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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

なんかいい文章。

http://media.housecom.jp/micro_028  

上記文抜粋
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「まじめに」と「楽しく」が反対語であることが日本人の大きな問題の一つ

日本では中流社会から格差社会へ変化しつつあると言われていますが、この格差とはお金が幸せのバロメーターになっており、その格差が問題だというのであれば、結局はお金だけが大事にされている気がします。

明石家さんまさんは、ある芸人仲間がようやく売れてきたにもかかわらず、有名になって100万円を稼ぐよりも10万円の稼ぎで来月の家賃をどうしようかと言っている人生の方が良いという姿を目にして次のように述べています。(1)

「服一枚着てる時点で人生の勝利ですからね。敗北者はいないはずなのに敗北感を味わう人が多すぎる、とは思いますけどもね。それでやっぱり、我々の仲間、(村上)ジョージ、(Mr.)オクレ、(間)寛平、ジミー(大西)、あのへんが食えないのに楽しんでる様を見てると『ああ、人生こっちだ』と思うときがありましたですね。」

日本の社会には「笑う=不真面目」というイメージが非常に強くあり、真面目というと聞こえは良いのですが、逆に考えると気楽さや余裕がないと考えられるでしょう。

高齢化社会を迎えるにあたって寿命が伸びたことで得られる恩恵より年金問題や介護問題といった問題点ばかりに注力したり、時代が大変になってくると新規市場をどうしようかなどと真剣に考えはじめ、笑いながら何かをするというのは真面目な日本人にとっては難しく、作家で映像作家の高城剛さんは次のように述べています。

「『まじめに』と『楽しく』が反対語であることが日本人の問題の一つではないかと、ずっと思っています。その二つの要素は共存可能なのに。あとは、無意味な完璧主義。ちょっとでもダメなら、その人もモノもダメ。」

日本の書道の世界では、黒で書かれる部分と同じだけ何も書かない白の部分が大事だとされ、人の心を動かす書というのは、白の部分がどれくらい美しいかによるのだそうで、日本人にはもともと余分やゆとりを楽しむ習性があると考えられます。

幸せというのはあやふやなもので、それはお金で売ったり買ったりできるものではなく、収入が少ない方が全然幸せだと感じることもあるわけで、そんなに真面目にならなくとも、自分を笑える余裕を持つことも大事なのではないでしょうか。


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抜粋終わり

>『まじめに』と『楽しく』が反対語であることが日本人の問題の一つではないかと、ずっと思っています。その二つの要素は共存可能なのに。あとは、無意味な完璧主義。ちょっとでもダメなら、その人もモノもダメ。

私も同じように思える。

日本人が阿呆で臆病なのが一因。

あとは「けがれ思想」と「革命不在の歴史」があると思う。

革命したら、日本人は、籠から解き放たれる。

あとすくなくとも「諸行無常」の感覚があったのだが、明治以降それは失われていった。

教育勅語が法となり道徳を超えて日本人を支配した。

やはり革命しないと日本人の再生は無いよな。


お読みくださりありがとうございます。

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