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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

テロは、アメリカ軍産複合体の命令に行われる。 ダッカのテロで軍国日本をもう一度・・。

櫻井ジャーナル より

上記文抜粋
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ダッカやイスタンブールで「テロ」を実行したダーイッシュの背後に米国がいる構図に変化なし

 バングラデシュの首都ダッカで7月1日、レストランがダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)系の武装集団に襲撃され、日本人7名を含む20名が殺されたという。繰り返しになるが、こうした集団は傭兵の集まりにすぎず、プロジェクトや状況によってタグが付け替えられてきた。

 本ブログではすでに指摘したが、ダーイッシュはマレーシアやフィリピンなど東南アジアにエネルギーを集中させるように呼びかけていて、今年1月14日にはインドネシアの首都ジャカルタで何回かの爆破と銃撃戦があった。現在、アメリカは東シナ海から南シナ海にかけての海域で軍事的な緊張を高めようとしているので、それと連動した動きだろう。

 今年の3月までSACEUR(NATO欧州連合軍最高司令官)を務めていたフィリップ・ブリードラブがバラク・オバマ大統領をロシアとの軍事的な緊張を高めようと画策していたことが明らかにされたが、同じことをアジアの東側でも行っている。

 ロシアや中国との戦争も視野に入れて動いているアメリカの戦争マシーンへ日本を組み込もうとしているのが安倍晋三政権。2015年6月1日に開かれた官邸記者クラブのキャップとの懇親会で安倍首相は「安保関連法制」について、「南シナ海の中国が相手」だと口にしたという。安倍首相は「戦争ごっこ」のつもりかもしれないが、日本人は非常に危険な状況の中にいる。

 少し前、6月28日にはトルコのアタテュルク国際空港で爆破事件があり、45名が死亡したと伝えられている。実行犯は3名で、主犯格とされるアーメド・チャタエフはチェチェン出身。2003年にロシアの治安当局から指名手配されていたが、オーストリアが難民と認定して保護、「人権擁護団体」の支援もあり、自由に移動していた。ダーイッシュに合流してシリアでの戦闘に加わったのは2015年だという。

 ダーイッシュは2014年1月にファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言して登場し、6月にモスルを制圧した。その際にトヨタ製の真新しい小型トラック「ハイラックス」を連ねてパレード、その後継を撮影した写真が世界規模で流れ、多くの人に知られるようになる。

 言うまでもなく、スパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を得ているアメリカ軍はダーイッシュの動きを把握していたはずだが、反応しなかった。パレードしている車列などは格好の攻撃目標のはずだ。

 ダーイッシュは当初、アメリカ軍によってサダム・フセイン体制が倒されたイラクで活動、AQI(イラクのアル・カイダ)と呼ばれていた。2006年にこの集団が中心になって再編成されたのがISI(イラクのイスラム国)で、2013年に活動範囲をシリアまで拡大してからISIS(イラクとシリアのイスラム国)、ISIL(イラクとレバントのイスラム国)、あるいはアラビア語名の頭文字をとってダーイッシュと呼ばれるようになった。

 始まりはアル・カイダ。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとワシントンDCの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されて以降、アメリカ政府から「テロリスト」の象徴として扱われてきたが、1997年から2001年にかけてイギリスの外務大臣を務めたロビン・クックによると、これはCIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイル。統一された武装集団ではないということ。アル・カイダはアラビア語で「ベース」を意味し、「データベース」の訳語としても使われている。AQIはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアなどがイラクでのプロジェクト用に集められた傭兵集団だと言えるだろう。その延長線上にダーイッシュはある。

 CIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」の中心はサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団で、資金はサウジアラビアが出していた。ソ連軍をアフガニスタンへ引き入れ、そこで「ベトナム戦争」を味わわせるというズビグネフ・ブレジンスキー大統領補佐官(当時)のプランに基づいて戦闘員は集められ、武器/兵器も供与された。

 この構図は今も基本的に変化していない。DIA(国防情報局)が2012年8月に作成した文書によると、反シリア政府軍の主力はサラフ主義者(ワッハーブ派)、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIで、西側、ペルシャ湾岸諸国、そしてトルコの支援を受けている。

 そうした報告を受けた上でアメリカ政府はバシャール・アル・アサド政権を倒すため、侵略軍への支援を続けた。2012年の報告書が作成された当時のDIA局長、マイケル・フリン中将はアル・ジャジーラの取材に対し、ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策によると語ったが、それはこうした背景があるからだ。またウェズリー・クラーク元SACEURは、アメリカの友好国と同盟国がダーイッシュを作り上げたと語っている。

 アメリカ軍の軍人だったフリンとクラークは触れていないが、友好国と同盟国だけでなくアメリカ自体もダーイッシュの創設に加わっている。先日、イラクのファルージャを政府軍が奪還したが、その際にイラク軍はシリアへの逃走を図るダーイッシュの車列を攻撃し、約500輌のうち200輌以上を破壊した。これはアメリカ側の要請を無視したもの。ここでもCIAがダーイッシュの戦闘員を訓練していたようで、アメリカ軍はCIAの顧問を逃がそうとしたと見られている。

 シリアでは停戦を利用してアメリカ政府は侵略軍を編成し直し、新たな攻撃の準備を進めているが、その途中でロシア軍は侵略軍を攻撃した。アメリカが言うところの穏健派、アル・ヌスラ、そしてアメリカの特殊部隊が一体となっている部隊を攻撃、アメリカ政府は慌てて抗議したようだ。

 アル・ヌスラと連携している武装集団のジャイシュ・アル・イスラムをアメリカ政府は「テロリスト」と認定することを拒否してきたが、そのジャイシュ・アル・イスラムは最近、人道的支援活動をしている国連の車列を攻撃したと伝えられている。アメリカの支配層にコントロールされている国連としても何らかの対応をとらざるをえないだろう。

 アメリカの好戦派が描いたプランは崩れ始め、トルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領はロシアのウラジミル・プーチン大統領に書簡を送り、昨年11月24日にトルコ軍のF-16戦闘機がロシア軍のSu-24爆撃機を撃墜、乗組員ひとりを死亡させたことを謝罪せざるをえなくなっている。



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抜粋終わり



同じく より

上記文抜粋
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「テロ」の黒幕が米国の支配層だということはアル・カイダやグラディオの歴史を振り返れば明らか

 もし、本心から「テロリズム」を憎んでいるのなら、その大本であるアメリカ政府と対峙しなければならない。アメリカの破壊工作人脈こそが「テロリスト」を動かしている張本人なのだ。7月1日のダッカにおけるレストラン襲撃や6月28日にトルコのアタテュルク国際空港であった爆破ではダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)とい名前が出ているが、本ブログで何度も書いたように、この武装集団を生み、育て、使ってきたのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアを中心とする国々の好戦派である。

【イスラム武装勢力】

 武装集団の生みの親と言える存在がズビグネフ・ブレジンスキーであり、そのメンバーは多くがサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団。ブレジンスキーはソ連の脅威を煽るために「危機の弧」という概念を使っていたが、これを考え出したのはプリンストン大学の教授でイギリス出身のバーナード・ルイスで、危機の弧とはイスラム諸国と接するソ連の南部国境地帯を指している。

 ルイスの影響を受けた人物の中には、国防総省内部のシンクタンク「ONA(ネット評価室)」で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルやヘンリー・ジャクソン議員が含まれていた。このふたりを中心にしてネオコン/シオニストは強大化した。

 ルイスの考え方の基盤は、1904年にハルフォード・マッキンダーが発表した「ハートランド理論」。ヨーロッパ、アジア、アフリカの「世界島」、イギリスや日本のような島国を「沖合諸島」、そして南北アメリカやオーストラリアのような「遠方諸島」と言うように分け、「世界島」の中心が「ハートランド」、具体的にはロシアだとしている。世界制覇のためにはロシアを制圧する必要があるということだ。

 そのため、外側からハートランドを締め上げようと考え、「内部三日月帯」や「外部三日月地帯」を想定する。前者は西ヨーロッパ、パレスチナ(1948年にイスラエル建国を宣言)、サウジアラビア(サウード家のアラビアを意味するサウジアラビアが登場するのは1932年)、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ地域で、後者はその外側。

 ブレジンスキーがこの理論に引かれた理由のひとつは彼の出自が関係している。彼自身はポーランドのワルシャワ生まれだが、一族はポーランド東部(現在はウクライナ)の貴族で反ロシア感情が強い。ロシアの制圧を戦略の軸に据えるマッキンダーの理論は魅力的に映ったのだろう。ここでブレジンスキーとネオコンは融合する。

 ブレジンスキーのプランに基づき、CIAが秘密工作を始めたのは1979年4月。(Alfred W. McCoy, “The Politics Of Heroin”, Lawrence Hill Books, 1991)ブレジンスキーの思惑通り、1979年12月にソ連軍の機甲部隊がアフガニスタンへ軍事侵攻、戦争が始まる。

 戦闘員を雇ったのはサウジアラビアで、この国の総合情報庁長官を務めていたタルキ・アル・ファイサルが責任者。その下で戦闘員を集めていた人物がオサマ・ビン・ラディンだ。後に「アル・カイダ」を指揮していると言われたが、このアル・カイダは戦闘集団でなく、オサマ・ビン・ラディンが戦闘を指揮するということも考え難い。ロビン・クック元英外相によると、アル・カイダはCIAから軍事訓練を受けた「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルだ。

 ソ連軍と戦わせるため、CIAは戦闘員に爆弾製造や破壊工作の方法を教え、都市ゲリラ戦の訓練もしている。勿論、武器/兵器も提供したが、それだけでなく、麻薬取引の仕組みも作り上げた。ベトナム戦争の際、CIAは東南アジアの山岳地帯、いわゆる「黄金の三角地帯」でケシを栽培、ヘロインの密輸で資金を稼いでいたが、その拠点をパキスタンとアフガニスタンにまたがる山岳地帯へ移動させたのだ。ここは現在でも非合法ヘロインの主要供給地だ。この麻薬ルート上にはコソボがある。アメリカはコソボ乗っ取りでも麻薬取引を利用した。

 1988年にソ連軍はアフガニスタンから撤退、91年にソ連が消滅する。その後、アメリカの支配層は旧ソ連圏を支配下におきはじめ、チェチェンを含むカフカスを奪おうと画策し始め、再びサラフ主義者/ワッハーブ派やムスリム同胞団を中心とする武装集団が登場してくる。

【NATOの秘密部隊】

 ヨーロッパにおけるアメリカの破壊(テロ)活動は、主に「NATOの秘密部隊」が行ってきた。1941年6月にドイツ軍はソ連に対する電撃作戦「バルバロッサ」を開始、9月にはモスクワまで約80キロメートルの地点まで迫った。

 1942年8月にドイツ軍はスターリングラード市内へ突入して市街戦が始まるが、11月になってソ連軍が猛反撃、ドイツ軍25万人は完全に包囲され、43年1月に生き残った9万1000名の将兵は降伏した。そしてソ連軍は西へ進撃を開始する。

 慌てたアメリカの支配層は1944年6月にノルマンディーへ上陸(オーバーロード作戦)するが、その一方、イギリスとアメリカの情報機関(SOEとSO)はゲリラ戦を目的とするジェドバラを編成した。当時、レジスタンスはコミュニストが多かったため、これに対抗することが目的だったのだろう。

 第2次世界大戦後、ジェドバラの人脈は極秘の破壊工作組織OPCを創設、1950年10月にCIAへ吸収されて52年8月から計画局(The Directorate of Plans)と呼ばれるようになる。その後、1973年3月に作戦局(The Directorate of Operations)へ名称変更、2005年からNCS(国家秘密局)になった。

 OPCはヨーロッパに秘密工作を目的とするネットワークを作り、1948年まではCCWUが統括していた。NATOが創設されるとCPCの指揮下に入る。このCPCは欧州連合軍総司令部(SHAPE)と各国の情報機関を結ぶ役割を果たしているという。1950年代になると、秘密部隊の本部としてACCなる委員会が設置され、各国の情報機関はこの委員会で情報の交換を行っているとも言われている。NATO加盟国は秘密部隊を設置する義務があり、1960年代から80年代にかけて「極左」を装って爆弾攻撃を繰り返したイタリアのグラディオは中でも有名だ。

 この秘密部隊のネットワークが実際に存在していることが公的に認められたのは1990年10月のこと。フェリチェ・カッソン判事の求めを拒否できなくなったイタリアのジュリオ・アンドレオッチ首相が同年7月にSISMI(イタリアの対外情報機関)の公文書保管庫を捜索する許可を出し、その存在を否定できなくなったのだ。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 アル・カイダ系武装集団にしろ、グラディオにしろ、アメリカが人心操作のために使っていることは秘密でもなんでもない。一時期はヨーロッパの有力メディアも取り上げて事実なのだ。
「テロ」をテーマにしていながらこの事実に触れない人を私は信用しない。アメリカ政府が宣伝する「テロとの戦い」はお笑い種だ。



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抜粋終わり



わかりましたか。


お読みくださりありがとうございます。

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