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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

06/12

Tue

2018

「仏神」でも「道理」でもなく「天皇」とか「金」を信じるから、際限なく卑しくなる。

徽宗皇帝のブログ より

上記文抜粋
・・・・・・・
損得勘定の前で倫理は無意義か

「株式日記と経済展望」から抜粋転載。
まあ、簡単に言えば「経済合理性(あるいは拝金思想)の前には倫理は無視される」というだけの話で、これは日本全国津々浦々にはびこっているし、あるいは世界中にはびこっている。通常はそれが見えないのは、それを「きれいごとで隠す」か、「圧力で隠すか」しているだけの話だ。

これも毎度書いている言い方で言えば、「案ずるに、筆は一本、箸は二本、衆寡敵せずと知るべし」であって、生活(人々の物欲)の前には正義(言論)は勝てない。「第三の男」の大観覧車の場面のハリー・ライムの言葉を借りれば、「あの、数十メートル下にいる黒点(人間)をひとつ消すごとに〇〇ポンド貰えるなら、それを断る人間なんているのかね。しかも税金無しだぜ」である。さらに遡れば、バルザックの小説に出てくる悪党ヴォートランの「君がひとつ頷くだけで、君のまったく知らないシナの高官の首が飛び、〇〇フラン貰えるなら、君は頷かないかね」である。
ただ、そうした行為は下劣な行為であり、下劣な行為をする者は、それをしたこと自体によって罰されている。それは、「自分は邪悪な、下劣な人間だ」という意識の下で生きるしかないことだ。意識はしなくても無意識の中で知ってはいる。(これがラスコリニコフの「罪」に対する「罰」である。)
すなわち、何億円の資産と収入があるだろう加計孝太郎や安倍総理や麻生大臣として生きるより、ただの貧乏人として、腹は減っても「気が飢える」ことなく清々しい気持ちで生きるほうがはるかにいい人生なのである。そもそも、彼ら(加計・安倍・麻生)の顔自体がその性根や生き方の汚さを明らかに示しているではないか。ああいう顔をぶら下げて人間面(づら)して生きるくらいなら、我が家の猫のほうが幸福だろう。


(以下引用)




そして、残念ながら、戦後もこの傾向はなくならなかった。いまだに継続されている。特に、ラグビー、野球、サッカー、テニスなどの体育会系運動部では、年功序列の上意下達型の縦社会組織が形成されているように思える。


そこでは、いまも目上の者に対する絶対的服従は当然であり、目下の者はいかなる命令にも背くことは許されない。非科学的な根性論や精神論がはびこっている。
このような関係のもとに、必然的に起こったのが、戦時中の特攻であり、今回の日大アメフト部の事件なのだ。(中略)

リーダーが陥っている不条理
おそらく、いずれもケースも上層部が指示命令し、部下がその命令に忠実に従ったのだろう。


しかし、なぜ上司はそもそもこのようなルール違反で非人道的な命令をおこなったのか。答えは簡単だ。彼らはいずれも損得計算し、その結果、その方が得だと考えたからである。


つまり、不正なことを命令し、実行させることが合理的だという「不条理」に陥ったのである。(このメカニズムについては拙書『改革の不条理』に詳しく解説している)


戦時中、日本軍の上層部は、海軍航空隊の若手兵士たちの実力では、到底敵を攻撃することはできないことを認識していた。それゆえ、損得計算すれば、若者たちを直接敵に体当たりさせる方が合理的だったのである。


同様に、日大アメフト部の監督・コーチは、現在の日大の選手の能力では関西学院大学には勝てないと思ったのだろう。それゆえ、損得計算すると、相手選手を直接ケガさせた方が合理的だと判断した可能性がある。


このような上司たちが行う損得計算の結果を部下に実行させることは、命令と服従の原理が浸透している組織では容易なことだ。


しかも、このような損得計算にもとづく意思決定は、ある意味で合理的で客観的で科学的かもしれない。というのも、この同じ状況に置かれれば、だれでも同じ損得計算を行い、同じ結果をえる可能性があるからである。


それゆえ、そのような損得計算にもとづいて客観的に命令しているリーダーは、その責任を取る必要性を感じないのである。


しかし、このような損得計算を行うには、はじめから人間を物体や備品のような消耗品として扱う必要がある。


損得計算の中に人間を組み入れるには、一人ひとりの人間がもつ固有の価値、個性、歴史、そして尊厳など、はじめかから無視する必要があるのだ。そうでないと、損得計算ができないのである。


このような損得計算を行動原理として、上層部は徹底的に行動していたために、戦時中、日本軍は世界でも最も人間の命を粗末にしていたのであり、特攻という人間を兵器の代わりにする前代未聞の作戦を行う鋼鉄の檻のような冷酷な組織だったのである。


その結果、どうなったのか。その過ちからいまだ学んでない組織として日本の一部の体育会系運動部があるように思える。(後略)



・・・・・・・・
・・・・・・・・
抜粋終わり

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55967 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・・・
日大アメフト部問題と「旧日本軍の組織と論理」の共通点が見えた

軍隊をまねた体育会系部活の不条理



今日、多くの人たちが、いま話題になっている日本大学アメリカンフットボール部の反則タックル事件が、安倍政権の森友問題や加計学園問題と重なるという。

首相は不正な指示をしていないといい、官僚が勝手に忖度して不正を働いたという。同様に、日大の監督もケガをさせろと命令した覚えはないといい、選手が思い詰めて行ったものだという。

一方で、このような上司と部下の関係は、実は旧日本軍が遂行した非人道的な作戦つまり特別攻撃命令とも似ているのだ。

戦後、生き残った海軍軍令部の幹部たちは、特攻を命令していないという。特攻は、あくまでも若者たちの志願だったというのだ。しかし、当時の部下たちは、特攻は明らかに命令だったという。

もともと日本では部活と軍隊は密接に関係している。反則タックル命令と特攻命令といった2つの異なる事例には、共通するリーダーの行動原理が見いだせる。

それについて、以下に説明してみたい。いずれもリーダーたちが不条理に陥り、その不条理を若者たちに実行させたのである。

体育系部活と軍隊の関係

まず、かつて日本中の学校にある部活が軍隊と密接に関係していたことを忘れてはならない。本来、楽しいはずのスポーツが、日本では軍隊の訓練や兵士予備軍としての男子学生の心身を鍛練する手段として利用された歴史が日本にはある。

特に、戦前の日本が軍国主義化するとともに、スポーツは「体育」という言葉で置き換えられ、日本人の間には「スポーツ」と「体育」は同じ意味をもつ言葉として定着した。

特に、軍国主義時代には、部下は上官に絶対服従する必要があり、厳しい上下関係による規律が求められていた。それゆえ、命令と服従という組織原理が、学校という教育機関で「体育」という教科を通して、徹底的に叩き込まれていったのである。

そして、残念ながら、戦後もこの傾向はなくならなかった。いまだに継続されている。特に、ラグビー、野球、サッカー、テニスなどの体育会系運動部では、年功序列の上意下達型の縦社会組織が形成されているように思える。

そこでは、いまも目上の者に対する絶対的服従は当然であり、目下の者はいかなる命令にも背くことは許されない。非科学的な根性論や精神論がはびこっている。
このような関係のもとに、必然的に起こったのが、戦時中の特攻であり、今回の日大アメフト部の事件なのだ。

日本軍の特攻命令と服従関係
戦後、旧海軍将校たちによって行われた海軍反省会では、興味深いテーマが議論された。戦時中では、上下関係が厳しくて口をきくことすら許されない立場にあった下級将校たちが上官に向かって声を挙げはじめたのである。それは、特攻についてであった。

一般に、特攻というと、海軍の大西瀧次郎が提案したものとされている。しかし、旧海軍の若手将校たちによると、非人道的で無意味な特攻作戦はそれ以前から軍中央から指示されていたという。

というのも、神風特攻隊以前から、人間の体を兵器に変える人間魚雷「回天」、人間爆撃機「桜花」、人間爆弾ボート「震洋」、そして人間機雷「伏龍」などの様々な特攻兵器が開発されていたからである。

それにもかかわらず、戦後、海軍軍令部の中枢にいた人たちは、中央から特攻を命令したことはないと主張する。特攻は、あくまで若者たちの志願であったという。そして、戦後もそういった話をいろんなところで広めているというのだ。

当時、軍隊という上下関係の厳しい組織では、決して主張することができなかった青年将校たちが、戦後、かつての上官たちを問い詰めている。非人道的な特攻作戦は、明らかに上からの命令だったと。

そして、上官は若者を送り出すとき、必ず後に続くからといって送り出したが、結局、続いたものは誰もいなかったと批判している。

日大反則タックル命令の矛盾
この同じことが、今回、日大アメフト部の監督・コーチと選手たちとの間にも起こったように思える。

日大アメフト部の選手が、試合中、ルールを無視してボールを持っていない無防備な状態にあった相手チームの選手に、背後から反則となるタックルをしてケガを負わせた事件である。

この事件について、5月22日、反則タックルをした日大の宮川泰介選手が、弁護士同席のうえで記者会見を行った。

彼は、一連の経緯や監督やコーチからどのような指示や発言があったのかなどについて詳細に説明した上で、監督やコーチの指示があったにせよ、指示の是非を自分自身で判断することなく反則行為をしてしまったなどとして自己反省し、相手選手に対して改めて謝罪したのである。

これに対して、翌5月23日、選手が所属する日本大学チームの内田正人監督と井上奨コーチが記者会見を行った。

宮川選手の主張に反して「クオーターバックをつぶしてこい」といった発言は認めたものの、内田監督による指示ではなく、また怪我をさせる目的で発言したものでもないと説明した。

とくに、「つぶせ」という言葉は、内田監督と井上コーチによると、これまで日常的に使用されてきた表現であり、それは反則を容認したり、ケガをさせたりすることを意味するものではないとして、宮川選手の主張を改めて否定したのである。


リーダーが陥っている不条理
おそらく、いずれもケースも上層部が指示命令し、部下がその命令に忠実に従ったのだろう。

しかし、なぜ上司はそもそもこのようなルール違反で非人道的な命令をおこなったのか。答えは簡単だ。彼らはいずれも損得計算し、その結果、その方が得だと考えたからである。

つまり、不正なことを命令し、実行させることが合理的だという「不条理」に陥ったのである。(このメカニズムについては拙書『改革の不条理』に詳しく解説している)

戦時中、日本軍の上層部は、海軍航空隊の若手兵士たちの実力では、到底敵を攻撃することはできないことを認識していた。それゆえ、損得計算すれば、若者たちを直接敵に体当たりさせる方が合理的だったのである。

同様に、日大アメフト部の監督・コーチは、現在の日大の選手の能力では関西学院大学には勝てないと思ったのだろう。それゆえ、損得計算すると、相手選手を直接ケガさせた方が合理的だと判断した可能性がある。

このような上司たちが行う損得計算の結果を部下に実行させることは、命令と服従の原理が浸透している組織では容易なことだ。

しかも、このような損得計算にもとづく意思決定は、ある意味で合理的で客観的で科学的かもしれない。というのも、この同じ状況に置かれれば、だれでも同じ損得計算を行い、同じ結果をえる可能性があるからである。

それゆえ、そのような損得計算にもとづいて客観的に命令しているリーダーは、その責任を取る必要性を感じないのである。

しかし、このような損得計算を行うには、はじめから人間を物体や備品のような消耗品として扱う必要がある。

損得計算の中に人間を組み入れるには、一人ひとりの人間がもつ固有の価値、個性、歴史、そして尊厳など、はじめかから無視する必要があるのだ。そうでないと、損得計算ができないのである。

このような損得計算を行動原理として、上層部は徹底的に行動していたために、戦時中、日本軍は世界でも最も人間の命を粗末にしていたのであり、特攻という人間を兵器の代わりにする前代未聞の作戦を行う鋼鉄の檻のような冷酷な組織だったのである。

その結果、どうなったのか。その過ちからいまだ学んでない組織として日本の一部の体育会系運動部があるように思える。

損得計算原理から価値判断原理へ
では、このようなルール違反で非人道的な命令に出くわしたとき、われわれはどうすべきか。

今回、加害者である日大アメフト部の宮川選手がその答えを示している。

彼は、命令を受けたとき、その命令に従うことが人間として正しいかどうか価値判断すべきであり、問うべきであったと述べた。それを問わずに、ケガさせれば試合に出しやるという上からの指示のもとに、彼自身が損得計算して得する方を選んでしまったのだという。

確かに、人間の行動原理として経済合理的な損得計算は必要ではある。しかし、それは人間の究極的な行動原理にならないことが、今回の日大アメフト部の事件で明らかになったのだ。

やはり、人間は、常に正しいかどうか、適切かどうか、価値判断する必要がある。そして、もし正しいと価値判断するならば、次にわれわれは何をなすべきか。その価値判断が、われわれに実践的行為を要求してくるのである。

このような内なる理性の声を聴いて行動したいものだ。そうすれば、悪しき命令はなされないし、それに従うこともないだろう。

このような価値判断にもとづく実践的行為は、それが主観的であるがゆえにまったく非合理的に思えるかもしれない。それゆえ、多くの優秀な人たちはこれを恐れ、避けようとする。

しかし、恐れるべきことはない。この主観的な価値判断、そしてそれにもとづく実践的行為に対して、われわれは責任をとればいいのだ。ここに、実は人間らしさ、人間の自由や自律があり、人間固有の尊厳や気品がある。

もちろん、無制約な価値判断にもとづく行為は、単なる子供のわがままな行動にすぎない。啓蒙された大人として主体的に価値判断にもとづく実践行為を行うためには、以下の2つの条件を常に満たす必要がある。

1) 価値判断にもとづく行為はその原因が唯一自分自身にあるので、その行為の責任は他でもなくすべて自分にあるということを自覚すること。

2) 価値判断にもとづく行為を実践するために、他人の自由や主体性を無視してはならないこと、つまり他人を単なる道具や手段として扱ってはならないこと。

これである。

以上のような原理に従っていたならば、冷たい鋼鉄の檻のような組織も、もっと温かいものになっていただろう。




・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
抜粋終わり


そもそも「損得計算論理」だけでは、肝心の損得全部を失う。

それは孫子から昔の兵書が、意外と口うるさく言う。

損得しか見ない人間は、簡単に部下・仲間を切り捨てる。そのような人に長くついていけるわけがない。
一種のサイコパスに自分をしているのであり、そのようなサイコパスの犯罪者はいずれ捨てられるか処断される。


宮川選手が、内田監督や恩人の井上コーチを告発したのは、やはりその正当な「叛旗」であった。


こういうサイコパス支配者が、実は明治から、もっというと戦後にいびつな形で強化された。


幻の桜 より

上記文抜粋
・・・・・・・・・・・・・・

家に帰ってから
想いました


なんだかさっきの
地主さんの娘さん


どこかで見たことがある?

Mちゃんにも似てるような

でも少し違うような

もしかすると
有名人に似てるかも?



そんなことを想っていたのですが


すると
ネットをしていた
くまちゃんが




ねえねえ
MAHAOちゃん
この人 地主さんの娘さんに似てない!
(―  ―)ノシ))

と言ってきました


くまちゃんが見ていたのは
ネット画像のページでした 


そして
よく見ると
その画像は安倍のしんぞーちゃん
(・・;)!


今の総理大臣です


さすがにくまちゃんに言いました
地主さんの娘さんは女性だし 
しんぞ―ちゃんは男性だから
それはないんじゃないの?
(・・;)



すると
くまちゃんはこう言いました


「 
体つきが似てる

足から腰までと
腰から首までの
身体のバランスがそっくり

鼻も似てる気がした 」(くまちゃんのことば)




木更津の地主の娘さんと
安倍しんぞ―ちゃんが似てる

本当かな?と想いながら

でも
それを聞いて
すこし想いました
(・・;)

もしかすると
2013年
ベビーふっつ―が息をひきとってから
ねこたちが立て続けに息をひきとったのは
しんぞ―ちゃんが政権についたことが関係してるのかも



そういえば
しんぞーちゃんは 
イメージ操作がうまかった気がします


そして 
あの地主さんの娘さんも
無意識的かもしれないけれど 
ねこのボランティアの女性が着た瞬間

くまちゃんに向かって 
虐殺事件の犯人!
と何度も連呼していました 



そして
しんぞーちゃんの政党は
多くの地主さんが支持しています

ちくさあの地主さんも
しんぞ―ちゃんの手下の大物議員となかよしと言っていました


しんぞーちゃんが 
地主さん達の支持を受けてるとしたら

しんぞーちゃんは
日本中の土地の古くからあるコードを動かせる




もしかすると
ねこたちが
そして養分にされていた多くの人たちが
理不尽な悲劇が起きたり様々な厄を祓われていたのは 

地主さんの集合体がしんぞ―ちゃんを支えていたからかも

しんぞ―ちゃんを支持してる地主さん達の
土地のコードで
弱者の人たちに厄が祓われ続けたのかも



おもいこみかもしれないのですが

そんな感じの事を想いました
(・・;)




・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
抜粋終わり


>地主さんの集合体がしんぞ―ちゃんを支えていたからかも

>しんぞ―ちゃんを支持してる地主さん達の
土地のコードで
弱者の人たちに厄が祓われ続けたのかも


なぜ、敗戦後も軍国教育が「体育会系」って残って、支配してきたのか?

それは、日本の土豪たちが、基本的にそれを支持してきたってこと。

彼等はカルト教主天皇を信じ、安倍総統を支持し、弱い者の生血をすすって生きてきた。

だから、その土豪たちの、支持が強いので、安倍総統が、土豪たちの土地を放射能で穢しまくっても、その勢力が衰えないのです。

そもそも日大は、地方有力者の主な出身校なのであります。


結局は、その土豪の半分くらいを革命と同時に「取り変える」作業が必須ではないのか?と思われる。


お読みくださりありがとうございます。

米朝首脳会談で、天皇屋の悪事が全部ばれて、天皇家とその利権に纏わるすべてのモノを根絶やしになることを祈ります。


米朝首脳会談前に、晋三と天皇屋が大地震を起こすかもって思っていたが、意外とその後だった。

天皇カルト日本国を滅ぼす=日本人の天皇カルトからの解放 の計画表が完成したのかな。

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Comment

地主の集合体から取り返すと決めている理由

  • ナオト
  • 2018-06-12 19:34
  • edit
「もしかすると
ねこたちが
そして養分にされていた多くの人たちが
理不尽な悲劇が起きたり様々な厄を祓われていたのは 

地主さんの集合体がしんぞ―ちゃんを支えていたからかも

しんぞ―ちゃんを支持してる地主さん達の
土地のコードで
弱者の人たちに厄が祓われ続けたのかも」

 これはどう見ても地主の集合体が黒幕ですね。

Re:地主の集合体から取り返すと決めている理由

  • 遍照飛龍 〔管理人〕
  • 2018-06-13 13:41
>「もしかすると
>ねこたちが
>そして養分にされていた多くの人たちが
>理不尽な悲劇が起きたり様々な厄を祓われていたのは 
>
>地主さんの集合体がしんぞ―ちゃんを支えていたからかも
>
>しんぞ―ちゃんを支持してる地主さん達の
>土地のコードで
>弱者の人たちに厄が祓われ続けたのかも」
>
> これはどう見ても地主の集合体が黒幕ですね。

同感。

地主たちは、どうも「人を養う」って意識がない。

まだ明治から戦前までは多少残っていたとか。

戦後の農地解放で恨みだけ募らせ、自分では「取り返している」つもりでも、実際は、理不尽な収奪をしている。
その典型が小泉郵政以降の自公政権。

その辺の理解を糺さないと、命ごと養分に「取り返される」かもね。

書き込みありがとうございます。

無題

  • 大阪のおばちゃん
  • 2018-06-13 08:38
  • edit
この頃の天皇家偽偽者説は
既に天ちゃん真理教は
御神体がなく

理念だけを都合よく残した奴等が
国民の財産をチューチューーすってたかもね

体育クラブを中学で盛んにしたのは
全員クラブに所属しろと言ってからでしょう

私達の頃は
クラブは好きな人が入るもので、お・あ・そ・び

クラブ活動を評価する内申書なんて無いのに
内申書に響く

と言って、自分だけ損をするのを嫌がる
日本人は自ら、軍事教練クラブに邁進したのね

クラブ真理教を正当化するために
「帰宅部」という不名誉クラブまで作ったよ(爆)

これから東京で新幹線に乗ったら、終点はパリか
という時代に生きるのに、ちっぽけな学歴が必要か?

必要なのは学力と理念です
「君は、何が出来るの?」
「それは、楽しい未来を作れる?」
これですよ

Re:無題

  • 遍照飛龍 〔管理人〕
  • 2018-06-13 13:47
>必要なのは学力と理念です
>「君は、何が出来るの?」
>「それは、楽しい未来を作れる?」
>これですよ

まさにその通りです。


書き耳ありがとうございます。
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