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子牙山遍照院 渾沌堂主人雑記  {大日本国終焉日記 }

半分やけくそです。日本の指導層がここまで阿呆で無慈悲とは。あとは滅亡だけです。 生き延びるが、我々庶民の勝利で、暴露こそが、唯一の最大の攻撃です。

ちょっと参考に。ある篤信家の説。

https://ameblo.jp/takenichi/entry-12309542694.html 

上記文抜粋
・・・・・・・・・・

中村建日は
日頃の神事を「神仏習合」で行います。

我が国日本は、千五百年以上もの長い間、
神仏習合の信仰にありました。

日本古来の古神道に、外来の仏教をミックスして、我が国独自の宗教を構築したのです。

江戸末期の国学者により、日本古来の神道に、古代インドで興った仏教がミックスされた日本独自の宗教を「神仏習合」と言う言葉で言い表わされるようになりました。

そして、更に現代に至っては、これまでの神仏習合のスタイルを改め、神社と寺院に別れました。

しかしそれはあくまでも形式上だけで、日本人の精神はいまだに、神仏習合の精神が脈々と、日本国民の思想と生活の中に生きています。

これは、日本人として生まれて来たことで引き継ぐ「血統因縁(先祖因縁)」というもので、日本人であるならば、深層心理の中に、血筋の流れに受け継がれて来た「神仏習合の思想」がこもっていて、しかもそれは簡単には拭い取れない奥の深いものであります。


現代の神社神道と、寺院仏教は、
明治政府が推し進めた"神仏分離令"によって、別れたもので、元はひとつでした。

国民が長く慣れ親しんだ"神仏習合"の精神が解かれ、
国民がこれまで目に触れることのなかった、まったく新しい形の

"新神道"と"新仏教"が、誕生しました。

折しも、当時の日本は、明治維新の混迷期にあって、
廃藩置県、まげの廃止、刀の廃止、西洋文化の推進など、
これまで長く続いた当たり前の光景が改められると同時に、国民の生活が一変、
一気に、グローバル化を推し進めたのです。

グローバル化推進派と、反対保守派の争いは、"政府VS国民"の図式に描かれて、流血事件も勃発するほどの混迷ぶりでした。

この頃、大本教を代表として、終末思想を唱え"世の立て直し"を叫ぶ、たくさんの"新興宗教"が誕生しました。

いつの時代も、社会や国民生活が混迷の色を深めると、国民感情に先行きの不安がつのり、精神世界を題材にした個人や団体が、数多く現れるものです。

明治政府の神仏離合令によって、無理に分けられた神社仏閣のスタイルも、
これまで長く慣れ親しんできた、日本民族特有の「神仏習合」からその形が大きく変化したことも、当時の日本人が抱える不安な思いを、また更に、大きく揺さぶったに違いありません。



日本人は長きに渡り、神仏習合の文化の中で生きてきました。

たとえ、その形は強制的に変えられても、長く慣れ親しんだ精神文化は、そう簡単には変わりません。



ですから、私は、"神仏習合"のスタイルで神事を行うのです。

とある方から、私の記事に、下記のようなコメントがありました。

「釈尊の経典の何処にも「神と仏を一緒にして拝め」などとは一切説かれていない。
むしろ釈尊は、涅槃経や薬師経などの数多くの経典の中で、神を拝むことを口を酸っぱくして禁止し、これに背くものは無間地獄に堕ちると御教示されている。
神仏習合は言うまでもなく無間地獄堕ちの業である。」

以上は、私の神仏習合の考えを非難されたものですが、ここに書いてあるこの人物が言う「釈尊」というものが、もしも「お釈迦様」とするならば、
そもそも、お釈迦様には「極楽・地獄思想」というご説法はなく、ましてや他宗を排除するような教えは一切ありませんでした。

「自分の教えを守らねばひどい目に逢うぞ」

などと言われるはずもありません。

ましてや涅槃経や薬師経が確立されたのは、お釈迦様入滅後より後世にあります。

ですから、神仏習合を戒めたお釈迦様の直接の言葉であるとは言えません。

いずれにしても、私の神仏習合のスタイルを快く思わない方が、持論を唱えるものですが、私は、それは違うと思うのです。

お釈迦様が入滅されたのは紀元前500年頃とされます。今日まで、実に 2500 年の気の遠くなるような長い時が経過しております。

お釈迦様には、たくさんのお弟子さんがいらっしゃいました。

お弟子さんたちは、お釈迦様より学んだ教えを、忠実に人々へ教え説いた事でしょう。

しかし、長い時を重ね月日が過ぎる中で、お釈迦様の直接の教えは、随分様変わりしているのです。

お釈迦様直々の弟子から、またその弟子へと・・・

長い時を経て、様々な時代背景や、移りゆく文化文明を踏まえながら、多種多様に変化を遂げてまいりました。

そして仏教は、釈迦が説いた直接の教えとは掛け離れてしまい、まったく違うものとなりました。

そもそも仏典は、おびただしい数に及び、一体どの仏典がお釈迦様の直接の教えなのか、はたしてどの仏典が、お釈迦様に近い時代のものなのか、判然と致しません。

それらは依然「恐らくはこれが釈尊の生きていた時代に近いものではないだろうか?・・・」と言う、研究者の予想の域を抜けておりません。

お釈迦様の生涯を綴った伝記についても、それを書き記した時代が曖昧で、伝説なのか史実なのか、その判断もまったく出来ません。

また、お釈迦様の産まれたお釈迦様の地元される仏教本場のインド・ネパールでも、
お釈迦様の死後は、仏教ではなく、イスラム教やヒンドゥ教が国教として制定されましたし、
お釈迦様の名を語られる事もありませんでした。

当時の国民は、釈尊の名を知るものさえもいなかったそうです。



現代は、インターネットなどであらゆる情報を手に入れられます。

お釈迦様が直接教えたとされる「原始仏教」の情報も簡単に目に入りますが、実はその情報すらも、明確な情報に基づくものではありません。

その昔、仏典の学者が「恐らくはこれが原始に近いだろう・・・」と言った仏典をベースにして書かれたレポートが、いつの間にかあたかも、釈尊の真実かのように伝えられるようになりまして、結果、その情報を得た人が前述のような、ちぐはぐの持論で他人を非難するようなことにつながるわけです。



また、ある自称霊能者にあっては、相談者の自宅に押しかけて「お釈迦様は仏壇を祀れとはおっしゃってない!」と言って、自宅の仏壇を処分させたり、仏像や教本など、先祖供養に関する家の中のあらゆる品物に難癖をつけては廃棄させたのだそうです。

いくら、インターネットから原始仏教を知識として得たからと言って、
長い時を経て親しまれてきた、未だに人々の精神に染み付いて潰えることのない"日本仏教"の"こころ"を、自称霊能者がバカにして土足で踏みつけるような行為は、絶対に許されるはずがありません。

目に見えない「こころ」が理解できなくて、何が「霊能者」なんでしょうか。



亡くなった人は「こころの世界」に居るのです。

そして、生きている私たちも、その「こころ」が、あらゆる行動の発信源なのです。

目に見えない「こころ」を知る努力と、「こころ」を大事にすることを努めなければ、霊能者とは言えません。

自分の持論や自分の価値観を、相手(人も霊体も含む)のこころを一切無視して一方的に押し付けるような人間は、霊能者などと称してはなりません。

私は、こんな人の愚かな行動には、憤りを隠せません。

こうなってはもう、その自称霊能者に、つける薬がありません。

たくさんの情報が豊富にある中に、気軽に手軽に得ることが出来るこの世の中だからこそ、しっかりとした正しい判断をしなければなりません。

この"仏壇を捨てさせる霊能者"を自宅に招いたご相談者は、値打ちあるものを根こそぎ捨てさせられた挙句、大金を請求されたそうです。

その自称霊能者もご相談者も、大変愚かなことです。

どうかみなさまも、この一見便利と思える情報時代に振り回されて、自分を見失わないようにご注意ください。



しかしながら、確かに、原始の仏教は、仏様を拝することを奨励したり、亡くなった人を供養したりするものではありませんでした。

そもそも仏教は「哲学」なのです。

今生で、仏の悟りを得るために教えた学問であります。

すなわち、人は"どのように生きるかべきか"を説いた学問であったのです。

お釈迦様のお生まれになった時代は、産まれた家によって、身分が分けられていました。

その当時の奴隷の扱いは、とても酷かったそうです。

釈尊は、どうして同じ人間なのに、人は平等ではないのか・・・を深く悩み思われたのです。

天から授かった同じ命なのに、なぜ、命の差別があるのか。
人はなぜ産まれ死んでいくのか。
生きる意味はなんなのか。
なぜ、必死で生きていかねばならぬのか。


お釈迦様は、
この世の生類一切の死生観や人生論を、具体的にわかりやすくご説明くださり、
私たちは生きているうちに人生の覚りを得ることを教えてくださったのだと、私は、強く信じております。

人生の覚りは、森羅万象と"こころ"をひとつにすることから開くことができます。

覚りを開くことから、"仏の慈悲"を身に付けることができます。

人間社会では、この"仏の慈悲"こそが、何よりも大事なことと思うのです。



実は、かく言う私も、「神道推進派」でした。

当時私は、"仏教は他国の邪教"だと考えておりました。

仏教の日本伝来が、日本人の霊性を大きく曇らせてしまった原因だと、信じて疑いませんでした。

仏教伝来は諸悪の根源であり、私たちの国にとって、あってはならぬものと考えておりました。

仏教さえ日本に入って来なければ、古神道の精神が未だに生きていたはずだ・・・と、考えておりました。

そして、微力ではあろうとも、日本人の霊性を取り戻すために、日本古来の神様をお祭りしたいと、考えておりました。

ですから、正神之会発足当初の祭壇には、仏教に関するような物はありませんでした。


一切、お経を唱えることはなく、祝詞だけを奏上しておりました。

しかし、そんな私の思惑に外れて、ご相談者が抱える"先祖因縁"や"前世因縁"は、"仏の概念"を用いなければ、どうしても理解と説明ができず、
そしてあろうことか、"浮かばれない死霊"は、いかなる神道の術を持ってしても、救済することが非常に難しかったのです。

でも、ありがたいことに現在では、これまでの様々な経験と学びにより、神道の術を使って、未成仏霊を救済する術を得ることができました。

しかしそれは、仏教の精神を学ぶ事から、死者の思いを浄化することに至ったのですから、神道の死生観から離れて、"神仏習合をベースにした死生観"を得ることで確立できた術であると言わざるを得ません。


実は、正神之会発足当初の私は、神道の作法や神術・大祓詞などの祝詞、大和言葉を使った言霊などを用いれば、この世に救われない魂などは一切無いのだ・・・と、意味なくそう信じておりました。

ところが、日頃行う正神之会の神事の中で、ご参拝にお越しになるみなさまの様々なお悩みに、真摯に真剣に向き合う中で、
「どうも神道の考え方では、先祖霊や動物霊などの"死霊"は、救われることが難しい」
との考えに至ったのです。


私もやはり日本人です。
そんな考えになると早いもので、すんなりと方向転換ができました。
早々に、考えを切り替えることができました。

古代から、日本人の血に眠る、脈々と流れてきた神仏習合の時の流れに、素直に寄り添うことで、何と無く、本当の自分を取り戻せたような感覚になりました。

今にして考えると、私が行う神事は"自由"です。

誰の教えも受けずに、自分自身で作り育んできたものです。

唯一、誰かの影響を受けたとするならば、亡くなった母の影響でしょう。

生前、感動で涙を流しながら、仏壇でお経を一心に唱えていた母の姿。

念仏を唱えながら、暖かい手で背中をさすってくれた母の温もり。

子供の頃、仏様を通じて、母の姿から受け取った、その真心だけが、私の心に影響を与えたものと思います。

そして、人間世界の中で、人間が決めたルールや常識にとらわれず、
一切の決まりごとに縛られない自由な発想が、真実を知るための、大きなきっかけになるのだと考えたのです。


私はさっそく、仏像を御安置することに決めました。

その仏像とは「薬師如来坐像」でした。
そして、日光菩薩と月光菩薩を、ともに御安置いたしました。

御真言は「おん ころころ せんだり まとうぎ そわか」

この御真言が、妙にしっくりして、懐かしささえ蘇ってきます。

そして、「薬師如来和讃」というお経を唱えました。

(薬師如来和讃 音声youtubeへ)

一心に唱えました。

唱えているうちに、私の心身から、たくさんの憑依霊が離脱することが、感覚で掴めました。

ありがたい

そんな思いがこみ上げてきて、大いに涙しました。

かつての母の姿を思い出されて、また更に、感動の念が湧き出てくて、嬉しくて仕方ありませんでした。

ご相談者に、御真言と和讃を手向けると、ご相談者の身の上の憑依霊が、感動に咽びながら、成仏を果たしました。

本当に、たくさんの霊体が離脱しました。

ご相談者の身の上に現れた「霊動(憑依霊がご相談者の身体を使って、泣いたり言葉を告げたりする憑依現象)」が、短時間で綺麗に収まるようになりました。

亡くなった霊体も、かつては生きていた人間です。

死んだからといって、そう簡単には変わりません。

肉体が無いだけで、身体が痛いことも、身心に病を抱えていることも、人生に悩み疲れている様子も、お金や財産に執着していることも、生きている時と何ら変わりません。

そんな霊体に、薬師如来のご威徳が、見事に伝わるのです。

これは素晴らしい・・・と、そう思わずにはおれませんでした。




かつて生きている人間であった死霊、憑依霊は、
祝詞を聞いて「ありがたい」とは思いませんが、
「お経」を聞いて、心動かされ、魂の至るべき道へ進むための活路を見出すのです。

私にとって、このことは、大変な衝撃でした。
とても、ショックでした。


この衝撃を受けて、私はひたすら思案しました。

これはきっと、唱え手である私にも、関係があるのです。

私自身も、魂の本能たる「生まれ変わり(輪廻転生)」を繰り返す過程の過去生において、十分、「神仏習合」の精神に身を置いて生きていたのです。

だからこそ、現代のように、神道は神道、仏教は仏教・・・というような切り分けはできないわけです。

魂の歩は、人類の歴史は、誤魔化しようがありませんから。

ネットやテレビなどで知った作法や知識が、自分自身の魂が刻んだ「感情・感覚」にぴったり当てはまるかと言えば、きっとそうでは無いはずです。

みなさんは、一部の人間が決めたルールを「常識」と誤解しているだけの話で、その常識に従えば従うほど、「魂の感覚や感情」とズレが生じてしまい、ストレスばかりが募るのです。

「常識」について確認すべき大事なポイントは、
人の世の「常識」は、時代によってくるくる変わるものであり
また、心の世界を唱える宗教は特に、実権を持つ人の発言が、いつしか「常識」として受け取られていくのだと、理解することです。

神様のおわします「高天原(たかあまはら)」は、はるか昔から、何ひとつ変わらない秩序を保ちながら存在しておりますが、一方で、人間世界は、時代に沿って文化が改められることから、人々の意識も変わり、心の世界の捉え方も、時の流れの中で変わるものなのです。

ですから、神仏がどのようなものかを説く内容も、神仏を捉えるための"想い(こころ)"も、コロコロと変わるのです。

これではもはや、古代から変わらぬ世界で実在する「神界」の様子を、的確に捉えて説明することはできません。

なぜならば、人の想像力は、常識の域を超えることはありませんから、人の常識をはるかに超える神界の様子を、常識に囚われた人間に、理解できるはずがありません。

また、神様の世界は、人の言葉では絶対に表現できない世界ですから、無理にそれを言葉に置き換えようとすると、歪みが生じます。

すなわち、空想や妄想の域に踏み入ることとなるのです。

また現代のように、自己利益を重視して、お金や財産など、また地位や名誉などの、人間世界でしか通用しない物質に固執することで、心が貧しくなり、ゆえに、心を忘れ、目に見えない心をないがしろするようになると、心の世界にある「高天原」を正しく捉えることは、絶対にできません。

大金をつぎ込めば、いくらだって、立派な社殿が作れるものです。

しかしながら、立派な心は、お金では造ることなどできません。

ですから、神の御心とはまったく関係のないところで、人間が創出した、作法や形式に囚われることなく、
お金をかけて作られた、姿や形に惑わされることなく、
心を一番大事にしなければいけません。

肉眼ではなく、心の目と心の耳で、神仏を捉える努力を積まなければ、やがて人の世界は、崩壊の道を辿ることになると思われます。


「御神事」は、「心を手向けること」が、基本です。

神事の手段として用いる「祝詞」の得意分野と、「お経」の持つ特異性は、時と場合によって使い分けることが得策で、やはり、先祖伝来の「神仏習合」の精神は、絶対に消えないものであるのです。


私たちが、今日あるのは、過去から必死で生きてきた、先祖の営みのおかげであるのです。

その先祖の営みにあっては、かつて先祖が生きてきた時代の「思想」「精神」を、無視できるものではありません。

ですから、浮かばれぬ先祖の魂は、「神仏習合」の精神を基本にした神事でなければ、「先祖の心」を理解することができません。

ご先祖のお救いをするには先祖の魂を「成仏」へと導くためには、
まずは、先祖の「思い」を理解しなければなりません。

そのためには、魂の歴史を無視してはいけないのです。

現代人の勝手都合で変えられてしまった「宗教観」を、現代人にしか理解できない理屈で捻じ曲げてはいけないのです。

現代人が、「常識」と考えて捉えている
"神社は神社"
"お寺はお寺"
という考え方では、魂の救済のための神事は、できないのです。


正神之会の「神仏習合」のスタイルは、以上の理由から成り立っています。

しかし、何も難しいことはいたしません。

ただ、「心を手向ける」ためには、古来の日本人の歴史に習って、その精神に沿って、使い分けているだけの話なのです。

難しいことではありません。

現代人は、情報化社会の波にさらされてしまったがゆえに、変な理屈で、小難しく、考えているだけなのです。

ですから、まずは、人間社会で身に付けた「常識」をリセットすることからはじめて、
「心の目と耳」で、心の世界の住人の姿を見て、心の世界に生きる魂の言葉を聞かねばなりません。

そのために、形式のみを重んじた現代人の常識を"クリア"にして、心を大事にしましょうと、訴えているのです。


・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
抜粋終わり

結構面白い意味のある告白に思える。

古人が仏教を受け入れた決断を、古神道というか「純粋な神道至上主義者」は侮蔑しているのある。

そもそも今の神道家が尊敬してやまない後醍醐天皇は、生粋の骨の髄までの仏教信者だったのだ。


はたして、今の神道は、本当の神道なのか?

やはり「和風耶蘇」っていうのが、正しいのだろう。


お読みくださりありがとうございます。

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