故国の滅亡を伍子胥は生きてみれませんでしたが、私たちは生きてこの魔境カルト日本の滅亡を見ます。
幻の桜 より
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
その日
ぷら~~っと
いつものようにお散歩してたMAHAOは
某コンビニに
たまたま立ち寄っていました
(・・;)~~
そこで日課のように
雑誌や本を立ち読みをしていたのですが
その日は
様々な雑誌で
認知症の特集をしているのが
やたらと目につきました
(・・;)!
そこでぱらぱらぱらぱら~と
認知症の記事を見て
認知症の人の様々な症状が書かれていたのを
見ているうちに
なんだかこう想いました
認知症は
病気というより
記憶が保てなくなる症状なだけじゃないだろうか?
でも
そうだとすれば
記憶って何なんだろう?
そして
記憶って何をもとに保つんだろう?
(・・;)?
そのような疑問と
新たな命題を感じたMAHAOは
その疑問の答えを探ろうと想い
コンビニの外の雑誌をぱらぱらと見ました
その時何故だか
AKBのグラビアとかが
載っている雑誌があって
その雑誌を見ていると
何故だか不思議なのですが
某犬アイドルグループのタレントさん達の中に
先ほど認知症の特集で出ていた
老人さん達と同じ気がたくさんついてるタレントさんたちが
いるのが見えました
(・・;)!
そこでさらに疑問を持ちました
彼女たちは年齢は若いはず
なのにどうして
彼女たちに
認知症のお年寄りたちの気がついてるんだろう?
そこで
今度は様々な芸能ゴシップ誌を見てみました
すると
犬アイドルグループの外にも
有名なタレントさんたちに 老人のボケた時に発する気がついているのが見えて
それ以外にも
貧乏で追いつめられてる生活苦の人たちの
かわいそうで哀れな気がついてる人たちもいるのが見えました
記憶力がなくなっているボケた人達の気
そして
貧乏で追いつめられてるかわいそうな人たちの気
その二つの気が
芸能界のスターたちの
対照的なコントラストを描いてるようで
それを見ているうちに
今度は
こんな声が聞こえました
「
きれいきれいしすぎるとボケる
情をなくせば 人はボケていく 」(その時 コンビニで聞こえた言葉)
その心に聞こえた声の主は
コンビニから出た後も
ずっと
こんなことを教えてくれました
「
度を行き過ぎたキレイ症は
認知症を生む
行き過ぎた潔癖は
土をばい菌と想うようになる
動物や鳥達を
他の生物を
細菌がついていると毛嫌いするようになる
その拒絶反応が
免疫力をなくし
体を衰えさせていく
そして
行き過ぎた潔癖は
身体だけでなく
やがて人の魂からもエネルギーを奪っていく 」
(・・;)
「
行き過ぎた潔癖は
人の心から情をなくしていく
そして
記憶力の欠如も
情がなくすことからはじまっていく
本当に情の厚い者にボケる存在はいない
情をなくした時
人はボケていくのだ 」
(・・;)!
「
出世や序列競争は
人の心から
情をなくしていく
人を薄情にさせる
出世や序列を
追い求めれば
その時 求める現実は入っても
心と
体から情を失わせていき
そして
いつのまにか
自分が記憶をなくしていることにも気がつかなくさせる
もちろん
座についてる間は
座と序列の原理で
下の者たちから情報が運ばれ
意識は記憶を保つことはできる
しかし
座を失った途端
情をなくした者達は 気が抜けてしまう
それは座を失って突然そうなるのではない
座を得てるうちに
情を失っているうちに
体から記憶が
抜けてしまうのだ 」
(・・;)・
「
情を失えば
記憶をなくす
記憶をなくした存在は操縦できやすくなる
よく
「
非常な男が好き 」という女もいるが
それは
男たちの記憶をなくして
操縦したい想いのあらわれ
そしてそれと対極に
栄華の絶頂を極めた男たちが
突然あげまんを捨て
サゲマンと付き合い
自己の現実を滅ぼしていくのは
実は自我を保つ為なのだ 」
(・・;)!
「
非情に突き進んでいくうちに
記憶をなくしていくうちに
自分の根底の意識が危機感を感じた時
自分の想念の存在を保ちたい
自我の記憶を保ちたい と想った時
人は
今の現実が亡くなっても
情を感じさせる存在を見つけ
そこに
自分の現実のすべてを注ごうとする
その行為をすることで
最低限の
自分の記憶を保とうとする
その行為は
はた目には
一見 自己破滅的な行動を繰り返してるようにしか見られない
しかし魂の目線では
現実的に自己破滅的な行動をすることで
自己の魂 自我の記憶を保たせている 」
(・・;)
「
酔っぱらいを介護するものが 酔いから冷めるように
誰かを助ける者は ボケることはあまりない
助けることは
助けられてることと同じ
老人になって
身の回りの動物達や鳥たちに
突然ごはんあげをするようになる者がいる
あれも記憶を保つ為の本能的な行動
あの行為をし続けることで
記憶の消失を免れさせているの」
(・・;)
「
ホストや
ヤリチン達が記憶をなくしていくのは
情が薄いため
情の厚い者は
むしろヤリ捨てするような行動を
とろうとはしない
情は
想念の領域で水のような物
石を作るには水が必要なように
意志を保つにも情は欠かせない 」
(・・;)
「
すべてを独占しようとするものほど
ボケはじめ
誰かをかわいそうと想い
助けたいと想い
そこに注ぎこみはじめた時
その記憶は膨らんでいく
情は想念の水
効能や効率ばかりを求めすぎると
ボケははじまっていく
今の人類の大半は
気がつかないうちに
集合的にボケさせられている状況 」(その時教えてくれた声の言葉)
まあそんな感じの事を
アパートに帰ってからも
夜まで教えてもらいました
(・・;)
なんでも
言葉の話では
人が記憶を維持するには
情という想いが欠かせないそうで
自分が情を感じた存在を助けること
それが
貧しい人や
飢えた人
動物や植物でも
自分が
かわいそうと想った存在を
助けようと想い
助ける行動をとると
それがつながりとなって
自分の記憶を維持するコードのようなものとなり
情のつながりを保ち続ける限り
自分の記憶は失われず
また失われた
自分の記憶や存在を復元させていくという事も
教えてもらいまちた
(>ω<)/
でも
その話を聞いて
月姫様の言葉を想いだしました
「
助けることは助けられることと同じ 」
何かを助ける行為って
自分を助けてる事と同じなんだなーと感じた
今日この頃の出来事でした
・・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり
ふと思ったことは、情が薄いってことは、自分のしたことを意図的に簡単に忘れれる。
自分の心の奥そこのことを簡単に「放置」できるので、それの記憶の連続がなくなってしまう。
それをしていると、情が薄いと記憶に穴が多くなる。
そうなると、記憶全体を忘れやすくなるのは、自然に思う。
もう少し調べるべきだろうが、この意見は軽視すべきでない。
>「助けることは助けられることと同じ 」
>何かを助ける行為って
自分を助けてる事と同じなんだなーと感じた
今日この頃の出来事でした
まさに
>他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ
である。
放射能が、加速度的に脳を攻撃している。情に薄い人たちをドンドン認知症にしていく。
これは因果応報も思える。
お読みくださりありがとうございます。
上記文抜粋
・・・・・・・・・・
その日
ぷら~~っと
いつものようにお散歩してたMAHAOは
某コンビニに
たまたま立ち寄っていました
(・・;)~~
そこで日課のように
雑誌や本を立ち読みをしていたのですが
その日は
様々な雑誌で
認知症の特集をしているのが
やたらと目につきました
(・・;)!
そこでぱらぱらぱらぱら~と
認知症の記事を見て
認知症の人の様々な症状が書かれていたのを
見ているうちに
なんだかこう想いました
認知症は
病気というより
記憶が保てなくなる症状なだけじゃないだろうか?
でも
そうだとすれば
記憶って何なんだろう?
そして
記憶って何をもとに保つんだろう?
(・・;)?
そのような疑問と
新たな命題を感じたMAHAOは
その疑問の答えを探ろうと想い
コンビニの外の雑誌をぱらぱらと見ました
その時何故だか
AKBのグラビアとかが
載っている雑誌があって
その雑誌を見ていると
何故だか不思議なのですが
某犬アイドルグループのタレントさん達の中に
先ほど認知症の特集で出ていた
老人さん達と同じ気がたくさんついてるタレントさんたちが
いるのが見えました
(・・;)!
そこでさらに疑問を持ちました
彼女たちは年齢は若いはず
なのにどうして
彼女たちに
認知症のお年寄りたちの気がついてるんだろう?
そこで
今度は様々な芸能ゴシップ誌を見てみました
すると
犬アイドルグループの外にも
有名なタレントさんたちに 老人のボケた時に発する気がついているのが見えて
それ以外にも
貧乏で追いつめられてる生活苦の人たちの
かわいそうで哀れな気がついてる人たちもいるのが見えました
記憶力がなくなっているボケた人達の気
そして
貧乏で追いつめられてるかわいそうな人たちの気
その二つの気が
芸能界のスターたちの
対照的なコントラストを描いてるようで
それを見ているうちに
今度は
こんな声が聞こえました
「
きれいきれいしすぎるとボケる
情をなくせば 人はボケていく 」(その時 コンビニで聞こえた言葉)
その心に聞こえた声の主は
コンビニから出た後も
ずっと
こんなことを教えてくれました
「
度を行き過ぎたキレイ症は
認知症を生む
行き過ぎた潔癖は
土をばい菌と想うようになる
動物や鳥達を
他の生物を
細菌がついていると毛嫌いするようになる
その拒絶反応が
免疫力をなくし
体を衰えさせていく
そして
行き過ぎた潔癖は
身体だけでなく
やがて人の魂からもエネルギーを奪っていく 」
(・・;)
「
行き過ぎた潔癖は
人の心から情をなくしていく
そして
記憶力の欠如も
情がなくすことからはじまっていく
本当に情の厚い者にボケる存在はいない
情をなくした時
人はボケていくのだ 」
(・・;)!
「
出世や序列競争は
人の心から
情をなくしていく
人を薄情にさせる
出世や序列を
追い求めれば
その時 求める現実は入っても
心と
体から情を失わせていき
そして
いつのまにか
自分が記憶をなくしていることにも気がつかなくさせる
もちろん
座についてる間は
座と序列の原理で
下の者たちから情報が運ばれ
意識は記憶を保つことはできる
しかし
座を失った途端
情をなくした者達は 気が抜けてしまう
それは座を失って突然そうなるのではない
座を得てるうちに
情を失っているうちに
体から記憶が
抜けてしまうのだ 」
(・・;)・
「
情を失えば
記憶をなくす
記憶をなくした存在は操縦できやすくなる
よく
「
非常な男が好き 」という女もいるが
それは
男たちの記憶をなくして
操縦したい想いのあらわれ
そしてそれと対極に
栄華の絶頂を極めた男たちが
突然あげまんを捨て
サゲマンと付き合い
自己の現実を滅ぼしていくのは
実は自我を保つ為なのだ 」
(・・;)!
「
非情に突き進んでいくうちに
記憶をなくしていくうちに
自分の根底の意識が危機感を感じた時
自分の想念の存在を保ちたい
自我の記憶を保ちたい と想った時
人は
今の現実が亡くなっても
情を感じさせる存在を見つけ
そこに
自分の現実のすべてを注ごうとする
その行為をすることで
最低限の
自分の記憶を保とうとする
その行為は
はた目には
一見 自己破滅的な行動を繰り返してるようにしか見られない
しかし魂の目線では
現実的に自己破滅的な行動をすることで
自己の魂 自我の記憶を保たせている 」
(・・;)
「
酔っぱらいを介護するものが 酔いから冷めるように
誰かを助ける者は ボケることはあまりない
助けることは
助けられてることと同じ
老人になって
身の回りの動物達や鳥たちに
突然ごはんあげをするようになる者がいる
あれも記憶を保つ為の本能的な行動
あの行為をし続けることで
記憶の消失を免れさせているの」
(・・;)
「
ホストや
ヤリチン達が記憶をなくしていくのは
情が薄いため
情の厚い者は
むしろヤリ捨てするような行動を
とろうとはしない
情は
想念の領域で水のような物
石を作るには水が必要なように
意志を保つにも情は欠かせない 」
(・・;)
「
すべてを独占しようとするものほど
ボケはじめ
誰かをかわいそうと想い
助けたいと想い
そこに注ぎこみはじめた時
その記憶は膨らんでいく
情は想念の水
効能や効率ばかりを求めすぎると
ボケははじまっていく
今の人類の大半は
気がつかないうちに
集合的にボケさせられている状況 」(その時教えてくれた声の言葉)
まあそんな感じの事を
アパートに帰ってからも
夜まで教えてもらいました
(・・;)
なんでも
言葉の話では
人が記憶を維持するには
情という想いが欠かせないそうで
自分が情を感じた存在を助けること
それが
貧しい人や
飢えた人
動物や植物でも
自分が
かわいそうと想った存在を
助けようと想い
助ける行動をとると
それがつながりとなって
自分の記憶を維持するコードのようなものとなり
情のつながりを保ち続ける限り
自分の記憶は失われず
また失われた
自分の記憶や存在を復元させていくという事も
教えてもらいまちた
(>ω<)/
でも
その話を聞いて
月姫様の言葉を想いだしました
「
助けることは助けられることと同じ 」
何かを助ける行為って
自分を助けてる事と同じなんだなーと感じた
今日この頃の出来事でした
・・・・・・・・
・・・・・・・
抜粋終わり
ふと思ったことは、情が薄いってことは、自分のしたことを意図的に簡単に忘れれる。
自分の心の奥そこのことを簡単に「放置」できるので、それの記憶の連続がなくなってしまう。
それをしていると、情が薄いと記憶に穴が多くなる。
そうなると、記憶全体を忘れやすくなるのは、自然に思う。
もう少し調べるべきだろうが、この意見は軽視すべきでない。
>「助けることは助けられることと同じ 」
>何かを助ける行為って
自分を助けてる事と同じなんだなーと感じた
今日この頃の出来事でした
まさに
>他人とともに楽しむのはその楽しみも長いが、自分一人で楽しむのは長く続かずなくなるものだ
である。
放射能が、加速度的に脳を攻撃している。情に薄い人たちをドンドン認知症にしていく。
これは因果応報も思える。
お読みくださりありがとうございます。
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