故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
2024/03 02 < | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | > 04 |
---|
飯山一郎のはったり無しの口演会場 より
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
2015/04/25(土) ウソのような本当の話
蜂バカ日誌 (2)
鷲の庭には日本蜜蜂の巣箱が9個もある。
どの巣箱も蜂の出入口に細長く切ったタオルを置いて、蜂蜜酒(ミード)を点滴する。これが給餌作業である。
志布志の養蜂仲間は言う。「飯山の蜂蜜は“エサやり蜂蜜”だ」 と。
しかし、鷲がつくるエサは、高級な蜂蜜(西洋蜜蜂)と(ミネラルたっぷりの)糖蜜が原料なので、従来の蜂蜜とは違う濃密さで、芳醇な味がする。
ところで…、蜂を飼い養う巣箱というのは、正真正銘の蜂蜜製造機で、電気代も払わず、給料も払わないのに、自動的に蜂蜜が出来てくる。すごい!
1個の巣箱から10kgもの蜂蜜がとれるので、養蜂は結構オイシイ商売なのだ。
鷲が蜜蜂たちに高級な蜂蜜酒(ミード)を与えるのは、蜂蜜の増産のためでもあるが、真の目的は、ミードという発酵食品によって蜂の健康を増進し、蜂達を病気から守るためである。
だっから鷲の庭の蜜蜂たちは、ほんと、ものすごく元気だ。
病気の客(病人)が、鷲の庭の蜂を見ながら あらびき茶をガブ飲みして、蜂蜜をなめて、鷲のホラ話を聞いているうちに、元気になって、病気が治って、帰っていく…。
ありがたいことだ。
・・・・・・
これから、ウソのような本当の話を書く。
奇跡の治療法とも言える(代替)医療技術を、鷲の秘蔵の弟子が発見し、“自家薬籠中の物”とした! という話である。
10日ほど前…、胃癌で胃袋を全摘した63才の男性が名古屋から志布志に来た。
この男性は頑健な身体をもったサラリーマンだったが、定期検診で胃に3個のガンが見つかり、悪性!ということで、4年前に胃の全摘手術をした…。
その後は、心身ともに病弱になり…、思いあまって鷲に会いに来たのだ。
鷲は、この男性と精魂込めて面談し、夜は酒を酌み交わした。
翌日、この63才は、50才のときの元気を取り戻して名古屋に帰っていった。 以上は、鷲の“元気注入法”という元気づけ療法だ。
さて…、
5日前。見るからに絶命寸前!という女性(41才)が東京から志布志に来た。
この女性は、東京の有名な大病院でガンの宣告を受け(4年前)、放射線・抗癌剤を強制され、その後のホルモン療法で精神に異常をきたし…、最近、骨髄性白血病で余命は1ヶ月もない! 早急に入院しろ!と自宅や家族まで電話をかけられて脅され続けたが…、思いあまって東京から鹿児島まで車に乗せられて鷲に会いに来た。
「鹿児島まで行ったら、生きては帰れない!」 と医師に脅しぬかれたが…、命を懸けて鷲に会いに来たのだ。
この41才の女性の診断書には、「残されている時間は週の単位からせいぜい月の単位…」(医師名:佐々木某)と書いてあったが…、4泊5日の志布志滞在中に、鷲の秘蔵の弟子の強力な指圧療法と腹式呼吸法の指導のお陰で、生まれ変わったように元気になって帰っていった。
一昨日のことだ。
卵巣ガン末期。腹水と大きな腫瘍で腹部がパンパン。腹部のどこに触れても激痛がはしり…、これは駄目だろう!と思える病人が、福岡から車に乗せられて、志布志の鷲の家に来た。
この病人を、鷲の秘蔵の弟子は指圧を主にした療法によって、生まれ変わったような元気な身体に変えてしまった!
「治療」にかかった時間は、8時間。「治療費」は無料である。
もう少し、ウソのような本当の話を書く。
1ヶ月前。鷲の親友(鹿児島在住、69才)から電話があり、「血圧が195もあり、頭痛がひどく、痛みが頭のなかを走る!目眩がフラフラしている…」と言うのだ。
鷲は秘蔵の弟子を呼んで、「治療」を開始した。
鷲の秘蔵の弟子が指圧を主にした療法を施すこと3時間…、鷲の親友の血圧は140になり、「爽快な気分だ!」と言う。
上の「治療」についての概論を簡単に書いておく。
「治療」は…、頸部、背中、脚、膝の裏、脇腹などに、うっ血したシコリが30個ほどあったので、これを指圧で解消するという療法だ。
血流が滞る(とどこおる)うっ血の箇所があると、血を流すために心臓は血圧をあげる。
これを医者は「高血圧症」という病名をつけて降圧剤を処方する。これは愚の骨頂だ。
うっ血を解消し、血の流れを良くしてやると、血圧は正常に戻る。これだけである。
以上。志布志市で「癒しの医療」を始める!という鷲の宣言は、順調に進んでいる。
飯山 一郎
・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり
四国遍路が流行り始めたのは、「医療不信」であったのが大きいようです。
10年ほど前の四国遍路の考証本を立ち読みして、変に納得。
私も、2000年前後に、お遍路を回ったけど、「尋常な医療だけでは如何ともならない!」と思い詰めてのことでした・・。
まあなんとか生きてます。
今も四国遍路は、大流行です。しばらくしたら結願のあとに「飯山まいり」が流行るでしょう。
お読みくださりありがとうございます。
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
2015/04/25(土) ウソのような本当の話
蜂バカ日誌 (2)
鷲の庭には日本蜜蜂の巣箱が9個もある。
どの巣箱も蜂の出入口に細長く切ったタオルを置いて、蜂蜜酒(ミード)を点滴する。これが給餌作業である。
志布志の養蜂仲間は言う。「飯山の蜂蜜は“エサやり蜂蜜”だ」 と。
しかし、鷲がつくるエサは、高級な蜂蜜(西洋蜜蜂)と(ミネラルたっぷりの)糖蜜が原料なので、従来の蜂蜜とは違う濃密さで、芳醇な味がする。
ところで…、蜂を飼い養う巣箱というのは、正真正銘の蜂蜜製造機で、電気代も払わず、給料も払わないのに、自動的に蜂蜜が出来てくる。すごい!
1個の巣箱から10kgもの蜂蜜がとれるので、養蜂は結構オイシイ商売なのだ。
鷲が蜜蜂たちに高級な蜂蜜酒(ミード)を与えるのは、蜂蜜の増産のためでもあるが、真の目的は、ミードという発酵食品によって蜂の健康を増進し、蜂達を病気から守るためである。
だっから鷲の庭の蜜蜂たちは、ほんと、ものすごく元気だ。
病気の客(病人)が、鷲の庭の蜂を見ながら あらびき茶をガブ飲みして、蜂蜜をなめて、鷲のホラ話を聞いているうちに、元気になって、病気が治って、帰っていく…。
ありがたいことだ。
・・・・・・
これから、ウソのような本当の話を書く。
奇跡の治療法とも言える(代替)医療技術を、鷲の秘蔵の弟子が発見し、“自家薬籠中の物”とした! という話である。
10日ほど前…、胃癌で胃袋を全摘した63才の男性が名古屋から志布志に来た。
この男性は頑健な身体をもったサラリーマンだったが、定期検診で胃に3個のガンが見つかり、悪性!ということで、4年前に胃の全摘手術をした…。
その後は、心身ともに病弱になり…、思いあまって鷲に会いに来たのだ。
鷲は、この男性と精魂込めて面談し、夜は酒を酌み交わした。
翌日、この63才は、50才のときの元気を取り戻して名古屋に帰っていった。 以上は、鷲の“元気注入法”という元気づけ療法だ。
さて…、
5日前。見るからに絶命寸前!という女性(41才)が東京から志布志に来た。
この女性は、東京の有名な大病院でガンの宣告を受け(4年前)、放射線・抗癌剤を強制され、その後のホルモン療法で精神に異常をきたし…、最近、骨髄性白血病で余命は1ヶ月もない! 早急に入院しろ!と自宅や家族まで電話をかけられて脅され続けたが…、思いあまって東京から鹿児島まで車に乗せられて鷲に会いに来た。
「鹿児島まで行ったら、生きては帰れない!」 と医師に脅しぬかれたが…、命を懸けて鷲に会いに来たのだ。
この41才の女性の診断書には、「残されている時間は週の単位からせいぜい月の単位…」(医師名:佐々木某)と書いてあったが…、4泊5日の志布志滞在中に、鷲の秘蔵の弟子の強力な指圧療法と腹式呼吸法の指導のお陰で、生まれ変わったように元気になって帰っていった。
一昨日のことだ。
卵巣ガン末期。腹水と大きな腫瘍で腹部がパンパン。腹部のどこに触れても激痛がはしり…、これは駄目だろう!と思える病人が、福岡から車に乗せられて、志布志の鷲の家に来た。
この病人を、鷲の秘蔵の弟子は指圧を主にした療法によって、生まれ変わったような元気な身体に変えてしまった!
「治療」にかかった時間は、8時間。「治療費」は無料である。
もう少し、ウソのような本当の話を書く。
1ヶ月前。鷲の親友(鹿児島在住、69才)から電話があり、「血圧が195もあり、頭痛がひどく、痛みが頭のなかを走る!目眩がフラフラしている…」と言うのだ。
鷲は秘蔵の弟子を呼んで、「治療」を開始した。
鷲の秘蔵の弟子が指圧を主にした療法を施すこと3時間…、鷲の親友の血圧は140になり、「爽快な気分だ!」と言う。
上の「治療」についての概論を簡単に書いておく。
「治療」は…、頸部、背中、脚、膝の裏、脇腹などに、うっ血したシコリが30個ほどあったので、これを指圧で解消するという療法だ。
血流が滞る(とどこおる)うっ血の箇所があると、血を流すために心臓は血圧をあげる。
これを医者は「高血圧症」という病名をつけて降圧剤を処方する。これは愚の骨頂だ。
うっ血を解消し、血の流れを良くしてやると、血圧は正常に戻る。これだけである。
以上。志布志市で「癒しの医療」を始める!という鷲の宣言は、順調に進んでいる。
飯山 一郎
・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり
四国遍路が流行り始めたのは、「医療不信」であったのが大きいようです。
10年ほど前の四国遍路の考証本を立ち読みして、変に納得。
私も、2000年前後に、お遍路を回ったけど、「尋常な医療だけでは如何ともならない!」と思い詰めてのことでした・・。
まあなんとか生きてます。
今も四国遍路は、大流行です。しばらくしたら結願のあとに「飯山まいり」が流行るでしょう。
お読みくださりありがとうございます。
PR
Comment