忍者ブログ
故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
2024/04     03 < 10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  > 05
Admin | Write | Comment
P R
読めないニックネーム{再開版}


上記文抜粋
・・・・・・・・・
・儒教の天と一般的な宗教の神との違いは、
儒教関連の文章で天と神を置き換えた違和感からも理解される。
儒教の天の特質は、道徳以上のものを持ち込めないように作用することである。
天の名のもとに道徳が変更されることもない。
忠孝の根拠に天が言われる場合、天は忠孝の絶対性を言うためであって、
天が忠孝を左右することはないのが、キリスト教と異なる。
キリスト教でもモーゼの十戒のように親へ孝を尽くすことが出て来るが、神はそれを超えた存在なのである。
対して、儒教は孝の価値を弱める存在は認めない。
天の意志と孝が矛盾する事態などは最初から想定しない。
明末に中国へ布教したマテオ・リッチは中国人向けの著作の中で、
「子が上の命(神の命)に聴くのであれば、
下(父)に逆らっても孝であるのを損なわない」と、
子が神の命令に従うときは父に逆らっても孝であると明言。
新約聖書の使徒行伝の「人に従うよりは神に従う」という立場は儒教とは対立せざるをえないものであった。
儒教の人倫主義は、人倫を超えた権威を見ないことであり、
天はひたすら人倫の権威を保証する。

・儒教の個人の祭祀で重要なのは直接に天に対するものではなく、
父祖の霊を対象にする祭祀。
父祖の対する祭祀に先行するものとして親の葬礼があり、
この葬礼と祭礼は礼の中でとりわけ重要なものであった。
そもそも礼の中に祭祀が含まれていること自体が、儒教の宗教性を論ずることを困難にしている。
これは祭祀を礼という日常に引きずり下ろしているとも、
日常の礼を宗教化しているともとれる。

もともと宗教は深く死とかかわる。
隠れキリシタンが発覚したときは、しばしば葬儀の特異さが見咎められたのが発端だった。
どの宗教の信者かは葬儀で見当がつく。
それこそが宗教としてゆずれないからである。

儒教は遺体を部屋の中に安置し、すぐには地中に埋葬しない。
埋葬の前に位牌を作る。この位牌は「神主」や「木主」という。
遺体の霊魂は魂と魄に分かれ、
魂は天に上り空中を飛んで神主に宿り、
魄は大地に帰っていく。
家には廟を作り、そこに神主を置いておくと魂が宿る。
中国人は墓を盛大に作りたがるが、祭祀の中心はむしろ神主(位牌)。
人体には魂魄があり、
魂は陽の気、
魄は陰の気である。
魂は感覚器官や心の活発な作用で、
魄は記憶など沈潜していく作用と作用の母体。

「人が思慮し計れるのは魂のなせるわざ。
記憶し弁別できるのは魄のなせるわざ」『朱子語類』

陽である魂は軽く上昇し神主に移す。
陰の気である魄は重く地にしみこんでいく。
魂が乗り移った神主が家廟に安置されることになり、
礼拝の対象は主として家廟にある神主となる。

遺体を墓に埋葬して帰宅し、
その日の内に「虞(ぐ)」という祭りを行う。
喪主以下みな沐浴して供え物をし、
祝が神主を座等に出して主人以下は見な入哭し、
神(死者の魂)をそこにおろす。


・・・・・中略・・・・

・明末の李贄(りし)
は強い欲望肯定と既成の価値観への批判で有名。
衣食住に関わる日常の欲望こそが道徳。
童心説にて幼児の心こそが聖人の心であり、
幼児が成長過程で経書の学習だとを強要され本来の心を失い既成価値観で心を支配されてしまった。
経学批判までしているので儒教と言えるのであろうかということになるが、
李贄(りし)は伝統的儒教的発言もしているので総体として儒者。
李贄(りし)の愛読者が吉田松陰なのは有名

(儒教の異端派のリシが吉田松陰に大きな影響。

昭和最大の黒幕と呼ばれた(時点で黒幕じゃないだろ)安岡正篤は陽明学者で、
紅卍と大本教と仲良しなのはなぜか気になっていたが、
陽明学はキリスト教と親和性があり、
新キリスト教を作りやすいという記事発見。
吉田松陰が陽明学者なのも優遇の理由だろう。

・・・・中略・・・・

 ただし、朱子学は、学べばだれでも天下取りの聖人君主になれる、とするのに対し、
陽明学は、あくまでもともと天下人である者の、天下人としての心得、つまり帝王学であって、なんの政治的配慮の権限も無い、そこらの庶民が高名な政治家たちの顰みをまねて陽明学なんかやったところで、茶番になるだけ。くわえて、朱子学は八条目の階梯を順を追って修養していけばいいが、陽明学はいきなり、万物万民一体の仁を養う、などという、どう考えても天賦の才なしにはできないような超人的なことを要求する。


 万物万民一体の仁もないくせに、基本の朱子学を侮って最初から陽明学なんかに心酔すると、自分の感情的な独善を天理とかってに誤解し、それに変に確信を持って強引に実現しようとする偏狭なテロリストになってしまう。陽明学は、生まれながらに天下人になるべく中庸中正の感覚を全身に叩き込まれてきた文字通りの本物のエリートのためのもの。そうでないなら、まずきちんと朱子学を学んで中庸中正の感覚を身につけてからにした方がいい。”)


・儒教は学派はあっても統一的宗教的組織がない。
仏教のように師の認可が不要なので経書に典拠が得られれば儒者。

士大夫(官僚および官僚予備軍)は読書人であった。
読書の書とは漢文。

漢文の権威は仏教にも影響。
原テキストではなく漢訳経典が漢字文化圏では使用された。

・礼の最重要条件は
①聖人あるいは王者が規定した

②内容が天下に一律

③万人に内容がいきわたる

④忠孝思想と背馳しない

礼はもともと士大夫が行うものであった。

・孔子廟にたいてい孔子像がない。置かれることもある。
それ以外の場所にも少ない。
画像や彫刻が崇拝対象にならない。

儒教の美術、芸術作品としての音楽、文学は発達しなかった。
儒教が天上や来世へのあこがれと無縁なのが大きく作用。
儒教は小説や戯曲の類よりも歴史書の方が重要。

・徳治主義

官僚の徳の所有を証明するのは経書学習。
有徳者に天命が降るとしたので天子であること自体が有徳の証とされた。

・革命
民心の動向が天の意志の現れであり、民が王から離反し、別の人間を推戴したらその王を討伐して政権を取ってもよい。
倒される側が極悪人で、倒す側が聖人なのが必須条件。
孟子は、仁者や義者を弾圧し傷つける者は一夫(一介の男)にすぎず、
一夫を誅殺しても君主を弑殺してはいないと答えている。
(天子の資格無き君主を殺してもOK)
孟子の革命説は警戒された。
司馬光は孟子を否定した。

・日本で三年の喪を一年前後によいとしたのは中国と朝鮮儒教からすれば信じがたいことだった。

・儒教の日本的展開に儒家神道がある。
仏教、儒教、道教の三者合一思想はあったが、あくまで三つの教の存在を前提とする。
(三一教のように限りなく一体化させるものもないではないが)
三教が心の場で合一する議論が基調だったように、
共存の傾向を見るべき。
(帰一ではない)
対して、
儒家神道は儒教と神道が当初から一つの教説として合体しているのであり、
継続的にかなりの勢力を持ったことが重要。
神道家が儒教を導入するのは誅しえ伊勢神道から始まり、仏教からの脱皮の意志があった。
儒家神道の儒教とは朱子学のこと。

朱子学の正統論は全国を統一して二代続けば地方政権でも正統王朝と認定する。
日本では朝廷が正統となる。
忠誠対象を一元化する正統論が適用されることで尊王主義が浮上。
天皇が代々継承する三種の神器が儒教の徳の象徴とされたことが、
道の継承である道統論を引きずり込んだ。
道統とは、古代の聖王の道が孔子に伝えられ、弟子から弟子へと伝わり、
孟子以後は絶えてしまうが、北宋の周敦頤や二程兄弟(程顥と程頤)によって明らかにされたというもの。

江戸時代に広く見られるのは神器の鏡、玉、剣を
礼記の知、仁、勇にあてはめる類。
(林羅山、山崎闇斎、山鹿素行、先駆は北畠親房の神皇正統記)。
皇室が正統と道統をあわせもつ皇統論が出現。
(三種の神器の元ネタは道教なのに。
天皇論に道統論を入れることで仏教排除を狙ったのだろう)

・日本で仏教だと思われている位牌は儒教のもの。
宋代頃に禅宗が位牌として取り入れたものが南北朝時代あたりに日本に渡来。
位牌が普及したの江戸時代中期と言われる。
自覚されない儒教。

・朝鮮儒教は中国儒教を忠実に行おうとした。

・漢字の効用
漢字の造語力に注目。
西欧近代の学術用語や専門用語が漢語に訳され、
現在でも使われ、
中国にも輸入された。
翻訳にたよることは自国語を保存することであって、
漢字文化圏は自国語を保存している地域。
自国語の保存は言語に組み込まれた文化を自然に継承することを可能にしている。
漢文教育廃止論も明治から存在した。
主唱者の中には現在視点では保守系がかなりいる。
富国強兵、国家独立のためにいちはやく西欧文明の導入が必要でありそのために西欧言語の習得に引っ張っていかなければならなかった。
実は近代になっても漢文は意外と隆盛していた。

(漢字廃止しろと言っている奴が西洋の手先ばかりである理由)

・安岡正篤氏のような政治家のご意見番のような場合、
政治家の意に逆らって諫言したのかが問われる。

丸山真男
「日本では近代以後、儒教的一君万民を標榜しながらも
諫言という君主への批判が欠落していく」

この現象は吉田神道における天皇への永遠の臣従という心性を反映しているのか、
近代日本が儒教のうち合わない部分を捨て去った結果なのかは検討が必要。
諫言なしには儒教は単なる政権の美化の道具でしかなくなる。

(諫言=悪をなす君主を止めるを抜いたら儒教カルト。
儒教の最高原理は天=道徳の権化。
天はゴッドであり忠孝を創ったとか、
天より上のゴッドがいるとか言っているなら儒教ではなく、
キリスト教化された儒教カルト。
日本であれだけ和風で覆って中身がキリスト教なのを隠した和風キリスト教があるのだから、
中国でも儒教や道教で覆った中国風キリスト教が紅卍以外にも大量にあるのだろう。

儒教は原罪否定で基本は性善説で、性悪説も後天的教育でなんとかなるって思想なので結局は性善説。
耶蘇は儒教の性善説も嫌い。原罪否定だから。


葬儀は信者にとって譲れない点なのは重要。
骨の髄までカトリック信者のロヨラのお墓は明確にカトリック式でありユダヤ教式ではない。
イエズス会の本部が置かれたイタリア・ローマのジェズ教会には悪魔の彫刻があり
神、仏、阿弥陀、釈迦が悪魔に含まれている。
今もあるのでいかに仏教に日本での布教=侵略を邪魔されたことを恨んでいるかがわかる↓

加賀百万石異聞・高山右近 - 北國新聞社
「天地創造」に拒否反応 かみ合わない宗教観
http://www.hokkoku.co.jp/kagakikou/ukon/ukon23.html
”北國新聞朝刊(2002/08/13付)
~ 神と悪魔 ~
「天地創造」に拒否反応 かみ合わない宗教観

カトリックの総本山で世界最大の教会「サン・ピエトロ大聖堂」内部。世界中から多 くの観光客や信者が集まる=バチカン市国
 イエズス会の本部が置かれたイタリア・ローマのジェズ教会には、奇妙な形をした彫刻がある。同会創立者のイグナチウス・デ・ロヨラ像が威風堂々と立つ傍らに、踏みつけにされ、打ちひしがれた悪魔の彫刻である。
 その悪魔の一部には、こんな文字が刻まれている。
 「Cames(神)、Fotoques(仏)Amidas(阿弥陀)、Xaca(釈迦)」
 ローマ法皇に絶対服従を誓うイエズス会は、異教の神には一片の寛容も持ち合わせていなかった。日本人がキリスト教を受け入れないのは、神や仏という悪魔にたぶらかされ、真理を見る目を曇らせているからだと考えていたからである。「悪魔」として刻まれた神や仏の文字には、イエズス会の怨念(おんねん)がこめられているかのようだ。
高山右近をはじめとするキリシタン大名の領地で少なからぬ信者を獲得したとはいえ、大方の日本人は、キリスト教を受け入れなかった。キリスト教徒が人口のわずか1%以下に過ぎない現代日本の姿と見事に符合するわけを、小堀桂一郎・東大名誉教授の評論「キリスト教創造主と日本の神々」を手引きに考えてみたい。
 まず、当時の日本の知識人は、キリスト教をどうとらえていたかである。時代はやや下るが、江戸中期の碩学、新井白石は、密航で捕らえられたイタリア人宣教師シドチを訊問した。白石は、訊問に際し、西洋の国情や文化、天文、地理などの科学知識について詳細に聞き出し、シドチの博覧強記ぶり、優れた西欧の学問水準に驚嘆した。このときの問答を元に、白石が書いた「西洋記聞」「采覧異言(さいらんいげん)」は鎖国下での貴重な西洋研究書である。
 だが、シドチがここぞとばかりに熱弁を振るったキリスト教の教義に関して、白石は冷笑をもって答えた。キリシタン禁制下ゆえに、白石が耳を貸さなかったからではない。シドチの説明があまりにも非論理的に思えたからである。それでもシドチが食い下がると、白石はこう反論した。
 「天地万物を創造したデウスがいるというなら、デウスにもまた必ずこれを造り出した作者がいたはずだ。デウスが自ら成り出でることができるものならば、天地もまた自成し得ることに何の不思議もない」
 白石の反論は、右近の時代に庶民が宣教師たちに反駁(はんばく)した理屈と基本的に同じであり、現代を生きる非キリスト教徒の素朴な疑問とも共鳴し合う。西欧人と日本人の思考方法には、単なる宗教観の違いを超え、どこか決定的にかみ合わない部分があるのかもしれない。
 …
 秀吉の伴天連追放令のなかには、「宗教は8つも9つもあるのだから、どれを選んでもよい」との記述があり、宗教の選択権はあくまで人間の側にあると考える日本人の宗教観がここにも反映されている。
 数多いキリシタン大名のなかで、領国を捨ててまで信仰を貫いたのは右近だけである。イエズス会宣教師たちを感嘆させた右近の信仰心の篤さは何によって育まれ、根を下ろしたのか。その生きざまが日本人のなかのとびっきりの少数派であるがゆえに、右近は日本史のなかで異質な光彩を放って見えるのである。

●〔聖ザビエルの手紙〕
 日本人は、論理的思考を好みます。故に私が地球が丸いことや、雨の原因について説明すると、彼らは夢中になるのでした。しかし、私が「全能である神が、悪魔を含む全宇宙を創造した」と話しても彼らは納得しないのです。なぜ、善である神が、悪魔を創造したのか?全能である神が、人間をこれほど弱く、罪を犯しやすいように造ったのか?このように質問してくるのです。(1552年1月29日付)”


イエズス会の上智大学の教学支援システム「Loyola」はロヨラが由来。


ヘブン状態のロードさん? @kusarimizu
2イエズス会自体も日本人の知的レベルが高くて布教が思うように進まなかったから
Cames(神)、Fotoques(仏)、Amidas(阿弥陀)、Xaca(釈迦)って悪魔を踏み付ける聖人の像を建立するくらいに憎んでいたという…。

ああ、「Cames(神)、Fotoques(仏)Amidas(阿弥陀)、Xaca(釈迦)」とかいう悪魔をデッチ上げた、イエズス会の日本侵略担当は五体解体されてるのか。日本人的には爆笑するところだけど、クリスチャンが偶像崇拝ってどうなんだろうね。

我乱堂? @SagamiNoriaki
2012年3月3日

昨日『ロヨラの聖イグナチオのお墓には、悪魔が踏みにじられているレリーフがあるそうですが、その中には「Cames, Fotoques, Amidas, Xaca」が含まれているそうです』とか聞いたが、なんのことか解らなんだ。聞くと『日本語のカミ、ホトケ、アミダ、シャカ』だという…)




・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

こちらは参考に。


およみくださりありがとうございます。
PR
Comment
Name
Title
Mail(非公開)
URL
Color
Emoji Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Comment
Pass   コメント編集用パスワード
 管理人のみ閲覧
<< BACK  | HOME |   NEXT >>
Copyright ©  -- 渾沌堂主人雑記~日本天皇国滅亡日記 --  All Rights Reserved

Designed by CriCri / Material by White Board / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]