓迎してくれる人達…それをあるがままのものとして受けとめるべきだと思う」(75年8月26日の記者会見。斉藤利彦氏『明仁天皇と平和主義』朝日新書より)





「談話」と「会見」には共通の特徴があります。



それは、沖縄戦をはじめとする沖縄の「多くの苦難」「悲惨な犠牲」をまるでひとごとのようにとらえ、「私たち」として国民を同じレベルに引き込んでいることです。「一億総ざんげ」のように。





そこでは、戦前戦中、皇民化政策を推進し、沖縄戦で「捨て石」にした天皇制帝国日本、敗戦後も「天皇メッセージ」(1947年9月20日)で沖縄をアメリカに売り渡した天皇裕仁の責任は完全に封印されています。







そのため「談話」や「会見」には、「痛恨の思い」はあっても、沖縄住民に対する一片の「謝罪」の言葉もありません。



これはこの時だけでなく、過去10回の訪沖、さらにはほかの会見などで明仁天皇が「沖縄」に言及する場合の例外のない特徴です。



「押し付けられた天皇制。その天皇の名の下で戦った沖縄戦。



天皇の軍隊はスパイ容疑などで住民を虐殺し、敗色が濃くなると、県民に自決を迫った。



敗戦、そして二十年に及ぶ異民族による支配。



沖縄県民の感情からすれば、明らかに天皇は加害者であった」(前掲、高橋氏)。



そして「その沖縄と皇室との和解に努めたのが、平成の天皇である」(同)。





1975年以来の明仁皇太子・天皇の「沖縄訪問」は、その「和解」のためだったと言えるでしょう。





しかし、「和解」とは、被害者の側から言うべきものであり、加害者の側が押し付けるものでないことは言うまでもありません。





そもそも、加害責任を認めない、したがって謝罪も賠償もない「和解」などあり得ません。





それは戦時性奴隷(「慰安婦」)についての「日韓合意」(2015年12月)と同じです。





そのあり得ないことを押し通し、沖縄に対する天皇・天皇制の加害責任、ひいては朝鮮、台湾はじめ東アジアへの侵略・植民地支配の加害責任をうやむやにしようとする意図が、天皇・皇后の相次ぐ沖縄訪問の底流に流れていることを見過ごすことはできません。





http://blog.goo.ne.jp/satoru-kihara/e/1ac9c495e338d2fa57b0656979f9a5af







☆ 私は数年前 地方に移住しました。 ペットOKマンション (実際は アパートですが)にたどり着きました。



偶然のように そこの住民の一人と話しをして 一気に、偽天皇のこと、原爆が日本がなした地上起爆であることで話こんだのですが、当たり前のように 分かっている人がいて びっくりしました。





彼女は 東京から 311のあった後に やはり 地方にやってきた。



もう これは おかしいと思ったそうです。



また 東京では 太郎さんと一緒に ある活動をしていたそうですが、一番の困難は 「火病」の妨害だそうです。





また 今日 彼女と話しをして 結論として どうしても 移住ということになります。



2年ほど前から 海外移住は増えているらしいです。



私も 一応 天皇の犯罪にきりきりするのを ひとまず置いて 自分の方向を探すほうがいいよといわれました。





ここまで 心と魂の堕ちた国は出ようと 心は決まったのですが、まず お金が必要、そして なんらかの 収入源が必要です。





なので できる というあては全くないのですが 心は そのように進んでいます。

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抜粋終わり

>押し付けられた天皇制。その天皇の名の下で戦った沖縄戦。


そもそも、明治維新から、将軍とくらべても中身のない「てんのう」とかいう司祭が神様化したカルト宗教を日本本土の人たちも押し付けられた。

>そもそも、加害責任を認めない、したがって謝罪も賠償もない「和解」などあり得ません。

そもそも天皇に現状の公式情報では加害の全責任があるのではない。でも確実に一端はある。
のに「謝罪」も賠償もない。
って、ちょうど従軍慰安婦でごね続けるウヨとおなじだ・・・同じ奴が「飼い主」だろう。



>また 東京では 太郎さんと一緒に ある活動をしていたそうですが、一番の困難は 「火病」の妨害だそうです。

韓国系の人とツイッターで少しうかかがったが、どうも日本の「ネトウヨ病」は火病の比ではない凶悪さと最近は痛感する。

火病はまわりの人間も認識でき、当人もわかる場合もあるようで。でもネトウヨ病にはそれがない。
正気を失いキチガイそのものになっても、当人はおろか、周囲もだいたい気が付かないで、自他を社会を破滅に追いやる。こりゃ~ネトウヨ病恐るべし・・・
その病原の一つが「天皇」だから、たぶんだけど天皇家は「天皇制」を降りたがっているが・・積悪のツケで、このまま破滅へ行くかな・・・カルト信者は本当に狂って心中へレッツラゴーだから。


>ここまで 心と魂の堕ちた国は出ようと 心は決まったのですが、まず お金が必要、そして なんらかの 収入源が必要です。

>なので できる というあては全くないのですが 心は そのように進んでいます。


同感・・・・・ネトウヨ病患者が死に絶える・激減するまでに逃げていたい・・・まあ今は無理だが・・



バカ国民帝国日本の滅亡◇FooL JAPAN!◇日本人人間化計画 より

上記文抜粋
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自由の達人

中国の古典哲学の最高峰、荘子…



魯迅を驚嘆させ、幸徳秋水も彼の虜になった…





「老荘思想」として、広く知られ、受け継がれてはいるものの、どうも孔子の方が有名である。



しかし、ほぼソクラテスと同時代に生を受け、伝播してきた仏教を理解し、『万物斉同論』などの独自の論述を展開し、”禅”の源にもなった彼の思想を日本人が「知らない」というのでは、なさけなかろう。



「柔道」「剣道」…「相撲道」…その「道」の思想のそもそもは何か…



老荘思想を会得して初めて、その極意を得るのである。





荘子は、極貧の生活の中にあって、どこぞの大学で研究生活をしている者たちを軽く凌駕し、

また、実生活に追われながら天空の高みに至った超人的な思想家であった。





こんな寓話が語り継がれている…



あるとき荘子が釣りをしていると、その役人がやってきて、「宰相になってくれ」とスカウトした。



荘子は振り向きもせず、「あなたの国には、死後三千年を経た霊験あらたかな亀の甲羅があるそうですね?王は絹でそれを包み、箱に納めて大切に保管されていなさるとか…



…で、その亀ですが、死んでから甲羅を拝んでもらういまの境遇と、泥水のなかで尾を引きづりながらでも生きていたころと、どっちがよかったんでしょうねぇ?」



ここで、スカウトの役人は思わず、「そりゃ、生きていたころでしょうね」と答えた。



「そうでしょ?」と荘子。「では、もうお引き取りください。私も泥水の中で尾を引きづっていたいのですよ」





この話は「秋水編」のなかに収められているが、幸徳秋水の「秋水」も、ここから取ったそうである。



但し、この話は作り話ではないかと思われる。



太公望が釣りをしているときに、王様自らがスカウトにきた話に「あてつけ」ているのである。



とはいえ、「史記」には、やはりその「役人が「宰相になってくれ」と千金を携えてきた話があって、まったくデタラメというわけでもなさそうなのだ。



そちらの話の中では、荘子はもっと丁寧に応対し、「いや、千金とは大したもの、宰相とは最高の待遇ですね…しかし、お祭りで生贄になる牛をごらんください。長年、美食で養われ、錦繍で飾られますが、いずれ祭壇に曳かれていくのです。そのときになって、”ああ、ノブタの方がよかった”と思っても手遅れではありませんか?



貧乏で苦しんでいるようにみえるかもしれませんが、私は楽しんで暮らしているのです。邪魔をしないでいただきたい。自由を縛られるくらいなら、どぶのなかで遊んでいたいのです。



役人勤めはまっぴら!気の向くままに暮らしたいのですよ。」…と、結局は断るのである。





彼の友人に恵施というのがいて、魏の国の宰相になったときのこと、荘子が様子を見に魏の国を訪れたところ、このことをさっそく恵施の耳に入れる者がいた。「あなたを追い落とすつもりでは?」



恵施は役人に手配して四方八方探させたが、みつからない。が、荘子はひょっこりと現れて、「おやおや、自分のエサを横取りされるとでも思ったのかね?」と、からかわれた…という話もある。



これも作り話っぽいが、韓非子は学友だった李斯に、そういう疑いをかけられて死ぬことになったし、

孫臏(そんぴん)は、やはり同学の龐涓(ほうけん)に陥れられて、両足を失った。



当時、そんな物騒な話があちこちで語られていたのではなかろうか?



今の日本でも、あべの不都合なことを暴こうとすると、次々に「自殺」「事故死」「獄死」「病死」しているではないか?



聞けば、岸信介は戦時中731部隊を率いて中国人で人体実験をさせていた人だから、人が死ぬこと、人を殺すことに、何の罪悪感をも持たぬ人間だった可能性がある。



立身出世はいいが、そのことで修羅として生きねばならないとすれば、何の栄誉であろうか?





イチローが国民栄誉賞をやんわりと辞退するのも、実に賢明なことだったといえよう。



そういえば、源義経も官位をもらったことで兄に討たれることになったのであった。





出世をして早死にするくらいなら、毎日を緊張と脅えのなかで過ごすくらいなら、なるほど荘子のように貧乏でも気ままに生きた方が幸せであろう。



最近では、「モノを買うより時間を買え」という話もある。



自分の好きにできる時間の多いことこそが「しあわせ」だと言うこともできる。





前回の記事で述べたように、たとえ奴隷の身分でも幸せになる道はある。



人生を楽しむ道はある。





だったら、なぜに「効率」がどうのと競争ばかりさせられて、「ゆとり」ができたと思えば、人が減るか賃金が減るしかないというのに、シャカリキになる必要があろうか?



それで健康を害しても、低賃金で妻子に逃げられても、だれも救っちゃくれないのだよ。





こんな世の中だからこそ、どういう生き方をするか、よくよく考えねばならない。


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抜粋終わり



同感・・・・・


地火明夷の世の中・・ですは・・日本は・・・

愛国・防衛言いながら、亡国・破滅へ突き進み国家をみて、誰が変に希望を持つのか・・滅亡こそが希望でしかない・・・

日本阿呆国が滅亡したら、剥げ~ハゲ~と虚蒙の権威・偽物の天皇なり為政者・セレブが剥げていけば、
地蔵さんのあまたのように、光り輝き幸いと尊敬を得られるのです・・・。


お読みくださりありがとうございます。

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