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半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

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産めよ増やせよ大和撫子((旧日本の独立を目指して)))  より

上記文抜粋
・・・・・・・・・
世界からムーニーを排除することに決めたトランプ  

米国務省は30%首。

筆頭はヌーランド。

彼女はムーニー。

さて、小池はどうだろうか。大愚は知らない。

稲田はムーニー。だから首。

安倍はどうか。奥さんはそうだろうが本人はどうか。

その他にも裁判官や検察官にいるようだ。

石原は息子が、オウム。

いよいよ中央政界のちゃくちゃな状況が正されるのでしょう。

では創価の中枢はどうするのか。

あるいは菅や野田といったCIA(松下政経塾)連中はどうするのか

英国やイエズス会の小児性愛リングはどうなったのか?

人食い中共(法輪功逮捕→罪人臓器移植)は粛清されたようだが

ルペンが大統領になればフランスにあるという?「人食い館」?も破壊されるだろう。

犠牲と殉死の禁止から2500年(日本では乃木大将の殉死が最後。ついこの前。もっとも自分の失敗で死なせた部下に対する贖罪であって、太古の殉死とは違う)

やっと人類は人食い行為やカルトの脅威から解放されるのか? 

キリスト教や共産主義は教義という名前の形式論理で人を縛るカルトそのものだが、さて。


・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

脳みそが腐って、頭にオムツを履かないといけない連中が、日本の指導層だ。


戦闘教師「ケン」 激闘永田町編  より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・
戦後日本の不安定な立脚点

【幼稚園での教育勅語教材「規定なし」 政府答弁書】
 政府は7日の閣議で、幼稚園などで教育勅語を教材として用いることの是非について「学校教育法の規定に基づき、文部科学相が定める幼稚園教育要領において規定は存在しない」とする答弁書を決定した。答弁書は「学校教育法などの法令に違反するか否かについては、個別具体的な状況に即して判断されるべきものだ」と指摘した。民進党の逢坂誠二衆院議員の質問主意書に答えた。
(3月7日、産経新聞)

あまりにも象徴的な話。仮にドイツの幼稚園で、ナチスの党歌や忠誠宣誓が行われたとしたら、全土を揺るがす大問題となって、すぐさま禁止措置あるいは休園命令が下されるだろう。ところが、日本では同様のことが行われても、「個別具体的な状況に即して判断されるべきもの」として黙認される。

これは、ドイツがナチズムを否定し、「戦う民主主義」を採用、デモクラシーやリベラリズムを否定する勢力や動きに対しては能動的に対処し、これを排除するというスタンスに立っているのに対し、日本は全く異なるスタンスであることに起因している。

本土決戦により休戦交渉すべき政府そのものが消失してしまったドイツと異なり、本土決戦を行わなかった日本は政府を残したまま降伏した。日本政府は連合軍司令部(GHQ)の従属下に置かれ、民主的政体への移行が進められた。GHQの指導があったとはいえ、体制転換の主体はあくまでも帝国政府だった。憲法も、帝国憲法を修正したものを昭和帝が臣民に下賜する形で公布された。

46年11月3日の日本国憲法公布に際する昭和天皇の上諭(布告文)。

「朕は、日本國民の總意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至つたことを、深くよろこび、樞密顧問の諮詢及び帝國憲法第七十三條による帝國議會の議決を經た帝國憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。」

「上諭」とは、君主から臣下に下される言葉であり、この言葉こそが正に日本国憲法が欽定憲法(君主から臣下に与えられる憲法)であったことを示している。
だが、実際に日本国憲法が施行されるのは翌47年5月3日からのことであり、それまでは明治憲法が有効であるため、形式上・手続き上は明治憲法に則るしか無かった。
だが、その結果、「国民主権」(主権在民)を謳いながら、「君主から国民が賜る」という歪な形になってしまった。
日本国憲法は欽定憲法だった!

憲法については、GHQの指導や敗戦直後の保守・反動勢力の沈黙もあって、一応は自由と民主主義に基づくものとなった。教育勅語も新憲法にそぐわないとして廃止された。しかし、天皇制や国家神道の基幹部は温存され、秘密警察も形を変えて存続した。帝政、権威主義、軍国主義、植民地主義などの要素は、特に否定されること無く、まして断罪されることなく、ただ「無かったこと」にされた。ここが「自由と民主主義を否定する要素は断固否定する」というドイツとの大きな違いとなる。その後の民主化の過程の中で、朝鮮戦争が勃発し、東西冷戦構造が確立、アメリカの対日政策も「民主化」から「冷戦の最前線基地」へとシフトしていった。本来、天皇制をはじめとする権威主義体制を一部温存する代償として放棄された軍事権も、戦後10年も経たずに部分的に回復された(1954年に自衛隊発足)。


西ドイツがナチスとの決別を大前提として再軍備を果たしたのに対し、日本では天皇制を温存したまま自衛隊が創設されたため、帝国軍・皇軍との違いが非常に不明確なままになっている。特に近年、自衛隊が叙勲対象者の拡大や高官に対する天皇認証を要求していることからも、自衛隊内でデモクラシーを否定し、権威主義へ回帰する傾向が強まっていることが分かる。
日本再軍備の条件

言うなれば、戦後日本は権威主義や軍国主義を表面的に取り払っただけで、その根っこの部分を巧妙に温存してきた。高度成長に支えられ、米帝の保護あつかったことから、誰も過去の暗部に触れようとはしなかった。その結果、今日になって再び芽吹いている。一方、政府は政府で、「敗戦の結果、講和条件として民主化しただけ」というスタンスから、権威主義体制への揺り戻しを問題視する立場には無い。冒頭記事の政府答弁の理由である。そして、根源的には天皇制を解体しない限り、解決できないのである。



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抜粋終わり

>戦後日本は権威主義や軍国主義を表面的に取り払っただけで、その根っこの部分を巧妙に温存してきた。高度成長に支えられ、米帝の保護あつかったことから、誰も過去の暗部に触れようとはしなかった。その結果、今日になって再び芽吹いている。一方、政府は政府で、「敗戦の結果、講和条件として民主化しただけ」というスタンスから、権威主義体制への揺り戻しを問題視する立場には無い。冒頭記事の政府答弁の理由である。そして、根源的には天皇制を解体しない限り、解決できないのである。

その通りである。


>根源的には天皇制を解体しない限り、解決できないのである。


天皇制解体。素晴らしい。

けど、今上さんら現皇族の大多数を、崇徳院・後鳥羽院のようにしたら、愛子さんか悠仁さんが、天皇ってこともありだろう。

あまりむごいことはしたくない{大多数の皇族が、当事者ではなく、その後継者や子弟にすぎないから}ので、まあできた中国の「孔子家」や天師道の「張・家」のように成ってもらえたら、幸いの落としどころと思うけど。

そもそも昭和天皇の責任をうやむやにし続けたことの罪過である。


崇徳院~保元の乱を起こし敗北。~ 島流しのあと暗殺。

後鳥羽院~承久の変を起し敗北~隠岐の島に流罪。


昭和さんの罪過は、この二人を遥かに凌駕する。

白村江の戦いは、その後どうも天皇が退位させられたようで暗殺もあるか・・{小林やすこ説を参考に考えると}


対外的には、白村江以上の敗北。国内的には、崇徳・後鳥羽以上に国土が荒廃した。


でも昭和天皇の責任は「ない」らしい・・・

まじ天皇制が終わりそうに思う・・・



お読みくださりありがとうございます。



追記


教育勅語がご臨終の悪の経典にすぎぬ理由を上げよう。

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