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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

すでに日本には天皇は無かった。てか。

ギャラリー酔いどれ より

上記文抜粋
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◆http://www.buccyake-kojiki.com/archives/1042186169.html
神社と古事記 2015年10月09日
◎なぜ歴代天皇は伊勢神宮を参拝しなかったのか? 
 明治天皇から解禁となったのはなぜ?


より抜粋、

☆歴代天皇が熊野詣でを好んだ訳

二所宗廟、江戸期には四所宗廟とまで言われ、
そのいずれにも入っている、聖地・伊勢神宮。

ぶっちゃけて言えば、おそらく、伊勢神宮はあまりにも神聖すぎたので、
歴代天皇や高貴な方々は意図的に避けていたのではないか、と思います。

よく引き合いに出される、歴代天皇の熊野詣好きと比較すると
よく分かると思います。

熊野にあって、伊勢にないもの。

それは仏教でしょう。

伊勢は原則的に、一切の仏教的要素を排除してきました。

熊野はむしろ仏教の聖地となっていった要素の方が強く、
それが熊野三山が今でも推す「甦り」を可能にしたのだと思います。

古来、伊勢も熊野も、何らかの事情で、常世、黄泉、
つまり死の世界と認識されていたのは間違いありません。

そして、日本古来の信仰においては、死者の復活、甦り、
つまり「黄泉帰り」はあり得なかった。

忌むべき、避けるべきものだったはずです。


熊野の「甦り」、つまり「黄泉帰り」が定着したのは、
そうした日本古来の信仰を 中和・希薄化できた仏教の要素を
積極的に導入した結果だと思われます。

つまり、熊野詣では「成仏」できる可能性がある。

それは、行きたくなります。




明治天皇はなりすまし。

「歴代天皇」とは関係ありませんのでね。



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抜粋終わり


神道に朱子学が入って、「怨敵平等」が失われた。

国家の正当性とかは、朱子学は強いが「敗者や不遇のモノへの配慮」ってのは、無いに近い。

で、明治以降は、英国の植民地となったわけだ。


怨敵平等であってこと、国家の統合と国民の和解ができるのだが、それを捨てて、修羅と畜生の精神的曠野に日本列島はなった。


お読みくださりありがとうございます。

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