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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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中外日報 より

上記文抜粋
・・・・・・
南方熊楠と仏教 ― 華厳思想・真言密教の影響
龍谷大世界仏教文化研究センター博士研究員 唐澤太輔氏

2017年11月1日付 中外日報(論)


からさわ・たいすけ氏=1978年、神戸市生まれ。早稲田大大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。中外日報社第5回涙骨賞最優秀賞受賞。日本学術振興会特別研究員、早稲田大社会科学部助手、助教を経て、2015年から現職。著書に『南方熊楠の見た夢―パサージュに立つ者―』(勉誠出版)、『南方熊楠―日本人の可能性の極限―』(中公新書)など。


はじめに―生誕150年、熊楠研究の動向―
今年(2017年)は、南方熊楠(1867~1941)生誕150年ということで、各地で関連講演会やシンポジウム、企画展などが開催されている。

かつて、日本学・民俗学者の故カーメン・ブラッカー(1924~2009)は、熊楠を、A Neglected Japanese Genius、つまり「無視された日本の天才」と呼んだ。今から30年以上前のことである。しかし実は、我々日本人は、熊楠という存在を忘れていたわけではなかった。彼があまりにも巨大すぎて、捉えきれていなかったのだ。そして、そのあまりにも強烈な輝きに目がくらみ、彼を直視できていなかったのだ。

熊楠没後50年を経た頃から、研究者たちによって、彼が残した蔵書や資料の悉皆調査が行われ始めた。2006年には、旧熊楠邸の横に、南方熊楠顕彰館(和歌山県田辺市)が完成し、熊楠研究のプラットフォームが整えられた。さらに、今年3月には、南方熊楠記念館(和歌山県白浜町)が、リニューアルオープンした。また、熊楠の書き残した日記や書簡は、ゆっくりとではあるが着実に翻刻作業が進められ、その知の全貌を明らかにしようとする試みが日々活発に行われている。

ここで留意しなければならないことは、南方熊楠という人物を、ただ「丸裸」にすることだけに躍起になるとき、同時に我々の「想像力」もはぎ取られてしまう可能性があるということである。想像力、つまり熊楠の思想をカスタマイズして現代社会へと投げかける力である。

南方マンダラ
熊楠は、ロンドンに遊学していた時、真言僧侶・土宜法龍(1854~1923)と出会った。そして、二人はすぐに意気投合した。その後、何年にもわたり両者の間には熱い書簡のやり取りが交わされることになった。その往復書簡は現在、熊楠研究者の間でも、特に思想性が高いものとして珍重されている。

熊楠より一回り以上年上だった法龍は、書簡を通じて、時に誉め、時に挑発しながら、熊楠の思想の深化を促した。そして誕生したのが「南方マンダラ」の思想だった。しかし実は、この名称は、熊楠自身が付けたものではないのである。熊楠の没後、随分たってから、社会学者の鶴見和子(1918~2006)によって、この図を見せられた仏教学者の中村元(1912~99)が「これは南方マンダラですね」と言ったことに始まるものなのだ。最近は、これを「熊楠のダイアグラム」や「熊楠による不思議の錯綜図」などと呼んだりすることもある。

この図には、熊楠の深遠なコスモロジーが隠されている。熊楠は、この図を記して「世界」を表そうとした。彼は、近代科学によって知ることのできる領域を「物不思議」、心理学(今で言う脳科学)によって知ることができる領域を「心不思議」、物と心が交わり合う領域を「事不思議」と呼んだ。それらは、この図では、直線と曲線が入り乱れている処に相当する。そして、現実世界と根源的な場、自己と他者との間にあり、推論や予知などによって知ることのできる領域を「理不思議」と呼んだ。これを熊楠は、図の上部に彗星のように流れる線(ル)で表現している。さらに熊楠は、人智によっては捉えることはできない絶対不可思議な領域を「大日如来の大不思議」と呼んだ。それはもはや、言葉や図によって表すことはできないものである。

五種の不思議
「物不思議」「心不思議」「事不思議」「理不思議」「大日如来の大不思議」、これらに関する熊楠の言説は真言密教の影響だけではなく、実は華厳思想の影響も大きく受けている。主に華厳思想における「事法界」「理法界」「理事無礙法界」「事事無礙法界」、すなわち四種法界の影響である。熊楠の法龍との書簡のやり取りには『華厳経』に由来する言葉が散見される。

ここでごく簡単にではあるが、四種法界についてまとめておきたい。華厳思想においては、区別・差別の現実世界を「事法界」、それに対する超差別の真理・実体を「理法界」と言う。そして、それら現象界と実体とが一体でありお互いが融通無礙につながる場を「理事無礙法界」、さらに事物と事物が際限なく影響しつながり合う世界を「事事無礙法界」と言う。

ここで、まずわかることは、熊楠が五種の不思議を挙げているのに対し、華厳では四種の法界が提示されている点である。五種の不思議が四種法界にどう対応するのかは、熊楠自身述べてはいない。また、具体的にどのような点が四種法界と異なるのかということも述べてはいない。――熊楠は、我々に想像する余地を残してくれたのである。つまり、後世に残された我々は、これら五種の不思議を、自由に組み立てて考え研究してよいのである。現に熊楠は、法龍への書簡の中で「事、物、理、心の諸相を思い思いに順序立てて研究せよ」と再三言っている。ただ、それでも絶対不可知の大日如来の大不思議だけは、我々は捉えきることはできない。

熊楠は「理不思議にこそ一切の分かりがある」と述べている。筆者は、五種の不思議において、人間が考えることがぎりぎり可能な「理不思議」こそが、最重要エレメントだと考えている。熊楠によると、様々なものが相即即入する「理不思議」においては、時に思わぬ発見や発明、的中も起こるという。熊楠はそのような事柄を「やりあて」と名付けた。時代をブレイク・スルーする鍵がそこにはありそうだ。

また筆者は、熊楠の言う「理不思議」は、四種法界でいうところの「理事無礙法界」と「事事無礙法界」を合わせたようなものだと考えている。もちろん「理不思議」=「理事無礙法界」+「事事無礙法界」という単純なものではないかもしれないし、そのように対応させることが果たして本当に意味のあることかどうかはわからない。しかし、間違いないことは、熊楠が、華厳思想と真言密教をカスタマイズして独自の世界観を表そうとしていたことである。

華厳思想の影響
熊楠は、3年間、聖地那智山に孤居したことがあった。「南方マンダラ」は、那智山で生まれたものである。熊楠は、那智山に持っていった書籍の中に『華厳経』があったと述べている。しかし、彼の日記や書簡などを精査してみると、どうもこれは『華厳五教章』だったようだ。ともかく、熊楠は、華厳思想から少なからぬ影響を受けていた。

熊楠は「無尽無究の大宇宙の大宇宙のまだ大宇宙を包蔵する大宇宙を、たとえば顕微鏡一台買うてだに一生見て楽しむところ尽きず」(1903年7月18日付土宜法龍宛書簡)と言う。熊楠は、顕微鏡から見える、美しい極小の世界に、大宇宙を見ていた。これは、毛穴一つに仏全てが含まれているという華厳の教えにも深く通ずる言葉である。

熊楠の仏教理解あるいは華厳思想理解は、実際どれほど「正確」であったかは、まだわからない点が多い。法龍は、書簡で熊楠に対して「仏教では知れ渡っていることを無理やり持ち出してきているだけで教理をしっかりと押さえていない」「もう少し仏教書をしっかり読め」などと手厳しい言葉をかけることもあった。それでも法龍は、熊楠との書簡のやり取りを楽しみ、「南方マンダラ」が記された書簡群については「至上の宝物なり」とその思想性の高さに感心している。

おわりに―熊楠の思想の未来―
熊楠に対する実証的資料研究は非常に重要だ。しかし、彼の思想を「展開」させるためには、必ず我々の想像力が必要となってくる。前述したとおり、熊楠自身がそれを許容しているのだ。そして彼自身がその想像力で真言密教と華厳思想とをカスタマイズしたものを打ち出しているのである。

「南方マンダラ」あるいは熊楠の五種の不思議の構造分析はなかなか難しい。しかし、分断・分裂の今の時代において、相即即入そして融通無礙を根本としながら、心と物、現実世界と根源的な場とを同時に見ることを可能にするような次元を探求しようとした熊楠の思想は、ますますその重要性を増してくるに違いない。そして、細分化され分節化されすぎた現代の学問の枠を打ち破るような、新しい包括的な知の在り方を示唆してくれるに違いない。

・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり


徽宗皇帝さんの「廃仏毀釈と天皇」をみて載せて、そのあと南方熊楠の思想・真言密教と華厳、の記事を発見。

なにかありますよね・・。



お読みくださりありがとうございます。

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参考に・・なるとよいです。
おはようございます。
先ほど紹介させていただいた、「杉山 召のブログ」さんの記事です。こちらの記事に....

法華経は朴生(木)教 2017年09月05日
https://ameblo.jp/simlug/entry-12307850493.html

一昨日、身内が
「熊野古道に行きたいな、と思うのだけれど、崩れそうで...心中が変なカンジと・・」

杉山 召のブログさんの記事は今朝目にしたものです。
何かのなにかは、なんでしょう...ね。
笑む 2017/11/07(Tue)10:19 編集
Re:参考に・・なるとよいです。
>杉山 召のブログさんの記事は今朝目にしたものです。
>何かのなにかは、なんでしょう...ね。


私はどうも今はこの杉山さんのブログは、いい感じしません。

あと、熊野古道は今は見合わせるは、正解に近いかも。

大地震の予兆なり仕込みなり話がネットに出まくっているし、政治的な流れでもあり得る話。
戦争の代わりに大地震ってことも・・・

強いて言うのなら、熊野古道の北の方の吉野か高野山くらいでとどめておくのがベターかな・・・・

あと法華経は・・

http://shukyo-kataru.com/archives/3894

http://shukyo-kataru.com/archives/3902

とか見てもわかりますが、危ういところもあります。

他の経典なり思想なりと合わせると、すごい力を発揮しそうに思えますけど。

日蓮さんなど一種の革命思想家としては私は敬意を持ってますが、宗教思想家としたら、「ヤバすぎるで近づきたくない」です。




書き込みありがとうございます。


追記

私もコメント欄の書き間違いとかあって、結構恥ずかしい思いしてます。

まあ過剰に気になさらないで。

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