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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

モラルも美学もかけらもない。どこへ行こうか・・日本人は地獄だけです。

みずがめ座時代 より

上記文抜粋
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どこへ行こうか


大したことをしているわけでもないのに、何だか異様に忙しくてブログも書けませんでした。

その間に社会では色々なことが起きているようです。日本の政治にも世界の経済にも赤信号が灯ってきたようです。

明治以降の日本、世界でも、国家というものの幻想が剥げ落ちています。このタガが崩れ出したら、行くところまで行くと思いますので、今後は平穏な時代とはならないでしょう。

平穏でない時代は良くないかもしれませんが、悪いものが壊れていく混乱でもあるので、悪いばかりとは言えません。

大きな近代国家の仕組みや、金融経済の仕組み、人心掌握の仕組みなどが壊れますので、逆に言うと、私たちはこれまで何に縛られ、どのように存在していたのかの、その実態が段々とわかってくることになるわけです。

本当の悲劇というのは、終わってみなければ、それが過去になってみなければわかりません。その中にいる間は、それしかないので、私たちを取り囲む本当の不幸になかなか気づけないのです。

昔よりも今の方がずっと良い、、、という感じ方が多いので、一見現代はそんなに悪いばかりでもない、、、と私たちは思いますが、果たしてそうでしょうか。

確かに、文明の進歩に浴した面は大きく、生活も豊かになり、暮らしも楽になり、移動も可能で、民主主義は最低の生活と人権を守ってくれたことは事実です。

見える面では確かに良くなったのです。今さら明治や大正や昭和初期の日本に戻りたいと、真剣に思う人は少ないでしょうし、私もまだ今の時代の方がずっと良いと思います。

ただ、それは見える面での話しなのです。見えない面が時代にはあり、そこに恐ろしいような犠牲を強いているのが現代です。

見えないものが、ブラックホールのように、少しづつ人を不幸な世界に吸い込んでいく、、、そうした構造をしているのが今の時代です。

目に見える世界、公けの世界、マスコミを通して見る世界、学校などの義務教育を通して見る世界、通常の家庭から見る世界、、、、それとは別の世界があり、人は隠れた裏の世界を見ようとはしませんし、ついそこに蓋をかぶせます。

なので、通常の見える世界しかみていなければ、今の時代はそんなに悪い時代に見えない、、ということになるのです。

しかし、感受性が強い人、同情心が強い人、創造性がある程度ある人なら、見えない世界の恐怖に気づいていくはずです。

おいしいお肉、、、確かにおいしいですが、表から見えるおいしそうなお肉の裏の見えない部分は、かなり悲惨です。

牛はどのように生まれ、どのように扱われ、どのような思いで殺されるのか、、、こうした話しをすると嫌がる人も多いですが、事実は事実として知っておいたほうがよいかもしれません。

それは、牛やお肉だけの問題とは違うからです。裏の世界は現代の本質をむしろもっており、その本質に従って私たちの人生とも共通しているからです。

かわいそうな牛の運命は私たち人間の運命と同じなのです。ただ、すぐには見えないから気づかないだけ。わかっても、イヤなものは見たくないとの思いから、知ろうとしないだけ。

しかし、それは危険なのです。なぜなら、現代の本質は、見えない世界の犠牲によって表面的な平穏が築かれていますので、見えない不幸を要求されているのです。ブラックホールに落ち続ける人が一定範囲いないと、維持できなシステムなのです。

今はまだ、その要求が自分に来ていないだけの、単なる執行猶予期間における平穏の中で、私たちは日々を暮らしているだけなのです。

肉牛として育てられた牛はやがてひどい扱いを受けて殺されます。そこには一遍の愛もやさしさもない、ひどい世界です。

そうした牛の運命と私たちの運命が同じとは、どういうことでしょう。残念なことに本当のその通りなのです。

テレビを見れば、そこには、人生の楽しみがたくさん紹介され、楽しみながら暮らす人が当たり前のように登場します。

おいしいものを食べる人、、、運動を楽しむ人、、、スポーツで活躍するスター、、、得する情報、、、お金の増やし方、、、将来の設計、、、一見すると夢のような暮らしが私たちの生活であるかのような印象です。

執行猶予期間はそうなのかもしれません。

しかし、そんな執行猶予期間は、やがて終えていきます。少しづつ終えていく人がいるだけなので、目立たないのです。なので、大勢は常に今、幸福な人に注がれます。しかし、いずれはほとんどの人が、お風呂の排水同様、下水に飲み込まれるようにして終えていくのです。

色々な終わり方があります。

癌の宣告、、、どんなにショックでしょう。どんな治療を受けるのでしょう、、、化学療法でしょうか、、、死よりもつらい治療もあると聞きます。しかし、家族はそれが良いとばかり、治療を受けさせます。

いくら本人がつらい、苦しいと言っても、それが正しいと思う以外にない選択の中で、病人は置いてきぼりにされます。

それまで普通の家族であった人が癌になり、、その治療の過酷さを見て、通常の生活との断絶があまりに大きすぎるため、愛する家族との心理的な切り離しが進む場合もあるでしょう。

患者はそうした家族との切り離しを、自分が病気だから仕方ないとばかり、孤独の中で受け取るのです。

病気によって幸福な執行猶予期間がこうして終えて行きます。

そんな形で今後3割の人間がいずれ癌で死んで行くそうです。おかしくありませんか。この一例だけとっても、時代は間違っています。

ベルトコンベアーに乗せられて殺される牛と大差があるのでしょうか。殺された牛は食べられますが、そこにはてんこ盛りの薬品やホルモンが注入され、人の病気を長期間にわたって巧妙に作るのです。

同様にお菓子で、見た目おいしそうな食べ物で、巧妙に病気を作ることが、日々まじめに行われるのです。健康的と思える野菜にも、農薬がまみれます。そんなこと言っていたら何も食べられなくなる、、、との批判はもっともかもしれませんが、それがシステムだとしたら、そこから降りてもいいのではないでしょうか。

癌ばかりではありません。

欲しいものを人は買いたくなります。でもお金がなければ買えません。ローンという借金で買おうとするのも、今では一般的です。

返せるローンなら問題もありません。大体は健全に考えた末にローンを組むでしょうから、問題なしでいいのですが、慣れてくれば、当たり前のようにローンを組むようになるかもしれません。

運悪く、働けなくなる、、、会社を首になる、、、給料が下がった、、、会社が潰れてしまった、、、、離婚して収入の見込みが狂った、、、病気になってお金が得られなくなった、、、ローンの担保価値が下がってしまった、、、

いつもは何の問題もなかったローンなのに、たまたま一回だけでもこうした状況の変化に会えば、それに捕まってしまう、、、一回でアウトになるのです。

お金を返せない、、、そして色々な地獄が始まる。お金の問題で人生の執行猶予を終えて行った人は決して少なくありません。

年間3万人の自殺と、ローン破産やお金の問題はほとんでのケースでリンクしていることでしょう。

病気、借金、こうして執行猶予期間を終えていく人がいます。

その人達の苦しみは、明るい表だけを見ている人や社会からは決して伝わってきません。

自分の借金ではなく、保証人となって地獄を見る人もいますし、盗まれて人生に失望する人もいることでしょう。

そんなのは、一部の問題と、執行猶予期間中の人は思いますが、けっこう多いのです。私も仕事をして40年以上なりますが、知り合いの中には、こうした形で苦しい人生になった人をずいぶん見ています。

こう話すと、人は自分にはそんなことは無いから、、、と他人事のように思い、、今のままでいいと思いこむからわからないだけで、誰もがいつか何等かの網にかかり、執行猶予期間を終えていくことを知らないのです。

私などはボーっとした面があるので、けっこう大きな損をしてきました。泥棒に入られたこともありますし、お金を騙されたことも何度もあります。

でも騙されるのはまだいいのです。だましたことさえわからせないのが本当の詐欺的手法です。

私は損してもあまり気にしない性格だったので、良かったのですが、せっかく貯めたお金を騙されて奪われたら、おかしくなる人も多いかもしれません。人はそうした被害にあったとき、損得もそうですが、そうした出来事に悪意を感じて傷つくのです。そのこともよくわかりました。

また、どんなに損しても、それを心理的に受け入れれば、損した以上の良いことが起こるのも事実です。本当はどんなに損しても、損ということは無いのですが、そこまで理解するのは当事者には難しいと思います。

こうして、お金の問題で執行猶予を終えていく人がいるのです。

執行猶予の終わり方にはもっとたくさんあります。スポーツ万能と言われた人が、脚を悪くする、、、体を悪くする、、、

ブラック企業でこき使われる、、、ブラックだと誰もが思えるならまだしも、一般の優良な会社と思われる中でのブラック化により、人生を絶望する人もいることでしょう。

辞めたくても辞めれらぬ事情があれば、幸福の執行猶予期間はすぐに終えて私たちはお金の奴隷、会社の奴隷になってしまいます。

愛情問題で執行機関を終える人もいれば、いじめで、暴力で、悪意で。

こうしてまともでやさしい人が、真っ先にやり玉にあがるこの世の仕組みがあるのです。

要するに、今の私たちの社会の正当性と見える明るさは、見えない大きすぎる不幸によって運営され、維持されているところに、問題があるのです。

なので、本当は決して良い時代であるわけがありません。泣く人を犠牲にして繁栄する時代。自分は勝ち組なので問題ないと健康な時や自信があるときにはそう思うし、そう思いたくなるでしょうが、みんながターゲットなのです。

悪い時代は、誰一人も幸福にしないシステムなのです。

今は時代の寵児でも、執行猶予期間の終了がいずれ告げられることでしょう。それがいつ、何で来るかは知りません。

タイガーウッズが昨日、酩酊運転で逮捕されたようですが、誰もが、同様の薄氷の上を幸福だと思って生きているのです。

運よく氷が割れないだけ。何かの拍子で氷はすぐに割れます。その時には、自分は冷たい海中で不幸のドン底となりますが、薄い氷の上では、そんなことには目もくれない大勢の人々が、今は幸福とばかりに踊っているのです。海中に落ちた人のことは忘れて。

なぜこうなるのかは、簡単です。不幸本位制によって経済が運営されているからです。人を不幸にさせるだけ、経済活動が大きくなるのです。

これを幸福本位制に変えなくてはいけません。人が幸福になればなるだけみんなが儲かる仕組みをつくればいいのです。

割と簡単にできます。人は不幸よりも幸福に慣れますので、本質は幸福が当たり前なのです。不自然な不幸力を本位にしているからよくないだけで、幸福本位で経済や社会を運営することはできます。

医者は病人が出るから儲かりますが、これを病人が出ないときに儲かるシステムにすれば、エブリバディハッピイです。簡単にできることです。

金を奪いあうからおかしくなるのですから、最初は与えればいいのです。最初に借金から始めさせるシステムが金融経済だから行き詰るのです。

人は裸で生まれてきて、最初はすべてをもらうところから出発するのが当たり前です。金融も同じ。毎月、お金を上げればすぐにうまく行き出します。景気も驚くほど豊かになります。すべての人が金持ちになり、しかも運営維持できる経済が起こります。

要するに、この世のシステムの悪いところは、自分だけが儲かって、あとの人は不幸であるということを目指すからです。

大本には、神経症的な不安があるのです。みんなで豊かになることは実は簡単なのです。しかし、それでは自分の存在を肯定できないコンプレックス的存在が上に立ち、自分以外の他の人は不幸であることを求めるからです。

それは悪魔的というよりも、神経症的なのです。なので、決して本人も幸福にはなれません。誰一人も幸福にしないのが今のシステムです。これは替えるしかありません。

原理がフリーエネルギーの宇宙原理から外れていますので、今のシステムはもうすぐ、壊れます。行き着くところまで行ったからです。

それは近いはずです。その際に、大事なことは、あなたが、次にどこに行こうとしているのかの、そのビジョンです。

無からしかエネルギーは訪れません。次の時代は、今あるもののやり取りから始まるのではなく、今はない、あなたの中に眠る次なるイメージによってなされるのです。

これからどう生きようか、、、そのイメージはどんなものだろうか、、、すべてはそこから始まります。

つまらないシステムに捕まる必要はありません。騙されないでください。自分の未来をつくるのは自分にしかできません。誰かにすがれば作れるというものではないのです。

医者にすがれば、、、金にすがれば、、、国にすがれば、、、会社にすがれば、、、家族にすがれば、、、


それらはすべて違います。そうした意識は執行猶予までの見せかけの幸福をあなたにもたらすだけ。

何もない、素の、裸の自分が、これから、どう暮らしたいのか、、どう生きたいのか、、、次の時代をイメージすること。

イメージは無です。質量的な無の作用からしか、この世はつくれません。あなたの未来も同じで前途洋々としたものなのです。不安のベルトコンベアーに乗ってはいけないのです。それが現代の罠であることに気づいてください。



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抜粋終わり

>そうした牛の運命と私たちの運命が同じとは、どういうことでしょう。残念なことに本当のその通りなのです。

荘子の中で
「牛はエサを与えられて、良い場所で寝て、綺麗な服を着せてもらっても、挙句に生贄として殺されるよりも、野良で生きている方を望むだろう」
とある。

私たちは牛にも感覚が及ばなくなっている。あるいはその命を尊さを牛よりも知らないかもしれない。

>おいしいものを食べる人、、、運動を楽しむ人、、、スポーツで活躍するスター、、、得する情報、、、お金の増やし方、、、将来の設計、、、一見すると夢のような暮らしが私たちの生活であるかのような印象です。

>執行猶予期間はそうなのかもしれません。

>しかし、そんな執行猶予期間は、やがて終えていきます。少しづつ終えていく人がいるだけなので、目立たないのです。なので、大勢は常に今、幸福な人に注がれます。しかし、いずれはほとんどの人が、お風呂の排水同様、下水に飲み込まれるようにして終えていくのです。

生贄の牛が、旨いモノを喰い、良い寝床で寝て、美服を着せられるように・・・。


>執行猶予の終わり方にはもっとたくさんあります。スポーツ万能と言われた人が、脚を悪くする、、、体を悪くする、、、

>ブラック企業でこき使われる、、、ブラックだと誰もが思えるならまだしも、一般の優良な会社と思われる中でのブラック化により、人生を絶望する人もいることでしょう。

>辞めたくても辞めれらぬ事情があれば、幸福の執行猶予期間はすぐに終えて私たちはお金の奴隷、会社の奴隷になってしまいます。

>愛情問題で執行機関を終える人もいれば、いじめで、暴力で、悪意で。

>こうしてまともでやさしい人が、真っ先にやり玉にあがるこの世の仕組みがあるのです。

>要するに、今の私たちの社会の正当性と見える明るさは、見えない大きすぎる不幸によって運営され、維持されているところに、問題があるのです。


然り。

>大本には、神経症的な不安があるのです。みんなで豊かになることは実は簡単なのです。しかし、それでは自分の存在を肯定できないコンプレックス的存在が上に立ち、自分以外の他の人は不幸であることを求めるからです。

>それは悪魔的というよりも、神経症的なのです。なので、決して本人も幸福にはなれません。誰一人も幸福にしないのが今のシステムです。これは替えるしかありません。


同感。


超高層マンション スカイヲーカー  より

上記文抜粋
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タイガーウッズ容疑者って・・



「男子ゴルフの元世界ランキング1位、アメリカのタイガー・ウッズ選手(41)が、飲酒または薬物の影響を受けて車を運転した疑いで逮捕された。」


タイガーウッズ容疑者・・どうしたんでしょうか・・
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抜粋終わり


タイガーウッズの逮捕。

そういえば、NHKで「スポーツ選手・体育会系の人は、ギャンブル依存になりやすい」と報道していた。

然りだよね。

「スポーツをして、健全育成!心も健康!」

とか言っていたが、そもそもそれって嘘だよ。

タイガーの件を見たら、、この「西洋近代文明」て、いかに脆く儚く残酷なモノかも感じる。


根っこが無いのだ・・・思想っていうか理念て言うか、魂というか・・・


京の風 より

上記文抜粋
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村田光平:福島県庁の関係者は「今日に至るも収束宣言も出されていない。そもそも収束とはどういう 状態かについての定義も出来ていない」旨述べて・・・いよいよ日本の国民性が問われている。

まず、朝日新聞 6月2日の『社説』

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開幕まで3年というのに、不安と不信は深まるばかりだ。

 2020年東京五輪・パラリンピックの経費負担について、関係機関が大筋合意した。しかし、東京以外の会場で開催される競技の運営経費をめぐる話し合いは整わず、先送りされた。関係自治体と、いつ、いかなる形で調整がつくのか。行方は依然として見通せない。

 迷走を招いたものは何か。

 まず、招致当時の猪瀬直樹都知事らがまとめた基本計画のずさんさが挙げられる。

 この段階では他都市との競争に勝つことを優先するあまり、試算は甘くなりがちだ。それにしても、総経費7300億円とされていたのが、昨夏「3兆円超の可能性」との指摘があり、人々を驚かせた。その後1兆3850億円にまで縮まったが、節約が唱えられると、詳しい説明のないまま1千億単位で数字が削られるのだから、ふつうの市民の理解を超えている。

 招致当時はコンパクト五輪の理念を掲げ、たとえばセーリングは東京湾で行う予定だった。だが防潮堤整備に巨費が必要とわかり、急きょ神奈川県にもっていくことにした。いま県と都の折衝が難航している最大の原因は、この会場移転に伴う漁業補償費の負担問題だ。

 第二は、くり返し指摘してきたことだが、こうした混乱を乗り切るリーダーシップの不在だ。本来、各団体や組織の間に立つべき大会組織委員会や五輪相が役割を果たせていない。

 昨秋、会場再編問題を協議した際、国際オリンピック委員会の役員の前で、組織委、都、国の責任者が感情むき出しでやり合ったのは、連携不足と相互不信を象徴する光景だった。

 第三に、随所に顔を出す政治的な思惑と駆け引きである。

 小池都知事が唱えた五輪計画の見直しは一定の効果をあげ、求心力を高めた。だが課題を調整して収束させる能力を欠き、さらに夏の都議選をにらんで、小池氏から主導権を奪おうとする自民党や首相官邸の動きが、対立に拍車をかけた。

 国立競技場の建て替え問題に始まってゴタゴタが絶えない状態に、国民の間には五輪に対する嫌悪感すら漂う。

 このプロジェクトにかかわる組織と人間が、それぞれの立場と責任を再確認し、信頼関係を築くことでしか、推進力は生まれない。そのうえで、人々の理解を得るには、徹底した情報開示と丁寧な説明が不可欠だ。

 五輪の準備状況を確認するための国際大会が、来年から順次開かれる。もう猶予はない。

----------------------------------------------------(終わり)

これに対し、 村田先生からメールが来ました。

以下は、村田先生のブログと、送られてきたメールです。   

http://kurionet.web.fc2.com/murata.html

                                    
 皆様

本2日の朝日朝刊の社説は別添の通り「ーーーゴタゴタが絶えない状態に、
国民の間には五輪に対する嫌悪感すら漂う」とまで指摘しております。

そもそも福島原発事故に伴う非常事態宣言が未だに解除除されていない中での
五輪招致は大きな過ちでした。
さらに誰もが信ずることが出来ない ”Under controll"の太鼓判により実現した招致でした。 これが今や深刻な問題になりつつあります。

先程福島県庁の関係者は  「今日に至るも収束宣言も出されていない。そもそも収束とはどういう状態かについての定義も出来ていない」旨述べておりました。

当然のことながら国際オリンピック委員会(IOC)に対しては3年前から各方面から ”Under controll"の検証の要求が寄せられておりますが、IOCはこれに応じておりません。
当然のことながらIOCは批判を受けだしております。

事態がここに至って遂に日本の東京五輪関係者(國、都庁、日本オリンピック委員会(JOC)、組織委員会)が ”under control" についての確認を求められる局面が近付きつつあると思われます。

あまりにも福島への関心が薄れております。
しかし、
現地に震度7級の地震が発生するかどうかに日本の命運がかかっているのです。
マスコミの責務は重大です。

福島第一2号機危機への対応等々事故の収束に向けて全力投球するために東京五輪を返上することを、 日本が一日も早く自主的に決めることが切望されます。

嘘を厳しく責めない日本国民の徳性が問われ出しております。

皆様はどう思われますか。
 ご返信を歓迎致します。

 ご指導をお願い申し上げます。

 村田光平
(元駐スイス大使)


  
 PS: 私のところに、メールいただければ、村田先生に転送いたします。   


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・・・・・・・・・
抜粋終わり

>嘘を厳しく責めない日本国民の徳性が問われ出しております。

嘘が大好きではないのか日本人は・・・・。

天皇から首相・国家の指導者から、ちまたの土豪劣紳まで、嘘で誤魔化し、騙してきて、そのホラに追従する人間ばかり栄華を極めるようにしてきた。

特に、明治からそれが甚だしい。
さらに戦後になってそれはねじ曲がって、「日本は独立国」とかいう嘘を信じないと「真っ当」でないようになった。


一般の庶民は、「職人」ということで、その手のことは文句言わず、ただ「高級奴隷」として、生きていた。
「職人」という資質・徳性だけでは、人間ではない。「職人」に人間の尊厳・社会の公平さの重要性は語れない。
職人は「高級奴隷」であって、「良民の百姓」ですら、古代はなかったのだ。


目覚めのための日本滅亡が必要ではないのか。あるいは革命が・・・。



スポーツ選手も職人も「自分の分野しか考えない」ていう意味では、高級奴隷で、人間の幸い・人類とか地球とは「無縁」で生きれる。
もうそれだけでは、テクノロジーの発達。人間の正気さ。この観点から言えば、「職人」「スポーツ選手」とういう生き方は無理で不可能で、自分と地球を滅ぼす生き方なのであろう。これは大事だよね。

頂上から腐るものですは、国家ていう組織は・・・

で衰亡が一番下から現れる。そういうものです。


お読みくださりありがとうございます。

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